美人受付嬢の密かな野望
金曜の夜。
親しい同僚と食事に行けば、そこはたちまち女子会になる。
週末だから心置きなくお酒が楽しめるし、時間も気にしなくていい。たとえ終電を逃したとしても大丈夫。電話一本で迎えに来てくれる男を何人もキープしているもの。
実はずっと狙ってた営業のホープ広田さんからデートのお誘いがあったんだけど、こっちを選んだ。
今の私には婚活よりも大事なコトがあるのよ。
私、黒木真衣は短大を卒業した後、就職した成瀬興産で受付嬢をしている。美人受付嬢って会社の内外で有名なのよ。
そう、私は美しい。
……ちょっと引かないでちょうだい。それに、思い込みとかじゃないから!
今まで私はどんな場所のどんな集まりでも、その中で『一番きれい』と周囲からもてはやされてきた。
町内で一番。学年で一番。キャンパスで一番… それなのに、会社で一番にはなれなかった。
成瀬興産本社に勤める数百人の女子社員の中でNo.1の美女の座にいるのは秘書室勤務の吉野亜也子。名門K大卒の才女で27歳、独身。就職してからの5年間『社内で一番の美人』の地位を不動のものとしている。
つまり、私はこの会社で二番目なのだ。
入社して3年経つのに、未だに吉野亜也子を追い落とすことができないでいる。この3年間、必死に努力したのにそれが実らないなんて。
吉野亜也子は27歳だ。アラサーだ。そろそろ新旧交代があってもいいじゃないか。
悔しい、悔しい、メチャクチャ悔しい!
どうしたら私が一番になれるんだろう。早くいなくなってくれないかな。いっそ黒魔術で呪ってみようか。
けれど普段の私はそんな素振りは一切見せない。仕事柄、自然な笑顔で愛想よく振舞っている。
あら、話しが逸れたわね。ごめんなさい。
私が大事なデートのお誘いを棒に振ってまで女子会に参加したのは、今、社内で密かに囁かれている話題に興味があったから。
あの不倶戴天の敵、吉野亜也子にスキャンダルが持ち上がったのだ。
独身女性の憧れの的、超優良物件の常務と付き合っていながら他の男と… それも社内で修羅場を演じていたというのだ。
実際にその現場を目撃していた女子社員とうちの新人が仲良しで、今日一緒に食事をするって聞いたら、そりゃこっちを選ぶでしょう。
というわけで、総勢8人で居酒屋の個室を占領し、吉野亜也子の社内ラブシーン&二股疑惑の話題に花を咲かせていた。
「あの吉野さんが二股か… 未だに信じられない」
「それにしても相手が凄いよね。我が社きってのイケメン常務様とK大のエリート先生でしょ」
「さすが会社で一番の美人は男性のレベルが違うねェ」
「いい男を二人も独占してズルイ! どっちか譲ってくれないかな」
あちこちから「無理、無理!」「あんたじゃ釣り合わない」と囃し立てる声が上がって大爆笑になった。
きっとこの話しは会社内で取り沙汰される。だって、このメンバーには歩くスピーカーがいるし、女の子は恋愛話が大好き。それもちょっと背徳感がある方が盛り上がるしね。
これで吉野亜也子の評判はがた落ち。いくら顔が綺麗でもこんなトラブルを起こしちゃったら… ねっ。
早々に表舞台から退いてもらおうじゃないの。
吉野亜也子の時代はもう終わりよ。これからは私の時代よ!
そうだ! それなら営業のホープを狙うより、思い切ってエースを狙ってみようかな。ううん。二股をかけられ傷心の常務ってのもアリかも。今時、一回りの歳の差なんて気にならないし。
そうよ! 私はもうすぐ社内で一番の美女になるんだから、常務の隣に立つべきなのよ!!
それから暫らくの間、私の思惑通りにコトが進んでいき一人ほくそ笑んでいた。しかし、いつの間にか雲行きが…
「吉野さんは常務の求婚をきっぱり断って、学生時代からの恋人を選んだんだって」「玉の輿より愛を取るなんて。素敵!」
なぜか以前より評判が上がってきているような…
なぜ、なぜなのぉ?
むむむむ。恐るべし吉野亜也子。
醜聞を逆手にとって美談にすりかえるとは。
とても太刀打ちできないわ。
半年後。常務の婚約が発表された。
私は営業のエースもホープも落とせずにいる。
それどころか、今年入った新人に会社で二番目の美人の座まで奪われそうである。
まっ、負けるもんか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回の話はいつになく筆が乗り、作者も楽しんで書けました。悪乗りになってないといいんですが…
次回作が何時ごろになるか見当もつきませんが、気長にお待ちくださいませ。