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私の生活  作者: ゆな
1/1

例えるなら理想

「本当にいいの?」

「うん」

「本当に後悔しない?」

「もう、羊くんは心配性だなぁ、大丈夫だってば」

「それなら…いいんだけどね」

「うん、そうだよ」

「…ありがとう」

「…うん」


そうだよ羊くん、私が後悔なんてするわけがないよ。

だってこれが今の私の最良だから。

ほらね、彼のきれいな顔が悲しそうに、でも嬉しそうにほほ笑むのを見るたびに胸がざわめく。

たぶん私は彼を好ましく感じてる。

だから今日、私たちは結婚する、例え彼の一番が私じゃなくても、私が彼を愛していなくても。



1.例えるなら理想



「なんだ神崎、今日はやけに早いじゃないか…、会議用の資料はまとめたのか?」

「もちろんですよ」

「なにー?キミちゃん彼氏?」

「いえ…違いますよ。旦那です」

「えっ!嘘!結婚したなんて聞いてないよ!」


フロア全体に響き渡る声で花蓮さんが声を張り上げる。そんな彼女の声が耳触りで眉をよせる。

そりゃそうでしょ。今のいままで言ったことないんだから。彼女の派手な口紅が塗られた唇から今度はどんな騒音が飛び出すのかと構えていたが、意外や意外に…冷静な言葉?


「もう、冗談でしょー?キミちゃんたらー」

「神崎…本当なのか…?」


…あちゃー、全然冷静じゃない、花蓮さん完璧に信じてない。でも、意外に部長は信じてるみたい。

私ってこんな風に思われてたのか、と二人の反応を観察する。一人は私の先輩にあたる大木花蓮(30)。丹念にブローされた栗色の髪を今日はアップにしてきれいなうなじを見せながら、さらに肩の露出も激しいタイトなワンピースをおしゃれに着こなしている。あぁ…私の同期が何人、彼女の毒牙にかかったことか…。そして、もう一人は、加賀部長(37)。こげ茶色のさっぱりとした髪型に糊のきいたパリッとしたワイシャツを身にまとっている。一見背も高く、体つきもしっかりしているからむさくるしく感じそうなところなんだけれど、不思議と爽やかな印象を人に与えるんだよね。そして、独身・バツイチ・子持ち。奥さんとは離婚し、毎月子どもの養育費を払っているらしい。らしいというのは、噂だから。部長のことなんて興味はないので、正直どうでもいい。まぁ…なにかと謎は多い人。

そんな二人の声に誘われてか、部署の人たちがわらわらとこちらにやってくる。


「うそー??真美聞いてないよー。前の飲み会のときだって彼氏いないって言ってたよね!?」

「キミに先こされるなんてありえないでしょ…」

「あぁー!!」


…あなたたち、私を何だと思ってたんでしょうか、と内心呆れながら着々と帰り支度を終えた。こんな人たちに付き合ってられませんからね。


「では、そうゆうことでお先に失礼します」


人波をきれいによけながら、さっさと部屋を出ていく。エレベータの前に立ち、ボタンを押すと、ちょうど止まったか…ラッキーなんて思いながらエレベーターに乗り込む。振り返れば、みんなの驚いた顔が見えた。思わず、明日はうるさくなりそう、なんて考えていると部長の顔が目に入った。なぜかは分からない。けれどその時の私には部長の驚いた顔がなぜか印象的だったんだ。


一階のロビーにつくまで、エレベーターの中でずっと時計を気にしながら扉が広くのを待つ。

会社のロビーに到着し、扉が開くと同時に、小走りで歩き出した。

冷静でいられない。あぁ…早く、早く、早く!!彼に会いたい!!

いつもは、ヒールが鳴らないように慎重に歩く大理石の床も、今日はお構いなしでわざと音を鳴らしながら歩く。だって私の鼓動と同じリズムだから。私の体中から音がする。もうすぐ彼に会える!ロビーの自動ドアが開くと同時に私を呼ぶ声が聞こえた。


「キミちゃん」


目の前には、真っ赤なポルシェに寄りかかった彼の姿があった。思わず走り出しそうな私の様子に気づいたんだろう。


「キミちゃん、そんなに焦らなくても大丈夫だから…」


そう言って、彼が小首をかしげながら優しく微笑むとサラッとした黒髪が彼の仕草と一緒に軽やかに動いた。すらっとした長い手足に、小さな顔、蠱惑的なつややかな切れ長の瞳。お人形のような繊細な相貌。そのすべてが甘美な夢のような人。

彼は優雅に歩きながら、私の前に立ち、少し戸惑いの色を瞳に写しながら、白魚のような手で私の手を優しくひいた。一応、ここは会社の前。人の目もある。そう考えたのか、戸惑う姿もかわいらしく、自然と私の笑みを誘う。

そして、桃色のぷっくりとした美味しそう唇が動き、もう一度、私の名前を呼んだ。


「キミちゃん…」

「うん…迎えに来てくれてありがとう」


今度は私が彼の手を握って車まで歩き、運転席に座らせる。

彼の美しさは人目をひく。彼を見つめる、私以外の人間のまなざしがうっとうしくて仕方がない。私は、彼を見ている一人ひとりをいたぶりたい気持ちに駆られた。そこまで考えて、これは病気一歩手前かも…なんて冷静に考えながら、そんな自分の考えを隠すかのように、ゆっくりとした動作で助手席に乗り込み、羊君にほほ笑みかけた。


「さぁ…帰ろう羊くん」


すると、こっくりと首を縦に振り、車を発射させる。

滑らかに車は動き出した。私たちの家へと…。


彼は、大河内羊。私の旦那様。

今の私にとっていろいろな意味で理想的な人。
















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