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リバースサイド  作者: 曾良
第一幕
4/13

第二章 陽炎に潜む者

「……………………なんだこれは」

「通知表。君のね」


 久しぶりに登校した学校の自席でぐったりと机に寝そべっていた夜鷹は、自分に指しだされる白い四角い厚紙を見てすっとぼけたような声を上げた。視線を所在なげに逸らす。


「君、終業式来なかったから代わりに私が預かってたの」

「病院に持って来いよ」

「病院に持っていくと、君補習来なくなるでしょ」

「そ、そんなことはねえ」


 狼狽える夜鷹に対して、春奈は飽くまでも強気な語気を崩さない。「ある」


「だって、絶対サボるでしょ。現にこうやって、今日は登校日だよって嘘つかないと来なかったし」

「今は夏休みだ」

「ほら、そう言う。君、変なところでは頭回るから通知表と出席状況見たら補習あるって気づくだろうし、だからこうやって騙し技使うしか手がないの」

「明日からは来ねえし」

「今日はお弁当持ってきてるよねー? あ、大丈夫夕食の分は私の奢りだから」

「一日中やるつもりなのか!?」


 彼女の驚くべき計画に夜鷹は思わず目を見開き、椅子から転げ落ちた。確かに夜鷹の成績はよいとは言い難い、前にもらった通知表も五段階評価の内の二と書かれたものが多数散見された。だが、それでも補習を受けなければいけないほど成績が芳しくないというわけではなかったはずだ。「いや、だって君期末テスト結果見たの?」春奈が呆れたように肩を落とす。


「略符くすねて、燃やしたけど問題あるか?」

「見なさいよ!」

「まさか、赤点があったとか言うんじゃねえだろうな」


 嫌な予感が夜鷹の脳裏をかすめていく。


「全教科赤点」

「……それはお前のテストだろ」

「そんなわけあるか!」


 再び炸裂する鐘ヶ江祖父直伝のチョップが、夜鷹の頭部を鋭い痛みを伴って飛来した。その痛さ、中途半端に骨折した時よりも痛かった。

 悶絶するように夜鷹が床に倒れこむ。大袈裟に思えるが大切なことなので二度言わせてもらおう、それほどまでに彼女のチョップは痛い。


「ということで、全教科赤点の君には今日一日中の補習が科せられることになってるの。いい加減自分が受験生だって自覚持ってよ……」

「陰陽師になるからいい。のんびり気ままに自営業を」

「そういえば、今日のニュースやってたんだけども……陰陽師や山伏といった〝リバース・サイド〟の人たちにある認可書、つまり資格を発行するとかいう話があるらしくて、今後それがないと修祓のような「霊的存在」の退治を目的とした依頼は受けられないんだって」

「…………それ、本当の話か?」

「陰陽師とかも結構、メジャーな存在になってきたしね。そろそろ国がそういう人たちを集めた機関とか作ってもいい頃合いだとか、テレビで禿げたおじさまが言ってたよ?」

「ちょっとその禿げたオッサンの残った髪の毛燃やしてくる」


 と、そこへ「よし、それじゃあ補習はじめんぞー」という声が教室の入口から聞こえてきた。補習一時間目の教師のものだろう。


 本当に立ち上がりどこかへ去ろうと思っていた夜鷹は、「ちっ」と小さく舌打ちをすると渋々といった様子で着席した。その隣には白々しい態度で春奈も座っている。「なんでお前が」と夜鷹が尋ねると、「受験勉強」という答えが返ってきた。どうやら、彼の見張り番も兼ねて勉強をする気のようだ。


