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だけど、やっぱり君が好き。  作者: 紫野 月
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 あんな発言をしたのに、社長の私への態度は変わることなく、いつもと同じ毎日が流れていった。

 あれからお見合いのことは、何も触れてこなかった。

 あのお見合いは、最初から無理があったよね。常務が私のこと嫌っているのは周知の事実だし、きっと常務からもはっきり断られたに違いない。

 私の両親も何も言ってこない。おそらくお見合いの時の険悪な雰囲気を感じ取ったのだと思う。


 そしてあいつ。カズ君からも何の音沙汰もない。

 まあ、今までだってほとんど私の方から連絡してたものね。連絡しなければ、ひと月でも半年でも、会うことも話すこともなく過ぎていく気がする。

 多分カズ君は私が怒っていることに気付いてないと思う。 私の両親に会った時の非常識な彼の行いも、彼にとっては普通のことだしね。



 社長を見送った後、玄関にある水槽に目が行った。カラフルな熱帯魚がゆらゆらと泳いでいた。

 カズ君とよく水族館に行ったな。初めのうちは一生懸命魚について話してくるのに、いつの間にか言葉が少なくなって、そのうち何も言わず水槽で泳ぎ回ってる魚たちを見つめていた。私はちっとも楽しくなくて、いつも喧嘩になったっけ。『もう二度と水族館デートはしないから!』とか言っちゃってね。それでも映画を見たりショッピングをするより、水族館に行く方が多かった。

 あと海や川へ、魚釣りによく連れて行かれた。初めの頃は、陽に焼けるし体はベトベトするし魚くさいしで、閉口したけれど、慣れるうちに面白くなっていった。自分で釣った魚を食べるのは最高に美味しかった。魚のスペシャリストだけあって、カズ君はその魚に合った食べ方や調理の仕方を知っていたしね。


 やっぱり私から電話しようかな。

 カズ君に悪気はなかったんだし、ちゃんと説明せずにいきなり自宅に連れて行って、両親に会わせたのは、さすがにやり過ぎだったわよね。うん、今回は私も悪かったってことで、もう終わりにしよう… と決まれば早速電話電話!

 そんなことを考えながらボーっと熱帯魚を眺めていると、私の天敵が姿を現した。


「おや、吉野さん。こんな所で何をしているんですか? 優秀な社長秘書は、時間にも余裕があるようで羨ましいことだ」

 なんで今ここで会うかな。せっかく上昇していた気分が急降下してしまったじゃない。

「お疲れ様です常務。先程、久須美商事のパーティーに出席される社長をお見送りしたところでございます。したがって私の勤務時間は終了。今現在は業務時間外ですので、羨ましい事など何一つございません」

 常務はその整った顔を顰めると「まったく、口の減らない女だな」と、仰った。

「お褒めいただき、恐縮です」

 さらに常務の顔が歪んでいく。

「そんな態度だから、せっかくの見合い話もうまくいかないのだ。残念だったな」

「いいえ、残念ではございません。むしろこちらから断る手間が省けて、好都合でした」

 ああ、不毛な会話が続いていく。そして、私の堪忍袋の緒が磨り減ってく。

 常務も常務だ。そんな不機嫌な顔するくらいなら、私に声なんてかけなきゃいいのに。


「そんな強がりを言っていると、そのうち誰からも相手にされなくなるぞ… ああ、そうか。仕事が恋人だったか」

「常務にそこまで心配していただき、感謝に耐えません。ですが私より、御自身の心配をなさった方がよろしいかと存じます」

「なっ… 「常務、そろそろ急ぎませんと、お時間が 」」

 見るに見かねた薫が、助け舟をだしてくれた。

 私と薫は深々と頭を下げ、久須美商事のパーティーに向かう常務を見送った。




「私、思ったんだけどさ亜也子」

「何? 薫」

「もしかして、常務は亜也子のこと結構気に入ってるんじゃないかな」

「薫、どこをどう見ればそんな結論に至るわけ?」

 私達は連れ立ってホールを抜け、エレベーターを待った。他に人影はなく、お喋りを続ける。

「うーん、何ていうか。常務、亜也子とやりあっている時とても楽しそうなんだよね」

「私をからかうのが面白いから、楽しいんでしょ」

「常務にあんな口きけるのは亜也子ぐらいだしね。からかいがいがあるのかも… でも、それだけじゃない気がする」

「どちらにしても、迷惑なだけよ」

 まあ、亜也子の趣味じゃないよね。だけど常務と亜也子、美男美女だけに一緒にいると絵になるのよね。なんか勿体無い気がする… なんて薫がぶつぶつ言ってるのをサラッと無視する。もう、常務のことは考えたくないのだ。


