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満月の日の新人着任編 1-3  「戦対課の仕事」

10月25日 日曜日 午前9時

白川県警察本部 8階 警備部 戦対第一課



 鎌ヶ谷拓真は欠伸あくびをしながら、いつものアルバイト先である警察本部の8階にある小さな部屋へと足を踏み入れた。



「あっ、鎌ヶ谷君、おはようですぅ~!」


「おはよう、明海さん」



 とろけるような甘い声を響かせて迎えてくれたのは、栗色ショートボブへアーの若い女性だった。

 名前は成田なりた明海あけみ。警備部 戦対第一課 鑑識係を務める21歳女性である。ちなみに階級は拓真と同じ巡査部長。


 いつもは戦対鑑識室という部屋で透怪物事件についての鑑識を行っているのだが、時たまここへ顔を見せるのだ。



「鎌ヶ谷君、今日は早いねぇ~。日曜日はいつも、午後3時頃に来るんじゃなかったのぉ~?」


「いつもはそうですよ。でも木更津さんから面倒なことを押し付けられて … 新人の教育を任されたんです」


「おおぉ~、それはよかったねぇ~」


「全然良くありませんよ … 相手が女の子だから、余計にやり辛い … 」



「ガッハッハッ!! つまり拓真は相手の事が気になっているということだな!!」



 そこへ元気なおっさんの声が拓真の耳に入ってきた。

 部屋の入口から入ってきたガタイのいい男性を一目見た瞬間、拓真は軽く溜息を吐いた。



「はぁ … 誰だと思ったら我孫子さんですか。今から帰りですか?」


「ハッハッハッ、そうだ。今日は夜勤担当ではないからな」



 部屋に入ってきたのは、我孫子あびこ玄蔵げんぞうという41歳の男性だ。

 白川県警察本部 警備部 戦対第一課 銃器運用係 係長。階級は警部補である。



「それより、さっき言ったことはどういう意味なんですか?」


「ああ、もちろん言葉通りの意味だよ。相手に対して何も思っていなかったら、やり辛いということはないハズだぞ。やり辛いということは、相手のことが気になっているのと同じことじゃないか」


「そ、そういう理屈ですか」


「ハハッ、ということで新人教育、頑張れよ」



 棚にかかってある鍵を手に取った我孫子は、拓真の肩を軽くポンポンと叩いて、そのまま部屋から出て行ってしまった。



「 … はぁ」


「大丈夫ですよぉ~。鎌ヶ谷君なら出来ますよぉ~」


「ありがとうございます。明海さんにそう言ってもらえると、励みになります」


「こういう緊張しているときは、甘いものを食べた方がいいですよぉ~? ほらぁ~、これあげますぅ~」



 そう言って彼女は、『冬見だいふく』という餅に似たアイスクリームを手渡してきた。

 彼女に頭を下げ、それを受け取って頬張っていると、



「おはようございます … 警備部戦対第一課って、こちらで合っていますか?」



 若い女の子の声が、静かな部屋内に響き渡った。



「んっ?」



 拓真が後ろを振り返ってみれば、長い黒髪の女子高生が入口付近に立っていた。

その少女は、昨日拓真と偶然にもキスを交わしてしまった、あの茂原水奈であった。しかも彼の新人教育相手でもある。



「はい~、そうですよぉ~!」


「えーと、鎌ヶ谷拓真さんは … いますか?」



 と彼女が言ったところで、拓真と彼女の目と目が合ってしまった。

 拓真は急いで口に含んでいる『冬見だいふく』を飲み込もうとしたが、餅に包まれているアイスクリームなので、その餅が喉に引っ掛かってしまった。



「ぐぇげっ … うえっ!?」


「ああっー、鎌ヶ谷君、大丈夫ですかぁ~!? 今、水持ってきますぅ~!!」


 