「真面目なことで」


 ため息交じりにそう呟き、夜鷹は気怠く思う気持ちを押し殺して前に視線を移した。




 火柱があった。



 視線を前に向けた夜鷹の視界には映し出されるはずの黒板と教師の姿はなく、逆にそこあるはずがない大きな火柱が一つだけ床を穿つようにしてそこにある。


「なんだ……これ」

「見ての通りの火柱じゃよ。妾の術でおぬしらの陰陽術とやらをまねてみたのだが、どうかのう?」


 呆然とした表情でつぶやく夜鷹の問いに、答える声があった。その主はすぐそばにいた。


 隣だ。


 夜鷹のすぐ隣の席で、その声は響いていた。


「お前……鐘ヶ江じゃねえな、誰だ」


 夜鷹は自分の隣の席に堂々と腰かけている春奈の姿をした者に向かって、言葉を吐き捨てるように言った。反射的に後退ろうとしたが、運悪く夜鷹の席は窓際でこれ以上下がれる場所はなく、今日は略符も持ってきていない。内心で厄日を呪いながらも、夜鷹は臨戦態勢をとった。相手が何か怪しい動きをしたら、すぐにでも『翔歩』で逃げなければならないからだ。


 夜鷹の問いに、春奈の姿を模した何者かは依然と椅子に座り頬杖をついた状態で微笑を浮かべながら答えた。


「無粋な質問じゃな。せっかく妾から会いに来てやったというのに、そのように緊張しておるといざというときに即座に動けなくなる。少しはあのひょろい男みたいに、堂々としとれ」


 その一言で夜鷹の身体にさらなる力がこもる。見切られていた。恐らく、彼女も「見鬼」かもしくはそれに似た何かを持っているのだろう。そうでなければ、夜鷹が全身に霊力を巡らせていたなど知り得ることなどできない。それよりも不気味なのは、先ほどから彼女の、春奈ではない何者かの霊気が「見鬼」を以てしても見えないのだ。まるで偽装されているかのように、感じることが出来ないでいる。


「さて、質問の答えじゃが……妾も知らん」

「……どういうことだ」

「どうにもこうにも、妾は貴様のいう固有名詞とやらを持たぬ、と言っているのだ。妾はただ楽しければそれでいいのよ。楽しいことがあれば、それでいい。それが妾の存在理由であり、価値じゃ。現に妾は今……ときめきというべきものを感じておる。魂が揺さぶられるような、なんともいえぬ感覚じゃ」


 突然立ち上がったそれは、何かを堪えているかのように体を小刻みに揺らし、九の字に曲げている。まだ春奈の姿をしたままなので、なんだか妙な光景だった。夜鷹が思わず眉をひそめた。


「さてと、無駄話はこの辺りにしとくかのう。あの娘っ子も中々のものを持っとるが、やはり目下一番の楽しみときたら、やはりおぬしよの」


 ぞわりとした寒気が背筋を凍り付かせる。舌なめずりをし、こちらを見るその瞳を見た時本能的な恐怖がこみあげてきた。前に童女と対峙したときは別種の、それでいてそれよりもさらに上の威圧感。圧倒的な格の違い、それをただの視線一つで思い知らされる。


 冷や汗が額から滝のように流れてきた。この一瞬で夏の暑さが吹っ飛んでしまったかのようだ。

 童女の時は圧倒的に濃い霊気に「見鬼」の才を持つ者として畏怖を抱いた。だが、これは違う。これは相手の存在そのものに、人間という格を超越した何かに対して畏怖しているのだ。


「へっ、随分買ってくれてるんだな。有難いね」


 自分を奮い立たせるために、夜鷹はあえて強気な物言いで挑発的にその口角を釣り上げる。全身から霊気を溢れさせ、相手を威嚇する。相手が夜鷹の予想した通り、霊気を感じ取る力を持っているのなら、夜鷹の意図が少しはわかるはずだ。


「その心意気は買うぞ、小僧。そら、妾を存分に楽しませ魅せよ!」


 それが叫んだ瞬間、その姿が陽炎の如く揺らぎだし、その姿を春奈から別のものへと変えていった。


「お前、この前の!」

「お兄ちゃん、あそぼ?」


 童女だ。あの時、陣内に修祓されたはずの「霊的存在」が夜鷹の目の前で無邪気な笑みを振りまいた。そして、同時に彼女の霊気が異様なまでに膨れ上がるのを視認した。普段ならば霊気とは目に見えないものなのだが、彼女の発する霊気があまりにも高密度なせいか、それはまるで色が付けられたように夜鷹の瞳に映し出された。


