満月の日の新人着任編 1-5 「透怪物駆除任務①」
白川県 柿ノ木市西区不知火町 ショッピングセンター:ビッグタウン
鎌ヶ谷拓真・茂原水奈が乗った白バイは国道59号線を駆け抜け、ようやく目的地であるショッピングセンター:ビッグタウンに到着した。
ビッグタウンは県内最大級の商業施設であり、5階建てのモール棟・2階建てのスポーツ&レジャー棟で構成されている。
全長450mに及ぶ広いエンクローズドモールには、200の専門店と100の飲食店が並んでおり、毎日多くの客で賑わっているところである。
サイレンを鳴らしながら駐車場へと進入した白バイは、ビッグタウンのリバーサイド南入口前で停車した。
「戦対002から白川本部へ。こちら鎌ヶ谷・茂原ペア、只今現場に到着した」
『こちら白川本部、了解。なお今回の事案に当たっては、目標の撃破よりも市民の安全を最優先にされたし。以上、白川本部』
無線で報告をし終えた拓真は、ヘルメットを外してバイクから降りた。
それに続いて水奈も降りる。
既に白川警察本部から直接ショッピングモール側へと連絡が行っていたようで、現在のショッピングモールの全出入口から、警備員や店員に誘導されている客が続々と外に出てきているところだった。
「ねぇ … 昼間に説明してくれた透怪物っていう目に見えない生き物が、今このショッピングモールの中にいるんだよね?」
「ああ、そうだ。客の様子を見る限り … 今のところ大きな被害は出ていないように見えるがな」
「それって目に見えないんでしょ? どうやって見つけるの?」
「普通は魔力検知を放って目標の大まかな位置を把握する。だが、それだけで目標の姿を見つけ出すことは不可能に近い。だからこれを使う」
そう言って、拓真はあるものを取り出した。
それはヘッドマウンドディスプレイ(HMD)という頭部装着型の映像表示装置であった。
「サーモグラフィー搭載型のHMDだ。これを頭部に付けてこのボタンを押すと、右目の方だけレンズが下がり、熱分布映像を見ることが出来る」
「へぇ … 何かよく分からないけど、凄そうだね」
あまり機械などの専門用語を知らない水奈にとって、彼が言っている内容をすべて理解できなかったが、なんとなく便利で凄い機械なんだなと思うことにした。
「とりあえず、これを頭に付けて」
サーモグラフィー搭載型のHMDを受け取った水奈は、言われたとおりソレを頭に装着する。
「鎌ヶ谷君は付けないの?」
「まぁ … 俺には秘密兵器があるから大丈夫だ。じゃぁ … 早く中に入ろうか」
リバーサイド南入口からビッグタウン・モール棟に足を踏み入れることにした。
通路の奥の方にはリバーサイド北入口があり、通路の右側にはイオソの食料品売り場、左側は全長400mもあるエンクローズドモールがずっと奥まで伸びている。
その中を人々が警備員や係員に誘導されながら、外へと向かっていた。
「1階は混雑してるな … これじゃあ、透怪物を探しづらい」
今日は日曜日。平日よりも人が多いうえに、全フロアにいた客らが一斉に外へと向かっているのだから、1階フロアは混雑するに決まっている。
拓真が溜息を吐いたとき、ぴょん!と音を立てて彼の身体の中から、アジサイ模様が描かれたピンクの浴衣を着た守護神:ミーサが飛び出してきた。
『拓真さん、拓真さん!! おはようございます!! 只今ミーサ、霊力回復して元気になりましたぁ!!』
「何がおはようだよ。今、夜だぞ」
鎌ヶ谷拓真の身体に憑りついている守護神のミーサは、夜になると活発になるのである。
昼間も時々元気な姿を現す時もあるのだが、基本的にミーサは夜行性なのだ。
「ミーサ、いつもの魔力検知をやってくれるか?」
『はい! まかせて下さい!!』
ミーサはヒョイと宙に舞いあがると、明るいオレンジ色の髪を動かしながら、静かに目を瞑る。
直後、彼女の身体が薄く黄金に輝き、眩い光が四方八方へと広がった。
ちなみに他の客らは、そんな現象に気が付かない。なぜならば、ミーサの姿を見ることが出来るのは鎌ヶ谷拓真 … ただ1人だけなのだから。
『拓真さん、2階フロアから透怪物の気配を察知しました!』
「2階フロアか。分かった、ありがとう」
「ねぇ … もしかして今話している相手って、鎌ヶ谷君に憑りついているというミーサっていう女の子?」
「えっ、ああ … そうだけど」
すると水奈は興味深そうな目を浮かべ、鎌ヶ谷拓真の全身を眺め出した。
「その子 … どんな子? 可愛い?」
思いがけない質問に、拓真は一瞬固まってしまった。
「何でそんなことを聞きたいんだ?」
