満月の日の新人着任編 1-7 「透怪物駆除任務③」
パワー増幅魔法によって驚くべき跳躍力で本棚を軽く飛び越えた拓真は、そのまま軽々と棚を飛び越え続け書店を飛び出した。
「ひゃぁぁぁあああ!!」という茂原水奈の悲鳴が響き渡っているが、拓真はお構いなく彼女の腕を撃掴んだまま走り続ける。
「くそったれ!! ただでさえ11体ものウルフィークが出現したこと自体が想定外だったのに、残り5体となったところで、奴ら同時に『パケットモンスターⓍ・ⓨ』みたいにギガシンカしやがって!!」
そう拓真が愚痴ると、左手に握った日本刀に霊体憑依中のミーサの声が脳内へと伝わってきた。
『拓真さん、今日は満月ですからね! 満月の日は透怪物の姿・能力がアップするということを忘れたんですか?』
「別に忘れたわけじゃないけど … いくらなんでもこれは想定外だ!!」
先程乗り越えた本棚を粉砕しながら、今も背後から迫ってくる頭部が3つもあるウルフィーク改 5体。
サーモグラフィー上に映し出されている3つの頭を持つその怪物姿は、まるでギリシア神話に登場する冥界の番犬:ケルベロスと酷似していた。
「くそっ … こんな肉眼では見ることができない猛獣が街中に出てしまったとしたら、どんでもない被害が発生してしまうじゃねーか! しかも5体もいるし!」
『でも、このフロア全体に拓真さんが造った結界が張り巡らされていますから、奴らは2階フロア以外には出られないハズです』
「分かってるよ。分かってるけどさ」
『拓真さん、まずはあの5体のウルフィークを倒しましょう! 拓真さんの実力であれば、奴らなんてヘッチャラですよね?』
「待て! パワーアップしたウルフィーク5体相手に同時に立ち向かえと!? しかも、まだ魔法の使い方も知らない茂原さんを引き連れてか!? 無茶を言うなよ!」
これまで手強い透怪物と何度も戦闘をこなしてきた鎌ヶ谷拓真であるが、それは今までペアを組んでいた上司:木更津雪穂と一緒に戦闘をこなしてきたから倒すことできた話である。
しかし今のペア相手は、今日配属されてきたばかりの新人:茂原水奈という17歳女子高生。
彼女は魔力保有者であることには違いないが、まだ魔法の使い方も知らない素人だ。そんな素人である彼女の身を守りながら、パワーアップしてしまった透怪物相手と1人で闘うなんぞ、今まで経験が無い。
「だから言ったんだよ。満月の日である今日は、彼女を実戦に連れて行くのは危険だって!」
その時、今まで「キャァァァ!」と悲鳴を上げていた水奈が申し訳なさそうな表情を浮かべ、何度も何度も謝ってきた。
「鎌ヶ谷君 … ごめん。あたしが迷惑掛けちゃって … 」
「別に茂原さんが謝ることじゃねーよ」
拓真がそう言った直後、2人の背後から派手な破壊音が響き渡った。
それは5体のウルフィークが、エンクローズドモールに立ち並ぶ店の看板や柱をぶち破る際、たまたま設置してあった消火器を破壊した音だった。
プシュー!という音を立てながら消火器の側面からガスが吹き出し、そのままこちらの方向へとミサイルのように飛んでくる。
「弾力防壁!!」
咄嗟に彼は呪文を唱えた。
直後、分厚い空気の塊で出来た盾が出現する。空気の盾は飛来してきた消火器を宙に受け止めた。
拓真はすかさず次の呪文を唱える。
「音波衝撃!!」
すると、空気の盾が消え去ると同時に生み出された衝撃波が消火器を襲い、消火器を粉砕。
消火器の中身が勢いよく四方八方へと広がった。
真っ白な煙が広がってウルフィークの姿が見えなくなったことを確認し、拓真は丁度近くにあった百円ショップ:『ザ・ダイナソー』の中に一時的に身を隠すことにした。
誰もいない店内を駆け抜け、レジカウンターの下へと潜りこむ。
「はぁ … はぁ … これで撒いたか?」
『今のところウルフィークが追ってくる様子はありません』
とりあえずウルフィークから身を隠すことに成功した拓真はホッと胸を撫で下ろした。
「さて … 5体のギガウルフィークがうろついているフロアから、どうやって茂原さんを外へ脱出させるか」
「あ、あのぅ … 」
拓真が頭を悩ませていると、水奈が尋ねかけてきた。
「茂原さん、どうした?」
「あたしもね … 魔法を使って、鎌ヶ谷君と一緒に戦いたい!」
「はぁ!?」
水奈の思わぬ発言に、拓真は思わずそう声を出して驚いてしまった。
「ちょっ … 新人の茂原さんが、あんな凶暴化したギガウルフィーク相手と闘うなんて無理だ!」
「でも、あたしも戦対第一課に所属しているんだよね? 昨日今日なったばかりの新人だけど、あたしも戦対第一課の一員として活動したいの!」
