悪魔の猟奇殺人事件編 2-1 「戦対定例報告会議」
10月27日 火曜日 午前9時40分
東京都 千代田区霞が関 警察庁 正面玄関前
本日午前10時から警察庁で行われる戦対定例報告会議のために、船橋影朗と木更津雪穂は白川県から遥々東京にやってきていた。
警察庁が置かれてある地上21階建ての中央合同庁舎第2号館建物を見上げながら、木更津は思わずうわーっと声を上げる。
「うわぁ~、影ちゃん見てみて!! やっぱ警察庁っていつ見ても大きいね!」
「お前は子供か。今日は遊びの為に来たわけじゃないんだぞ」
「それくらい分かっているわよ。ただ影ちゃんとこうして一緒に歩いているだけで … 気分が嬉しくなるっていうか … って待ってよ~! 置いて行かないでよ~!!」
庁舎第2号館正面玄関前に立っている警察官に警察手帳を掲示し、中に入って行った船橋を慌てて追いかける木更津。
総務省・警察庁が入居している中央合同庁舎第2号館に足を踏み入れた2人は、受付で手続きを済ませ、職員に案内されるがままエレベーターに乗り込み、某階で降りた。
「うぅ … なんか緊張する … 」
「会議に出るのは俺だ。なぜお前が緊張するんだ」
「だって、警察庁って日本の警察のトップだよ? 雰囲気的に緊張しない?」
「毎月来ているから緊張はしない」
「ほぉ~、さすが影ちゃん。いつでもどこでも冷静だね」
清潔感のある廊下を突き進んでいくと、2人の前を歩いていた職員が『大会議室』と書かれた扉の前で立ち止まった。
「こちらが戦対定例報告会議の行われる大会議室でございます。戦対第一課の課長しか入出が許されておりませんのでご了承ください」
職員の言葉に木更津は少し落ち込んだように「分かりました」と答える。
「じゃあ影ちゃん、会議頑張ってね。私、控え室で待っているから」
「ああ、行ってくる」
職員に連れられて控え室へと向かっていった木更津の後姿を見送ると、船橋は大会議室の扉に開けて中に入る。
広い大会議室の中央には巨大な楕円形のテーブルが置かれてあり、奥の壁には会議用の巨大なプロジェクタスクリーンが設置されていた。
そしてテーブルの周りには、30代~40代くらいのスーツ姿の男性達が席に腰掛けている。彼らは全員、各都道府県の警察本部から招集された戦対第一課課長である。
時刻は午前9時55分。会議開始時刻は午前10時からなので、あと5分ある。
とりあえず船橋も『白川県警』というプレートが置かれてある指定の席に座ると、隣の席に座っていた30代男性が声をかけてきた。
「おう、影やんやないか。今回は来るのが遅かったな」
そう声をかけてきたのは、大阪府警戦対第一課長の野田敦であった。
彼は船橋のちょっとした知り合いである。
「ああ、雪穂に足を引っ張られたものでな」
「そかそか。でもあんなべっぴんさんな彼女がおるなんて、影やんが羨ましいわ」
「それはどうも」
雑談をしているうちに会議開始の時間である午前10時を迎え、同時に大会議室内に3人の男が入ってきた。
室内にいる人間が一斉に立ち上がり、敬礼を行う。
「本日は、遠方より足を運んで頂きご苦労だった。見渡してみる限り、全員揃っているようなので戦対定例報告会議を始めるとする。着席してよいぞ」
皆が着席したのを見計らうと、恐らく偉い人物であろう50代の男は小さく「うむ」と頷いた。
船橋は1カ月に1度、この戦対定例報告会議に出ているので彼らが何者なにかを知っている。
先程言葉を述べた偉い人物に見える50代の男は、警察庁警備局長(階級:警視監):四街道尚政という人物だ。国家公務員Ⅰ種試験合格者のエリート、つまりキャリア組である。
