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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP06/ 相容れぬ相棒
91/93

#90

「マジ理解に苦しみます。なんであそこであんなこと言うんですか? なんですかマン喫って? もっとほかに思いつくことないんですか? ほんとありえないし。てかマジでなんなんですか?」

「…………すみません」

 俺は深く頭を垂れた。

 いま田中さんたちは、近くに行きたい同人ショップがあるということで買い物に行っている。

 興味がない俺と一葉は外で待っていることにして、急きょ反省会を行っていた。

 一葉はだいぶお怒りだった。というか呆れてすらいる。

 俺もそれなりに反省していた。

 だが仕方ないじゃないか、とも思う。

 これが俺の限界だ。

 成瀬のようなポテンシャルを期待されても困る。土台無理なアイディアなのだ。

 それにそもそも俺は善意で協力しているのであって、もうすこし強気に出てもいい気がするのだが。ただ残念なことに、俺がこの世で強く出ることができる人間は弟と妹しかいない。

 一葉は落胆を通り越し、諦めの吐息をついた。

「センパイって、もしかしてぼっちなんですか?」

「…………ん?」

「だってぜんぜん遊び慣れてないし、なんかずっとキョドってるし、いろいろアレだし」

 唖然とした。 

 まさか、ここまでストレートに言われるとは。

 あの伊予森さんでさえもうすこしオブラートに包んでくれることだろう。年下JCのあまりの奔放ぶりに俺が絶句していると、一葉はそれを肯定と受け取ったようだった。

「ま、どっちでもいーですけど」

「……」

 本当に返す言葉もない。

 全力で気が滅入っていた。

 もういっそ、あの子たちにすべて白状してしまったほうがいい気がする。

 それを一葉に切り出すべきかどうか俺が迷っていると、

「べつに他人の目なんて、気にしなくていーんじゃないですか」

 ふいに一葉が言った。

「え……?」

「ムリしてトモダチ付き合いなんてしなくても、ってことです。どーせほとんどのやつらなんて、上辺だけの付き合いなんですし」

 意外な言葉だった。

 俺はなんとなく、一葉や成瀬のようなグループの人間は、もっと交友関係に情熱を持っていると思っていたからだ。

 一葉のドライな考え方を、俺は自分にあてはめてみる。

 馴染みはしなかった。

 それは、持てる者の理屈じゃないだろうか、と思う。

 上辺だけの付き合いすら持ったことがない俺からすれば、そんなふうには割り切れない。

「センパイは、あんま賛成じゃないみたいですね」

「まあ……人それぞれ、ちがうから」

「ま、そーですね」

「でも、ちょっと、意外っていうか」

「? なにがですか」

「いや……前に成瀬や伊予森さんたちと一緒に遊んだりしてたときと、印象がっていうか……」

 俺の言葉に、一葉が不審そうに眉をひそめる。

 今日こうしてまた会うまで、もうすこし彼女のことを普通の女の子だと思っていた。

 だがいまこうして目の前にいる一葉は、どこか年下とは思えないほど大人びているように感じた。

「それって、ひとはがブってるってことですか?」

「そ、そういう意味じゃ……」

 ジロリと視線が向けられる。

 焦るも一葉は機嫌を害したわけではないようで、またすぐに携帯をいじり出した。

 あいかわらずの態度だ。

 俺が所在なく佇んでいると、

「それくらい普通じゃないですか。とくに好きな人の前でなら」

 と、一葉は言った。

 やはり俺のほうを見もせず、その視線は携帯端末に落ちたままだ。

「そういうもん、なんだ」

「そうですよ。女子に幻想抱きすぎです」

 そんなことはない、とはいえない。

 実際、似たような驚きを俺はすでに一度経験している。もっとも、伊予森さんの場合はべつにどちらも作っているわけではないだろうけど。

 俺は妙な納得をしながら、なにか大事なことをスルーしていることに気づいた。

 好きな人――

 改めて一葉を、ついガン見してしまうと、一葉がため息をついた。

「なんです?」

「あ……や……それって、つまり、成瀬の……」

「そーですよ。つーかべつにみんな知ってます。楓先輩とか、てゆーか、たぶん晴先輩も」

 一葉は恥じらうわけでもなく答えた。

 俺はやはり反応に困った。

 いや、なんとなく察してはいた。ただ直に言葉にして聞くと、他人事でも妙に気恥ずかしい。

「あ、あと遠野先輩に対する予防線でもあるんで」

「お、俺はべつに、そういうつもりは……」

「じょーだんですってば。そこまでセンパイのこと、嫌いじゃないですから。ひとはのムチャなお願いも聞いてくれたし、センパイっていい人ですよね。ほんと、ひとはとかとちがって……」