「 … って言われても」
「あたしと鎌ヶ谷君ってペアなんでしょ? だったらあたしも鎌ヶ谷君の力になりたい!」
「茂原さん、そもそも魔法の使い方すら分からないんじゃ … 闘いようがないんだけど」
「じゃあ、鎌ヶ谷君が教えてよ。どうやったら魔法を使えるのか」
水奈の熱意に圧倒されながらも、拓真は悩む。
『拓真さん、彼女の熱意は本物ですよ? ここは受け入れてあげましょうよ! どのみち彼女もいつかは透怪物と闘うことになるんですから、今が絶好の機会です!』
脳内で響くミーサの言葉を聞いた拓真は渋々ながらも、熱心に自分を見つめてきている水奈の目を見据え小さく頷いた。
「分かったよ」
「本当に!? ありがとう!!」
――― さて、まず何から教えればよいやら。
「茂原さんは、今まで自分の意志でも無意識のうちでも、一度も魔法を使ったことが無いんだよな?」
「うん」
「基本的に魔法を使用する際には、呪文と呼ばれるモノが必要となってくるんだが、人によって使用できる魔法の種類は異なる。だから自分が使用できる魔法を見極めなければいけない。俺みたいな熟練者ならともかく、茂原さんみたいな一度も魔法を使用したことが無い人にとって、自分が使用できる魔法は何なのか分からないだろう」
そこで拓真は一息つくと、強調するようにこう言った。
「だから、初心者は触媒が必要となる」
「触媒?」
「ああ、触媒とは魔法発動時に必要となるモノのことだよ。例をあげてみると、杖とかが有名だな。その他にも宝石・香りとかあるが、要するにきっかけになるものであれば何でもいい」
「じゃあ … その触媒があれば、あたしも魔法を発動できるようになるってこと?」
「そうだな。初心者は触媒を使うと、自分が使用できる魔法の呪文が頭の中に勝手に思い浮かぶ。人によって触媒となるモノが異なるんだが … 茂原さんの場合は … 何だろうな。何か心当たりはないか?」
「心当たりって言われても … そんなのわかんないよ」
「なんかこう … 最近、自分が気になるモノや、好きなモノ、大切なモノとかを頭の中で考えたりすると、身体の中で何かが燃えあがるつーか、何かが湧きあがってくる感じとか … 経験ないか? そういうモノが触媒になりやすいんだが … 」
その言葉を聞いた水奈は、分からないという表情を浮かべ首を横に振った。
「そうか。なら … 今すぐに魔法を使うのは難 … 」
拓真がそう言いかけた時、突如水奈が「あっ!!」と声を上げた。
「ど、どうした?」
「心当たりがある … かも」
「それは何だ?」
「言わなきゃダメかな? そのぉ … 何か物凄く恥ずかしいんだけど … 」
水奈は恥ずかしそうに縮こまり、上目遣いの目で拓真を見上げ、
「昨日の夜、鎌ヶ谷君と会ってからずっと不思議な気分がしたままで、あまりよく寝られなかったの。身体の奥が熱くなって … 何かが身体の中に潜んでいるような気分がして … 」
昨日と言えばアニメみたいに空から落下してきた茂原水奈と、鎌ヶ谷拓真が互いに唇を交わしてしまった事故?が起こってしまった日だ。
それ以来、ずっとその症状が続いているとなれば、考えられることはもう1つしかなかった。
拓真は嫌な予感を感じてしまう。
『拓真さん、あのぉ … これって、もしかして … 』
どうやらミーサも拓真と同じ結論を導き出したようだった。
「ああ、茂原さんが言っていることが本当ならば … 茂原さんの触媒は、俺ってことになってしまうな」
『で、でも … 待ってください!! 人間が触媒になるだなんて … 聞いたことありません!!』
「俺も初耳だよ!! だったら、本当かどうか試してやろうじゃねーか!」
頭の中でミーサが物凄く騒いでいる中、拓真は戸惑いながらも、恥ずかしそうに俯いている水奈の肩に手を回し、なんとそのまま自分の方へと抱き寄せた。
「ひゃぁっ!?」と水奈は可愛らしい声を上げ、顔をみるみるうちに赤く染まらせ始める。
「ひゃぁう … か、鎌ヶ谷君っ!? こ、ここ、これは … っ!?」
「ど、どうだ? あ、頭の中で何か呪文や言葉が思い浮かんだか?」
『ああああああっ!! 拓真さん、何やってるんですかーー!!』
拓真の頭の中でミーサが猛抗議している。
しかし、彼は構わずに水奈の身体を軽く抱きしめたまま動こうとしない。
一方、水奈は顔から火の出るような思いをしながらじっと固まっていたのだが、そんな彼女の気持ちを拓真は知らなかった。
拓真自身も恥ずかしそうに顔を赤らめている。
と、その時だった。
