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だけど、やっぱり君が好き。  作者: 紫野 月
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 9

 ここは何処?

 朝起きて、まずそう思った。

 寝起きのボーっとした頭で昨日のことを必死に思い出してみる。

 ここはどこかのホテルみたい。

 確か昨日の帰り駅でカズ君に会って、別れて。その後常務に会って…… うわあぁぁぁ

 一瞬にして目が覚めた。

 私は状況を把握する前に、冷静になるため深呼吸をした。

 そして恐る恐る自分の体を確かめてみた。

 

 とりあえず体に違和感なし。

 ゴミ箱に、それらしきモノは無い… ふう、よかった。

 いやよくないよ。

 寝落ちした私がベッドで寝ていたってことは、常務に運んでもらったってことだよね。なんてことだ!

 ところでその常務はどこに?

 出来れば昨日のうちに、家に帰っててほしいんだが。

 そんな淡い期待はものの数秒で消えうせた。

 常務は予備の毛布にくるまってソファーで眠っていた。

 私ったらなんてコトを… 申し訳なさすぎる。


 私は身支度を済ませて、常務に声をかけた。

 けれどどうやら常務は朝に弱いらしくなかなか目を覚まさない。

 目を閉じて、安らかに寝息をたてている様子はちょっとあどけない。

 “なんか可愛いかも” なんてことを思いながら、再度声を掛けてみるけれど起きる気配が無い。

 どうしよう。もういっそこのまま寝かしておこうか。

 確か今朝は重要な会議は入ってなかったはず。

 うん、そうしよう。ということで、メモ、メモ…

 

 ホテルに備え付けの便箋を探していると、ふいに背後から抱きしめられた。

「おはよう、亜也子」

 私の体はピキンと固まったように動かなくなった。その代り頭の中は忙しく動いている。

 えっと、常務だよね。いつ起きた? もしかして狸寝入りしてたの? 狸親父の息子だから上手い! じゃなくて、なんで朝の挨拶で抱きしめる必要が… 

 これはどう対処すべき?まずは挨拶を返すべきか。

「お、おはようございます… あ、あのー」

「うん、何?」

 あまい。なんか声が甘いよ。それにお願いですから耳元で囁かないで!

「そろそろ出勤したいので離していただけませんか」

 今の時間なら家に帰って着替えることが出来る。

「いやだ」

「はっ!?」

「まだ時間はある。昨日やっとお互いの思いが通じたのだし、もう少しこのまま… 」

「へっ?」

 いつ通じたんですか。まだ通じてませんよね。

 真剣に二人のことを考えてくれって言われただけですよね。

 私の記憶が確かなら、それについても返事はしていなかったと思うんですけど。


「あの、すみません、成瀬さん。いつそうなったんでしょうか?私には覚えが無いんですが… 」

「昨日、私の腕の中で眠ってしまっただろう」

「す、すみません。どうやらウィスキーに酔ったみた「あれは相当気を許していなければ出来ないはずだ」 …いえ、ただ酔っ払っただけですから」

「そうだ、もういっそのこと役所に行って届けを出そうか」

「届けって、何の届けですか?」

「もちろん決まっているじゃないか」

 それってまさかの婚姻届ですか!?

 ちょっと、いくらなんでも急すぎる。というか私、プロポーズされた覚えも、承諾した覚えもありませんけど。

 あまりのことに常務の腕から逃れようと私がジタバタしていると、耳元でクスクス笑う声が聞こえてきた。

「何が可笑しいんですか!!」

 するとクルリと向きを変えられて、私の目の前に常務の麗しい顔が現れた。

「怒った顔も可愛いな」

 途端、私の顔から火が噴く。

「それだけ元気があれば大丈夫だろう」

 あれ、今のって元気付けてくれたの。それとも、ただからかっただけ?

 常務のすることってよく分からない。

 でも、こうして常務が一緒に居てくれるおかげで私は落ち込まないでいられる。

 うん、そこは感謝しよう。


 常務は笑顔をおさめると、いつになく真面目な面持ちになった。

「昨日私が言ったこと覚えている?」

「はい」私は顔を真っ赤にしながら頷いた。

「そうか… 返事を急かすつもりはない。じっくり考えてくれればいい」

「はい。ありがとうございます」

 すると常務はふわりと笑みを浮かべた。

 だからその笑顔は反則です。そんなの向けられたら頭がパーンとなりますから。




 その日の私はやっぱりどこか浮ついていて、心が宇宙の彼方まで飛んで行ってしまいそうだった。

 それをなんとか現実に縛り付けて、普段どおりお仕事を頑張った。

 それでもちょっと油断すると、カズ君と別れたこととか、常務の真剣な眼差しとか、抱きしめられた時の感触とか、久し振りに泣いたこととか… 昨日、今日と起こった非日常の数々がアトランダムに脳内再生されてしまう。

 なので、何時もどおり振舞っているつもりで、何時もどおりではなかったみたいです。


 午後5時。

 今日はどうやら定時に上がれそうにない。

 もう一仕事の前に喫茶室で英気を養っていると、同じく残業組みの薫がやって来た。

 いつもなら選ばない甘いネクタージュースを買うところをみると、相当お疲れのようだ。

 薫は私の隣に座りジュースを一口飲むと、「ねえ亜也子。昨日常務となんかあったでしょ」と、唐突に切り出してきた。

 私は思わず口にしていた珈琲を吹き出しそうになった。

「な…なんで?常務に何か聞いたの?」

「何も聞いてないけど、今日の亜也子は変だもの。だからいろいろ推理してみたのよ」

 どうして薫はこんなに目敏いんだろう。そんなに分かりやすい行動をしていたかな、私。 …してたわ。


「もしかして常務に食べられちゃった?」

 ぶふっ! さすがに今度は吹き出してしまった。

 あーあ。珈琲まだあと半分あったのに。

 私は無言で飛び散った珈琲をティッシュで拭き取る。

「ねえねえ。白状しちゃいなさいよ」

 私に答えを強請る薫の目はキラキラ輝いていて、さっきまで見せていた疲れは何処かへ行ってしまったようだ。

「食べられてません」

「えっ、食べられてないの? 本当に?」

「本当です!」

「ええっ。だって常務も亜也子も昨日と同じ服だし。今日の亜也子は明らかに挙動不審だし。常務はご機嫌だし。これは絶対初Hで盛り上がって朝まで一緒だった。と思ったのに」