「ほら、行っちゃえ」


 愛らしい幼気な声が空気を伝い夜鷹の鼓膜を刺激する。「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前――――!」即座に九字を切り、それの衝撃に備えた。

 巨大な火柱が童女の背から彼女をも呑み込むようにして、夜鷹を襲う。


「ぐっ……!」


 九字による防壁は、五秒と持たず消滅。消滅する間際に、横に飛退いた夜鷹はなんとか九死に一生を得たがすぐに休む暇なく火柱が蛇の如くうねりこちらめがけ向かってくる。

 既に先ほどの攻防で迎撃を無理だと判断した夜鷹は、すぐに次の一手へと移った。逃げ、である。


「やってられるかってんだ。逃げるが勝ち、お前と戦ってもこっちにはメリットないんでな!」

「ああ! ずるい!」


 常人離れした速度で廊下を駆け抜けていく夜鷹を見て、童女が思わずそう叫んだ。確かに夜鷹のいう通り、前回の戦闘とは違って今回は守るべきものややるべきことがない戦闘である。一般人である春奈がいたあの時とは違って、今は夜鷹が戦って何らかのメリットがあるわけではない。ならば、無理して勝ち目のない戦いに身を投じる必要性もないというもの。

 しかし、いくら夏休みとはいえここが学校であるということに変わりはない。学校には必ず教師と生徒がいる。特に…………高校受験を控えている中学三年生にとっては勉強するために、夏休み期間中でも学校へ登校する生徒は少なくない。そのため、窓から見えるグラウンドにも走り抜ける際に見える教室にもちらほら生徒が見受けられた。これではどこかに逃げようにも、下手すればほかの生徒に危害が加わってしまう危険性がある。それだけは何としてでも阻止したいことだ。


 どうすればいい。あの火柱は夜鷹の九字では止めれず、略符も持っていない。丸腰の状況で、あれを食い止めるにはどうすればいいのか。

 だが、そう思案している間にも火柱は徐々に夜鷹との距離を詰めてくる。こちらは全速力だというのに、なんというスピードなのだろう。陰陽師の場合、術の威力や精度は術者の能力や技術によって異なるとされるが、「霊的存在」にもそれが当てはまるのならば相当な強者であることは間違いない。

 彼女はすでに前の戦闘で『霊獣』となっていた。しかし、そうであるにもかかわらず先の童女からは「瘴気」というものがまったくもって感じられなかったのはなぜか。


 理由は恐らく、彼女が次の段階へと移行してしまったからだと思われる。


 レベル3。『霊獣』であるレベル2よりもさらにもう一段階上であり、この世の理を完全に超越した「霊的存在」がなり得る一種の到達点。それがレベル3だ。


「だとすれば厄介だな……俺ごときじゃ、相手にすらできやしねえぞ……師匠に来てもらおうにも携帯置いてきちまったし。あれ、燃えたな」


 頼みの綱である陣内との唯一の交信手段は携帯電話だけ。さらにその携帯電話も先ほどの攻防で炭すら残らないほどに焼き尽くされてしまっているはずで、そうなると彼への連絡手段は夜鷹にはまったくなかった。万事休すである。


「お兄ちゃん、み~つけた」

「もうかよっ!」


 まるで鬼ごっこでもしているかのような無邪気で楽しそうな声が背後から近づいてくる。この状況でそれを聞くと、死神の足音にしか聞こえないのだから不思議だ。


 再び思考を巡らせる。


 このままこの狭い廊下で彼女を迎え撃つのは、さすがに無理がある。ならば、迎え撃たなくとも精々動き回れるぐらいの広さがあって、誰もいないであろう場所におびき寄せるが得策か。そして、導き出されるその場所は、


「屋上!」


 もう一度霊力を足の裏で爆発させ、加速力を得る。

 普段の屋上は閉鎖されているが、今は非常事態だ。扉を破壊しても文句はないだろう。それにそうしなければ、どのみち被害拡大は避けられない。

 階段を駆け上がり、屋上へとつながる入口を思い切り蹴り飛ばす。常人離れした速度から繰り出される蹴りは、難なく屋上の入口を破壊し、校内へ風を吹き入れる。扉は全部が鉄というわけではなかったが、さすがに固く頑丈に出来ていてためにそれなりの反動は彼の足に響いていた。痺れるような痛みが、足の先から脳へと突き抜けていく。


