表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だけど、やっぱり君が好き。  作者: 紫野 月
5/23

 5

 カズ君と出会ったのは高校一年の時、同じクラスになったから。私達は先生から代議員に指名され二人で行動することが多かった。

 初めの頃は口数が少なく捉えどころの無いカズ君のことが苦手で、必要最低限の関わりしか持たなかった。けれど日を重ね、一つ一つ行事をこなしていくうちに、私の気持ちが大きく変化していった。

 一年が経つ頃にはカズ君のことを好きになっていた。だけど私は告白しなかった。

 特進クラスに入った私達は、卒業まで同じクラスで過ごす事になる。だから告白して気まずくなるより、友達として傍にいる方を選んだのだ。

 私はカズ君がK大を目指している事を聞き出して、同じ大学に進学することにした。


 そして見事K大に合格した私は、それまでの気弱な自分を捨てて、カズ君に猛烈アタックを始めた。

 私の粘り強さに根負けして、カズ君がOKの返事をしてくれたのは大学二年の時。

 それから七年いろいろあった。一緒に笑って一緒に泣いて、そして喧嘩もよくした。というより私が一方的に怒ってた。

 普段のカズ君は、何に対しても受身で私の我が儘を聞き入れてくれるのに、魚が絡むと途端に人格が変わる。何事も魚が優先なのだ。


 

 あれは忘れもしない。付き合いだして半年が過ぎ、二人で温泉に一泊旅行に行った時のことだ。

 車を借りて日中は観光スポットを見て回り、夕方旅館にチェックイン。

 豪華な夕食を堪能した後、ゆっくり温泉に浸かって部屋に戻ったらカズ君が何処にもいなかった。

 そして座卓に置手紙が一枚。『研究室にリュウグウノツカイが持ち込まれたので行ってくる』と書かれていた。

 私の怒りは爆発した。初めての旅行、初めての夜。きっと素敵な夜になる。なのにリュウグウノツカイのせいで全てパア。

 リュウグウノツカイ… リュウグウノツカイってなんだ? 亀か? 私は亀に負けたのか?

 カズ君。せめて私が部屋に戻るまで待っててほしかった… というか私どうやって帰ればいいの? 電車、一人で電車で一時間半…

 

 その後私は妙に広く感じる部屋に一人で泊まり、次の日早々にチェックアウトして即行帰った。

 浮かれていたぶん失望が大きくて、でもカズ君からは『ごめんね』の一言だけだった。

 暫らく剝れてたけどいつの間にかカズ君のこと許してたっけ。


 

 

 なんで今こんな事思い出しているんだろう。

 ああそうか。あの時の温泉の近くに来てるからだ。

 不本意だけど常務と一緒に…

 あの日、常務に大見得切って意気込んで社長に直談判しにいった。

 だが相手は常務も敵わない古狸。私のあげた断りの理由をものの見事に論破したあげく、明確な理由が見つかるまで常務との交際を約束させられてしまった。

 その日から約一ヶ月。別れる理由を見つけるために交際するという、なんとも不思議な事情でデートを重ねている。

 

 行楽日和の土曜日。

 今日は朝から常務の愛車に乗せられ、あてもなくドライブをしていた。

 そして温泉&観光地として有名なここにたどり着いた。

 せっかく来たのだからと、ロープウェイで空中散歩を楽しみ、おもちゃのミュージアムで童心に返り、壮大な滝を見ながらマイナスイオンを全身に取り込んだ。


 常務のことをあれだけ忌み嫌っていたのに、いざ付き合ってみると何故か意外に気が合う。

 そしてこのひと月の間、多少の言い争いはあったが大喧嘩に発展することはなかった。

 もしかすると社長や薫の言うように、私と常務はお似合いのカップルなのかも… ケンカする程仲がいいとか言うし… いや違う、流されるな私。

 たとえ好みが合っていい付き合いが出来たとしても、この男には許しがたい欠点があるじゃないか。そう男女関係にだらしないという最大の欠点が!

 それにまだ仲直りは出来てないけど私にはカズ君がいる。


 カズ君を怒らせてしまったあの日から、一日に一回だけお休みメールをしている。けれど一度も返信はこない。

 カズ君はもともとそんなにまめにメールや電話をしてはこない。けれど音信不通ということは今まではなかった。

 たんに忙しくて返してこないのか、それともあの事をまだ許してないからなのか、そこが分からない。

 まあ着信拒否はされてないんだから大丈夫、そう自分に言い聞かせている。

 

 けれど… 大丈夫って何が大丈夫なの?

 関係が元通りになったとしても将来の夢は見れない。

 カズ君が准教授になるには順調にいっても3~4年はかかるだろう。その間も私は歳を重ねていく。月日は無情にも流れていくだろう。

 それにカズ君が准教授になったからといって私と結婚するとはかぎらない。

 だって『今の時点で結婚はできない。准教授になったら考える』そうカズ君は言ったのだ。『准教授になったら結婚しよう』とも『それまで待っていてくれ』とも言ってはくれなかった。