「ちょっとやめてよ薫。そんなこと大声で話さないで」

 当たらずとも遠からずの薫の言葉に、私はついワタワタしてしまう。

 そんな私の様子に、薫は確信を持ってしまったようだ。

「でも常務と何かはあったわけね」

「…ま、まあね」

 恋愛事に関する薫の直感は素晴らしい。

「で、何があったの?」

「いや、別に。これといって、取り立てて話すほどの__ 」

 すると薫は私の目の前に手を伸ばしてきた。

「えっと、何?」

「5回!」

「えっ?」

「今日、亜也子がドジを踏みかけた時、私がフォローした回数よ」

 それを言われたら、私はもう薫には逆らえません。はい。



「ええぇぇぇ。あの常務と一晩一緒に居てナニも無かった!? 信じられない」

「だから、声、大きいってば」

 喫茶室には私達以外誰もいないけど、もし誰かに聞かれてたら恥ずかしくて明日から会社に来れないよ。

「これが驚かずにいられますか。あのタラシの常務が手を出さないなんて。ありえない!」

「お願い薫。声、抑えて」

「なんか賑やかねェ。お邪魔しても構わない?」 

 ああマズイ! 第三者登場。 と思っていたら、入って来たのは私と同期で仲良しの戸田マリエだった。営業の第一線で活躍しているバリバリの総合職だ。

「あっ、マリエ、お疲れェ」

「お疲れ… あなた達元気ね。私はもうクタクタで、糖分取らないと動けないわ」

 そう言いながら、彼女は自販機でミルク多めのカフェオレを選ぶと、私達のテーブルにやって来た。


「ねえマリエ、聞いて聞いて。亜也子がね、常務との結婚を前向きに考えることにしたんだって」

「何言ってるのよ薫。私、そんなこと一言も… 」

「あら、同じことでしょ。私にはそう聞こえたわよ」

 そうして私と薫の言い合いが始まる。マリエはそんな私達に呆れつつ傍観している。私達の激論が落ち着いたのを見計らって、マリエが会話に参加した。

「あの常務とね… それは大変そうね。あれ、でも亜也子には彼氏がいたはずじゃ…。 確かK大で助教をしているちょっと変わったイケメン君が」

「君を養うことが出来ないって、振られちゃったのよ」

「かおる!」

「あっ、違った? 結局、亜也子からサヨナラを言ったんだっけ」

「だから私が言いたいのは、そこじゃなくて」

「そう、別れたの。でも、それでよかったのかもね」

 マリエの発言に、また起こりかけていた薫との激論がピタッと止まった。


「よかったって、どうして?」

 私より先に薫が聞きなおした。

「私、大学講師の知り合いがいるんだけど、いろいろ大変みたいよ。講師と言っても契約社員みたいなもので、任期が3年しかないんだって。その間に准教授になれればいいけど、准教授になるには努力だけじゃだめらしいの」

「努力だけじゃダメ?」

 やっぱり私より先に薫が口を挟む。

「そう、運というか、上手い具合にそのポストがあいて、なおかつそこに引っ張りあげてくれる人がいないとね。なれないんだって」

「つまり運と実力とコネ。それが揃わないと、ってことか」

 薫が納得したように頷きながら呟いた。

「彼、年内に目処がつかなかったら教授職は諦めて、一般企業の研究室に就職するんだって。転職するなら早い方がいいものね。本当は大学に残って自分の研究を続けたいんだけど、妻子がいたらそうも言っていられないって。それこそ養っていかなきゃならないんだものね」


 マリエはカフェオレを飲みながら「どの世界もたいへんよね」と、溜息を吐いた。

「そうそう、秘書ってさ、こうスマートで優雅な仕事ってイメージがあるけど、激務だし重役どもは我が儘だし。肉体的にも精神的にも大変ハードな仕事なわけよ」

「営業も同じよ。毎日毎日残業だし。数字が上がらないと課長にどやされるし。部下は使えないし、事務員は融通が利かない。ホント頭にくることだらけ!」

 話題がいつの間にかそれてます。

 薫とマリエは淀むことなく不満を吐き出してます。

 言い終わった時、きっと二人はすっきり爽快な気分になっていることでしょう。



 それにしても、マリエの話しは私にとって衝撃的でした。

 大丈夫かな、カズ君。

 彼はコネなんて持ってないし。教授に気に入られるようなコミュニケーション能力があるとも思えない。

 でも、彼から研究をとったら…

 そこまで考えて私はかぶりを振る。

 私には関係ないこと。考えてもしょうがない。

 私とカズ君の道は、もう別れてしまったのだもの…




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


今回なんだか亜也子さんのキャラが崩壊しているような… 確かパーフェクト美女だったはずなのに、三枚目キャラになってますよね。ごめんなさい亜也子さん。


大学講師のあれこれですが、随分脚色してあります。実際は違うと思いますがフィクションということで大目に見てくださいませ。

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