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だけど、やっぱり君が好き。  作者: 紫野 月
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 その日以来、暫らくの間私は渦中の人になった。

 誰にも見られていないと思ってた。見られていたとしても重役の方々や秘書室勤務の者達が、軽々と他人のプライベートを暴露するとは思っていなかった。

 でも、いたのよね。

 カズ君と私のやり取りを息を潜めて立ち聞きし、それを面白おかしく同僚に口外した秘書室の新人女子が約一名!

 おかげで私は彼氏がいるのに常務とお見合いし、二股した挙句に常務を振って彼氏を選んだ酷い女と噂された。

 常務がらみのスキャンダル。しかも三角関係!? 

 ということでこの噂は社内では知らない人がいないほど広まった。当然、社長の耳にも入った。

 常務と私は社長室に呼ばれ、コトの顛末の説明を求められ、そしてこのおかげ(そう思わないとやってられない)で常務との結婚話は白紙になった。


 さてこの噂、全部まるきり嘘ではない。

 真実が含まれている出鱈目ってタチが悪い。

 私はスキャンダル報道に悩まされる芸能人の苦悩を体験した。“人の噂も75日”そう言って皆、慰めてくれたけど、人の悪意って心に物凄い傷を付けるよね。でも、私にだって意地がある。そんな噂なんてなんでもない風を装ってましたよ。

 そして一ヶ月が過ぎた頃、噂をばら撒いた彼女は移動になり、私は社長付きの秘書のまま。

 たとえ第三者に何を言われようと、内部の人が私を信じてくれているならそれでいい… と自分を納得させた。




 さて噂のもう一人の主役である常務は、今回、二股されたあげく捨てられるというなんとも可哀想な役回りだったが、その事について恨み言を言わず… というより『吉野さんに彼氏がいることを知りつつ強引に口説いて振られてしまっただけ』と、私を援護するコメントを一度言ったあと、一切語ろうとしなかった。

 その態度に常務の株は急上昇した。こういうのを焼け太りっていうのかな… とにかく、仕事だけでなくプライベートも上手く立ち回るそつの無い人である。


 私は俺様で意地悪な常務のことが大嫌いだった。

 でも、間近で接した彼は、俺様だけど優しくて意地悪だけど思いやりもある人だった。

 そして、今回のことで、私は何度も常務に助けてもらった。

 辛くて悲しくてどうしようもない時、余計なことは聞かず黙ってその温もりを与えてくれた。

 本当に常務には感謝しきれないほどお世話になった。


 女性に対して不信感を持っていた常務。

 自分の外見や名声に惹かれて近寄ってくる女性ばかりじゃ、信用できなくなるのは仕方ないことなのかも。

 そんな常務が私となら本気の恋が出来そうだといってくれた。それなのに… 

 これでさらに女性不信を募らせたのでは? と、申し訳ない気持ち一杯で常務に謝罪に行った時のことだ。

「君には感謝している」

 誠心誠意を尽くして頭を下げた私に常務はそう言った。

 えっ、なんで? ビックリして顔を上げ、めいっぱいワケワカランという顔をした私に、常務はいつもの意地悪な微笑を浮かべた。

「世の中には君のような女性もいると示してくれたのだからね」

 なに? ますます分からない。

「容姿、収入、社会的名声。総てにおいて秀でている私より、風采の上がらない学者の卵を選ぶ変わり者が実在すると証明してくれた」

 なにそれ! 自慢? 確かにそうだけど、自分で言う!? 

 それに変わり者ってなによ。自分を好きにならない女は変わっていると言いたいんですか。なら変わり者でいいです。変人上等です!

「まあ、それは冗談だが… 」

 冗談? いいえ、本音ですよね。今の絶対本気で言ってましたよね。


「吉野さんと接しているうちに、もう一度恋をしてみようという気になった」

 今なんかすごいこと言いましたよね。

 それってもう二度と恋愛はしないと心に決めていたってことですか?

 もしかして過去にトラウマになるような出来事が?