「えーと … だって、その子って鎌ヶ谷君にしか見えないんでしょ? どんな子かなー って気になるから … かな」
拓真は返事に困る。
ここで「可愛い」と答えてしまったら、ミーサはさらに調子に乗ってしまう。
だが「可愛くない」と答えてしまったら、どういう結果が待ち受けているかは明らかに目に見えていた。
結果的に拓真は、宙に浮いて妙にニコニコ笑顔を浮かべているミーサからの圧力に屈し、静かに口を開かなければならなくなった。
「たぶん、一般人にアンケート調査を行ったら9割は可愛いと言うだろうな。確かに俺個人的な意見でもミーサは可愛い方だと、出会った当初は思っていた」
『おおっ!? 拓真さんがあたしのことを可愛いって … あれ? なんで過去形!?』
「だがな … 茂原さん。考えてみたまえ。授業中・トイレ・風呂 … 場所・時間関係なしに、どこでもいつでも四六時中付き纏われる俺の身を!! ウザくてウザくて仕方がない」
『そ … そんな … あたしがウザいんですか!?』
「ウザいね。せめて俺の身体の中で大人しくしてくれたらいいものの、なんでもかんでも出てきすぎなんだよ」
『仕方がないじゃないですか! あたしは拓真さんのことが大好きで大好きでたまらないんですから!!』
「あのな … 霊体のお前が生身の人間に恋してどうするんだよ。頭おかしいだろ!」
「へぇ … なんか見た感じ、楽しそうだね」
水奈から見ると、完全に鎌ヶ谷拓真が何もない所に向かって1人で話しかけているようにしか見えない。
「それより … 透怪物を見つけなくてもいいの?」
「ああっ、そうだったな。こんなところで無駄話をしている暇じゃなかった」
『ちょっ … 無駄話って … 酷い! ショボーン』
「ほら、行くぞ!」
人混みを掻き分けながら、2人の人間と1人の霊体が階段を駆け上がっていった。
◇
階段を駆け上がり2階フロアにたどり着くと、正面にイオソの広い洋服売り場が広がっていた。
既に2階フロアには人は居ないように見える。
『拓真さん、正面の洋服売り場の中から透怪物の気配を感じます!』
「了解」
ミーサの言葉を聞いて、拓真は静かに目を閉じた。
そして両手を前へと突き出し、小さな声で呪文を唱える。
すると拓真の両手から数十枚のトランプカードが出現し、ショッピングモール内の四方八方へ飛んでいった。
「今 … 何をしたの?」
少し驚いた表情を浮かべ、水奈はそう尋ねた。
「結界の構築だよ」
「結界って … あの結界?」
「そう。魔力で精製したトランプカードをこのフロア全体に周囲に張り巡らすことによって、フロア2階を封じ込めたんだ。これで透怪物は結界の外には出られないし、魔力を持たない普通の一般人が結界内に入ることも出来ない」
「鎌ヶ谷君って … そんな凄い魔法を使えるんだ」
女の子にそう褒められて、拓真は少し照れ臭くなった。
一方、そんなソワソワし出した彼を見て、ミーサは妬いていた。
『もう … あたしが褒めてあげた時には全然反応してくれないのに、可愛い女子高生に褒められると嬉しそうに微笑んで … 拓真さん酷い』
そんなミーサをよそに、拓真はホルスターから拳銃(グロック18)を抜き取った。
「そろそろ洋服売り場に入るとするか。茂原さん、頭に付けているHMDの赤いボタンを押して」
「うん」
水奈は自分の頭に装着しているサーモグラフィー搭載型のHMDのボタンを押した。
すると右目の方だけレンズが下がってきて、水奈の視界の半分が熱分布映像に切り替わる。
「うわぁ … 凄い。視界の半分が、赤や青の色になった!」
「ちなみに言っておくけど、赤色などの明るい色をしているところは温度が高くて、青色などの暗い色をしているところは温度が低いってことなんだ。透怪物は体温が高いから、赤or白く表示されるハズだよ」
「へぇ~ そうなんだ」
「それじゃあ、周りに気を付けて進むぞ」
拓真が先頭、後ろに水奈という形で、2人は洋服売り場に足を踏み入れるのであった。
◇
『わぁ! 拓真さん拓真さん、ビキニですよ! あたし一度でいいから、可愛いビキニの水着を着てみたいって思ってたんですよね~!』
「…・」
『ちなみに拓真さんは、どんな水着を着た女の子が好みですか?』
「…・…(イラ)」
『王道であるビキニが好みですか? それともワンピース水着ですか? セパレート水着ですか? 競技用水着ですか? やっぱ男性ですから、紐水着っていうのが大好物なんですかね?』
「………・(イライラ)」
『あーっ!! まさか … スクール水着が好みなんですかっ!? うわっ、拓真さんってロリコン変態なんですね … ドン引きです!』
