満月の日の新人着任編 1-4 「満月の夜」
同日 午後5時過ぎ
白川県警察本部 8階 警備部 戦対第一課
太陽が傾きオレンジ色のグラデーションが広がっている空を、室内から眺めていた鎌ヶ谷拓真は現在不安でいっぱいだった。
なぜならば、あと1時間で透怪物が活発に活動し始める時間帯になるからである。
それだけなら、まだ良いと拓真は思っていた。
いつものように魔力を使い、守護神:ミーサの力を借りて敵を撃退すれば良いだけだから。
しかし今回からは、彼の目の前で甘いスイーツを堪能している新入りの女子高生:茂原水奈と一緒にペアとなって実戦をするのである。
「つーかよ … 何でよりによって、新入り実戦最初の日が満月の日なんだよ」
ポツリと拓真が愚痴を吐いたのに対し、水奈と同じくスイーツを堪能している成田明海も頷く。
「そう言えばそうですよねぇ~。木更津さん、いいんですかぁ~?」
「ん、百戦錬磨の鎌ヶ谷君がいるから、大丈夫でしょ!」
木更津は自分のデスクで読書をしながら、なんともそう適当に言い放った。
確かに拓真は、これまで数々の実戦を経験してきたのには違いない。
だが万が一の事があったら、取り返しのつかないことになってしまう。
「木更津さんはいい加減だな … 」
そこへイチゴのショートケーキを堪能していた水奈が、少し不安そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
「今夜、その透怪物と闘うんでしょ? しかも目に見えないっていうし … やっぱり何か怖くなってきた」
「大丈夫だよ。まぁ … なんだ、あれだ。茂原さんを危険な目には遭わせないから安心しろ。お、俺が守ってやるから … 」
「よっ! 鎌ヶ谷君かっこいい~! ヒュ~ヒュ~」
茶化してきた木更津に向けて、拓真は輪ゴムを発射した。
輪ゴムは丁度、彼女の額に命中し、「痛っ!!」と悲鳴を上げる。
「ちょっと、何すんのよ~ 鎌ヶ谷くーん! 上司に向かって輪ゴムを飛ばすなんて、こりゃお仕置きが必要だね~」
「そもそも茶化してきたのは、アンタの方からだろ?」
「んっ、そう? まぁ、そんなことは置いといて … お仕置きお仕置き!! 喰らえ、コチョコチョ攻撃~♪」
「ちょっ … そこは … やめろっwww!!」
こちょこちょと脇腹を触られて涙目になっている拓真。
彼を見て、楽しそうにコチョコチョしている木更津。
その2人を見て、水奈は素直に思ったことを呟く。
「へぇ~、2人とも … 仲がいいんだね」
「そうだねぇ~。だってぇ~、木更津さんと鎌ヶ谷君は、いつもペアで行動していたからねぇ~」
「えっ、そうなんですか?」
水奈の問いに、拓真の身体をオモチャのようにいじっていた木更津が頷く。
「うん、明海ちゃんの言う通り。以前、私と鎌ヶ谷君がペアで行動していたんだよね。まぁ、弟みたいに可愛がってあげたぞー?」
「 … 可愛がられていたというよりは、むしろいじられてたけどな」
ふぅー、と一息ついて、木更津は続ける。
「でもまぁ … もうそろそろ鎌ヶ谷君にも一人前になってもらわないといけないからね。だから新人を雇って、今度は鎌ヶ谷君が後輩を育ててあげる出番だ! って思ったわけ」
「そう、だったんですか」
「だから鎌ヶ谷君も私のように、あの子に絡んであげないと!」
―― 明らかに木更津さんは、俺とあの子をくっつけさせようと企ててやがるな。
拓真は木更津の陰謀を感じ取って、うな垂れた。
何気に時計を見ると、時刻は5時半を過ぎていた。
透怪物が活発に動き出す午後6時までは、あと約30分と迫っている。
「んじゃ、6時になるまで水奈ちゃんのために、この私が特別講座を開いてあげよう!」
木更津の言葉に、水奈は首を傾げる。
「ふっふっふっ、今回は満月についてお話ししよう!」
「また木更津さんの例の講座かよ。よっぽど都市伝説が好きなんだな」
「ちょっと鎌ヶ谷君は黙ってて」
木更津雪穂は大の都市伝説好きだ。
ほぼ毎日、何かしらの都市伝説講座を開いては、みんなを怖がらせようとしてくる。
しかし、この世のすべては科学で説明できる! と断言するほど、拓真は都市伝説否定派なのである。
「そもそも … 都市伝説だなんて、どうせ誰かの作り話だっつーの」
「ふーん、そっか。でも鎌ヶ谷君、君の身体は守護神のミーサって言う子に憑りつかれているんじゃなかったのかなー? それも立派な非科学的なことだよね? あっ、ていうかそもそも私達、非科学的な魔法を使えるんぞ~?」
「うっ … 」
拓真は見事に論破されてしまった。
確かに拓真は、守護神:ミーサという女の子に憑りつかれている。
自分だけしか見えない彼女。自分だけしか聞こえない彼女の声。
これも完全に科学では説明できないことであった。
「あの … 鎌ヶ谷君って、霊に憑りつかれているんですか?」
「ん、そうみたいだよ。時々独り言を呟いたりしてるし、1人で誰かとしゃべってるから」
「お、おい! それは言うなって!!」
――― はい、嫌われました。 おかしな人に認定されてしまいました!