 そう言って、一葉はどこか自虐的に笑った。

 憂鬱な横顔。

 それはそうだろう。

 本当なら、今日はその好きな成瀬と一緒のデートのはずだったのだ。

 それが仕方がないこととはいえ、俺のような場違いが代役になり、こうして笑えないピエロを演じているのだから。

 だが、本当にそれだけだろうか。

 この偽装デートの苦労が、一葉の翳った表情の本当の理由ではない気がした。

「……なにか、あったの?」

「はい?」

「だから、あの子たちと……」

 俺がためらいがちに聞くと、一葉が怖いほど無表情になった。

 しまった。

 もしかして、ものすごく的外れなことを言ったか。

 やはり適当な憶測で聞くんじゃなかった。 

「べつに。たいしたことじゃないす」

 一葉は否定しなかった。

「聞きたいですか?」

 正直、田中さんたちとあそこまで対立している理由は気になった。

 迷った末、こくりとうなずく。

 一葉は淡々としたまま、昔話を語りはじめた。

「あいつらとは、小五のときにクラスでいっしょになったんです。さっきも言いましたけど、みんなゲーム好きだったんで、それがきっかけだったと思います。ひとはも田中も野村も山本も……エリカもマミもユウナも」

 どうやらそれが彼女たちの下の名前らしい。

「いろいろやってましたよ、携帯でできるやつからVRゲームまで。四人でいっしょにネトゲもやって、パーティー組んだりしてましたし。あ、アイゼン・イェーガーはべつですけど。あれはぶっちゃけ、晴先輩の気を引くためにはじめたので」

「なるほど……」

 なんとなくそんな気はしていたけれど。

 だがそれだけでガチのランカープレイヤーである成瀬とチームを組むほどになるとは、きっと素質があるのだろう。

 あるいは、努力したのか。

 ――想いを成就させるために。

「それから六年に上がっても、ひとはたちは普通にトモダチだったんです。ひとはの小学校は五、六年はクラスいっしょなんで。んで、修学旅行も同じ班で行きました」

「どこ?」

「東京です」

 俺も同じだった。

 だいたいこのあたりの微妙な地方都市の学校では、行く先が決まっている。高校ともなれば、公立と私立でちがってくるのだが。

「問題が起きたのは、そこでです」

 一葉の口調が重くなる。

 俺は無言でその言葉に耳を傾けた。

「一日目は、まあまだよかったんです。でもいま思うと、そこからもう変なところはあったんですけどね。妙にひとはのこと避けてるっていうか、三人だけでコソコソ話してたりとか。そのときは、まさかあんなこと考えてるなんて思ってもみなくて。でも、その日の夜、旅館で……」

 一葉の頰がこばわる。

 嫌なことを思い出させているという罪悪感を抱きながらも、その続きを聞かずにはいられなかった。

「ひとはがお風呂に入りに行こうって誘ったら、三人とも体調が悪いとか言って断って。へんだなーって思ったんですけど、無理強いするのもひどいかなって思って、しょうがなくひとりで行くことにして。でも途中で着替え部屋に忘れたことに気づいて、戻ったんです。……そしたら、あいつらが話してること聞いちゃって。それが信じられなくて、こっそり部屋に入ったら、あいつらみんなで見てて……それで楽しそうに盛り上がってたんです」

「……見てたっていうのは、なにを?」

「それは…………。言いたくないです」

「あっ、ご、ごめん」

「とにかく、マジで信じられなくて。でもそれで三人が妙によそよそしかった理由もわかっちゃって。ひとはが文句言ったら、逆ギレしてきて、それでひとはも頭にきて言い合いになって……。

 結局、次の日はもう別行動でした。帰ってきてからも、仲は戻りませんでした。ま、べつにいーんですけどね。あいつらの本性が知れて、清々しました。っていう、まあそれだけの話です」

 一葉は軽い口調で締めた。

 俺も正直、不快な気持ちになった。

 ハブられた、ということだろうか。

 具体的に一葉がなにを見たのか、どんな話を聞いてしまったのか、詳細はわからない。

 だがどういう状況だったのかは察しがついた。

 ひどい話だが、そういうことがあることは、一応同じ小学生を過ごした人間としてはわかる。

 ちょっとしたことで標的になる。

 だれかを『外に』、あるいは『下に』置くことで、自分たちの優位を作り出す。

 なまじ幼いほうが残酷だ。

 俺はそもそもが壊れるような人間関係を持っていなかったので、そういう目にあった人間の気持ちはわからないが。

 ただ仮にもし、俺にも友達と思っているような人間がいて、そういう仕打ちをされたとしたら。

 きっと怒りをぶつける気力すらわかない。

 立ち直れないだろう。

 そういう意味では、一葉はすごい。強いなとすら思う。

 ……などという色々な感想は、なにひとつ口に出せなかったが。

「あ、べつに同情引きたいわけじゃないですからね? ひとはぜんぜんへーきなんで。ほーんと、よかったですよ。いまではあいつらあんなですし。遠野先輩だってぶっちゃけ引きましたよね? そもそもいっしょに遊んでたのが、愚かな間違いだったんですから」