今まで黙って怒りを抑えていた拓真であったが、遂に堪忍袋の緒が切れてしまった。
「ああっー!! さっきから、うっせーんだよ!! 黙れ!!」
「ひゃっ … 何っ!?」
突如大きな声で怒鳴り声を上げた拓真に対し、水奈は思わず飛び跳ねてしまうほど驚いた。
ミーサの声は水奈には聞こえないので、突如拓真が奇声を発したとしか認識できないからだ。
「あっ … 茂原さん、悪い。さっきからミーサがうるさくてな」
『いいじゃないですか』
洋服売り場に一歩足を踏み入れた途端、フワフワと宙に浮いているミーサがこの調子なのだ。
隣でゴチャゴチャと話しかけられ、拓真は任務に集中できないでいたのである。
「つーかよ、今から透怪物を倒すんだぞ? 少しは任務に集中しろよ」
『はぁ … 拓真さんに怒られちゃいました。拓真さんに嫌われるくらいなら … いっそ死んだ方が … 』
「いや、お前、そもそも生きてないじゃん」
『あっ、そうでしたね。テヘペロ♪』
「 … 茂原さん、行こう」
「えっ、あ … うん」
調子に乗っているミーサは放っておき、拓真は引き続き辺りを警戒しながら進むことにする。
視界の半分に広がっている熱分布映像を頼りに辺りを見渡していると、ふと拓真の足が止まった。
それにつられて、水奈も同じく足を止める。
「鎌ヶ谷君、どうかしたの?」
「ターゲットを発見した。あそこを見てみろ」
拓真が指さした方向にあったのは、紳士服売り場のコーナーであった。
「右視界の一部が赤くなってはいないか?」
右目を覆っているサーモグラフィー搭載型のHMDレンズ越しで確認しながら、水奈はコクリと頷く。
「えーと … あっ、うん。あそこの柱の下部分が赤くなっているのが見えるよ」
「赤くなっているってことは、温度が高いってことだ。ちなみに今度は、HMDレンズで覆われていない左目で見てごらん?」
水奈は言われたとおり、今度は熱分布映像が広がっていない左目で、先程赤くなっていた柱の根元へと目をやる。
だが、柱の根元には何もない。
「 … 何も見えない」
「だろうな。普通の目であそこの柱の根元を見ると何もない。つまり … あそこには、今回の目標である透怪物がいるってことだ」
人間の目では見ることが出来ない怪物。それが透怪物。
あそこには、人を襲う目に見えない怪物がいる。そう思ったとき、水奈の身体がブルリと震えた。
「大丈夫だ。今回、茂原さんは新入りで初実戦なんだし、危険な目には遭わせはしないから」
「ほ、本当?」
「ああ、万が一の時には … まぁ、何だ、アレだ。お、俺が … 守ってやるから」
拓真が真剣な表情を浮かべながらそう言ったので、ドクンドクンッ!と水奈の心臓の鼓動が速まった。
「ぅん」
蚊の鳴くようなか細い声で頷いた水奈を目にして、今度は拓真の心臓の鼓動が速まった。
『じーっ … コホンッ! コホンッ!』
ミーサの咳払いで我に返った拓真は、手にしていた拳銃(グロック18)の安全装置を解除し、目標である透怪物を始末するために動き出す。
「茂原さん、俺の後ろに付いてきて。なるべく音は立てないようにな」
2人は足音を立てずに忍び足で進み、先程熱分布映像で赤くなっていた紳士服売り場の柱近くにある棚に身を隠した。
拓真は慎重に棚から顔を覗かせ、紳士服売り場の柱の方へと目をやる。
さっきよりも近づいたせいか、その透怪物の形が熱分布映像ではっきりと見ることが出来た。
「うわ … すごい。なんかいる!」
「シルエット的に大型犬に似てるな … ミーサ、分析を頼む」
『任せてください! 拓真さん、あれはオオカミの一種:ウルフィークだと思います!』
「なーんだ、四級怪物か。雑魚クラスじゃん」
透怪物のレベルは、一級怪物~五級怪物の5つ存在している。もちろん、一級怪物に近づくほど危険度が高いということを示す。
今回出現したウルフィークは下から2番目である四級怪物。そんなに凶暴ではない透怪物だ。
余裕で顔をニヤつかせる拓真であるが、そんな彼を見てミーサは慌てて注意をする。
『拓真さん、今夜は満月の日なんですよ!? 雑魚クラスの透怪物だからと言って、気を抜いてはいけません!!』
「分かってるよ。んじゃ、さっさと片付けちゃうかな」
「ねぇ、鎌ヶ谷君。あたしは何をすればいいの?」
「茂原さんは、今はここから見ているだけでいいよ。俺がどんな風に奴を倒すのか、しっかりと見ておけよ。いずれ茂原さん自身にもやってもらうからな」
拓真は拳銃(グロック18)を握り締め、長い付き合いである相棒の守護神:ミーサと共に、隠れていた棚から飛び出し、数m先にある紳士服売り場の柱へと突っ込んでいくのであった。