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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP01/ 第2話 英雄の帰還
11/93

#10

「昨日、どうして来なかったの」

 背中にかけられたその声に、びくりと肩が震えた。

 廊下から二列目のいちばん前の席。登校するなり気配を消して座っていた俺は、おそるおそる振り返った。 

 伊予森さんは、今日はめずらしく眼鏡をしていた。

 その奥の冷たい眼光が、俺を虫ケラのように見下ろしている。

「……ぉはょぅ、ござぃます……」 

「メール届いてたよね? 22時にデプス・プラントのフィールド入り口に集合。チャットもしたんだけど」

 挨拶など不要とばかりに詰めてくる。

 あのあと、俺は逃げるようにログアウトして、クリスの家からも早々においとました。だが家に帰ると、伊予森さんから連絡が入っていた。

 VHMDには、絨毯爆撃のような履歴が残っている。


 22:01 まだ?

 22:03 待ってるから 早くして

 22:05 遅すぎる

 22:06 どうしたの?

 22:07 気づいてないの?

 22:10 ねぇ、ほんとは見てるんでしょ?

 22:11 無視するんだ

 22:11 そうなんだ

 22:11 ひどい

 22:11 許さない

 22:11 こっちにも考えがあるから


 恐怖を感じた。 

 布団にくるまった俺はカタカタと震えながら、眠れぬ朝を迎えた。

 よっぽど仮病で休もうかと思ったが、母親にばれて叩き出された。登校する間も何度サボってしまおうと悩んだことか。

 だがどのみち、逃げ場はないのだ。

 伊予森さんは腕を組んで、じっとこちらを見ている。

「そもそもいきなりログアウトして、それっきりなんて。ひどくない?」

「それは……」

「ずっと、待ってたのに」

 一言一言が突き刺さる。

 こわい。

 これが本当に、あの天使の伊予森さんだろうか?

「あの、なんか、まちがいじゃ……」

 か細い声を出すと、その倍の声量で、伊予森さんは一言一句はっきりと、俺に言い聞かせるように、

「わたしは、あなたをオファーしてるの、わかる?」

「わかって、ます……」

「なに? よく聞こえないんだけど」

「はい……」

 俺は小動物のように震えながら答える。

 美少女に言葉責めにされて嬉しい!と快感を覚える境地には、残念ながらまだ到達できていない。

「ひ、ひとつだけ、聞いても?」

「なに」

 覚悟を決めて聞いた。

「俺のこと、知ってて……」

「うん」

「最初から? ぜんぶ?」

「うん」

 じゃあ、あの放課後デートに誘われたときから。

 ――付き合ってるって誤解されちゃうかもね。

 足元が音を立てて崩れていくようだった。

 勘違いもいいところだ。

 すべては、儚い幻想だったのだ。そんな、そんなことって。

「黙っていたのは、その……ごめんなさい」

 意外にも、伊予森さんは素直に謝った。

 すこしほっとしたのも束の間、

「でも遠野くんだって、嘘ついたでしょ? 名前くらいは知ってる、だなんて。せっかく仲良くなれそうだったのに、あれは傷ついたなー」

「うっ……」

 ぐうの根も出ない。

 その通りだ。

 しかし、この場合は平等に悪いのだろうか? 伊予森さんだってずっと嘘をついていたじゃないかなどと思うが、口に出す勇気は逆立ちしても出てきそうにない。

「もともとさ、誘おうと思った矢先、消えちゃうんだもの。キャラクターネームで検索しても出てこないし」

「……それは、いつごろの?」

「一ヶ月くらい前。高校入ってすぐくらいの頃」

 なら当然だ。

 入学式の前夜、俺はアカウントを削除した。

 そのあと、クリスの件で新しくアカウントを作るまで、一切ログインしていない。 

「なんだか避けられてるみたいで、悔しかった。ネットで顔が見えないから余計にね」

「でも、どうやって俺のこと……」

 個人を特定できるような情報は載せていないはずだ。

 伊予森さんはすこし得意げに、

「前にさ、コミュニティのオフ会、出たことあるでしょ」

 そういえば。

 以前に一度だけ行ったことがある。

 だが、それだけで――

「わたしの友達もそこに行ってた子がいて。で、その子の知り合いが、あのデュエルマッチトップランカーのシルバーナイトといろいろ話したって聞いたの。名前とか、住んでるところとか、年齢とか」

 だんだんと思い出してくる。

 半年ほど前のことだ。

 コミュニティサイトの地方版のオフ会が、近くの街のカラオケ店で行われた。

思い切って参加した俺は、がちがちに緊張して相手がだれかもわからないまま、色々としゃべったような気がする。

「友達づてに聞いたら、なんとわたしと同じ高校を受けるみたいだっていうじゃない。もし落ちたり学校変えてたりしたらどうしようもなかったけど。まさか、こんなすぐ近くにいるなんて思わなかった」 