 そして私の心は大きく揺れる。

 やはりカズ君とは潮時なのだろうかと。

 会わなくなって一ヶ月、淋しくて淋しくてまるで心に大きな穴が開いているみたい。

 それでも私はおかしければ笑って、綺麗な風景を見たら感動して、美味しいものを食べたら幸福な気分にひたれる。普通に生活していけるのだ。

 このままカズ君のいない生活に慣れて、そのうち好きだという気持ちが薄らいで、いつかは無くなってしまうのかも。

 ううん、はっきり決断する時が来ているのかもしれない。このままカズ君への想いを引き摺っていたら、私は私の幸せに向かって歩き出せない気がする。

 私の思い描く幸せ… 好きな人と結婚して家庭を、家族を作ること。出来ればカズ君と作りたかったけど…



「____ないか、吉野さん」

「あっ、すみません常務。もう一度おねがいします」

「…さっきから上の空だな。どうした、遠出をしたので疲れたのか?」

「いいえ。そんなことはありません、大丈夫です」

 シッカリしろ私。常務の話を聞き直したのこれで何回目? いくら上辺だけのデートでもこんなにボケッとしていたら相手に失礼だぞ。

 

 今日の強制デートも終盤。

 私の家へと車は向かっていたはずなのに、気付けば町の夜景が一望できる高台の公園に来ていた。私、どれだけボーッとしてたのよ…

「…まあいい。それよりこのひと月余り、予想に反してなかなかうまくいっていると思わないか」

「それはきっと、私の努力の賜物だと思います」

「以前佐久間が、私と君が似合いだと言っていたが、最近そうかもしれないと思うようになった」

 ちょっ、薫。信じられない。常務になんてこと言ってるの!

「そっそれは常務の気のせいです。それに他人の意見に振り回されてはいけません。常務と私は水と油。決して交わる事はありません」

「自分では気付いていなかったが、君と話している時が一番楽しそうだと皆が言うのだよ」

「ドナタでしょうかその皆とは。私の前に全員連れてきてください。いい加減なことを言うなと叱り飛ばしますから」

「こうして君と長時間、二人きりで過ごしていても何の苦痛も感じないし、不快感もない」

「申し上げにくいことですが、私はひんp、いえ時々苦痛を感じております」

「君と話していると他の女性とは違う反応が返ってきて、それが新鮮でとても面白い。確かに一緒にいて楽しいと感じている」

「いいえ絶対それは勘違いです。他の女性といる方が常務にとって何倍も何十倍も楽しめると思います。ですからさっさと決定的な理由を見つけて次のいけに… いいえお相手を見つけてください」


 ううむ、さっきから話しが噛み合わない。

 自分に都合の悪い部分はスルーして強引に自分のペースに巻き込んでいく。これはあの奥様の血を引いているからなのか?

 というかこの話の流れ、なんだか嫌な予感が… いや考えるな。最近何故だかそう思ったらそうなっていく。だからここで思考ストップ!


「決めた。今これから結婚を前提とした交際に変更する」

「ちょっと待て。そんな大事なこと、簡単に決めちゃダ… 後々後悔すると思います。もっとよく考えてからに致しませんか」

「もうそんな畏まった話し方は止めるように。そうだ、これからはお互い名前で呼び合うことにしよう。いいね亜也子」

 常務は綺麗な顔に見惚れるような笑みを浮かべて私を見ている。

 見つめられ名前呼びをされただけで体が熱を帯びてくる。

 なぜだ。常務のこと好きでもなんでもない、いや、むしろ嫌いなはずなのに。

 これはあれか。狙った獲物は必ず落としてきた、女たらしの本領発揮てとこか!

 負けるな私。冷静に、冷静になれ!


「じょ常務、忘れておられるようですが、私には付き合っている男性がおります。ですから…」

「二宮だったか。彼とは最近うまくいってないと佐久間から聞いたが」

 か お る!! 常務になんてこと言ってくれたの。この裏切り者! 獅子身中の虫!! えーとそれから…

「それにその男より私のことを好きにさせればいいのだろう。問題ない」

「いえいえそこは問題にしましょうよ。常務」

「常務ではない。名前を呼べと言っただろう。優秀な秘書のくせに言われたことが出来ないのか?」

 狭い車中に隣り合わせ。ほんの間近に常務の美貌。それもハンターモード全開で見つめてくる。

 まっ負けるものか。


「えー、えーとこの際ですからはっきり言わせてもらいます。私、浮気する男性がダメなんです。もう生理的に受け付けないんです。だからじょ…成瀬さんのこと絶対に好きになれないんです!」

「…… 」

 言ってやった、言ってやったわ。ああスッキリした。さすがにこれにはぐうの音もでないだろう。


「それはつまり私を独占したいということか」

「はっ?」

 常務は華麗に、そう華麗としか表現出来ないような微笑を湛えて仰った。

「それなら私が他の女性に目移りしないように亜也子が努力すればすむことだ」

「それ違うから。意味が全然違ってるから!」


 なぜ、そうなる?

 常務。全ての女性が貴方を好きになると思ってるんですか。

 どれだけ自分に自信があるんですか。

 アメリカの大学に行くほど出来のいい頭脳を持っているんでしょ。その能力のほんの一部でいいから、人の心の機微を理解することに使ってください。



 それにしても疫病神に完全に取り付かれてしまった。

 どうしたら取り払うことが出来るだろうか。

 神社でお払いしてもらうべきだろうか…

 

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 さて、リュウグウノツカイは亀ではありません。深海魚です。ちょっと前にニュースになってましたよね。あまり馴染みのない魚がいいなって考えてたらパッと思い出したので使ってみました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