拓真の心が粉々に砕けてしまった。
蘇る高校時代。
守護神に憑りつかれてしまったせいで、変人扱いされて友達すらできなかった、あの酷い高校時代が!
嫌われるだろうな … と絶望状態に陥った拓真だったが、予想は見事に外れてしまった。
なんと、水奈は目を輝かせて、彼の近くに駆け寄ってきたのであった。
「えっ、どこどこ? どこにいるの!」
「え、えーと … 今は俺の身体の中で眠っていると思うよ」
「鎌ヶ谷君の身体の中で寝てるの!?」
「そ、そうだけど … アイツも夜行性だからな。夜になると元気になるんだ」
予想外にも彼女は信じてくれたので、拓真は驚いていた。
もしかしたら、彼女はオカルト系に興味があるのかもしれない。
「さぁさぁ、あたしの満月の都市伝説、聞かせてあげるから良く聞いてね♪」
拓真は疲れたようにソファーに、もたれかかった。
その隣へ、甘そうな粉砂糖がたくさんかかったシュークリームを手にした明海がやってきて、1つをこちらに手渡してきた。
「ほらほらぁ~、これ食べて力を付けてくださいねぇ~。腹が減っては戦が出来ぬ、ですからねぇ~!」
ありがたくシュークリームを受け取った拓真は、それを思いっきり頬張った。
「満月には邪悪な力があるんじゃないか、っていう都市伝説があるのよ! 満月の日には殺人が多い、交通事故が多い、自殺が多い、手術で出血が多くなるらしいよ! あの『切り裂きジャック』、『ボストンの絞殺魔』 とかも満月の日に起きてるし!」
「えっ、そうなんですか!?」
拓真はシュークリームを頬張りながら、木更津の話を聞き、窓の外に見える夕焼けを眺めていた。
「満月の日 … かぁ」
以前、木更津から満月についての都市伝説を聞かされたが、どうやら満月には衝動的・攻撃的な感情を高める力があるらしいのである。
だから殺人や交通事故・自殺などが増加したりするらしいのだ。
透怪物が満月の日に最も活発化する理由としては、それは有力な説であろう。
その他にも満月の日は身体能力が増すらしい。
これも先ほどの突発的・衝動的な力が働いて、動きたいという衝動が駆られるというのだ。
「まぁ … 確かに満月の日は、いつもより強力な魔法を使いやすいしな … 」
その他にもいろいろな噂がある。
満月の日は株高になり、逆に新月の日は株安になる。
満月に通帳をかざすと臨時収入が入る。
満月の日は出生率が高くなる。
などなど …
満月とは、太陽・地球・月が一直線に並んでいる状態のことである。
よって地球は、月の引力と太陽の引力の両方側から引っ張られることになるので、生物の緊張感が高まり、これらのことが起こるというわけだ。
「でも、もし月が無かったら海には潮の満ち引きが起こらず、生物の進化にも大きな影響があったでしょうね。それほど月は無くてはならない存在になっているの!」
いつしか満月の話から月の話へと移った時、部屋の中に2組の少年少女が入ってきた。
「チースッ!! 只今、館山兄妹、参上しましたァー!!」
チャラい感じでそう言ったのは、金髪チクチク頭の少年。
その隣には、彼の背丈の半分しかない小さなツインテールの女の子が1人いる。
彼らもまた、この戦対課の所属している者であった。
金髪チクチク頭の少年の名前は、館山尚樹。18歳。
隣の小さな女の子の名前は、館山綺羅。12歳である。
「雪穂ちゃん、また月の話っすか?」
「あのね … ちゃん付けはやめてよ。私22歳なのよ?」
「別にいいじゃないっすか。 … ところで、隣にいる可愛い子ちゃんは誰っすか?」
「茂原水奈さんよ。新人さんなの」
それを耳にした館山尚樹は、早速目を輝かせた。
「水奈ちゃんか。オレは館山尚樹ッス! よろしくお願いしまっす!」
「よ、よろしく … 」
