*承*
放課後、夢守神社、オレの部屋。
「改めまして、津々浦第二高校生徒会長をやらせてもらっている大神征志郎です。この度は大変なご迷惑をお掛けしたのと同時に、命を救って頂き本当にありがとうございました」
と、大神さんはまるで武士のように正座の状態で頭を深々と下げた。
「いえ、こちらこそ御馳走様でした。っと、僕もちゃんと挨拶しとかないといけないな、大人として」
と、こっちもしっかりと正座して流暢に日本語を喋る外国人――つまりヴィアン。吸血鬼“もどき”。
「現在、チルチルくんの家に居候させてもらっている女郎花初庵です。気軽に『ヴィアンちゃん』って呼んでね♪」
「了解です、ヴィアンちゃん」
……………。
……………。
……え?
「ヴィアン。今、なんて言った?」
「ん? 『♪』のことかい? 残念だけどこれ単品では発音できないよ――って、今僕が『♪』って言えたのは一種の文章表現としてスルーして頂戴ね」
「あぁ、積極的にその話丸ごとスルーしてやる。今の問題はそこじゃねぇ」
つーか、会話を文章って言うんじゃねぇ。世界観崩れるわ。いや、世界観って言ってる時点でアレだけどさ。
「それじゃ、今後もし僕が『(笑)』って言っても、それもスルーの方向で」
「それは断る。その表現は鉤括弧の外でしろ」
つーか、それは完全に作者の技量の問題だ。
「ええー。心と縦幅が狭いなぁ、チルチルくんは(笑)」
「……………」
この野郎、オレが今一番気にしていることを『(笑)』で言いやがった。縦幅、つまり身長のことを。
現在この部屋にいるのは、ヴィアン・大神さん・オレ。
長身・長身・チ――普通。
この二人に挟まれたら、間違いなく『あの光景』になってしまう。
だからオレは、この部屋での立ち位置に細心の注意を払っている。
……何度も言うようだが、オレが小さいわけではない。二人が大きいんだ。そして世界が大き過ぎるんだ。
「で、なんの話だっけ?」
と、仕切り直すヴィアン。
「確か、イルカとクジラの違いでしたよ。ヴィアンちゃん」
と、助言する大神さん。
「いやいや、そんな話は欠片もしてませんよ」
と、否定するオレ。
「いやいやいや、大神くんは存外間違ってもないよ。イルカとクジラの違いは単なる大きさの違いだからね。さぁて、一体チルチルくんはどちらに分類されるんだろうね?」
「……………」
いよいよ本気で殺してぇ。この『(笑)』の吸血鬼“もどき”を。
……聖水ってどこで売ってんだろう? 通販とかで買えんのか?
「おや? 何やら物騒な殺気を感じるね。妖怪アンテナがバリ3って感じだね。さすがにこの話題はそろそろやめとこうか、僕の命的に」
まずはどの通販サイトを見てみようかと迷っているオレの妖気を察知して、ヴィアンは話を進める。
「老若男女の『女』に一族郎党の『郎』に鏡花水月の『花』で『女郎花』、初志貫徹の『初』に沢庵和尚の『庵』で『初庵』、それで女郎花初庵。それが僕の真名――なんて大層なものでなくて単なる本名だよ」
「よし。何故わざわざ文章じゃないと分かりにくい四字熟語で説明したのかと、最後のは四字熟語じゃねぇのと、散々ネットで『庵』の入る四字熟語を探したが結局見つからなかった作者の裏話はひとまず置いといて、そんなこと初めて聞いたぞ」
つーか、天然の灰色の髪にその顔で日本人だったのかよ?
