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だけど、やっぱり君が好き。  作者: 紫野 月
20/23

薫さんの彼氏

 さて、私には彼氏が一人いる。まあ、だいたい一人だよね。

 彼、福本健二は22歳のピチピチ(男に言うのは変か?)男子だ。

 あっ、今、歳のこと考えたでしょ。

 そうよ、年上よ。それも四つだよ。いいじゃん、年下男子。かわいいんだから!

 黒目パッチリの愛嬌がある顔、高校時代ラグビーで鍛えたガッシリした身体。“森の熊さん”みたいな彼はいたって普通の男性だが、私の大切な彼氏なのだ。

 彼は高校を卒業後、製菓専門学校へ進学しお菓子の基礎をしっかり学んだ。そして今は叔父さんが経営しているフレンチレストランで働いている。

「いつか薫さんのために世界一美味しいスイーツを作ってあげるよ」なんて言われたら、甘いもの好きな私は身も心もメロメロなのである。


 えっ、前回美形好きって言っていたのに、なんで彼氏が“森の熊さん”なのかって。

 そりゃ好きですよ、美形は。でもね、あれは遠くから見て楽しむものよ! うん。

 私は物心ついたときから面食いだった。

 初恋のお兄さんは近所で評判の格好いい人だったし、初めて告白した人は学校で一番素敵な男の子だった。

 一目惚れして、告白して、付き合って、そして幻滅して別れる。それを3回繰り返して漸く私は悟った。

 美形男子は性格に難あり!

 美形男子とお付き合いするとロクなことがない。

 それ以来、美形は“観て楽しむもの”という位置づけになったわけ。


 あっ、話しを元に戻すわよ。

 私の愛しい健ちゃんには夢がある。

『早くフランスに行ってもっとスイーツの勉強がしたい。本場で自分の腕を磨きたいんだ。そのための資金を今稼いでいる。目標金額まであと1年くらいかかるかな…』

 そんなことをキラキラした瞳で言われたら、私は私の望みを打ち明けることが出来なくなった。

 そして『頑張ってね健ちゃん。応援するよ』と返すのが精一杯だ。

 笑顔でフランス留学の夢を話す健ちゃん。

 だけど、私に“日本に帰るまで待っていてくれ”とも“一緒に行こう”とも言ってはくれない。

 だから私はいつ頃からか深読みするようになってしまった。これって、私に結婚話しをさせないように牽制しているのかも。

 俺達の付き合いはフランスに行くまでの間だから、勘違いすんなっ。俺、まだ22歳だし、やりたいこと一杯有るし、結婚なんて全然考えてない。今、結婚してなんのメリットがあるの? 逆にデメリットしかないだろ。まあ、30くらいになったら考えるよ。だけど相手は…

 そこまで想像し、私は頭を振って雑念を追い払う。

 違う! 健ちゃんはお菓子作りが大好きで、パテェシエは天職で、自分のスキルアップの為にフランス行きを考えているんだ。

 だけど…

 26歳になった私。いわゆる結婚適齢期ってやつだ。

 そのことを何気なくほのめかしたけど、気にも掛けていないようだった。

 彼がフランスに行って勉強して、日本に帰ってきて、結婚を本気で考えるようになるまで何年かかるんだろう? ううん、もしかしたら行ったきり帰ってこないかもしれない。私、待っていられるかな?


 そんな時、振って湧いたように常務との縁談が持ち上がった。

 あの常務と結婚… マジで?

 あの常務との結婚生活… イメージできん。

 社長は真剣に考えてくれって言ってたけど、考えるまでも無い。

 むーりぃー! マジ、勘弁してください。

 今までの経験で分かってる。美形に近付くと禍が降りかかってくる。

 常務は、私が出会った美形男子の中で最上級だ。

 秘書の立場で傍にいてこれだけ被害をこうむっているのだ、これが妻の立場になったら… 考えるだに恐ろしい。

 きっと物理的にも精神的にも、波乱万丈な日々を送ることになる。

 私は平凡で穏やかな一生を送りたいんです。


 答えは決まっている。

 だけど、これをどうやって社長に納得させるかだ。

 私好みのお顔を持つ社長に微笑まれながらのお願い、もしくは表情を曇らせながらの哀願、をされたら私は強い態度で拒絶することが出来ない。多分。

 困った。メチャクチャ困った。



「どうしたの薫さん。今回の試作品、失敗だった?」

「……」

「薫さん」

「……」

「薫さん!!」

 私の様子がおかしいことに気付いた健ちゃんに、洗いざらい白状させられた。

「__という訳で、ちょっと厄介なことになっちゃったんだ」

 私はワザと冗談まじりでしゃべった。しかし、それと反比例したかのように健ちゃんの表情が… こっ、こわっ!

 それから怒涛の数時間を経て、気付くと当事者二人+証人二人のサイン入り婚姻届を持って役所にいた。

 というわけで私はめでたく福本 薫になった。

 社内ではいろいろ手続きが面倒なので佐久間のままだけどね。




「佐久間君となら… と晃輝も乗り気になっていたんだがな」

 私の報告に、社長はガックリと肩を落とした。

 その社長の姿に、私は萌… いいえ。コホン。

「申し訳ございません。あの時はっきり申し上げておくべきでした。まこt」

 社長は片手を上げて私の言葉を制した。

「いや、こちらこそすまなかったね。佐久間君に結婚間近のお相手がいることも知らず、勝手なお願いをした」

「いえ、そんな、」

「それにしても私は高望みをしているのかね… 息子に幸せな結婚をしてもらって、可愛い孫の顔を見たいだけなのに」

 そう言って項垂れる社長に、私は慰めなくてはと咄嗟に言葉を掛ける。

「あの、社長。そんなにお力落とし無く。常務は素敵な方ですもの、すぐにもっといい方が… 私も出来る限りお手伝いさせていただきますし」

 あれ、今なんか社長の目がキランと光ったような。


「そうか。優秀な秘書の佐久間君が、私の味方になってくれるなら百人力だ。心強いよ、とってもね」

 あら、今、私、なんかやっちゃったかんじ?

「実はね、佐久間君の他にもう一人花嫁候補がいてね、それが結構手強い相手なんだよ」

「はあ…」

「だが、佐久間君と私が力を合わせれば、きっと上手くいく。今度こそ失敗は許されないからね。頼りにしているよ、佐久間君」

「……」


 嵌められたよね。きっと。今の。絶対。

 社長、何を企んでるんですか。

 私、何を手伝わされるんですか。

 ああ、やっぱり美形に関わると変な事に巻き込まれる。

 社長!! これから貴方のこと腹黒狸親父と呼ばせていただきます。


 

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