 慌てて水を取りに行った明海であったが、茂原水奈は餅が喉に引っ掛かってしまった彼を見てとっさに動いた。

 彼の背後に回り込み、背中を掌でパシンッ!と叩く。


 すると ゴクリッ! と音を立て餅が喉の奥へと流れていき、拓真はようやく息苦しさから解放された。



「はぁ … はぁ … あ、ありがとう、助かった」


「 … 危なかったよ。もう少しで窒息死しちゃうところだったから」



 アイスクリームの餅を喉に詰まらせたということに、拓真は物凄くショックを受けていた。

 こんな目の前で、かっこ悪い光景を見せてしまったのだ。


 その時、彼女が「あっ」と声を漏らした。



「もしかして … 昨日の鎌ヶ谷拓真さん … ですか?」


「う、うん … そうだよ」


「 … 」



 そして、なぜか顔を赤くさせる彼女。

 やはり昨日のアレを気にしているのか、と思った拓真はどうしてよいか分からなかった。


 そこへ水を手にした明海が再び現れた。



「鎌ヶ谷くぅ~ん!! 早くこの水を … ってアレぇ~?」


 

 丁度いいタイミングで現れた明海が、気まずい雰囲気を粉砕してくれる。



「明海さん、もう大丈夫です」


「そうかぁ~、ならよかったよぉ~」



 いつもの穏やかな笑みを浮かべる明海は、少し俯き加減に立っている新人少女へと目をやり、つい頬を緩ませた。



「おぉ~、この子が新人さんかぁ~。噂通りに可愛い子だねぇ~」


「いえ … 可愛いだなんて、そんな … 」


「彼氏とかいるのぉ~?」


「いないですよ … あはは … 」



 すると、いかにもチャンスじゃん! という風な表情を浮かべ、明海がこちらを見てきた。



「(明海さん、天然のくせに結構やりますね … )」



 さり気なく新人女子高生の彼氏有無を尋ねるなんて自分には到底できない、と拓真は思った。



「自己紹介、まだだったねぇ~。わたしは成田明海だよぉ~。ちなみに警備部 戦対第一課 鑑識係 主任だからぁ、ちゃんと覚えておいてねぇ~」


「あっ、はい。あたしは … 」


「あなたの事ならもう知ってるし、自己紹介はいいよぉ~。あっ、これ食べるぅ~?」



 そう言って、明海は『冬見だいふく』を茂原水奈へと手渡し、席を立った。



「じゃぁ~、そろそろ戦対鑑識室へと戻りますねぇ~」


「お、おい、明海さん!!」



 明海は憎めない穏やかな笑顔を浮かべながら、部屋から出て行ってしまった。

 そして部屋内に残された人間は、水奈と拓真の2人だけとなる。



「も、茂原さん … えーと、昨日言った通り、戦対課のことについてよく分からないだろうと思うから、説明してあげるよ。とりあえず付いてきて」


「う、うん」



 戦対第一課の部屋から廊下へと出る。

 そして向かい側にあった部屋:『作戦会議室』の扉を開け、拓真は水奈に向かって手招きをした。



「さぁ、中に入って」



 その作戦会議室という部屋は教室くらいの広さで、小さな机が綺麗に並べられていた。


 水奈は言われたとおり、一番前の席に座る。

 教壇の前に立った拓真は、まず何から説明しようかと困ったように顔を顰める。



「えーと、茂原水奈さんは、今日から警備部・戦対第一課・執行係の所属になるんだ。でも、戦対第一課は何をするところか分からないだろうと思うから、まずそれから説明するよ」



 まるで学校の教師になったかのような気分で拓真は黒のマジックを手に取り、ホワイトボードに『戦対第一課とは?』と書いて、その横に矢印を付け加えた。



「まず戦対第一課とは何かをざっくりと言うと、透怪物リフレクターと呼ばれる生物を退治する専門部署のことなんだ」



 水奈はポカンと首を傾げた。

 それもそのハズ、また聞いたことのない単語が出てきたのだから。



「あの … 透怪物リフレクターって何ですか?」


透怪物リフレクターというのは、目に見えない生物のことだ。人間の肉眼では決して見ることが出来ない。しかもソイツは時に人間や他の動物を喰う」


「透明人間の動物版ってこと?」


「まぁ、同じだと思ってくれていい。でも奴らの生態は、俺ら戦対第一課の人間でも詳しくは分かっていないんだ。少なくても分かっていることは、熱線暗視装置というサーモグラフィーみたいなモノでしか、奴らの姿を捕えることが出来ないってところだな」