 うわっ、気になる! 聞きたい… けど、この雰囲気では… はい、黙ってます。

「本当はこのまま吉野さんと交際を続けていくつもりだったが、恋愛映画のような告白をしてくれる相手がいるようなので、潔く諦めることにするよ」

 それ、嫌味が何%か含まれてますよね。

 謝罪の場でなかったら、おそらく口答えしてただろうな。でも、ここは我慢、我慢。口にチャックだ。

「世間は広いのだし、君のような奇特な女性がもう一人か二人はいるだろう。気長に探すことにする」

 そして常務は、これ以上の謝罪の言葉は必要ないとばかりに仕事を始めた。


 ちゃんと分かってますよ、常務。

 そんな憎まれ口をきくのは私の為だって… 常務に対して必要以上に負い目を感じないように、ワザと言ってるって。

 私はもう一度深々と礼をして、退出した。








 そして、あれから三年の月日が流れた。

 常務は気長にと言っていたのに、あっという間に奇特な女性を見つけ、さっさと結婚した。

 その翌年には子宝に恵まれて、絵に描いたような幸せな生活を送っていらっしゃる。


 というわけで、ここ最近社長はコトあるごとに孫の写真を私に見せながら孫自慢を始める。

 可愛くて、賢くて、天使で、宝物ですか。

 ソレハヨカッタデスネ。

 ええ、ちゃんと聞いてますよ。はい、大丈夫です。

 その話しは昨日も聞いてるんで、ああまたかって思っちゃただけです。

 えっ、目元が社長に似てるって? ああ、似てるような気がします。いいえ、似てます! そっくりです! ほんと、かわいーデスネ。

「そうだろう。可愛いだろう。はは、そうか私にそっくりか」

 社長は今にも踊りだしそうな程ご機嫌です。

 初孫で嬉しいのは分かりますけど、そろそろ仕事をして下さい。お願いします。

 今日は私、どうしても定時に帰りたいんです。久々のデートなんです。遅刻したくないんです。

 だって、大事な日なんだもの…


 カズ君と私の関係は相変わらずだ。いや多少の変化はあったかな。

 付き合いだしてからの七年間、私はカズ君に嫌われたくなくて、仕事優先にするカズ君に淋しいと言えなかった。カズ君はそんな私の気持ちに全然気付かないでいた。これからは、そんなすれ違いを起こさないようにしようと二人で話し合ったのだ。

 お蔭様でこの三年間はとても… まあまあ上手くいっている。


 三年前の私は結婚という言葉に囚われすぎていた。

 母親の言葉に、世間一般の目に煽られて、なんだか一人で空回りしていた。今思うと恥ずかしいかぎりだ。

 でもね、だけどね、諦めたわけじゃないのよ。

 だって女の子の夢は好きな人の花嫁になることでしょう。



 カズ君がK大の講師になって三年目。任期終了は目前なのに来年度も准教授の席は空きそうにない。

 カズ君はもう三年講師としてK大に残るか、それとも他の大学に行くか迷ってた。

 なんでも学会で出会ったH市にある県大の教授から、准教授としてこちらの大学に来ないかと誘われたらしい。

 なので数日前カズ君はH市の大学に行っていた。

 K大に残るかH市に行くのか、きっと今日のデートで報告があるはずなのだ。

 どちらを選ぶかはカズ君に任せるしかない。私が口出ししていいことじゃないし…

 でも、予感がするの。

 きっとカズ君は県大を選ぶって。

 県大のあるH市はここから結構離れている。よく分からないけど車で5時間くらい? それじゃ織姫と彦星状態になってしまう。

 

 カズ君は私にずっと一緒にいてほしいって言ってた。

 だから言ってくれるよね。

 私が今一番言って欲しい言葉。

 三年前のあの日のように、きっと…


最後まで読んでくださりありがとうございます。

拙い話でしたがお楽しみいただけたでしょうか。

ブックマーク、評価、感想、ありがとうございました。とても励みになりました。感謝で一杯です。


作者としてはシリアス路線で行こうと思っていたのに、結局コメディータッチになるし、パーフェクト美女の亜也子さんのキャラが崩壊するしで、四苦八苦な作品でしたが、苦労した分大切な作品になりました。


さて、二宮先生と亜也子さんの話はこれで終わりですが、作者は新たな妄想が広がってしまいました。もしかしたら、番外編を書くかも。気まぐれな作者ですので期待せずにお待ちいただければ幸いです。


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