過労気味の職場に仕事ができる人がやってきたら
過労は仕方がない、と諦めるか、そうでないか。
お仕事の頑張り方の一例としてお楽しみください。
「え?お休みが無い……のですか?…………あの、念のためにお伺いしますが、睡眠時間はどれほど…………覚えていらっしゃらない?もしかして、寝ることなくお仕事をされていらっしゃいます?」
わたくしの尋問……いえ、質問に対し、目の前の男性は、意識をかろうじて保っているような表情で、首を縦横に振るだけで答えます。
まだ仕事をしなければ、と頑固に言い張る彼を、とりあえず座り心地の良いソファに移動させ、その向かい側にわたくしも座り、聞き取り調査をしていました。
体裁を保っている程度には身嗜みが整えられているものの、目の下の化粧を間違えたのかと思うほどの濃い隈、やせこけた頬肉、光の入らない瞳、そして何より、覇気のない表情と声。
これが、あの強く優しく将来を期待されていた『カロ―国』の王子殿下だなんて。
わたくしが、彼の婚約者として『シゴデーキ国』から『カロー国』に来たのは、先月のことでした。
歓迎の宴を開いてくださった時は、少しお疲れの様子も見られましたが、華やか広間の明かりに誤魔化されたのか、ここまでの状態だとは気が付きませんでした。
あ、そういえば。
「殿下、あの、陛下は今どちらにいらっしゃるのですか?」
わたくしの問いかけに、顔を上げることのない殿下の代わりに答えたのは、殿下付きの文官でした。
「陛下は、先月より、慰労と視察を兼ねて、周辺国へと王妃殿下とお出かけになられていらっしゃいます……殿下より、お聞きになっていらっしゃらないのですか?」
「ええ、初めて伺いました」と答えるわたくしと、文官の視線は、殿下に向けられます。
「………………だって、陛下や王妃殿下の仕事を私が任されて、それを、婚約者の貴女にも手伝わせるといいと陛下は仰ったけれど、…………まだ、この国に来て慣れてもいないのに仕事をさせるなんて可哀そうだから…………」
集中して耳を傾けなければ聞き取れないような小さな声で、殿下が仰るには、歓迎の宴の翌日から陛下方は城を離れられ、その間の責任者として殿下、そして、わたくしが任されたと。
…………直接の引継ぎも、文官達との顔合わせも、資料も何もないのですけれど?
「この国の王族は、いつも仕事ばかりで、心身の調子を崩されることが多いので、殿下は、貴女様にはそうなってほしくないと、ご自分で全てを引き受けられたのですよ」
そう溜息まじりにこぼすのは、殿下の侍従でした。
殿下とは幼少からの仲ということで、臣下というより友人のような気安さを感じることもあります。この侍従が、わたくしのところに「殿下のことで少しお願いが……」と相談に来たことで、今回、わたくしは、殿下の過労ぶりを知ることとなりました。
「なるほど、概要は分かりました。…………殿下」
わたくしに呼ばれ、重たげに頭を起こし、わたくしに向けられた瞳を、しっかりと見つめ返します。
「まずは、わたくしに、指示や裁量の権利を与えてくださいませ。そして、しばらく、侍従や文官をお借りしてもよろしいかしら?」
何を言われているのか理解できない表情の殿下に、わたくしは言葉を重ね、強引に……いえ、極めて冷静に承諾を引き出し、その後は、侍従や側近たちによって殿下をしばらく寝台で休ませることに成功しました。
「…………ふう、まずは、問題をひとつ片づけましたね。では、ここからが本番です。皆さん、よろしくて?」
そう声を張るわたくしの前には、先ほどの侍従と文官、そして、城内の各上役、わたくしが国から連れてきた侍女や文官など、総勢数十名が立っています。
「まず、現状把握から」と、指示を出すと『シゴデーキ国』の文官達が、国で使っていた資料を配りました。
「その資料に、各持ち場の責任者と、副責任者の名前、担当人数と部屋の数と広さ、抱えている業務と関わっている業務、それぞれの優先順位を書き込んでください。そして、困っていることを具体的に書いてください。時間は、今から二時間です。必要であれば、この場にいない者を呼び出しても、他の持ち場の責任者と話しても構いません。資料の書き方がわからなければ、わたくしや、『シゴデーキ国』の文官に聞いてください。では、始めてください!」
ぱんっと、わたくしが両手を合わせると、戸惑う『カロ―国』の人達を、『シゴデーキ国』の文官が持ち場ごとにテーブルに移動を促し、資料の他に、打ち合わせに必要な文具類を用意させ、集まった人達が飲めるようにと打ち合わせと別のテーブルに、飲み物と軽くつまめるものを用意させ、そして。
「では、皆さま、この時計が十二時になりましたら、途中でも手を止めて終了にします。それより早くできた方は、わたくしや『シゴデーキ国』の文官が確認いたしますので、声をかけてくださいませ」
と、わたくしが立っている横に、大きな時計を用意しました。
何を誰がするか、いつまでに、どのように。