 彼の説明を聞き、水奈は少しだけ首を傾げていたが、やがて納得したように頷いた。



「それと透怪物は夜行性。午後6時から翌朝午前6までの12時間の間が、奴らの活動範囲時間だ」


「つまり … 戦対第一課は、その透怪物リフレクターという危険な目に見えない生き物から、市民を守っているってこと?」


「その通り」


「でも、目に見えない生き物をどうやって倒すの?」



 彼女の問いかけに対し、拓真は腰のホルスターから1つの拳銃を取り出し、それを彼女へと見せた。



「相手が小型の場合、この拳銃を使って倒すことができる。でもこれは普通の拳銃じゃない。弾は対透怪物用に改良された9x19mm魔力パラベラム弾を使っているんだ。つまり魔力が込められている弾ってこと」



 今度は魔力というファンタジー用語が出てきたことに、彼女はまたもや目を丸くする。



「次に相手が大型の場合や手強い場合だと、その場合には … 魔法を使用する。魔法といい魔力といい、到底信じられないと思うけど … 本当に実在するものだ」


「 …・えっ?」


「魔力を持っている人間のことを、魔力保有者スペラーと言うんだ。現在確認されているだけで魔力保有者 (スペラー)は日本国内に512人いる。だが、中には自覚がないだけで魔力を有している人間もいて、それを含めると約1000人は存在すると推定されている。日本の人口1億2000万人と比べると、遥かに少ない方だな。だから魔力を持っている人間は貴重な存在だ」



 長々とした説明なので彼女の方もうんざりしているかと思いきや、むしろ興味深そうに身を乗り出して真剣に話を聞いていた。 

 それが嬉しくて、拓真は説明し甲斐があるなと思った。



「その故、各国では軍事目的としてもスカウトされている。表向きには公表されてはいないが、日本の自衛隊にも魔力保有者スペラーで構成された特殊部隊があるぞ」


「すごい」


「だから警察と自衛隊とでは … 仲が悪い。魔力保有者スペラーの奪い合いをしているからな。まぁ警察の場合は、透怪物対策として魔力保有者スペラーが必要だから必死になってスカウトしているけど。自衛隊の方は … どうなんだろうな」


「えーと、透怪物リフレクターを倒すことができるのは魔力保有者スペラーなんだよね? ってことは … あなたも魔力保有者スペラーなの?」


「そうだ。戦対第一課に所属している警察官全員、魔力保有者スペラーだ。もちろん、新人の君もね」



 次の瞬間、水奈は驚いたように飛び上がった。



「ええっ!? あたしもっ!?」


「ああ、ちなみに魔力保有者は大まかに分けると、攻撃魔法系・防御魔法系・特殊魔法系の3つだ。俺は事情があって全系統が使えるんだけど … 君はたぶん攻撃魔法系なんじゃないかな」


「でもあたし … 魔法なんか使えないよ?」


「いや、使えるハズだよ。だって君は戦対第一課にスカウトされたんだからな」



 拓真がそう言うと、水奈は腕をブンブン振り回し始めた。恐らく魔法を発動させようと試みているのだろう。 

 だが、そう簡単には行かなかったようだった。 

 彼女は疲れたように溜息を吐き、机に突っ伏す。



「そう落ち込まなくてもいいって。実は言うとね … 昼間よりも夜間の方が魔法を発動させやすくなるんだ」


「そうなの?」


「さっき透怪物も夜行性って言ったよね。俺的には、透怪物と魔法は何か密接に結びついているんじゃないか、って思うんだよ。だって透怪物は、魔法or魔力を有する武器でしか倒せないんだからな」


「でもそれって … つまり退魔師みたいなものじゃないの?」


「いいや、違うよ。そもそも透怪物は妖魔じゃないからな。確かに似た部分は多くあるけど、退魔師というのは妖魔の姿を見ることができる。普通の人間には見えないモノを見ることが出来るんだ。でも、透怪物の姿はいくら霊感がある人間や俺ら魔力保有者ですら、直接この目で奴の姿を見たことは一度もないんだ。サーモグラフィーなどの熱線暗視装置でしか捉えることが出来ないから、奴がどんな形をしているのかは把握できるが、身体の特徴・色とかは全然分からない」



 拓真は続ける。



「あと、奴らは自分の命が尽きると瞬間的に消滅してしまうんだ。HPが無くなった時のゲームのモンスターのようにね」


「その目に見えない透怪物リフレクターを、あなた達戦対第一課の人間が倒しているってわけか。なんかかっこいい! 映画とかドラマみたいだね!」


「まぁ、市民の生活を守るのが、警察官の仕事だからな!」



―― いいぞ、俺。 『戦対課=俺=かっけぇ!!』 ってなってるじゃん!! 