 すごい執念だ。

 恐ろしいというか、ただただ感心する。

「ねぇ遠野くん、どうして噓ついたの?」

「それは……」

 あのときは、深い考えがあったわけではない。

 ただ、ゲームをやめて、それで伊予森さんみたいな女の子と仲良くなれそうになって舞い上がっていたところにあんなことを言われたから、動揺してしまったのだ。

 いや、それだけじゃない。

 後ろめたさもあった。

 ゲームなんて、という。 

「いいでしょ。わたしと一緒にやってよ」

 なぜ伊予森さんがこんなにこだわっているかは、わからない。

 だがはっきりしているのは、伊予森さんはあのアイゼン・イェーガーのプレイヤーとしての俺を必要としているのだ。

 いまここにいる、遠野盾ではなく。

「でも、俺はもうゲームはやめたから……」

 クリスの一件は、例外だ。

 言い訳がましいが、そう思うようにしていた。

「なにそれ。もう、アイゼン・イェーガーはやらないってこと?」

「う、うん……」

「二度と?」

 遅延ゼロで返してくる伊予森さんに気圧されながら、首だけでうなずいた。 

「へぇ、そう……」

 伊予森さんはすっと身を引いた。

 さらになぜか教室を大きく見渡した。すこし声を張って、

「遠野くんて、クリスちゃんと付き合ってるんでしょ?」

 雷撃。

 近くの席の女子が、こちらを見た。 

「ち、ちがう!」

「でも告白されたでしょ」

「―――」

 バレてる。

 伊予森さんがにんまりと目元をゆるめた。

「仲良いんだね。放課後も一緒に帰ってるみたいだし」

「そ、それは、クリスがいつも待ち伏せてるから……」

「それってさ、遠野くんがちゃんと返事をしないからじゃないの?」

「……っ!」

 図星、なのかもしれなかった。

 自分でも曖昧にしていたところに、伊予森さんは問答無用で斬りかかって来る。

「いや、だって、でも、それは」

 しどろもどろになっている俺に、伊予森さんは顔を寄せる。

「小学生とそんな風になってるのって、マズいと思うんだけどなぁ。みんな知ったら、どう思うかなぁー」

 目を細め、猫のように微笑む。

 なんだ、これ。

 真っ黒なオーラをただよわせる伊予森さん。もとい黒森さんは、身の毛がよだつほどかわいらしい笑顔を浮かべる。

「話、聞いてくれるよね?」

 この世界に、天使はいなかった。


 *


 校舎の屋上。

 放課後、伊予森さんに付いていってはじめて出てみると、他の生徒はいなかった。

 今日は風が強い。すこし寒いくらいだった。

 担任が言っていたが、昔は入れなかったとのことだ。解放されたときの条件だったのか、端にはまだ新しい感じのフェンスが周囲を高く覆っている。

「伊予森さんは、なんで、そこまで?」 

 端に近づき、伊予森さんはフェンス越しの光景を見下ろした。

「ねぇ、遠野くん」

 伊予森さんは眼鏡を外し、こちらを振り返った。

 長く綺麗な黒髪が、風になびいてふわりと広がる。


「きみなら、あのプレイヤーを倒せるのかな」


 その声は、不思議に響いた。

 遠くを望む瞳に、吸い寄せられる。

 こんなときにもかかわらず、その姿に俺は見惚れていた。

「二週間くらい前から、ある猟機が話題になってる。これ、見て」

 渡されたのは、一枚のプリントだった。

 かなり荒い画像だ。プリンターのせいではなく、もとの解像度が低いのだろう。

 窪地に大規模なエネルギープラントの跡が広がっている。よく見知った光景。アイゼン・イェーガーのフィールドのひとつだ。 

 燃え盛る炎の中に立つこの黒いシルエットは、猟機だろうか。

「黒の竜。こいつの通称」

 機体に張られたエンブレム。

 うっすらとそこに描かれた紋様が、竜のかたちに見えた。

「これが……どうしたの」

「フィールド攻略中の上位チームに襲いかかって、次々と潰してる。映像をキャプチャーしても、いつもぼやけてしか映らない。おかしいと思わない? ゲームにこんな怪奇現象みたいなこと」

 その黒い影には、引き寄せられるような魔力があった。

「わたしのチームも、そいつにやられた」

 伊予森さんの肩が、震えていた。

「たった一機に、なにもできなかった。みんな、わたしの選んだ腕利き。それが手も足も出なかった。あんなの反則」

 最初、伊予森さんは単に憤慨しているのかと思った。

 だがちがう。

 その気持ちは、きっと、この学校にいるだれよりもよくわかった。

 力でねじ伏せられる感覚。

「NPC? なにかイベントのエネミーとか……」

 自分がやめた後に実装されたのだろうか。

 そう疑ってみたが、伊予森さんは首を振った。  

「あまりに強すぎるから、運営側の操作プレイヤーなんじゃないかって噂もあった。でも公式回答があって、それは否定されてる。不正行為もないって。プレイヤーについては、特定につながるようなことは公表はできないって」