 ちょっとだけ出てきた涙を人差し指で拭いながらも、飛び込むようにして夜鷹は屋上へと出た。やはり広く、逃げ回るには十分すぎるほどのスペースがある。


「ようやく鬼ごっこも終わりだね、お兄ちゃん」

「俺としてはもうちょっと続けていたかったんだがな、鬼ごっこ。出来れば俺が鬼で」

「あは。面白いこと言うね、期待してる」


 夜鷹の蹴り破ってきた扉を周囲の壁ごと融解させた童女は、なおも遊び足らないような声音で小さな笑い声を立てた。口を当て、笑いを堪えるかのような仕草はどこか上品な大人の雰囲気が漂うものであった。見た目は子供でも中身は大人なのだろうか。どこの名探偵だ、と夜鷹は内心毒づき口の中にたまった唾をその場に吐き捨てた。


「ついでにいくつかの質問答えてくれると、俺としても気がかりなくお前との遊びを満喫してやれるんだが」

「質問? 何々?」


 緊張から声が上ずりそうになるのを必死に抑えた夜鷹の低い声に、童女は興味津々といった具合に食いつきを見せた。「いや、なんで修祓されたはずのお前がここにいるのかなぁ、ってさ。さっきから気になって気になって」というのは勿論嘘だ。先程から夜鷹の胸中にある疑問が渦巻いていることは事実だが、この問いかけはそれとはまた違う。この問いかけの狙いは時間稼ぎに他ならなかった。戦闘開始前の会話でもわかる通り、この童女は前に会ったときよりも格段に人としての知能を取り戻している。それに理由はわからないが、夜鷹に御熱心のようでほかの人間には目もくれようとはしない。ここに来る途中、何度も人を襲うチャンスはあったはずなのにそれをしなかったのもそのためだと推測される。

 ならば、ほんのわずかな時間彼女を会話による足止めをすることは可能なのではなかろうか。夜鷹の思案の末に導き出した結論がそれだった。最低でも数分間持ちこたえることが出来れば、失ったはずの命綱を再び取り戻すことが出来る。夜鷹には確信があった。


 心臓早鐘を打ち、掌がべっとりとした汗でまみれる。不快な感触に顔を歪めたくなるが、今はそれどころではない。胸に抱く感情を悟られまいと、必死に自分の表情を挑発的な笑みで統一する。が、慣れていないことをしているためか数秒もすると頬肉がけいれんを起こしたように、しきりにひくついていた。


「あは、その答えは簡単だよお兄ちゃん。だって私はまだ〝修祓されていないんだもの〟」

「なに……?」

「まぁ、この姿・・・で言ったところで説得力はないんだろうけども」


 と、人差し指を顎に当て年相応の仕草で首をかしげる。しかし、その愛らしい仕草にもどこか演技じみたものが混じっており、似合っているというよりも似合うようにしている、と言った方が適切だと見たほうに思わせるものがあった。


「しかしながら、この姿と言葉遣いにも飽きてきたところだ。いい頃合いだと思うて、本来の姿でもおぬしに拝ませてやろうか」


 不意に先ほどと同じやけに大人びた声音と喋り方が童女から発せられ、夜鷹は無意識のうちに態勢を低くした。『翔歩』を発動ギリギリのところで留め、相手の出方を伺う。「こらこら、またもおぬしは」と夜鷹の行動を見て落胆するように肩を落とす童女であったが、その所作の一つ一つにも隙というものはなく、むしろ余裕綽々としたその態度が威厳すら放っているようにすら感じる。


