#09
油断していた――
まだみんなのレベルが低いから襲撃はないだろうと、たかをくくっていた。
俺はすぐに探知した二機に敵性識別を付与した。それにより全員のレーダーにガイストと同じ撃破対象として表示される。
「猟機が来る。固まってるとやられる!」
『え? なに、どこ!?』
『やだー!』
クリスたちは反応できていない。
稜線から、砂漠色の機体が飛び出した。
同時に下方からもう一機。
二方向からの猛烈な砲撃がクリスたちを襲う。
『きゃあっ!』
ケイの悲鳴が耳に突き刺さる。
俺の視界に表示されるケイの猟機、その破損状況を示すゲージが、みるみるうちに削られていく。続いてリエン、マグナスも被弾。
相手の手際の良さ。初心者ではない。
「相手は二機だ。大丈夫、こっちの方が数で勝ってる」
『で、でも!』
俺はなるべくみんなを落ち着かせようとしたが、全員がばらばらに逃げたり撃ったりしている。その周囲を二機の猟機が飛び回り、翻弄している。
管制機を選択したことを後悔する。
攻撃手段がないのでは、俺がいかに上手く立ち回ろうとも助けようがない。
できるとしたら弾除けになるくらいのことだけだ。だがそれでは、残されたクリスたちはどうなる。彼らだけでこの状況を立て直して、逆転することができるか?
無理だ。
戦闘中はフィールドから転移することはできない。
だが一定以上距離を離せば、離脱判定により戦闘状況を解除することもできる。
『み、みんな逃げよ!』
クリスが全員に向けて叫んだが、すぐに俺は通信に割って入った。
「だめだ。ケイとマグナスが置いていかれる」
『あ――』
向こうは二機とも高速型の機体。
だがこちらには、足の遅い重量級の機体が二機いる。チーム全員が遠くに逃げられなければ離脱判定にはならない。
置いていかれた二人が先に集中攻撃を受けて撃破され、残ったクリスたちもやられるのが目に見えている。
つまり、全滅だ。
戦力の分散は避けなければならない。
『で、でも。じゃあ、どうすればいいんですか!?』
クリスが叫ぶ。
俺は即答できなかった。
どうする。
どうすればいい。
各機が次々と被弾していく。
相手は二機だが、なかなかの腕だ。
相手の攻撃が定まってきたところで、互いに狙っている猟機を入れ替える。クリスたちはようやく目が追いついてきたところで、いきなり別の方向からの攻撃を受けることになる。
かく乱機動と素早いヒット&アウェー。
クリスたちの動きが鈍い分、好きなようにしてやられている。
クリスの機体のゲージがごっそり減った。
『た、たすけて……!』
警告。警告。警告――
情報を処理し切れない。頭がパンクしそうになった、そのときだった。
『――わたしをチームに入れて』
視界の端に、見慣れない表示が点滅していた。
チーム加入申請。
レーダーを見る。探知圏内ぎりぎりに、それまでいなかった機影が映っている。
一瞬、敵の増援かと思ったが、動きがない。どうやらそれが、声の主の猟機のようだった。
『助けてあげる。信じて』
その声は、どこかで聞き覚えがあるような気がした。
だがいきなりコンタクトをしてきた。わざわざ探知圏内の外から俺たちに付いてきていたのだろうか? まずその行動が不可解だった。
素性の知れないやつを信用しろと言われても。どうする?