「ねえ薫。もう今日は終わりでしょ。この後一緒にご飯行かない?」

「ごめん亜也子。今日は健ちゃんがお休みだから、早く帰りたいんだ」

 そうだね、新婚さんだもんね。女友達より愛しい旦那様だよね。いいなぁ、薫は。

 それなら私も愛しい彼に連絡してみよう。




 いつもの居酒屋で待ち合わせをする。

「あっ、こっちこっち!」

 私が手を振ると、カズ君はニッコリ笑いながらやって来た。

「突然呼び出してゴメン。もしかして忙しかった?」

「いや、大丈夫。実験が一段落したところだし、ちょうど良かったよ」

 カズ君は私の前に座ると、店員さんに生中を注文した。料理は私がテキトーに注文して、既にテーブルに並んでいる。


「なんだかすごく久し振りのような気がするね、亜也さん」

「最後に会ってから、まだ二週間も経ってないと思うけど」

「そうだったかな。今ちょっと論文に集中してるから、時間の感覚がおかしくなっているのかな」

「論文?」

「うん、そう。これが認められたら講師になれそうなんだ。実験結果も上々だし、後は上手く纏めるだけ。だから頑張ってるの」

 カズ君は運ばれてきた生中を美味しそうに飲むと、「いただきます」と言って、料理を食べ始めた。

「ありがとう亜也さん。僕の好きな物ばかりだ」

 そう言って、嬉しそうにカズ君が笑った。

 ああ、癒される… 

 常務から受けた精神的ダメージが、カズ君の屈託のない笑顔を見ただけで、消えていく気がする。

 思ったとおりカズ君は、例のコトは気に留めていないようだ。今更だし、私も蒸し返さないことにした。



 お腹一杯美味しいものを食べて、お酒も飲んで、ほろ酔い気分になった私は、このまま帰る気になれなくて、ちょっと贅沢だけど、ホテルのスカイラウンジで飲み直そうとカズ君を誘った。そして、そのままお泊り… 

 そうだ、お見合いの話ししてみようかな。そうすれば鈍いカズ君だって、少しは私達の将来のこと考えてくれるかも。


 おそらく私は、思った以上に酔っ払っていたんだと思う。いつもなら絶対やらかさないミスを犯してしまった。

“そうだ、今日ここで久須美商事の創立記念パーティーが開かれてるんだった。確か、会社の重役が何名か出席してるはず。ここはマズイ。何故、多数存在するシティホテルの中で、ここを選んでしまったのだろう” 

 ホテルのエントランスで、そう気が付いたときは遅かった。

 そう、不運は突然やって来る。本日二度目の天敵との遭遇である。


 私に気付いた常務がこちらに歩いて来る。

 走って逃げちゃダメかな。

「吉野さん、どうしてここに? もしかして私のストーカー?」

「それは絶対ありえません。自惚れるのも大概にしてください」

「それでは偶然を装って、運命的な出会いでも演出するつもりだったのか?」

「よく目を開けて見てください。彼氏と最上階のバーでデートする為に来たんです。決して常務に会うために来たわけじゃありません」

 そう言って私は、状況が飲み込めず隣で突っ立ってたカズ君を、常務の面前に押し出した。

「… あっ、はじめまして二宮といいます」

「成瀬です」

 何故か名刺交換をし始めた。これは男の習性かもしれない。


「そうか。君には付き合っている人がいるのか」

 やっと理解してくれたのかと、私が胸を撫で下ろしかけたとき、いきなり爆弾を落とされた。

「彼氏がいるのに、私とお見合いしたのか」

「!! 」

「… ?」

 ちょ、この人、なんでそんなこと言うかな。世の中には言っていいことと、悪いことがあるだろう。それは、あなたの口から言ってはいけないことだろう。それとも私を困らせるためなら、何でも有りなのか?


「亜也さん。お見合いしたの?」

「えっと、カズ君、違うの。いや、違わないけど、違うのよ!」

 ダメだ、混乱してる。

「この前の日曜日。お互いの両親を交えて、元町にある料亭であったな。覚えがないとは言わせない」

 ああ、許されるなら常務のその口を、縫いつけてしまいたい。

「すみません、常務。話しがややこしくなるので、黙っていてください。カズ君、よく聞いて。確かに私はこの人とお見合いしたけど、接待だと言われて行ったの。私は騙されてたのよ」

「騙されてたなんてよく言うね。あの日君は、とても気合の入った振袖姿でやっ…」

「あれは、これを着てくるようにと社長から手渡されたんです!」

 うーん。どうしたらカズ君にちゃんと分かってもらえるかな。常務のいない所に行って、初めから順を追って説明しなくちゃ無理だよね。


「亜也さん。大事な話しがあるって、僕をこのホテルに連れてきたのはこの事だったの?」

「確かに、お見合いした話しもするつもりだったけど… 」

「そうか。彼と結婚するんだね。僕に紹介する為にここに… 」

 まずい。カズ君が変な方向に勘違いしている。

「へえ、やはり私と結婚するつもりだったのか。やはり女は計算高い生き物だな」

 だから、もう黙れ常務! いったいどんだけ引っ掻き回せば気が済むんだ。

 このこんがらがった状況を何とかしたいけど、酔った頭では上手く考えが回らない。

 とにかく常務から離れよう。

 しかし、その場から立ち去ったのは、研究室から呼び出しがかかったカズ君だった。何かトラブルがあったらしく、慌てた様子でカズ君は行ってしまった。


「二兎を追う者は一兎をも得ず… 自業自得だな」との言葉を残して、迎えに来た車に常務は乗り込んだ。

 取り残された私は、茫然とその場に立ち尽くした。

 何故、どうしてこうなった。

 久し振りのカズ君とのデート。二人ともお酒が入って、いいムードだったのに。最悪な展開になってしまった。

 なんで、よりにもよって常務と鉢合わせするかな… 

 お見合いしたことを話して、カズ君に結婚を意識させようと、邪な考えを持った私に天罰が下ったのだろうか。


 それにしても常務。私に何の恨みがあるのだ。私、あなたに何かしましたっけ?

 今まで一緒に仕事したことはないし、迷惑をかけた覚えもない。

 女性と不誠実な付き合い方をする常務に対して、私は嫌悪感を持っている。だけど、それを表に出さずに接してきたつもり。

 それでも必要以上に絡んできた時は、嫌味を含んだ返答をしてしまうから、私の中で天敵認定をして、なるべく関わらないようにしてきたのに…

 


 こうなっては仕方ない。なるべく早くカズ君の誤解を解かなくちゃね。

 まったく、面倒なことになった。

 これもみんな常務のせいだ。

 天敵なんて生温い! 今から疫病神に格上げしてやる!

  

 私は重たくなった足を引き摺って、帰路についた。

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