 改めて格の違いというものを覚えながらも、夜鷹は妙に尊大な態度を取りつづける敵をじっと睨み続けた。夜鷹はもともと目つきが悪く、通常時でさえ相手を睨みつけていると勘違いされやすいのだが、今回のように明らかな敵意をもって目を細めていると、その姿は完全にチンピラのそれだ。相手が外見通りの幼い少女であれば、恐怖ですくみ上っていたかもしれない。ただ、目の前にいる童女はそんな夜鷹を見て怯えるどころか、満足そうに愉悦に浸っているのだが。


 変化が訪れたのは唐突だった。何の前触れもなく、その異変は起きた。


 春奈の姿から童女の姿へと変化したあの時と同じ、陽炎の如く揺らめく何かが彼女の姿を不鮮明にぼかす。彼女がそこにいるという認識はあるのに、その姿だけはいくら目を凝らそうが見えてこない。狐につままれたような感覚だった。


 ノイズが走ったように不鮮明だった彼女の姿が徐々に、その形を取り戻し始めた。


「――――――で、でかっ!?」


 思わず絶句し、夜鷹は立ち尽くして彼女を見上げた。

 そこにいたのは巨大な、市営バス一つ分はありそうな巨体を持つ一匹の化け猫だった。こちらを睥睨するようにしてその場に鎮座している。四肢を覆うのは毛ではなく炎、尾は二つ分かたれており、異様なまでに発達した牙はその全てが杭のように大きく、鋭い。噛まれでもしたら、ものの一噛みで人の身など粉々に砕けてしまうであろう。


 一目でわかる。これは異質な存在だ。


 纏うは高貴なる霊気。夜鷹や陣内のものや、「霊的存在」のものとも一線を画する見るものに畏怖、畏敬の念すらも抱かせる穢れなき霊気だった。化け猫とは呼ぶにふさわしくなく、その姿はまるで神の如き威圧感がある。


 動きがあった。化け猫の腕が振り上げられたのだ。灼熱の炎を纏う鋭利なる爪が、夜鷹の身体を引き裂こうと空を穿つ。夜鷹は身動きしなかった。


 たった一言。


「だが、違う」


 それだけ言うと夜鷹は動くどころか、化け猫を睨みつける瞳すら瞼の裏に隠してしまった。

 確かに、この目の前にいる化け猫が纏う霊気は異質だ。だが、それは霊気に限った話に過ぎない。今の夜鷹がそれを認識しているのは、自身の持つ「見鬼」の才を通し、感知しているからだ。霊気を視覚情報として読み取り、脳が認識しているだけだ。それが「見鬼」であり、裏に生きる者の証である。


 だが、霊体はどうだ。人は魂を視ることも、触れることもできない。霊体を構成するのが霊気だけではないから、霊気を視る「見鬼」の才ではそのすべてを視ることができないのだ。触れることが出来ないのは、人が空気を掴めるか、ということと似ている。人の手が実体を持たぬ者を掴むことが出来ぬように、霊気もまた実体を持たぬが故人が干渉することは(人が肉体というものに甘んじていればの話だが)不可能なのだ。


 しかし、例外というのは万物の事象すべてに存在する。そして、霊体つまりは魂が「見鬼」では感じ取ることや視ることが出来ないということについてもまた然り。

 夜鷹の「見鬼」は魂を見る。魂の声を聴き、感じることこそが彼の才だった。

 故に忌み嫌われ、蔑まれてきた。呪術の才覚を犠牲にして、彼が生まれ持った異能なる才能。


「お前は抜け殻。魂を感じない、肝心の中身がないただの張りぼてだ」


 迫りくる爪が眼前へとその鋭く尖る切っ先を滑らせる。それに対して夜鷹は回避しようともせず、動こうともせず、ただ右腕一本を迫るそれへと向けただけだった。


 化け猫の爪と夜鷹の腕が交錯し、瞬間吹き飛んだのは夜鷹ではなく化け猫の身体だった。


「陰陽式戦闘術――――――『霊砲』!」


 掌に集めた霊気を、掌底の要領で突き出した腕とともに放出する戦闘術の中でも『翔歩』と並んで基礎とされる技。それが夜鷹の何倍もの巨体を持つ化け猫の身体を、一撃で吹き飛ばした。まるで落ち葉が風で散るように、化け猫の霊気が霧散した。

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