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だけど、やっぱり君が好き。  作者: 紫野 月
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 疫病神と名付けたのがいけなかったのだろうか、常務に祟られている気がする。

 仕事は順調、申し分なし。なのに、プライベートは散々だ。

 そう、カズ君と私の仲がおかしくなったのは、すべてあの日あのホテルで常務に出会ったせいだ。

 次の日、何度か電話したけど繋がらず “事情を説明したいから会える日を教えて” とメールしても一向に返信がこない。


 お見合いしたこと黙っていたから、怒って無視されているんだろうか。

 いや、カズ君の性格からしてそれはない。きっと論文で頭が一杯で、その他の事は気にならないのだろう …それって、スゴクへこむなぁ。 

 カズ君は私と常務が結婚するって勘違いしていた。なのにそのままにしておけるってことは、私が他の人と結婚しても平気ってことになる。

 むううう… なに、この温度差。

 この状況を愚痴りたいのに、薫は新婚生活を謳歌していて、最近私に付き合ってくれないし。他の友達だと一から説明しなきゃならないし。こうなったら、一人飲みか、一人カラオケでストレスを発散するしかないか。 …それはちょっと淋しい。


 あーあ、なんであの時ムードを盛り上げるため、ホテルの最上階で夜景を見ながら打ち明けよう! なんて思っちゃったんだろう。いやそこは悪くない、ただ選んだホテルがいけなかった。そこだよね、後悔しても遅いけど。

 こんな状態でも平常心でいられるのは、あの日以来常務が出張でいないから。心穏やかに仕事に集中できる。もう、ず~っと帰って来なくていい。できれば二度と会いたくない。無理な注文だけどね。




 今日は定時で帰れそうだ。

 けれど、この後の予定は何もない。久し振りに母親の話し相手をするか。根掘り葉掘り聞かれそうで、気が重いけど…

 などと思いつつ机を片付けていたら社長から電話が入った。なんでも奥様へのプレゼントを会社に忘れてしまったので、自宅に届けてほしいとのことだった。

 そういえば今日は奥様の誕生日だからと、社長はすでに帰宅していた。

 プレゼントはピンクの薔薇と、奥様が好きだというクラシックコンサートのチケット。

 私が手配してちゃんと社長に手渡したのになんで忘れるかな。

 その疑問は社長宅に着いた時に解けた。また私は社長に嵌められたようだ。

 忘れ物を届けたら直ぐに帰るつもりだったのに、社長と奥様に引き止められ、一緒に食卓を囲むことになってしまった。しかも常務付き…

 私の忍耐の時間が始まった。


 テーブルには御祝いというだけあって、ご馳走がならんでる。どれもこれもみんな奥様の手作りだという。見た目は豪華、味は一級品。

「凄いです奥様。尊敬します」そう素直に感想を述べると「それじゃ教えてあげましょうか」と言われ慌てて話しを変える。「お召し物が素敵ですね」と言えば「今度見立ててあげる」と言われ、「クラシックがご趣味なんですか?」と話しを振れば「いつか一緒に行きましょう」となる。

