1話
掲載は不定期です
肌寒さを覚えて、僕は身体に掛かっているはずの毛布に手を伸ばした。しばらく腕を身体の上でうろうろさせる。
……ない。寒い。
寝ている時に毛布を蹴飛ばすほど寝相は悪くないし、毛布を蹴飛ばせるほど元気な身体じゃない。
というより、しばらく腕を動かしていたにも関わらず息切れも慣れ親しんだ身体の痺れもない。まるで自分の身体が真っ当な人間になったみたいだ。
まあ、夢だろう。物心ついた時から病院にいるから、こういう夢はかなりの頻度で見る。
なら下手に目を覚ましてこの幸せを終わらせてしまうのはちょっともったいない。
閉じた瞼の向こうで、赤い光が生まれたのがわかった。気になるけど、この夢が終わってしまうのが怖くて目を開けられなかった。
光はどんどん強くなっていく。火事でも起こったのかな。それにしては静かだけど、この幸せな夢を見ながら死ぬのも悪くない。
僕はざわつく心を落ち着かせるように、目を瞑ったまま深呼吸した。
優しい、香りがする。心が穏やかになるその香りを認識してすぐに、僕は眠りに落ちた。
背中が痛い。どこか硬い地面の上に寝かされているのか、身体の痛みで目を覚ました。
焼死体になって歩道にでも並べられてるのかなー、にしては意識があるなー、なんて事を寝ぼけた頭で考えながら、瞼を押し上げる。
視界に入ってきたのは見慣れた白い病室の天井でも空でもなく、石造りの天井だった。
「知らない天井だ……」
他に思いつく言葉もなかったので咄嗟に頭に浮かんで来たセリフを呟いてしまった。まあこのセリフの元ネタのアニメは観たことがないんだけど。
いつもの習慣で首だけを動かし、周囲を探ってみる。
どうやら僕は石造りの部屋に転がされているらしい。夢の最後に見たあの甘い香りが漂っている。と、僕が転がっている地面に何か描いてある事に気付いた。
もしかしなくても魔法陣? 目に入ったのは円形の一部と見たこともない文字や記号やら、どう見ても魔法陣にしか見えないものだった。
病室でいつも読んでいた小説のような展開に心が躍る。これはあれか、異世界に転生しとか、そんな状況なんじゃなかろうか。
となると次の展開はチート能力の開花かな? うふふ、どんな能力に目覚めてしまうんだろう。個人的には身体能力向上系の能力がほしいけど、MPカンストとかクラフトスキルのカンストとかも捨てがたいな。
こんな時にネトゲをプレイしていなかったことが悔やまれる。ネトゲをプレイしていたならきっとゲーム内のステータスを引き継いでの転生だろうし、病室で暇を持て余す僕ならきっと廃人になっていたわけで、必然的に転生先でもチートなステータスを持っているわけでーーー
そんな僕の思考を中断させたのは、僕から見て左側に立っている人物の咳払いだった。