全機のゲージが半分を切った。
『早く!』
どのみちこのままでは全滅だ。
いちかばちか。
チームへの加入は、メンバー全員の承諾があってはじめて成立する。
申請表示の下。承諾と拒否の選択肢。
俺はまっさきに承諾ボタンに触れた。
「みんな、承諾して!」
俺の声に従い、次々とメンバーが承諾していく。全員完了。チームにメンバーが追加された。猟機の情報が開示される。
現れた表示に、俺はまゆをひそめた。
猟機の種別を表すその形式番号WACが示すのは、管制機。
「オペレーター……?」
凄腕の猟機乗りが相手を蹴散らしてくれるのかとひそかに期待していた俺は、言葉を失った。
それで、いったいなにを――
チームに加わった謎のオペレーターは、冷静な声で指示を出しはじめた。
『落ち着いて。04。あなたよ。後方に下がって』
まず各メンバーへの個別通信を送った。
そのすべてを聞けたのは、俺もまた管制機に乗っていたからだった。通常は、ひとつのチームに管制機が二機以上組み込まれることはない。統率する人間が二人いても意味がないからだ。
声の主が読んだ番号は、自動的にメンバーに振り分けられていた識別番号だった。
クリスが01。
ケイが02。
リエンが03。
マグナスが04、という具合だ。
『03、ラインマークを出す。その通りに後退して』
声の主はまず、集中攻撃を受けていたマグナスを退避させた。
『01、02、03。手前の敵を攻撃』
続いて残り全機に攻撃指示。
一転して集中砲火を向けられた敵の攻撃が鈍る。クリスたちの攻撃は照準が甘く、命中率は低かったが、三方向から攻撃を受けたことで敵は回避を選択した。
『04、いまのうちに引いて。03は04と合流。01、02は後ろの敵をロックして』
続いてリエンが離れる。
リエンとマグナス、ケイとクリスの組み合わせになる。
『03。攻撃しないで。下がりながら回避に専念して』
「え……?」
相手が接近戦をしかけてくるなら、近接戦闘用のショットガンを装備したリエンで迎撃すべきじゃないのか。
『04。ミサイルを使って』
リエンの後方からミサイルの援護射撃。
高威力の焼夷弾頭が敵機に降り注ぐ。
次々と炸裂する爆風の前に、敵機が後退。それと入れ替わるようにもう一機が現れる。
俺はそこで気づいた。
あそこでリエンが勝負に応じていたら、それこそ技量の差が影響して撃ち負かされていたかもしれない。
『04。次は近づいて。近距離射撃』
『で、でもオレ、他にはハンドガンしか……』
『それでいい。ミサイルは使わないで。とにかく距離をつめて』
今度は強力なミサイルを装備しているマグナスの重量機で接近戦とは。
リエンとマグナスの二機が、敵機に自ら接近し圧力をかける。
再び敵機が引いていく。今度は明らかに早い。
『02、背部にレールガンを装備してるわね』
『あの、あんまりこれ、当てる自信がないです……』
『落ち着いて。当たらなくてもいい。敵に距離を詰めさせないで』
指示に従い、ケイはとにかく距離を離しながら、レールガンを撃ち続けた。レールガンは弾速は早いが照準がデリケートで扱いが難しい武装だ。
やがて、敵が戦術を変更した。二機が合流し、並んでリエンに接近する。
二機で確実に仕留めるつもりだ。
『03。二機に狙われてる』
『ま、マジ!?』
『大丈夫。04、一緒に逃げて。01、02は合図と同時に移動。一切撃たないで』
『でもリエンたちが!』
『聞きなさい。大丈夫。あなたたちは勝てる』
自信に満ち溢れた言葉。
それがクリスたちに勇気を与えていた。
クリスたちがリエンを援護することなく、いったんそれぞればらばらの方向へ移動していく。
マグナスがミサイルを撃った直後、01と02移動開始と声の主は告げる。
攻撃して引きつけて、その間にべつの猟機が移動する。気づかれないよう、敵の猟機がいまどこを向いているか。それも把握した上で指示を出している。
『03、五秒撃って後退。稜線の、山のかげに入って。二機が挟み込んでくるから、アフターブースト準備。合図と同時に飛び出して』