その両隣にいるのは、警備局非生物捜査課長(階級:警視長):香取という男性と、警備局非生物捜査課 非生物被害対策室 室長(階級:警視正):白里という男性である。
「まず初めに、今月25日の18時~26日の6時までに発生した、満月の夜:透怪物事案による被害状況の報告発表を行って頂きたいと思います。まずは警視庁からお願いします」
警察庁の白里の指示により、椅子に腰掛けていた警視庁 警備部 戦対捜査一課(他の道府県とは若干名称が異なっている)の課長が立ち上がり、スクリーンの前に移動して報告を行い始めた。
「私は警視庁 戦対捜査一課長の多古と申します。では報告を行いたいと思います。今月25日の18時~26日の6時までの間、東京都内において7件の透怪物事案が発生しました。1件目は、台東区上野公園に四級怪物:バトソッソが出現し … 」
プロジェクタスクリーンを使用しながら、多古は進めていく。その説明に全員がじっと耳を傾けている。
やがて警視庁の説明が終了し、報告出番は各都道府県警へとバトンタッチされていく。
そして白川県警の出番まで、あとわずかと迫っていた。
今までの説明に真剣に耳を傾けていた船橋は、やはり今日本に重大なことが起きようとしているということを確信していた。
なぜならば、数日前の満月の夜に起きた透怪物の第3形態は他の地域でも同様に起こっていたということが、この報告によって判明したからだ。
(白川県内だけの出来事ではない。これはもう … 日本全土で起きている異常事態だ。早く手を打たなければ、あの人類史上最悪の出来事が再び … )
「 … ということであります。以上を持って、京都府警からの報告を終わらせて頂きます」
船橋がそんなことを考えていると、京都府警の報告が終了した。
「では、次は白川県警、お願いします」
進行役の白里からそう指示されたものの、船橋は深く考え込んでいたために気が付いていない様子。
皆の視線が船橋に集まる中、隣にいる大阪府警の野田が慌てた様子で船橋の腕をつついた。
「おーい、影やん! 影やんの出番やで」
「あっ … ああ、すまない」
船橋は慌てて立ち上がり、スクリーンの前まで移動する。
「私は白川県警 戦対第一課長の船橋と申します。これより報告を行いたいと思います。今月25日の18時~26日の6時までの間、我が県においては3件の透怪物事案が発生しました」
船橋はいつもの冷静な表情を浮かべ、報告を行っていく。
「1件目は、柿ノ木市西区不知火町にあるショッピングモール:ビッグタウンに四級怪物:ウルフィーク計12体が出現しました。現場に駆け付けた捜査員及び素早い避難誘導により、一般市民の死傷者は皆無。しかし捜査員の鎌ヶ谷巡査部長がウルフィークにより負傷してしまいました」
すると会議室内がざわついた。
「鎌ヶ谷って、あの鎌ヶ谷のことか? 」、「あの偉大なる7人の … 」、「彼が負傷するとは … 一体 … 」 という声が漏れる中、警察庁警備局長の四街道が「静粛に!」と言ってざわめきを黙らせる。
「船橋君、続けてくれたまえ」
「はい。今回、ショッピングモールに出現した透怪物であるウルフィークは、通常形態から第2形態へと姿を変えた所までは何ら変わりないのですが、既に他の県警の報告でも見られたように、第3形態へと姿を変えたのを確認しました。ウルフィークの第3形態の姿ですが、頭部が3つに増え、大きさは約4倍になり、凶暴性はより増した模様です。その容姿はギリシア神話に出てくるケルベロスのような姿をしていたということです」
そしてスクリーンに、赤やら青やらの映し出された画面が表示された。
