薫さんは後悔中
仕事を終え部屋から出ようとドアを開けた常務がなぜか突然動かなくなった。1分くらい微動だにしなかった常務がゆっくりこちらに振り返る。
「佐久間」
「はい、なんでしょうか。常務」
「あれをなんとかしろ」
「はっ?」
常務の指差す方を見るためドアに近寄り覗き込んだ私は、頭をかかえ「OH MY GOD」と叫びそうになった。
私の目の先、約5m向こうにあるエレベーターホールの前で、亜也子と不思議彼氏が熱い口付けを交わしている最中ではないか。
常務は部屋から私を放り出すと、パタンとドアを閉めた。
ショックですか? ショックですよね。私もショックです。
亜也子! 常識人の貴方がなにやってるの。確かにこのフロアはあまり人の往来はないけれど…
でも、でも、会社の廊下でキスなんて。しかも、よりにもよって常務に目撃されちゃうなんて。
常務と亜也子。最近いい雰囲気になっていたのに。すべて水の泡…
後日、事の顛末を聞きだした私は、本当に頭をかかえた。
その日、亜也子は一大決心の末、彼氏に別れ話しをした。辛くて、悲しくて泣いていたところに、屋上でさぼっ…休憩していた常務がたまたま通りかかり慰めた。当然、二人はいいカンジになって、一緒に帰る約束をして別れた。そこへ彼氏が亜也子に会いにやってきて、エレベーターホールの一件になったわけだ。
私だよ。私が常務の邪魔をしちゃったんだよ。
休憩から帰ってきた常務は、車のキーを手に取ると部屋から出て行こうとした。そこを、私が無理やり引き止めたのだ。
だって書類が溜まってたんだもん。至急、決済が必要だって広報部から何度も催促があったんだもん。
悪くない、私は悪くないよね。
だって、そんなことになってるって知らなかったし。
ねっ、ねっ、誰か言って。不可抗力だったって!
あの時、私が引き止めなければ… ううん、せめてもう少し早く仕事を切り上げさせていれば、あんなことにはならなかったよね。
まあ、もしかしたら常務と彼氏が鉢合わせして修羅場になってたかもしれないけど。
だけど、こんなに早く、亜也子と彼氏が縒りを戻すこともなかったはず。
そうしたら常務にだってまだチャンスがあったはずなんだ。
やっぱ、私が、総ての元凶か!
ああああああ。なんてことしたんだ わ た し。
これまで、二人の仲がうまくいくよう頑張ったんだよ。
何故か、亜也子のことを毛嫌いしていた常務に、亜也子のイメージアップをはかり。社長と相談して、お互いもっと知り合えば恋心も芽生えるだろうと、少々強引に付き合うよう仕向けたり。そして、二人のデートが成功するように、亜也子の好みや好物をさりげなく教えたりとか、今、彼氏とうまくいってないって、ついウッカリ言っちゃったりとか…
亜也子の方にも常務の女性関係のフォローをしたし、常務は結構いい奴なんだよアピールをしたりとか。
なのに、なのに、なのに! すべてパアか…
私の理想のカップルが壊れてしまった。
失意の私に追い討ちをかける様な事態が発生した。
あのエレベーターホールの事が噂になりだしたのだ。そして、それはあっという間に広がって、社内には知らない人がいないくらいになった。
なんとか食い止めようとしたけれどダメだった。まさに“人の口に戸は立てられぬ”だ。
二人の交際は社内では好意的に受け取られていた。だから、尚更センセーショナルに扱われた。
亜也子は常務を弄んで捨てた悪女だと噂され、謂れの無い中傷を受ける羽目になった。
日を追うごとに亜也子に対する風当たりが強くなり、今では社員のほとんどが敵みたいになっている。
何故、どうして、こんなことに…
あの時の事を、常務と私以外に見ていた者がいる。
そいつは悪意を持って広めたのか?
とにかくそいつを見つけ出して、この噂の収拾をつけなければ。
そいつは呆気なく見つかった。
山川美穂。今年、秘書室に来た新入社員だ。
早速私は彼女を呼び出し問い質した。
多分私は凄く厳しい顔つきをしていたと思う。それなのに彼女は悪びれることなく言い放った。
「二股していた吉野さんが悪いと思います。今のこの状況は自業自得なんじゃないですか。それに、あんな公の場でラブシーンをやるなんて、品性を疑っちゃいます。吉野さんのこと憧れていたのに… 私、失望しました」
亜也子のこと何も知りもしないで、言いたい放題! その言葉に私の怒りが爆発しそうになる。だが、しかし、ここは努めて冷静に。私は心の中で深呼吸する。
「確かに、あのエレベーターの件は誉められた行動ではないけれど、だからといって、それを第三者に話すのはいかがなものかしら。今、社内を騒がしている噂は、あなたの軽はずみな言動からなのよ」
「うーん、正直ここまで大事になるなんてビックリです。でも、私が言わなかったら常務は何も知らずに吉野さんと付き合ってただろうし、かえって良かったんじゃないですか」
話しが噛み合わない。このまま話し合ってもずっと平行線のような気がする。
彼女は自分が酷いことをしたなんて1㎜も思っていない。それどころか逆にいい事をしたと勘違いしている。
どれだけ私が説明しても、きっと彼女には分かってもらえないだろう。
…それなら作戦を変えるまでだ。
私には強力な助っ人がいる。
腹黒狸親父とその息子。
ここは是非とも彼等に協力を願って、亜也子の名誉を回復させるのだ。
そして、漸く嵐が過ぎ去った。
今ではもう表立って亜也子の悪口を言う者はいない。
社内はいつもの静けさを取り戻した。
亜也子にも笑顔が戻った。
だけど… ごめん、ごめんね、亜也子。
今回のコトは私にも責任があるよね。
亜也子の心に深い傷を作ってしまった。
私は亜也子に絶交を言い渡される覚悟で、今回のコトを打ち明けた。
平謝りする私に亜也子は「この貸しは高くつくわよ」と言って笑って許してくれた。
ありがとう、亜也子。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
薫さん視点、いよいよ次回で終わりです。
なるべく早く投稿するよう頑張ります。




