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*承・続*


「もー。私、雨嫌い」

 と、結城(ゆうき)は唇を尖らせた。

 季節外れの大雨は昨日の夜から降り出し、弱くなってはいるが昼休みになっても降り続いている。

 だから今日は屋上での昼飯はなし。おとなしく教室で弁当を食べている。

「今朝なんて髪が纏まらないから全然三つ編みができないし」

 そうグチりながら玉子焼きを半分かじる。

「なら、しなきゃイイじゃん三つ編み」

 オレも自分の玉子焼き(結城のと違いかなり茶色い)を一口で頬張る。

「うーん……それじゃ、たまにはイメチェンしてみますか」

 箸をキレイに揃えて小さい弁当箱(腹が膨れるとは思えないサイズ)の上に置くと、言葉通り三つ編みを解き始めた結城。

 そしてその光景を、オレは白飯を食いながら眺める。

 ――つーか、イメチェンなんてレベルじゃねぇよな。

 オレの一番古い記憶の中の結城は、もう既に三つ編みだった。多分、幼稚園くらい。

 だからこれはイメチェンというかキャラチェンだ。優等生・結城真実(まみ)というキャラクターの崩壊だ。

 そう考えると急に不安になってきた。やっぱりやめねぇか、と口にしようとして、

「はい、完了」

 結城は作業を終えた。

「……………」

 ……………。

 ……うん。誰ですか、この清純系女子は?

「ん? どうかした?」

 結城が小首を傾げる。長く綺麗な黒髪が少しだけ揺れる。

「あ、いや、その、さ……」

 キャラ崩壊どころか別人出現だった。

 だけど、オレの心は富士山の頂上で「カミサマありがとー!」と叫んでいた。

 なんとオレの幼なじみは、物語のヒロインだったのだ。これを感謝しないヤツにはバチが当たる。

 しかし、あともう一押しほしい。たとえば――。

「眼鏡も外してみたらどうだ?」

「こ、こう?」

 次の瞬間、オレの魂はエベレストの頂上で叫んでいた。

 カミサマ、あんた最高だ。今まで信じてなくてゴメン。眼鏡外したくらいで様変わりって昔のアニメかよ、とほざく輩はあんたの代わりにバチを与えとくよ。燃えて、伸びて、増えて、月に代わってお仕置きしとくよ。多分スカウターが割れちゃうくらいの今のオレのパワーなら、できると思うから。

「……智流(さとる)くん! はい、あーん」

 自分の弁当箱からおかずを一つ箸で取ると、そう言ってオレに差し出す結城。

 ……………。

 ……………。

 ……何、このイベント?

 前言撤回。カミサマ、あんた最低だ。エベレスト以上に高い山なんて、ここ以上にあんたに近い場所なんて、地球上には存在しないんだぜ。知ってるだろ? カミサマなら。あいにくオレは空を飛べない地球人なんだ。これ以上の感謝の仕方、知らねぇんだ。だがまぁ、そのサプライズな優しさはありがたく受け取っておくぜ。据え膳食わぬはなんとやらだ。正々堂々・正面突破が男の誇りだ。だがしかし、周囲の目が気になるのも事実。オレの視界に入る分には、こっちを見てるヤツは……いない。いや別に、結城と付き合ってることが恥ずかしいわけじゃない。別段言いふらしたことはないが、訊かれたら付き合ってると胸を張って言える男だ、オレは。そして、礼儀正しい男だ、オレは。目には目を、歯には歯を、あーんにはあーんを。さぁ、心の準備は整った。いよいよ本番だ。もちろん、本番に変な意味はない。そんな紳士にあるまじきことを考えるオレではない。現代のサムライと言っても過言ではない。だからサムライらしく、いざ尋常に――。

「ピーマンなんぞ食えるかいっ!」

 ツッコんだ。

「あれ? ピーマンだった? 眼鏡なくてよく見えないからプチトマトと間違えちゃった」

 と、小さく舌を出す結城。

「ウソだ! 眼鏡なくてもカラーリングで分かるだろ! 三原色の違いくらい分かるはずだ!」

 ……くそぅ、見た目カワイイのに性格カワイくない。

 清純系っつーより小悪魔系だ。

「ところでさ」

 そのままピーマンを自分の口に運ぶと、結城は話題転換した。

「最近、智流くん大神おおがみ先輩と仲良いよね」

「ん? あぁ、まぁな」

「どうしたの、急に? このあいだまで名前も覚えてなかったのに」

「……色々、あってさ」

「色々?」

「そう、色々。三原色丸出しなくらい色々」

「それは随分とカラフルな色々ですな」

 そう言って、結城は一応納得した――いや、納得したようにオレに見えた。

 結城は一度、サキュバスを――夢魔という悪魔を宿している。小悪魔や睡魔どころでなく、本当に悪魔を。

『一度でも“僕ら”に関わると、どうしたって引かれやすく――いや、惹かれやすくなる』

 その言葉通りなら、結城も例外じゃない。だけどその記憶がないのなら、後遺症は少ないはずだ。

 結城には、夢魔が宿っていた自覚がない。知っているのはオレとヴィアンだけだ。ヴィアンは完全な吸血鬼“もどき”だし、オレはその血が半分流れる人間だから、どうしたって“ヤツら”に引かれる。だけど、結城は何も知らない。だから、知るべきじゃない。知らない方がイイ。今も狼男を宿している大神さんとの関係を、詳しく教えるわけにはいかない。

「でもさ」

 眼鏡を掛け直した結城が、その行動を少し残念に思うオレに話を続ける。

「周りの目というか噂というか、そういうのも少しは気にした方がイイよ」

「噂? ……もしかして、まだ狼男の噂とか流行ってるのか?」

 ――また大神さんの意識がトんだりしてるのか?

「あ、いや、そういう話じゃないんだけど……ゴメン、忘れて。大した話じゃないし、私は智流くんのこと信じてるから」

「ん? まぁ、よく分かんねぇけど信じとけ。俺は現代のサムライだからな」

「サムライ? なんの話?」

「こっちの話。言うなれば男の話」

「『男』の話、なんだ……」


 ――オレがこの『噂』を知ることになるのは、知るべきじゃなかったと後悔するのは、もう少し後の話になる。



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