最低限の指示を出した後、わたくしも少しお茶で喉を潤し、各テーブルを見回っていきました。
◇
やがて、終了時刻に近づくと、少しずつ確認を依頼する声が聞こえてきました。
困っていることがあるけれど、どう書いていいか分からないという人には、こうなったら動きやすい、こういう規約があれば判断しやすい、というように具体的にその業務に関わっていない人でも想像しやすいことを書くといいですよと助言を与え、困っていることがないという人には、他の人が担当しているところで気になることがないか促します。
最初は、忙しいのに集められて、訳の分からないことを指示され不満さを隠さなかった表情が、仕事を楽しむような、真剣さを取り戻していく様子に、殿下の侍従も「ほぉ……」と驚いているようです。
「ふふ、まだまだ、これは準備段階ですので、ここからが本番ですのよ」
そう言って、時計を確認し、終了時刻だからと作業の手を止めさせ、皆さんを食堂に見送りました。
わたくしは、侍従と、わたくしの文官と共に陛下の寝台がある部屋の隣に移動し、書き終えた資料を手に、次の準備を始めます。
わたくし達の昼食は、先ほどの時間に、合間を見ながらつまんでおりましたので、今日だけは簡素なものとして済ませました。後で殿下の目が覚めましたら、その時にまたしっかりと時間を作って食事をする予定なのです。
◇
さて、お昼の休憩が終わり、皆さんが戻ってきました。
先ほどのテーブルを中央に集め、広く作業ができるように配置し、資料から抜粋した仕事内容や、部屋の広さと人数など、それぞれに分けたものを一目で分かるようにしました。
ざわりと声があちらこちらから聞こえます。
「おい、あの部署は我が国でも一番忙しいはずなのに、なぜこんなに人が少ないんだ?」
「なぜ、人数の多い部署が、こんなに狭い部屋に押し込められているんだ?これでは作業机も人数分置けないのではないか?……ああ、だから、よく会議室の申請をしてくるのか」
「ふむ、城の地図に、こうして部署の名前と人数を書き込むと、一番多く他部署と関わるのに、廊下の端にある部屋が遠く感じるな。確かに、よく人を使いに出すが、なかなか帰ってこないのは、これが理由でもあるのか」
『カロ―国』の人たちから、聞こえてくるのは、先ほど書き込まれた資料を見て、わたくしが思ったことと同じでした。効率が悪く、あるべき場所に人がおらず、その人達が存分に働ける環境にないこと。
その現状確認をすることなく、声をあげたところに、間に合わせの対応をする。
そんなことを繰り返すと、結局、崩れかけの組織ができるだけなのです。
「では皆さま、こちらのテーブルに移動して、各部署からの『現場の声』を見てください。そして、何か改善できそうなことがありましたら、近くにおります文官達に声をかけ、書き上げたものをテーブルに置いて他の方にも見えるようにしてください。また、ここでは判断できないことは、誰に確認が必要か名前を書き出してください。では、今から一時間で終えましょう。はじめ!」
ぱんっ。
その音に、先ほどは戸惑っていた人達も、速やかにテーブルの上に視線を集中させ、積極的に他部署の人と言葉を交わし、それを文官が書き取り、必要に応じて資料を用意させ、あっという間に時間が過ぎていきました。
「……なるほど、こんな方法があったとは」
「この案は、うちの若手が言っていたものと同じだ……彼には現実的ではないと突き放したが、この手順で行えば良かったのか……検討もせず悪いことをした」
「ああ、そうか。使う部屋を入れ替えることは確かに面倒だけれど、その引越しによる1日の作業中断と、今後の無駄な時間や労力を考えると、結果的に……ふむ。そうした長期的な視点が欠けていたんだな」
「あの部署の忙しさは、能力不足ではなく、人手不足による過労が重なった結果だったのか。もともとは優秀な人材を集めただけに、少人数でできるだろうと思われていたことが裏目に出てしまったようだな」
ええ。良い変化ですね。
目の前の仕事をすることだけに精一杯で、他の部署の状態を知ることもないので連携も取れず、お互いに苛立ち、話し合う雰囲気も生まれない。
まずは、それぞれが抱えている仕事を全員で確認する。
城というひとつの組織の中にあるからこそ、部署の中だけで仕事を抱えないことが大事なのに、この国では王族を始め、皆さんが「仕事はあればあるほどいい」「他の人に頼るのは迷惑だ」「相談する相手の時間を奪うのは恥ずかしい」といった考え方が昔からあるらしく、そのせいで体調を崩したり、仕事以外の趣味や家族や友人との時間が減るのは仕方がないと思っているらしいのです。
そこへ、王妃殿下が、我が『シゴデーキ国』の評判を耳にし、殿下の婚約者として、わたくしは…………。
