#20
灼熱の砂漠。
俺たちは猟機に乗って移動しながら、フィールドの半ばまで来たところで停止した。
「視える?」
『うん。十五キロ先に猟機が一機いるよ』
よどみなくイヨが答えた。
さすが管制機だ。
チームに一機いるだけでこれほど安心できるのは、管制機ならではだろう。
『それがイリーナにまちがいない。追いつこう!』
管制機から送られてきた情報をもとに進路を修正し、俺たちは移動を再開する。
フェリクスが言うには、それがフェリクスのドックから逃げ出したイリーナというプレイヤーの猟機とのことだった。
「そもそも、どうして逃げられたんですか?」
『それが、まったく心当たりがないんだ』
自慢のフェリクス・スペシャルの中から、搭乗者がうなる。
『ミニのチャイナドレスを強く勧めたからだろうか。いや、さすがにそんなことで……。それともへそ出しのチアガール……は着てくれていたし……。そうか! もしかしたら、包帯コスチュームの露出が多すぎたから……』
「いっぱいありそうですね……」
イリーナ機の後方から、距離を詰めていく。
猟機のレーダー圏内ぎりぎりにまで来たところで、フェリクス機が速度を落とした。
「どうしたんですか?」
『あの……先にきみたちだけで、話してくれないか?』
「? どうして」
『僕がいくと、その……たぶん逃げられると思うんだ』
それでは、どの道だめではないか。
と思ったものの、口にはせずに、とりあえず俺が先行することにした。
「ちょっと行ってきます」
速度を上げて、一気に接近する。
おそらく襲撃だと思われるだろう。なるべく穏便に接触した方がいい。
レーダー探知圏内に入り、目標の猟機が旋回した。
こちらにライフルを振り向ける。
「待って、敵じゃない!」
オープンチャットで叫んだ。
撃たれることも覚悟で、俺は両手を挙げた。
『……なんですか、あなたは』
ライフルを構えたままの猟機から、鋭い女の声がした。
どうしようか。とりあえず、安全だということを示したほうがいい。
「セーブ」
俺は自分から猟機を降りてみせる。
生身になった途端、巨大な砲口を見上げる形になった。
その迫力に、思わず萎縮してしまいそうになる。
これで撃たれたら終わりだが、そのときは仕方ない。
「あの、話を聞いてもらえると、さいわいです……」
しばらくすると、相手も降りてきた。
猟機が消え、ぼろぼろの砂漠用マントに身を包んだ小柄な少女が現れる。
警戒した様子で、距離を開けたまま立ち止まった。
「なんのご用ですか?」
「その、用があるのは、俺じゃないんだけど……」
「はい?」
そのとき、後ろからフェリクス機が接近してきた。
「げっ」
少女が声を上げる。即座に猟機を降りて、フェリクスが駆け寄ってきた。
「イリーナ!」
「フェリクス……様」
イリーナと呼ばれた少女は、あのときの店主と同じ表情をしていた。
「……ところで、いま、げって言わなかったかい?」
「幻聴です。フェリクス様、わたくしはもう、あなたに愛想が尽き果てました」
フェリクスが、かっと目を見開く。
あまりの驚きに凍りつき、数秒たってようやく声を出した。
「ど、どうしてだ? いったい、なにが不満だというのだ……!」
「それは……」
イリーナは一呼吸置き、はっきりと、言い聞かせるように叫んだ。
「だって、フェリクス様よわいじゃないですか!」
「な……!?」
今度こそ、フェリクスが雷撃に打たれた。
イリーナは、自分の方が被害者というような表情を浮かべて、
「せっかくあの黒の竜を倒したという強い人にお仕えして、ご主人様とメイドの禁断なあれこれを……ってプレイをやろうと思ったのに、もうすっごくだめだめ。いやほんとマジで」
容赦のないイリーナの言葉に、フェリクスは口をあわあわさせている。
「というわけで、わたくしはもうメイドプレイはやめます。ひとりの女猟機乗りに戻り、孤高に生きてゆきます。ではさようなら」
くるりときびすを返したイリーナに、フェリクスが飛びついた。
「ま、待ってくれ、頼む……!」