 そこへ拓真にしか聞こえない、あの声が響き渡ってきた。



『拓真さん、ダメですよ。あたしというお嫁さんがいるのにも関わらず、この可愛い女の子を狙っているだなんて … 拓真さんは浮気者なんですね!』


「誰が浮気者だぁ!!」



 思わずそう口に出してしまった拓真は、しまった!と慌てて自分の口を塞いだ。



「あの … ど、どうしたんですか? 浮気者って … ?」



 不審な表情でそう尋ねてきた水奈。

 拓真は苦笑いを浮かべながらも、必死に言いわけを考える。



「あははっ … ウワッキーとモンモンというキャラを突然思い出しちゃって … 」


「もしかして、ふなっしー と くまモンのこと?」


「あーあー、それだ、それそれ!!」


「あたし、あれ好きなんだよね。ほら、ストラップ持ってるよ!」



 明らかに無理矢理感があったのだが、彼女は納得したようだった。



 『拓真さん … さっきの言い訳凄いですね。ウワッキーとモンモンって … いくらなんでも … ぷっ!』



 彼の周りをグルグルと回りだした守護神:ミーサは、爆笑しだした。

 もちろん拓真にしか聞こえないので、彼の気持ちを分かってくれる者はいない。


 そろそろいい加減にしろ! と怒鳴りたくなる気持ちを抑えつつ、じっと我慢していると、いきなり部屋のドアが開き、上司にあたる木更津雪穂が入ってきた。



「おっはよー!! おおっ、早速、新人教育をしてあげているんだね! 偉い偉い!」



 やけにテンション高めであるが、これでも拓真から見ると、今日はテンション低めな方に見えるのであった。

 木更津が本当にテンションの高い日は、面倒くさいほど絡みついてくるのだ。



「あれ … 木更津さんって夜勤明けですよね。帰らなくてもいいんですか?」


「まぁね。独身だから家に帰っても寂しいだけだしね。それよりも鎌ヶ谷君と絡んでいた方が楽しい」



 拓真の予想は間違っていた。

 テンション低めに見えた木更津であるが、実はテンションが高かった。


 木更津は彼の肩に腕を回し、グッと自分の方へと抱き寄せてくる。



「さぁ、喜べ。美人なお姉さんが絡んであげているんだぞ~?」


「自分で言うか!」



 しばらくなす術もなく絡まれていた拓真だったが、



「鎌ヶ谷君、今夜は大物が出ると思うよ」



 急に彼女が放った言葉で、拓真はハッ!と顔を上げた。



「そうか … 今日は10月25日か! 厄介な満月の日かぁ … 」


「えっ、なになに? 何で満月の日が厄介なの?」



 1人だけ首を傾げていた水奈が、そう尋ねた。



「えーと、茂原さん、さっき透怪物は夜行性って説明したよな?」


「う、うん」


「確かに奴らは夜行性だ。だが満月の日だけは … 奴らは恐ろしいほど、活動が活発化になるんだ。つまり、より凶暴化して身体能力がアップする」


「そ、そうなの?」


「だから満月の夜は特に危険な日なんだ。くそっ … ってことは、今夜は家に帰れねぇなぁ … 。茂原さん、今夜はここに泊まれる?」


「えっ … でも、明日は月曜日だし … 学校が … 。泊まれると言えば泊まれるけど、その代わり荷物取りに家に帰ってもいいよね?」


「もちろん」


「じゃあ、OKかも」


「ありがとう」



 彼女の返事を聞き、木更津は大きくガッツポーズを浮かべる。



「んじゃ、みんな今夜は気を引き締めて、街の安全を守るために頑張るぞ!」


「「「おー!」」」


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