「つまり……」

「れっきとした、人間が操ってるっていうこと」

 あれほど卓越した指揮能力を持つ伊予森さんが統べる腕利きチームが、完敗する相手。

 しかも一機。

「いまわかっているのは、だれもまだそいつに勝ったことがないっていうことだけ。そいつが何者なのか、どこから来たのか、だれも知らない」

 奇妙だと、俺も思った。

 そんなことあるだろうか。

 どこかのチームに所属していたとか、なにかしら情報が集まるものだ。

 それに機体のパーツや武装も見たことがないもの、というのも気になる。

 ショップに新製品が追加されれば告知されるし、イベントで手に入るようなものでも、上位のチームのプレイヤーがまっさきに攻略して入手して、それを公表してしまう。

 だれも知らないということが、まず起こり得ない事態だった。

「みんな全力を出した。わたしの指揮にもミスはなかった。なのに、勝てなかった」


「……そのうち、だれかが倒すよ」


 その発言は軽率だった。

 伊予森さんが俺をきっとにらんだ。

「だれかってなに? もう名の知れた強豪はみんなやられた。自慢のハイエンド機体を徹底的に破壊されて、あいつと好き好んで戦おうとするやつなんて残ってない」

 不正めいた力を持つ相手とまともにやりあっても、自分が損をするだけ。

 そう判断する気持ちはよくわかった。

 それと同じくらい、伊予森さんの悔しい思いも共感できた。

「お願い。遠野くんの力を、貸してほしいの」

「でも、俺は……」

 この間から、ずっとこんな調子だ。

 ずるずると続けてしまうのは、俺の気の弱さと、決断力のなさに起因している。

 頭をよぎるのは、孤立した席。

 あのときからなにが変わった? いや、なにも変わってはいない。 

「他に、なにかやることがあるの?」

「そうじゃない、けど……」

「じゃあどうして?」

 伊予森さんは不思議そうに問うていた。

 思い出すのは、いつもあの光景。

 中学の卒業式の日。

 式が終わり、教室で最後のHRが終わると、昇降口の前でみんなが思い思いに集まっていた。

 クラスの友達、部活の仲間、親友同士。

 泣き、笑い、一緒にふざけあっている。

 俺の属するところは、どこにもなかった。

 愕然とした。

 自分がなにを失ったのか、いや、手に入れられるはずのなにを手に入れ損なったのか、はじめて思い知った。

 俺はひとり、まっすぐ家に帰った。恐怖にも等しい孤独感に襲われながら。

 あのとき気づいたんだ。

 自分が、間違っていたことを。


「俺は、伊予森さんとはちがう」


「……なにが?」

 いつも人に囲まれている伊予森さん。

 じゃあ、俺は。

 ずっとこのままなのか。

「あのゲームのせいで、俺の中学生活は無駄になった」

「え?」

「伊予森さんは、その、上手いでしょ。ひ、人との付き合い方とか……。俺はぜんぜんだめで、そういう風にはたぶんできないし、だから、」

「ちょ、ちょっと待って。なんの話?」

 向けられる困惑の視線から、たまらず俺は目をそらした

 きっと理解されない。

 同じゲームをしていたのに、こんなにもちがう。伊予森さんには、俺のこの惨めな気持ちなんて、わかるはずもない。

「そうなったのも、ぜんぶあれのせいなんだよ。俺、ずっとゲームばっかやってて、そのせいでこんな風になって……。ほんと馬鹿だよね、最悪だし……」

 友達なし。彼女なし。家庭内の立場なし。

 もういやだった。

 繰り返したくない。

 だから、やめるべきなんだ。


「ゲームの、せい?」


 俺はようやく、伊予森さんの様子が変わったことに気づいた。

「伊予森さん……?」

 顔を上げたとき、伊予森さんはどこか悲しそうな表情をしていた。

「そっか。……そういうことなら、仕方ないね」

「あ、あの」

「無理言って、ごめんね。なんか、わたしの思いちがいだったみたい」

 その声に、先ほどまでのような温度はこめられていない。

 はじめて話しかけられたときにのものに、戻っていた。

 伊予森さんが背を向ける。

「さよなら。遠野くん」

 その背中が出入り口へと消え、扉が重く閉まるのを、俺はただ呆然と眺めていた。


 ゲームを断ってリア充になる。

 俺の選択は、間違ってない。そうわかっているのに。


 どうして、こんなに苦い気持ちになるのだろうか。



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