 それをのらりくらりとかわしていく。奥様は気分を害した様子はないが、私はだんだん心苦しくなってきた。


 時計が八時を回り、ようやく席を立つことが出来た。

 社用車に乗り込み、お見送りしてくれた社長と奥様の姿が見えなくなるまで車を走らせてから、顔に張りつけた笑顔を解く。

「社長。こんな悪巧み考え付かないくらい、超ハードなスケジュールを組んでやる!」

 仕返ししてやる。私は心に固く誓った。


 あの見合い話は断ったはずなのに、社長はまだ諦めていないようだ。優しそうな奥様をダシに使うとは、狸親父め侮れない。

 やはりここは、結婚を約束した彼氏がいるんですと、はっきり言った方がいいよね。

 …でもそう思ってるのは私だけだしな。

 男の27歳と女の27歳は結婚に関しての思いが、どうしてこんなにズレているんだろう。

 切ないような虚しいような感情が湧き上がり、私は溜息を一つこぼした。




 車を会社に戻し駅に向かう。時刻は九時になるところ。

 ダメもとでカズ君に電話してみたら、予想に反して繋がった。

 カズ君はまだ大学にいた。今夜は泊り込みになりそうだと、少し疲れた声で言う。私は今から会えないかと食い下がり、大学付近のファミレスで待ち合わせした。

 私が着いた時、カズ君は食事の最中だった。

「無理言ってごめんね」

 そう謝りながら私はカズ君の正面に座り珈琲をたのむ。

「いや、電話くれて助かったよ。じゃないと論文に集中しすぎて、夕飯を食べ損ねてたと思うし」

 そう言ってカズ君はふわりと笑う。

 期限が迫ってる論文の執筆を邪魔されて、正直迷惑だろうにそんな風に気遣ってくれる。カズ君は本当に優しい人だと思う。

「ちょっと遅すぎる夕飯だけどね」

「はは そうだね」

 カズ君が最後の一口を食べ終わるのを待ってから、話しを切り出した。


「あのねカズ君。この前のお見合いのことなんだけど。いろいろ誤解しているみたいだから、ちゃんと説明するね」

 私は常務とのお見合いは、なかば騙されてしたこと。翌日はっきり断ったのに社長が諦めないこと。それで、さっきまで社長宅の夕飯に付き合わされたことを話していった。

 そして女性関係の激しい(そこ強調)常務との結婚は、絶対にありえないと何度も伝えた。

「分かってくれた?」

「うん。亜也さんが彼と結婚する気が無いってことは、よく分かった」

 とりあえず誤解が解けた。まずはミッション1クリア。

 次はミッション2。カズ君に私との結婚を前向きに考えさせる! だ。


「それでね常務と結婚する気は無いと言っても聞き入れてもらえないし、今日みたいな事されるのはもう嫌なの。だから私には決まった相手がいますと、はっきり言おうと思うの。いいでしょカズ君」

「いいでしょ…って。決まった相手って?」

「カズ君以外に誰がいるっていうのよ!」

「…えーと亜也さん。ちょっと話しの展開が速くて僕ついていけない。もう一度説明して」

 恋愛話になると、カズ君の理解能力が著しく低下する。それはいつものことだ。だから今度は具体的に話した。

「つまり常務さんとの話しを断るために、僕と婚約したいってこと?」

「もちろんそれだけじゃないよ。ほら私達付き合ってもう長いし、そろそろそういう時機かなって思ってたの。ただカズ君はいつも忙しそうで、なかなか言い出せなくて。だから今回の事はいい切っ掛けかなと…」

 カズ君はうつむいて黙り込んでしまった。

 私はドキドキしながら、カズ君の返事を待った。


「ごめん亜也さん。今この状態で亜也さんとの結婚は考えられない」

「えっ…!?」

“いいよ。じゃ式はいつにする?” とまではいかなくても、もう少し肯定的な言葉が返ってくると思ってた。それなのにまさかの全面否定。

 私は大声で問い詰めそうになるのを必死で抑えた。

「考えられないって、私をそこまで好きじゃないってこと? まさか他に好きな人がいるの?」

「そうじゃないよ。そうじゃなくて、まだ早いと思うんだ」

 冷静でいようと思ったのに、カズ君のその言葉で私はカッと頭に血が上った。

「早いって、付き合って7年だよ。私達いくつになったと思ってるの、27歳だよ。私の友達はほとんどお嫁に行って、子供だっているんだから!」

「27歳だから結婚するって、それおかしくない?」

「それはそうだけど。でも、やっぱり年齢とか時機とかあるでしょ!!」

 27歳って微妙な年齢だ。男の人にはマダかもしれないけど、女はモウと思ってしまうのだ。どうしてそこのところ分かってくれないの?


「だから今はその時機じゃないって言っているんだよ、亜也さん」

 落ち着いて話すカズ君に、一層腹が立つ。でもカズ君の言う理由もちゃんと聞かなきゃと、頭のどこか冷静な部分が反応する。

 私は気分を落ち着かせるため、珈琲を口に含んだ。

「論文が認められて講師になれたとしても、まだまだ安定した生活は望めない。給料だって… 准教授になるまでは何の保障もないようなものだしね。准教授なるには今まで以上に、研究と論文に追われることになる。こんな現状で結婚なんて、とても考えられないよ」

「なんだそんなこと心配しているの。それなら私に任せてよ。預金だってあるし、贅沢さえしなければ二人分くらい、私の給料でなんとかなると思うし。カズ君はお金のことなんか気にしないで、研究に専念してくれていいからさ」


「…それって、僕に紐になれって意味?」

 今まで聞いたことのないような低い声を聞いて、私は自分の失言に気がついた。

「ち、ちがう… そんなつもりじゃ」

「確かに僕より亜也さんの方が高給取りだよ。だけどそんな言い方…」

「ごめん、カズ君。私、口がすべって」

「口がすべる? つまり心のどこかで、給料の少ない可哀想な男って思っていたんだ」


 カズ君と付き合って7年。知り合ってから10年以上経つけど、こんなカズ君は初めてだ。

 カズ君はいつも穏やかで優しくて、声を荒げることなんて今までなかった。だからどうしたらいいか分からない。

 オロオロする私をおいてカズ君はレシートを手にとって立ち上がる。

「あっ、あのカズ君」

「忙しいからもう行くよ。そうだ、論文が出来るまで会えないから、連絡は控えてくれ」

 振り向くことなく、カズ君は行ってしまった。

 私はショックで、その場から動けなくなってしまった。


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