2人が握手を交わしている光景を、彼の妹である館山綺羅は呆れた様子で見ていた。
「にぃにぃ … 彼女持ちなのに … ぐぬぬ」
「そうだな … アイツはそういう奴だからな」
「拓兄も彼女作らないのかー?」
「まず俺に憑りついている守護神のことを信じてくれる人がいなきゃ、俺に彼女なんて出来やしないよ」
「ほほーう、なら妾がお嫁さんというものになってあげよーかー? 妾はお主のこと、信じておるぞー!」
「 … 断る。ていうかお前、まだ12歳じゃねーか。ただでさえ独り言を呟く変人と言われているのに、ましてや変態ロリと言われるのはキツ過ぎる」
「ぐぬぬ … それは残念だ。なら木更津はどーだ? 独身だし、お主と仲も良いだろー?」
「木更津さんは … 俺のお姉さんみたいな存在だからな。そもそもあの人、船橋課長のことが気になってるみたいだし」
拓真のその言葉に、綺羅は 「ぐぬぬ … 」 と黙り込んでしまう。
「なら … 成田はどーだ?」
「明海さんは天然だから、そういうのに興味なさそうだしな」
「 … ってことは、もうあの新入りしか残っていないのう」
「そんなにお前は、俺を誰かとくっつけさせたいのかよ!」
綺羅の頭を軽くポンと叩くと、彼女は「うぅ~」と声を上げながら上目遣いの目で拓真を見上げる。
「気になるのだ。お主がどういう女性を好みなのか … 」
「はいはい、俺の事より自分の兄のことを心配してやれよ。あのままじゃ、いつかアイツ、彼女にフラれるぞ?」
「にぃにぃの事なんかどーでもいい! 」
… と綺羅が言っている途中、突如警報音が鳴り響いた。
その警報音を耳にした瞬間、戦対課メンバー全員の間に緊張が走る。
『本部通信指令センターより戦対第一課へ。現在時刻:18時20分、魔力検知より、県内3カ所にて異常反応を観測。戦対第一課所属の捜査員は、至急現場へ急行せよ』
時計の針はいつの間にか午後6時を過ぎていた。
木更津はコートを着ると、パソコン画面を眺めながら指示を飛ばし始める。
「私は海林町へ向かうから、館山兄妹ペアは立豆市・千厘山へ、鎌ヶ谷・茂原ペアは市内・ショッピングセンタービッグタウンへ向かって!」
「了解ッス!」 「うむ、了解したぞ!」
館山兄妹は頷き、兄の方は派手なコートを羽織って、妹の方は可愛らしいなピンク色のコートを羽織り、
「では拓兄、今から行って参る!! お主、気を付けるんだぞ!」
「お前もな!」
小さな体を翻し綺羅は、兄の尚樹と一緒に部屋から飛び出していった。
「じゃあ、俺らも行くとするか。茂原さん、付いてきて」
「あっ、うん」
言われるがままに彼女は拓真について行く。
「くれぐれも気を付けてねー! 新人の水奈ちゃんが居るんだから!」
「分かってるよ」
部屋を飛び出し、背後から聞こえた木更津の言葉に、拓真は大声で返事をした。
警察本部の建物の裏口へ出て、拓真は持っていたキーを置いてあった白バイの鍵穴へと突き刺し、それに跨った。
そしてヘルメットを1つ、新人の水奈へと手渡す。
「ほら、コレを付けて」
「えーと … 絶対に付けなきゃダメ?」
「警察官たる者、ルールは守らなきゃいけない」
「うぅ … 分かった」
髪型が崩れるのを心配していた彼女は、渋々ながらもヘルメットを装着した。
「ほら、早く跨がって」
「えっ、でも … あたしバイクに乗ったことないし、2人乗りは怖いよ」
「大丈夫だ。俺の腰に腕を回してしっかり掴まっていたら怖くないから」
水奈はバイクに跨り、恐る恐る拓真の腰に腕を回した。
密着状態となったことにより、この時彼女の心臓の鼓動の速さが速くなったのは言うまでもない。
「んじゃ、行くぞ」
エンジン音を響かせながら、鎌ヶ谷は白バイを発進させ、ショッピングセンター:ビッグタウン目指して出発するであった。