「これは鎌ヶ谷巡査部長が身に着けていたサーモグラフィー搭載型のHMDに記録されていた映像の一部から抜粋した画像です。ここに頭部が3つあるのがお分かり頂けると思います」
こうして約5分間の報告時間はあっという間に経ってしまい、船橋は報告を終えて自分の席へと戻った。
「次は … 」という声が上がらなかったので、どうやら白川県警が最後の出番だったらしい。
「これにて48都道府県警による透怪物事案の報告発表は終了ということになります。続けて、この報告発表のまとめを警備局 非生物捜査課長により発表して頂きます」
進行役の白里がそう促すと、警備局 非生物捜査課長の香取が立ち上がった。
「各都道府県警の報告をまとめてみましたところ、このようになりました」
スクリーンの画面が切り替わり、そこには死傷者数を表した数字が映し出される。
「今回の満月夜における透怪物事案の被害者数は計102名になりました。その内、一般市民の死者は32名、負傷者は45名。捜査員の死者は17名、負傷者は8名です」
香取の言葉に、その場にいた全員が言葉を失ったように愕然と目を見開いていた。
「これは過去の透怪物事案の中でも最も大きな被害者数であり、過去最悪規模の被害です。ただでさえ捜査員の数が人員不足となっているにも関わらず17名も殉職してしまい、一般市民32人もの尊い命が失われてしまいました。このような被害が出てしまった原因は、全国各地で確認された透怪物の第3形態であると考えられます」
「うむ。香取君の言う通りだ。これを受けて我々は対策を取らなければならん」
四街道警備局長は重苦しい表情を浮かべて立ち上がり、室内にいる全員の顔を見渡し、こう言い放った。
「今後、更に透怪物の活動が活発になると思われる。これを受けて、例の封鎖地区がある山梨県の警戒レベルをフェーズ4からフェーズ5に引き上げる。同様に静岡県、日本三大都市がある都府県(東京都・大阪府・愛知県)は警戒レベルをフェーズ3からフェーズ4へ。その他の道府県はフェーズ1・フェーズ2からフェーズ3へと引き上げるとする」
その言葉に室内がざわめいた。
「まさか … あの20年前の … 世間では『一一五災害』と呼ばれているアレが再び訪れるという事ですか!?」
「そうかもしれんということだ」
「ですが … 例のアレは20年前、7人の偉大なる魔法使いによって、山梨県 青木ヶ原樹海の中にある封鎖地区に封印されたハズでは!? すべては終わったハズです!!」
「そうだ。すべては終わったのだ … 20年前にな」
「だったらなぜ!?」
「封印したハズの例のアレが復活しようとしているからだ」
警備局長の言葉を聞き、船橋は手を上げた。
「四街道警視監、先程例のアレが復活しようとしているとおっしゃいましたが、封鎖地区は防衛省管轄となっており、一般人の立入禁止はもちろんのこと、封鎖地区上空は航空機1機も進入禁止となっている程、厳重な警備態勢が取られている筈です。それに封鎖地区には、バチカンから派遣されてきた5名のエクソシストと陸上自衛隊の東部方面隊第1師団第2魔法科連隊が常時駐留しています。よって封鎖地区には防衛省に公認された者しか立ち入ることが許されておらず、一般人はもちろんのこと、透怪物も侵入不可能です。例のアレが復活することはありえないと思うのですが?」
「船橋君の言う通りだ。だが … 君も覚えているだろうに。13年前に起きた出来事を … 」
「!?」
13年前に起きた出来事と言えば、ジャパンエアロ航空111便墜落事故である。
そう … 墜落現場となったのは、偶然にも青木ヶ原樹海。しかし封鎖地区内に墜落したわけではないのだが。
――― なぜここでジャパンエアロ航空111便墜落事故が出てくるんだ?