「はい、そこまで。では、これまでに出た意見を部署ごとにまとめ、すぐに出来ることは明日から実行してみましょう。打ち合わせや申請が必要なものは今ここで、その手配を進めてください。一週間後に、また、ここで経過報告会を行いますので、その時に、変化や、新しく気づいた問題などを皆さんで共有しましょうね。この会議は、これから定期的に行いますので、そのおつもりでよろしくお願いします。──では、用事が終わった部署は、三十分間ここで休憩を取ってから、各部屋にお戻りください。熱くなった頭を冷やし、一息ついてから、部下たちへの指示をお願いしますね」
やがて、部屋には殿下の侍従と、わたくしの文官だけが残り、テーブルやお茶などの片付けを部屋係に頼んだ後は、皆で殿下のお部屋へと移動し、しばしの休息を取りました。
殿下の寝顔を見たのは、わたくしと侍従だけですけどね。
◇
翌日のお昼前、ようやく目が覚められた殿下は、軽いお食事を取られた後、仕事に戻らねば!と焦りの表情を浮かべ、執務室に戻られました。
昨日の朝に積み上げられていた書類が、半分ほどになっているのを見て、侍従に「ここにあったものは?」と確認されているお姿を見ますと、まだもう少し寝ていらしても良かったのに……と思わずにはいられませんが、仕事が気になってそれどころではないのでしょう。
殿下の机に積みあがっていた仕事は、昨日の最後の休憩の時に「殿下のお仕事も毎日のように積み重なるばかりで、なぜか終わりませんの……本当に殿下の確認が無いと動かせないお仕事ばかりなのでしょうか……」と、頬に手をあてながら、わたくしが話したことをきっかけに、何人かの方が殿下の執務室に来てくださり、確認をした結果、殿下以外の方でも良いのではと、持ち帰ったのです。
「これは、殿下の前に、それぞれの部署で相談すれば、五つの確認が一つで終わるのではないか」
「このような小さな要望も全て殿下のところに届いていたのか……」
「陛下や殿下方に確認していただくことと、それより下の者たちで確認・判断できることの線引きを全員で見直す必要があるな」
そう言いながら、皆さんが仕事に対する考え方の変化を見て、殿下の侍従も顎に手を置きながら、考えていたようでした。
◇
そして一週間後。
再び集まった皆さまと、わたくしたち、そして、今回から参加の殿下を交えての経過報告会が行われました。
事前に殿下には、あの日にあったことはお伝えしてありましたが、実際にその目で見た様子は、まだ頭で理解がおいついていないようでした。
「業務内容に合わせ、仕事の部屋を変えたことで、各部署からの移動も楽になったと好評です」
「我が部署では、その案を参考に、部屋の中での机や棚の配置を変えたところ、部内の雰囲気や良くなりました」
「人材が不足していた部署には、早急に求人を行い、来週から新人が配属される予定です。しばらくすると、ひとりあたりの仕事量も落ち着くでしょう」
「これまでは分からないことでも最終的に陛下や殿下方に確認していただけば大丈夫と思っていましたが、その前に、他部署と相談することで解決出来ることが意外に多いことに気づきました」
概ね、良好のようですね。
「……あの、私の部署は、前回の持ち帰った改善策がほとんどできず……その、『仕事の仕方を変えるなど、我々のこれまでの時間を侮辱するのか』と言う年配の方が多く…………若手は比較的、改善策に前向きなのですが、やはりそこは……」
「ほお。そうした感情論で、仕事が改善することに苦言を申すのか。ふむ、……では、これからそこに行き、私が直接話をしてこよう。案内してくれ」
「え!で……殿下直々にでございますか!?」
「ああ、なんだ、私じゃ役不足というなら、今回の立役者を連れていこうではないか」
「ええ、喜んでわたくしもお供いたしますわ。さあ、ご案内くださる?」
「は……はぃぃ」
──結論。
感情論には、感情論で戦えば勝機あり、でしたわ。
「自分たちがこれまで頑張ってきたことを馬鹿にされた」と感じる方が多かったので、そこを丁寧に褒め上げ、その上で、殿下から「その手腕をさらに磨いてほしい、こらからも健康で長く我が国へ貢献してほしい」と頭を下げられましたら、納得いただけたようで。
「殿下があそこまでされなくてもよろしかったのに」と、わたくしが少し不満を口にしましたら「君が頑張ってくれたことに比べたら、これくらい何でもないよ。私の見せ場を奪わないでおくれ」なんて言うものですから……しっかり睡眠を取られたら、甘い言葉を吐けるくらいには回復されたようで何より、でしょうか。
その後も、定期的に集まり、各部署の不満を上げてもらい、皆さんで改善策を考えるうちに、城内のピリピリした雰囲気も落ち着いてきましたし、顔色が悪い方もほぼいなくなりました。
……仕事が定時に終わったからと、数年ぶりにお酒を飲み過ぎて二日酔いの方は時々お見かけしますが、それはまあ、これまでの反動なのでしばらくは見ないフリをしておきますわね。
さて、陛下と王妃殿下が戻っていらっしゃるまで、あと三か月。
『シゴデーキ国』から婚約者を迎えて良かったと思って頂けるくらいには、わたくし、仕事ができたでしょうか?
お読みいただきありがとうございました。
縦横の連携と、裁量権の優先順位、休憩や食事、睡眠は大事です!




