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日曜日の昼下がり。
美味しいインド料理を食べていると、突然常務が仰った。
「今日のデートプランは亜也子に任せる。食事が終わるまでに何処に行くか決めてくれ」
ええぇぇ。何ですかそれ。そんなの急に言われても… せめて昨日のうちに言っておいてくれたら、いろいろピックアップしておいたのに。
今日は生憎の雨模様。常務の好きなアウトドアな遊びは出来ない。この辺りにいいレジャー施設があったかな?
私が眉間に皺を寄せて考えていると常務が面白そうに笑う。
「そんなに悩むことか?亜也子の行きたい所にすればいい」
そんなこと言ったって。成熟した大人な雰囲気を醸し出す美形の常務を連れて、ゲームセンターでプリクラ撮ったり、ケーキの食べ放題へ行ったりするのは、さすがにアウトでしょう。
さて、どこかいいとこないかな。
美術館、博物館、水族館、
カズ君の笑顔がポンと頭に思い浮かぶ。
私は軽く頭を振って思考を元に戻した。
そうだ映画! 映画にしよう。デートの定番だし。
「決まったのか? 」
常務がタイミングよく聞いてくる。やっぱり私の心が読めるんですかね。
「あっ、映画なんてどうでしょう?」
「映画か… 暫らく見ていないな。今、何をやっているんだ?」
「私もよく知らなくて。でも映画館に行けば、きっと何か見たいものがありますよ」
「行き当たりばったりだな」
ちょっと馬鹿にしたように鼻で笑われた。
「しょうがないじゃないですか。突然行き先を考えろって言われたんだもの!」
私がムキになって言い返していると、ブルルルと常務のスマホが振動した。
常務はそれを手にすると「電話だ 」と一言言って席を立った。私は少し口を尖らせながら頷いた。
そうだ。今、何を上映しているのか調べておこう。
私はスマホを手にとってシネマ情報を検索した。
デートといえば恋愛モノが王道だろうけど、常務と一緒にエロシーンを見る勇気はないので却下。お子様アニメは論外だし、ホラーやスプラッタは私が無理…
「あなた晃輝の新しい恋人? 」
視線を上げると、美しい女性が目映い光を発しながら立っていた。
あれ? この人何処かで見たことがある。誰だったっけ。
「見かけない顔だけど、モデル? 女優? 晃輝に取り入って売り込んでもらうつもりなんでしょうけど、もうその歳じゃ無理よ。いくら晃輝が業界に顔が利いてもね」
その歳って。この人、初対面なのに凄く失礼! それにギョーカイって何よ!?
「それとも、もしかして彼の妻の座を狙ってるの? それこそ無理、無理。天地がひっくり返ってもありえないから」
多分、常務の元カノだよね。いや、もしかしたら今カノ?
どっちにしても常務の彼女なんて知らないはずなんだけどな… でも、やっぱりこの人のこと知ってるよ。どこで会ったっけ?
「彼が遊び人だってこと仲間内では有名なのよ。知らなかった? 大やけどしないうちに手を引いたほうが身の為よ」
「麗奈。 何をしている」
……ああそうだ。モデルの麗奈だ。
「あら晃輝、御機嫌よう。相変わらずいい男ねェ」
「私の連れに何か用か?」
「ふふ、挨拶しただけよ。それと晃輝と上手く付き合う方法を教えてあげてただけ。それじゃ、お邪魔様でした」
そして麗奈さんは華やかに微笑むと、自分のテーブルに戻っていった。
「何を言われた? 」
「ちょっとムカつく事、言われました」
「ちょっと? 」
「__結構ムカつく事、言われました!」
「そうか、悪かったな」
常務は席に着くと何事も無かったみたいに食事を再開した。
だから私も千切ったナンでカレーをすくって食べる。
「…… 」
「…… 」
「さっきのモデルの麗奈さんですよね」
「ああ 」
「付き合ってるんですか?」
「…以前。ずいぶん前に別れた」
私の方は見ず、食事の手も休めず受け答えをする常務。ちょっと不機嫌?
私はそんな彼をチラチラ見ながら会話を進めていく。
「綺麗な人ですね。容姿はもちろんのこと、スタイルも抜群。ショーモデルだけあって姿勢や歩き方も颯爽としていて… なんで別れちゃったんですか?」
「そんな事を聞いてどうする… それとも妬いてくれているのか?」
ムム、質問に質問で返したな。
でも、これは私も悪いか。多分、薫が言っていたあれだよね。下心を持って近づいてくる女の人。さっき私に言ってたのもそんなカンジの事ばかりだったし。
「妬いてません。ちょっと興味があっただけです」
「正直に嫉妬したと言えばいいのに、素直じゃないな」
そう言って常務がからかうように笑う。
だから違うって。どうしてそんなに自信満々なんですか。
私がムッとした顔をしていると「そう怒るな、昔の話だ」と、常務がまた笑う。
どうしても私が焼きもちを焼いた事にしたいんですね。もう、いいです。勝手にそう思っていて下さい。
私がそのまましかめっ面で食事をしていると、常務は機嫌をとるように優しい言葉をかけてくる。
始めはそれを適当に受け流していたけど、さすが女性の扱いにかけては百戦錬磨。悔しいけれど敵いません。いつの間にか楽しくお喋りしながら食事していました。
食後の甘いデザートを食べていると、また常務のスマホが震える。
すでに食べ終えていた常務はスマホを手に取ると、優雅な仕草で席を立った。
一人になった私は、手持ち無沙汰になり店内を見渡していると、先程いちゃもんをつけてきた麗奈さんの姿が目に入った。
一際輝くオーラを放っているのが遠目からでもよく分かる。世界を股に掛けて活躍するトップモデルなのだから当たり前か。
そんな女性が元カノとか… あらためて桁違いの相手に眩暈がしてきた。
それにしても、下心みえみえの交際か。
私もそんな風に見られちゃったんだね。
そりゃあ確かにこの歳になれば、恋愛にだって多少の打算は出てくるだろうけど。
いやいやいや。絶対それはないし。私と常務の間にそんなものはない。
というか、そもそも私、常務に対して恋愛感情を持っているのだろうか?
カズ君と別れた日。常務に優しくしてもらって、心が動いたのは確かだ。あの時、もしかしたら好きになり始めたのかもと思った。
でも、今、元カノが現れて酷いことを言われたのに、私は妙に落ち着いている。
常務のことが好きならば、元カノの存在は不快で不安なもののはず。
それが全然無い。
あまりのレベルの違いに、嫉妬する気も起きないのだろうか。
ううん。やっぱりまだ私は、常務にそういう感情を持っていないのだ。
そりゃそうだ。ずっと好きで、結婚まで考えていた人と破局したばかりなのに『それじゃ、次!』とばかりに、他の人を好きになんてなれない。そんなに簡単に切り替えなんて出来ないし。
常務はお互いのことをもっと知り合おうといってくれた。
それに返事を急かすつもりはないと。
これから時間をかけて付き合っていったら、いつか常務のことを心から好きになるかもしれない。
まあ、ならないかもしれないけど、こればかりはどうなるか今の時点では分からないのだし、気に病んでも仕方ない。なるようになるさ。
とにかく、現時点の一番の問題は、何の映画を見るかだね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
おそらく年内最後の投稿になると思います。
皆様、良いお年を。
そして、来年も宜しくお願いします。