「あっ!! 頭の中で言葉が浮かび上がった … !!」
「おおっ、それだ! それが、茂原さんが使用できる魔法の呪文だ! 早速、唱えてみろ!」
水奈は未だに胸の奥がキューンと締め付けられている感覚に見舞われる中、頭の中に思い浮かんだ呪文を声に出して唱えた。
「素粒子変換!!」
直後、信じられない現象が起こった。
店の中の棚に並べられていた商品のいくつかが何の前触れもなく空中に溶けてしまったのだ。そう、まるで固体のドライアイスが気体へと昇華するかのように。
そして続けて信じられない現象が発生する。
先程、商品が空気中へと霧散してしまった場所の空気が一瞬だけ歪んだと思ったら、その場所に突如1本の黄金に輝いた日本刀が出現したのだ。
宙に出現した黄金の日本刀は、そのまま床へと落下した。
「えっ … 何が起こった … の?」
信じられない光景を目の当たりにしたせいか、拓真はと水奈は息を呑んだまま唖然としていた。
棚に並べられていた商品が消失したかと思えば1本の黄金の日本刀が現れたのだ。誰だって驚くだろう。
それに先程水奈は『素粒子変換』という呪文を口にした。その呪文を発した直後、このような現象が起こったのだ。
やがて冷静さを取り戻し始めた拓真は、とある結論を導きだした。
「茂原さんが使用した魔法は恐らく … ある物質を素粒子レベルに分解してから、新たな物質へと再構築するという魔法だろうな」
『あたしも拓真さんと同感です。そうとしか考えられません!』
「あ、あのぅ … どういうことか詳しく教えてくれる?」
未だに状況が掴めていないであろう水奈からの質問に、拓真は困ったように頭をかく。
「そ、そうだな … 茂原さんは素粒子っていうのは知ってるか?」
「うん、聞いたことある」
「素粒子と言うのは、物質を構成する最小の単位のことだ。つまり分子や原子よりも小さい。まぁ、簡単に言えば … すべての物質は同じ素粒子で出来ていると思ってもらえればいい」
鉄・酸素などのあらゆる物質は互いに構造や性質が異なってはいるが、基本的に陽子・電子・中性子などの組み合わせによってできているだけにすぎない。
そして素粒子には酸素専用の素粒子も鉄専用の素粒子もなく、同じ素粒子で出来ているのだ。つまり普段身の回りの生活の中で見かける家電製品・植物・生物 … など元々を辿ってゆけば、同じ素粒子で出来ているという事である。
「物質を人工的に素粒子へと分解させるには、加速器のなかで陽子や中性子を高エネルギーで衝突させなければならない。しかし… 茂原さんは、それを魔法によって簡単にやってのけた。ましてや分解させるだけではなく、再構築させるなんて」
「じゃぁ … さっきあたしは、店の商品をあの日本刀に変換させたってことなの?」
「ああ、そうだ。その魔法を使えば鉄を木に作り変える事だって可能だし、岩を自動車に作り変える事だって可能だ」
「あたしって … そんな凄い魔法を使ったんだ … 」
水奈が使用した『素粒子変換』は世紀の大発見並みの凄い魔法だろう。
日本国内512人、世界各国1万4452人もの魔力保有者が存在している中、茂原水奈のように素粒子を扱った魔法を使える魔力保有者は1人もいない。
使い方次第によるものだが、彼女の魔法はミサイル・砲弾・戦車・核弾頭などの兵器はもちろんのこと、人間・生物兵器でさえも一瞬にして素粒子へと分解させることだって可能であるため、軍事的価値利用が遥かに高い。
そんな魔法を使用することが出来る茂原水奈は、世界の軍事関係者なら誰もが喉から手が出るほど欲しい人材であろう。
もし世界中に彼女の魔法が知れ渡れば、熾烈な勧誘合戦が勃発するに違いない。
『拓真さん、これまた凄い魔力保有者とペアになったものですね』
「ああ、もはや茂原さんの魔法はチート級だ。だが問題なのは … 魔法使用の際に使う触媒が俺ってことだな」
『そ、そうですね』
強力な魔法だけにあって、触媒となるモノは変わったモノになってしまうのだろうか。
なぜ俺が茂原水奈の触媒なんだよ、と心の中で不満の声を漏らしながらも、拓真は先程水奈が魔法によって造りだした黄金の日本刀を拾い上げ、それを彼女へと手渡した。
「でも、まぁ … とりあえずそんな凄い魔法が使えるのなら、茂原さんもギガウルフィーク相手にも闘うことができるだろうな。茂原さん、俺と一緒に奴を始末しよう」
「うん、あたし1人じゃちょっと不安だけど、鎌ヶ谷君と一緒なら頑張れる気がする!」
「よし、行こうか」
「うん!」
拓真と水奈は互いの拳を突き合わせ、2人一緒に店から出るのであった。