 一葉はからりと笑った。

 それは前にもよく見た、ちょっとギャルっぽい女子中学生の笑顔。

 だが――

「……ほんと、に」

「え?」

「田中さんたちと、トモダチじゃないって……」

 質問の続きを、俺は言い淀んでしまう。 

 よかったなんてこと、あるだろうか。

 平気だなんてこと、あるだろうか。

 所詮、俺にはわからない。

 けど想像はできる。

 本当は、本当の気持ちは、ちがうんじゃないだろうか。


「――なにを話されているのですか?」


 俺と一葉は、弾かれたように振り返った。

 そこに田中さんたちが戻ってきていた。なにやら両手に大きな紙袋を携えている。

「実にいい収穫でした……」

「深遠なる闇よりいずる我も、今日ばかりは恍惚にゃん……」

「フフ……これはどんな処女の血よりも美味だす……」

 三人ともなにやらうっとりしている。

 紙袋の中身が気になるところだが、俺がそれを尋ねる前に一葉が食ってかかった。

「つーかあんたら時間かけすぎ。ただでさえ一緒に歩くのはずかしーんだから、それくらい気を遣えってことわかんないわけ?」

 一葉は敵意を隠しもせずに言う。

 というか、普通に喧嘩を売っているレベルだ。

 だが田中さんも、それくらいで慄くタマではなかった。

「恥ずかしいとは、それはだれのことをおっしゃっているのですか?」

「あんたらに決まってるじゃん。バカ?」

「それでは、その成瀬様とはまったくお恥ずかしくないと、そういうことなのですね?」

 含みのある言い方だった。

「は? なにそれ……」

「いえ、こちらの成瀬様が、ずいぶんと聞いていたお話と違いがあるようでしたので」

「は、はぁ? わけわかんな――」

「もしや、嘘なのではありませんか?」

 びくっ、と一葉の肩が震えた。

 それを田中さんは見逃さなかった。

「これは想像ですが、もしやあなたは彼氏がいるなどという虚栄を張ったものの取り返しがつかず、今日になってその成瀬様なる架空の人物とは似ても似つかない別人を、急場しのぎで彼氏役にしている、とか」

 俺と一葉が息をのんだ。

 絶句する俺たちを見て、野村さんと山本さんも怪しみ出す。

「我もそれには同感にゃん。だいたいそんな少女漫画みたいなイケメンとか」

「実在するわけない……だす」

「そ、そんなわけ……ないじゃん」

 反論する一葉の言葉にも、力がない。

 一方の俺はとはいえば、素直に感心していた。

 すごい。九割がた当たっている。そのとおりですと正直にうなずきたいくらいだった。

 それにしても、成瀬は寝込んでいるうちにとうとう架空の存在になってしまった。

「し、嫉妬してるだけでしょ!? 超〜みっともな!」

「なんですって?」

 一葉と田中さんが睨みあう。

 もしかしたら、その修学旅行の夜もこんな風ににらみ合っていたのだろうか。

「あんたたちがひとはにしたこと、忘れてないし」

「勝手にショックを受けた、あなたの自業自得では?」

 さながら龍と虎だ。

 殺気立つふたりに挟まれ、俺は完全なるモブキャラと化していた。

 やがて一葉のほうが先に視線をそらし、田中さんたちに背を向けた。

「……ばっかみたい。もういい。今日は解散でいいでしょ。もう二度と、その顔見たくないし」

「また逃げるのですか?」

 立ち去ろうとした一葉の足が、その一言で止まった。

「まあ構いませんけれど。そういえば、あのゲームでもわたくしたちの勝ちで終わっていましたね。しょせん、あなたのような人間は永遠に逃げ続ける運命なのでしょうね」

「……わかった」

「なにがでしょう?」

「そこまで言うなら、決着つければいいじゃん」

 田中さんに向けられた一葉の瞳には、激しい光が宿っている。

 それは闘志と戦意の輝きだ。

 一葉はものすごい指さばきで携帯をいじり、なにかを画面に表示してそれを田中さんたちの鼻先に突きつけた。


「ここで! いますぐに! !」


 ――そこに映し出されていたのは、近場にあるゲーミングカフェだった。



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