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6.chiudere un uccello in una gabbia

―――――次の日、初冬の柔らかな日差しに地に降りた霜が輝くなか、彼の兄が王になった。サンドロたっての願いで私も戴冠式後のパーティーに出席させてもらえることになった。なんでも、お兄様に私のことを紹介したのだそうだ。お付き合いするのなんて、私たち王族は本来ならば周りのお膳立てがあって、舞踏会や会食などの夜会で出会って、それから――――――。だから正直なところ、彼の慕うお兄様であっても反対されてしまうんではないかとちょっぴり不安なのだ。

けれど、妻を娶ってもよい年頃のサンドロにも、お嫁に行っていてもよい年頃の私にもそういった話はなかった。それは、サンドロの家は王が病床に、私の家は王が戦争に、それぞれ子供の結婚を考える余裕などなかったから。


こんなに煌びやかなパーティーに参加したのは、一体いつ以来だろうか。会場には豪華な料理が所狭しと並び、出席している女性たちのドレスはまるでお菓子か春の花のように色とりどりで美しい。楽団の奏でる音楽でワルツが始まる。踊る男女を見て、チクリと胸が痛くなる。……私は、踊れない。

どこかに行ってしまったサンドロを壁の花となって待っている間にも、踊る人々が視界にちらつき、俯いてしまう。きっと私は今、とても暗く哀しげな顔をしているに違いない。


「レディ、お隣よろしいですか?」


「え……?」


人込みを器用にすり抜けてやってきたらしい男の人が、シャンパングラスを私に手渡し微笑む。すらり、と背の高い男の人が……私に、微笑みかけている!? 突然の事態に混乱する。


「あ、あの……私、連れがいますので」


「お連れ? どこにいらっしゃるんです? こんな可憐な方を壁の花にするなんて」


まるで彼の周囲の空気も一緒に華やいでしまうような余裕の大人の、ふわっとした微笑み。穏やかで上品だけど、男性らしい精悍な顔立ち。鼻筋すっと通り、切れ長の瞳は夏の海を思わせるマリンブルー。金よりも暗く、茶色よりも薄い柔らかそうな髪が左右非対称に顔にかかり、色香を醸し出している。

果たして連れがサンドロだと言ってしまっていいのだろうか。そんな迷いと杞憂もあるうえ、夜会でも積極的に声をかけられたことのない私は混乱のあまり、もごもごと口ごもった末に小さく「どうぞ」と呟くと、シャンパンを素直に受け取った。サンドロ、怒るかしら。それにしても、この国のこういうところに来るのは初めてだし、この人にも名前で呼ばれなかったことを考えると初対面のはずだ。それなのに、頭一つ分私よりも背の高い、この男性の横顔にはなぜか親しみに近い懐かしさを感じる。……私、どこかで会ったことがある……?


「あの、私……どこかで―――――」


「兄様、何なされているのです」


「ああ、サンドロ」


「!!??」


男性から視線を前へと移すと、困ったような呆れたような顔のサンドロと目が合う。いつもなら、ちょっぴり胸がときめくところだけれど、今の私にはそんなことどうでもよかった。

彼の口から出た「兄様」という言葉。兄様―――――? ということは、隣に立っているこの男性がサンドロのお兄様!? 言われてみれば、雰囲気はともかく顔のパーツは似ているような気もしなくはない。金色の髪に、青い瞳。隣に佇む男性の方が幾分大人っぽい顔立ちをしているが、その中にはサンドロの面影を見出すことができる。……懐かしく感じたのは、そういうことだったんだ。


「あ、あの、ごめんなさい。お兄様だとは……あっ! 王とは知らず、ご無礼を―――!!!」


そうだ、彼はサンドロのお兄様だけれども、先ほど戴冠したばかりの若き王でもあるのだ。


「あっはっは、やめてくれ。王だなんて呼ばれ慣れていなくて背中が痒くなってしまうよ。――――遠路はるばるようこそ、シンツィア姫。弟からお話に伺っていました。話の通り、お美しい。弟がお世話になっているみたいだね」


「い、いえ! 貴国に滞在させていただけたうえ、このような場にも招待していただき誠に光栄です。そ、それに、サンドロには私の方がお世話になっているくらいです……!!」


「そうなのかい?」


王は切れ長の知的な瞳を丸くして、その端正な顔に驚きの表情を浮かべる。―――意外に、コロコロと表情が変わるのね。


「それは是非、聞かせていただきた―――――」


「兄様!!! それはいいですから――――!!!」


ただでさえ赤い頬のサンドロが、首筋まで真っ赤になってお兄様を止めている。その光景はなんだか私にとっては新鮮でまじまじとサンドロの顔を見てしまう。―――――いつものサンドロはもっとこう、浮世離れしているというか、地に足が付いていないというか……。

視線に気づいたサンドロと目が合うと彼はさらに頬を赤くした。そろそろ音を立てて湯気でも出るんじゃないかしら。


「ああ、そうだった話しとは」


「はい! あ、あの、彼女と僕は――――こ、交際しています」


「まあ、そうなんだろう」


どぎまぎと初々しい口調でサンドロが私を紹介する。ひどく緊張しているけれど、私の腰にはがっちりと腕が回されている。


「あ、あの、認めてくださるのですか……?」


飄々としているお兄様の顔を窺う。


「認めるも何も、好きにしたらいい」


「え……?」


「君の滞在している館に、一緒に住めばいい。必要なものがあったら用意させるよ」


え? ど、どういうことなの? ちらりとサンドロの顔を見る。彼も驚きの表情を隠せないといった感じで大きな両目をお皿のようにさらにまん丸くしている。


「二人の好きなようにしていい、と言っているんだよ? 君たち、毎日会っているようだし、どうもサンドロが滞在したこともあったみたいだね。何を不思議がっているんだい? ……サンドロのこと、よろしく頼むよ」


ふっと笑ったかと思ったら、深紅のベルベットのマントを翻して去っていく。

その言葉で、その一言で、私たちの運命は変わった。その日からサンドロと私は館で暮らし始めた。

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