船橋は目を見開く。
「警視監、どういうこと… なんですか?」
すると警備局長は船橋に向かって手招きをした。そして船橋にだけ聞こえる小さな声でこう呟いた。
「これからワシが口にする内容は、特定秘密保護法によって指定されているものだ。いずれ君にも話そうとしていたことなので、警察庁長官からも許可を頂いている。その代わり … 誰にも話さないことが条件だが … 」
「分かりました。誰にも言いません」
「うむ。それでこそ船橋君だ。実はな … あの13年前の出来事は …・・ 」
そして四街道警備局長からすべての内容を聞き終えた船橋は、頭を殴られたかのようなショックが全身を貫いた。
「そ、その事実は … 鎌ヶ谷も知っているのですか?」
「いいや、知らないだろうな。だからといって、今ワシが言ったことを彼に伝えるのはダメだ」
「なぜ、このことを鎌ヶ谷に伝えないのですか? 鎌ヶ谷はそれで両親を亡くしているのですよ? 彼にも知る権利があるはずでは?」
「君の言う通りだ。しかし、このことを知れば彼はきっとショックを受けるだろうと思い、我々は13年間秘密にしてきたのだ。だが彼も今年で20歳を迎えて大人の仲間入りを果たし、精神的に成熟したであろう。今ならあの出来事の真相を知ったとしても、何とか乗り越えていけるはずだ」
「では … 」
「ああ、いずれ近いうちに警察庁長官が直々に彼に真相を話す時が来るだろう。だからそれまでは伏せておいてくれ」
「ええ、分かりました」
そこで2人のコソコソ話が終了し、四街道警備局長は今日集まった全員に向かって改まった表情を浮かべた。
「いずれにしろ … 例のアレが復活しようとしていることは明らかだ。我々は何としてでもソレを阻止しなければならん。具体的な対策内容は数日後、各都道府県警察本部長に送付するから、諸君らはその指示に従うこと。 … ということで、本日の戦対定例会議はこれにて終わりとする。最後に、今回の事案において殉職してしまった17名の捜査員に対して黙祷を捧げるとしよう」
◇
戦対定例報告会議が終了し、船橋は大会議室から出ると、木更津が笑顔で出迎えてくれていた。
「影ちゃん、おつかれ~。会議どうだった?」
「 … よくなかったな。やはり各都道府県でも透怪物の第3形態が確認されていた。犠牲者数も過去最悪だったからな」
「そ、そっか … あまり良くなかったんだ。それで何か対策とかは … ?」
「警戒レベルが1つ上がったよ。詳しい対策内容は数日後に送られてくるらしい」
例のアレについては、木更津には伝えなかった。
そのまま2人は警察庁を後にし、タクシーへと乗り込んだ。
「お客さん、どちらまで?」
「東京駅までお願いします」
「えー!! もう帰るのー!?」
船橋の言葉に、木更津はムッと表情を浮かべた。
「帰って悪いか?」
「いや … せっかく東京に来たんだし、ちょっとくらいは影ちゃんと一緒にいろいろ見て回りたいな~ って思うじゃん?」
「だから俺達は遊びで東京に来たわけではないって何度も言っているだろ」
「でもさ、先月東京に来たときに影ちゃん言ったよね? 次に来たときはお前のワガママに付き合ってあげるって」
「い、言ったか? お … 覚えがないのだが … ?」
一瞬だけ船橋は「しまった」という表情を浮かべたが、瞬時にいつもの冷静な表情を取り戻し、視線を彼女から車窓へと逸らす。
「あー! そう言って恍けても無駄よ!!」
「 … それよりもだな、お前の怪我はまだ完治したわけではないのだから、早く家に帰って安静にしていた方がいいと思うのだが?」
「うわっ … 図星だったから話を逸らした!! あたしは、ただ影ちゃんと一緒に居たいだけなの!!」
始まった木更津のワガママに、タクシーの運転手も苦笑いを浮かべている。
恥ずかしくなった船橋は、とりあえず木更津を黙らせるために、彼女の唇を自分の唇で塞いだ。
「っ!?」
目を丸くしている木更津に向かって、船橋は小さな声でこう囁く。
「警戒レベルが上がったのだから、のん気に東京を観光している暇はないんだ。その代わりに、今夜はお前の家に泊まらせてもらい、ずっとお前の側に居てやる。これで文句はないか?」
赤面状態の木更津は「ぅん」と小さく頷いた。
なんとか木更津をなだめることに成功した船橋は、疲れたな表情を浮かべながら車窓から見える東京の景色を眺めた。
「例のアレが復活すれば … たとえ7人の偉大なる魔法使いが力を合わせたとしても、今度こそ人類は滅びるだろう」
もしかすると、もう二度と見ることが出来なくなるかもしれない東京の景色を、船橋はじっと目に焼き付けているのであった。