『ひっ……はい!』
レーダーで見ていた俺は、驚愕する。
敵のかく乱戦術は、クリスたちを翻弄するだけが目的ではない。
敵機は近・中距離向けと、中・遠距離向けの二機編成。
同時に互いの武装の長所短所を補い合うようにしていた。
だが、彼女の指示でクリスたちは常に敵機の不得手とする間合いでの交戦に徹した。たとえ自分の機体や技術がそれに向いていなくとも。
敵は嫌がった。
だから敵機は合流して二機の同時攻撃に戦術を変えた。だがそれは、数で不利な相手にとっては諸刃の行為だ。
つまり、残りった機体の動きに、気づきにくくなるということ。
『03、04、いま!』
リエンとマグナスの機体がアフターブーストで別の方角へ飛び出す。
被弾。ゲージがさらに減る。すでに二機とも機体の各所から火花が散っている。
だがまだ致命傷ではない。リエンの軽量猟機はかなりの速度で追っ手を振り切った。マグナスも逃げる。だがリエンに比べると遅い。
敵機の照準がマグナスへ向けられる。
『03、04、180度旋回』
リエンとマグナスが、振り返った。
同時に、クリスとケイが移動を終えていた。
レーダーに、敵を中心とした十字形が現れる。
敵の二機を、クリスたちが完全に包囲していた。
『全機発砲許可を出す。仕留めなさい』
全機が一斉射撃。
四方向からあらん限りの砲弾が襲いかかった。
すさまじい弾幕。爆風。炎が膨れ上がり、土埃と黒煙がすべてを覆いつくした。
ゆっくりと、煙が晴れていく。
その奥。
二機の猟機は、機体からおびただしい量の白煙を上げ、ひざをついていた。
<< TARGET DESTROYED >>
眼前の表示の意味が、全員の頭に染み渡っていく。
『か……勝ちました!』
『やった……。やったよオレたち!』
『ほんとに、勝ったの……?』
『うん、やったんだよ!』
はしゃぐクリスたちの声を聞きながら、俺はひとり驚嘆していた。
「すごい……」
各機の性能、戦力差、敵の戦術、すべてを利用した指揮。
よほどの対人戦闘経験がなければ、途中から入ってきてこんな見事なさばきはできない。
俺は機体を移動させ、その声の主に近づいた。
やがて見えてきたのは、巨大なレーダードームを背負った異形の猟機。すさまじいカスタム機だ。その管制機は、清廉な青と白でカラーリングされている。
「セーブ」
格納コマンドに従い、機体が光の中に消える。
向こうも同様に、機体を転送し、その場に姿を現した。
「――まったく、ひどいオペレーション。見てられない」
青みがかった長い髪。
灰色のリーファージャケットにスカート。
胸と肩に縫い付けれた金色のエンブレム。
その制服は、最難関のフィールドをクリアした報酬として手に入る、『王立猟団』のコスチューム。トップクラスのプレイヤーである証。
以前の俺も持っていたが、個人的な好みで着ていなかったが。
「あの、ありがとうございました。助かりました」
「相変わらず、チームプレイとか興味ないみたいね」
代表して俺が頭を下げると、その美人アバターは妙なことを言った。
「元『フリューゲル』の戦術オペレーターです。いまはフリーだけど」
その名前は覚えがあった。
俺がかつてランキング戦をやっていたとき、総合三位にいたチームだ。急速に勝ち上がってきたそのチームには、凄腕の戦術オペレーターがいると噂されていた。
たしか、名前は――
視線を向け、彼女のプロフィールを閲覧する。
Iyoと表示されていた。
「イヨ……?」
偶然だ、とまっさきに思った。
そんなこと、ありえない。
「わたしが誘ったときは断ったのに、この子たちとは遊ぶんだ。ひどいなぁ」
頭が空白に染まる。
空っぽの頭のなかで、すさまじい勢いで回路がつながる。
「も、も、もし、かして」
「ネットのなかでも、どもってるんだね」
現実の彼女も、同じ表情を浮かべているにちがいなかった。
魔性めいた、その微笑を。
「あらためてよろしくね、同じクラスのシルトくん」
神様。
女の子が、怖いです。




