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*承・追*


「失敗しました。傘を持ってきてしまいました」

 帰りのHRが終わると、眼鏡も髪型も元通りの結城ゆうきがそう嘆いた。

「は? 持ってきてんだから失敗じゃねぇじゃん。朝から雨なんだし」

 結局、放課後になった今も雨は降り続いている。だけどかなり弱くはなっているから、もうすぐで止みそうだ。空も大分明るい。

「いや、忘れてたら智流さとるくんの傘で一緒に帰れるかなぁ、と思いまして」

「……………」

 ……………。

 ……何、その一撃?

 相合傘。それはクラスのヤツらが悪戯で黒板に書くモノ。男子と女子の名前を左右に書き、当人に嫌がらせをするモノ。当人は「何書いてんだよ、やめろよ。早く消せよ」と嫌がってみるが、実際相手が意中の女子だった場合はまんざらでもないモノ――じゃねぇよ。リアルだよ。リアル相合傘だよ。今まで何度も結城としてきたヤツ(基本、傘を忘れるのはオレだが)じゃねぇかよ。何焦ってんだよ、オレ?

「わ、悪い! きょ、今日用事あるんだ!」

 さすが、オレ。冷静極まりない。

「べ、別に相合傘がハズいとか、そういうのじゃねぇんだ。ほ、ホント、マジで用事があるんだ」

 さすが、オレ。声が裏返ることもない。

「ま、毎日会いに行くって約束してるから、行かないわけにはいかねぇんだ。って言っても、き、昨日は大神おおがみさんが家に来たから行けなくて、だ、だから今日は絶対行かなくちゃいけないんだ」

 さすが、オレ。一度も噛んでいない。

「へぇ……ふぅん……そぉ……」

 ――だから結城さん。そんな目でオレを見ないで。

「イイよ、別に。私は智流くんのこと信じてるから。たとえ――約束の相手が女の子でも」

 ……エスパーですか、結城さん?

「いや、女の子って言っても全然小さい女の子だから。サイズ的には鱗ぐらいの小ささ。目から落ちちゃうくらいの小ささだから」

「つまり、目に入れても痛くないカワイさ、ということ?」

 と、結城は笑顔で訊く。

 その笑顔が、オレには怖い。

「まぁ、ホントに気にしないでイイよ。私は智流くんのこと信じ切ってるから」

 それに、と言葉を続ける。

「約束を守ってくれない男の子、私嫌いだから」

 ――その笑顔は、怖くはなかった。


 舞台移動。

 病院からの帰り道。薄暗い空。雨はようやく止んでいた。

「はぁ……何してんだろ、オレ?」

 畳んだ傘を片手にオレは呟いた。

 せっかく面会に行ったのに、あまり話の相手をしてやれなかった。結城に言われた『目に入れても痛くないカワイさ』が心のどこかにあって、なんとなく変な気分になった。

 ……一応、念のため、もしもを考えて言っておくが、オレは別にロリコンじゃない。

 まぁ確かにアイツは『カワイイ女の子』ではあるけど、それはあくまでもガキとしてカワイイだ。それにカワイイで言ったら一番は結城だ――ってのは完全にノロケだよなぁ。

「いかん、いかん」

 自分の頬を軽く叩き、緩みかけた表情を引き締める。オレは道端でニヤニヤするような男じゃない。

 そして改めて前を見た。その視界には見覚えのある人物がいた。

「……魚住うおずみさん?」

 世界ランク第二位こと、魚住さんだった。間違いなく、魚住さんだった。

 だけどオレの語尾には『?』が付いていた。『♪』でも『(笑)』でもなく。

 顔面蒼白。その四字熟語通り、魚住さんの顔面は蒼くて白かった。その唇は激しく震えていた。よく見れば身体全体が震えていた。いつもの魚住さんのイメージは欠片もなかった。

「こんなところでどうしたんですか?」

 強い違和感を感じ、魚住さんの立っている橋の真ん中まで駆け寄った。小さな川の上の小さな橋。だけど昨日からの雨で下は結構な水位の激流になっていた。

「お、女の子……お……溺れ、て……そ、そこ……」

 放心状態の目でオレの顔を見ると、魚住さんはそう言った。その口からはガチガチと歯がぶつかる音がする。

 橋の下を見る。そこには黄色いレインコートを着た小さな女の子の姿があった。しかし、その下半身は激流の中。かろうじてコンクリートで補強された土手にしがみついているが、今にも流され、濁った水の中に消えてしまいそうだ。

「た……助け、て」

 そんな言葉を小さくこぼすと、魚住さんの身体はゆっくりと倒れていった。

「魚住さん!? 魚住さん……魚住さん!」

 橋に完全に倒れる直前、オレはその身体を抱き止めた。思った以上に軽く、女性特有の柔らかさがあった。

 だけど、そんなことでニヤニヤするような男じゃない。そんなことを考えている場合じゃない。

 魚住さんの――意識がない。

 とりあえず、荒々しいが息はしている。激しく胸が上下している。

 ……くそ、どうする?

 腕の中には、意識を失った息苦しそうな女性。橋の下には、今にも溺れてしまいそうな女の子。

 どうする? どうする? どうする?

 二者択一。だったら――。

薄原すすきはらくんは先生の介抱を! 僕が女の子を助けに行く!」

 駆ける人影がそう叫んだ。

 あっという間に、一直線に、狼のような速さで女の子に駆け寄る人影。そしてその大きな手で、女の子を激流の中から力強く抱き上げた。

 ――狼男。味方ならなんて心強いんだ。

 泣きじゃくる女の子を優しく抱え、ゆっくりと、しっかりと、土手を上がる大神さん。

 二者択一。だったら二人で二つを選べばイイ。

 だから、次はオレが。

「魚住さん! 大丈夫ですか!?」

 軽くゆすってみるが、返答はない。ただ苦しそうな呼吸音だけが聞こえる。

「魚住さん! しっかりしてください、魚住さん!」

 今度は少し強くゆすってみた。しかし変わらず、返答はない。ただしパラパラと何かが数枚、地面に落ちた。

「なんだ? なんだ、コレ?」

 オレは、自分の手の平に落ちた一枚を見た。薄く、青く、鮮やかな流線形の何か。それはまるで――。


「……鱗?」


 次の瞬間、オレの目に映ったのは青い鱗に変質していく魚住さんの腕だった。



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