「しつこい! 離して、ってどこ触ってるんですか!」
「お願いだ、行かないで……!」
振りほどこうとするイリーナにしがみつくフェリクス。
同じ男として、直視するのがつらいほどの必死さだった。
そのとき、
『なんか、一機近づいているよ』
そのイヨの言葉のあと、俺のレーダーでも捕捉した。
接近する機影あり。
「ロード!」
猟機を呼び出す。シールドを構え、ソードに手を添えた。
『ハーハッハッハァ! フェリクスよ。イリーナはもらったぞ!』
高笑いとともに、一機の重量猟機がその場に滑り込んできた。
白と金色の豪奢なデザインの猟機が、イリーナをかばうようにフェリクスの前に割って入った。大量の砂の波がフェリクスに降りかかる。
「ぷはっ! お、おのれジェルマン! 貴様ァ!」
フェリクスもふたたび猟機を呼び出す。
トリコロールカラーの猟機がずしりと大地に立つ。マントをひるがえして、白い猟機にズビッとライフルを突きつけた。
『イリーナを返せ!』
『貴様こそ、我からイリーナを奪っておいてよくもぬけぬけと……!』
「いやーだれかたすけてー」
ひたすら棒読みで、イリーナが義務的に応じる。
「……なにこれ?」
『わたしに聞かないで……』
どうやら現れた猟機の主とフェリクスは知り合いのようだ。
だが友好な関係ではないらしい。その問題の渦中にいるのがイリーナであることは、なんとなくわかった。
『いいだろう! では正々堂々、決闘にて決着をつけようぞ!』
『はっ、貴様が僕に勝てるのか? こちらには臣下である二名がついているぞ?』
『なにぃ!?』
いま気づいたように、ジェルマンが俺たちを見る。
『こいつらは僕のためなら命を賭してでも、貴様を地獄の底にひきずりこむであろう!』
『一対三だと!? 卑怯な……!』
『はっ、なにを甘いことを。勝てばいいのだよ! くやしいか? くやしいだろう! グハハ、ざまあみろ!』
フェリクスは相手を挑発する。
コックピットのなかで下衆な表情を浮かべるフェリクスが想像できた。
イリーナの気持ちが、よく分かった気がした。
というか、いつの間にか俺たちも戦力に数えられているらしい。
『手伝わないといけないみたいだよ。どうしようね』
イヨが他人事のように言った。それは自分は関与しないという意思表示のように聞こえる。
俺だってもういやだ。
だから知らない人間と関わりたくないんだ。
これほど戦意がわかない戦いを経験したことがなかった。
『くらえ、フェリクス・スペシャル・コマンドー!』
突然、フェリクス機が手持ちの武装を捨てた。
両手を広げ、ガニ股になり、小刻みに歩いてジェルマン機に接近した。
衝撃の光景。
だれもが、その奇行に目を奪われた。
虫のように動くフェリクス機はジェルマン機に肉薄し、腰の実体剣の柄に手を添えて、
撃たれた。
胸部に被弾。
ライフル弾の直撃を食らったフェリクス機が、そのまま後方へと倒れる。
「なにやってるんですか!」
『いやだって、あれが秘技の前フリだから……』
フェリクスが言い訳する。
俺は言葉もなく、相手も呆れているかと思ったら、
『な、なんという幻術……! それでこそ、わが宿命の強敵よ!』
ジェルマンは戦慄した声で、フェリクスを称えている。
なんだこれ。
俺の知ってるアイゼン・イェーガーとちがう。
もうログアウトしたかった。
『楽しそうだねー。シルトくん、あと任せてもいいかな?』
「ちょっと、ひとりにしないで……!」
にらみ合う二機を置いて、俺たちはその場からそっと離れ出した。
『あ、待って』
だがすぐに、イヨが停止した。
「どうしたの?」
『いま、なんかレーダーにへんな影が……』
俺は地平を360度、見渡す。
目視できる範囲に、敵らしき姿はない。
「どこ?」
『気のせい、かな……』
めずらしく、イヨが曖昧に答える。
俺は空を見上げた。
くすんだ色の空。ぎらつく太陽。なにも変わりはない、いつものアイゼン・イェーガーの天候だ。
じっと目を凝らす。
白い太陽のなかで、ひとつの黒点が動いていた。