「あれ? 言ってなかった? ……まぁ、あんまり気にしなくてイイよ。所詮は心身共に吸血鬼“もどき”になった時に殆ど捨てた名前だから。以上でも以下でもなく、今の僕はヴィアンそのものだからさ(キメ顔・カメラ目線)」
「おいコラ、どっち向いて喋ってやがる? つーか、自身のオリジナリティに悩んだ挙句『そうだ、オレはオレでしかないんだ!』と結論付けた中学生の発想を、いい歳のおっさんがキメて言うな。そして何より、鉤括弧内で状況説明をするな。そろそろ作者の技量が本気で疑われるわ」
――まぁ、元々ないモノだからね(笑)。
と、作者がほざいている気がするも、賢明なオレはノールックのスルーパスでそれを無視する。
「いやぁ、なかなかの説明口調のツッコミ。語彙の足りない僕としては感心するばかりだよ」
「思ってもないことで褒められても嬉しくねぇよ。つーか、軽くバカにしてんだろ、お前?」
「いやいや、滅相もない。いつもいつも僕は尊敬の眼差しで君のことを見てるよ」
「鉤括弧内にないからって騙されると思うなよ! 今のお前の顔は『(半笑)』だ!」
もし聖水が通販サイトになかったら、ネットオークションでも探してやる! そして破格(低い方)の値段で落札してやる!
「まぁ、言い過ぎた感はあるけど、尊敬してるのは少なからず事実だよ。出会う人全ての相手をするなんて、僕には到底できない」
「……なんとなくまだバカにされてる気がするが、まぁ良しとしてやる」
出会う人全てを相手にしたつもりは一切ねぇけど。むしろどっちかと言えば、オレは人嫌いの分類だし。でも――。
「説明口調のツッコミが、オレのこの世界での立ち位置なんだよ。それこそ、オレがオレである理由だよ。悪かったな」
そんな風にキメて言ってみたが、カメラの位置が分からなかったのが残念だった。せめて後頭部のアップでないことを、祈るばかりだ。
「悪くはないさ。存在意義が確定しているってことはイイことさ」
ホント羨ましい限りだよ、と『(笑)』でも『(半笑)』でもなくヴィアンは笑った。
「あの。お二方で盛り上がっているところに水を差すようですが、そろそろ本題に入っても良いですか?」
そう言って、若干存在感が薄れかけていた大神さんが切り出した。
「あぁ、すいません。で、大事な話ってなんですか?」
今日の昼休み、またも大神さんがオレの教室まで来て「放課後に君の家に寄っても良いだろうか? 僕たちのこれからについての大事な話があるんだ」と言ってきたので、特に予定のないオレは了承した。……何故か分からないが、そのときクラスにいた女子に変な目で見られたが。まぁ、理由を訊くのも面倒だったのでそこはスルーしたけど。
「実は、狼男として暴走していた時の幽かな記憶と、ヴィアンちゃんの話を聞いて思っていたんだが――」
と言う大神さんの表情は少し曇り始めた。なんとなく気まずそうな雰囲気を感じる。
……もしかして、狼男が再発したのか?
以前ヴィアンが「一度でも“僕ら”に関わると、どうしたって引かれやすく――いや、惹かれやすくなる」と言っていた。だから事後処理こそが大事なんだ、と。
「まぁ、命の恩人である薄原くんにこういうことを言うのもどうかとは思うんだが……いや、恩人であるが故に言うべきだな」
そう決意したように、改めて正座し直すと、
「君には『必殺技』が足りないと思う」
恥も迷いもなく言い切った。
「……、……、……は?」
「これからに備えるには、やはり『必殺技』が必要だと思うんだ」
「……………」
……今なら『杞憂』って漢字をすんなり書けそうだ。案外間違いやすいよ、杞憂の『杞』。
「それでいくつか候補案を考えてみたんだが、聞いてくれないかい?」
「えぇ、まぁ、聞くだけなら……」
ホントは別にいらないんだけどなぁ、『必ず殺す技』なんて。まぁ確かにそれこそ、中学生のときは自分のオリジナル技を考えたこともあったけど。……あー、でも対ヴィアン用のなら必殺技があってもイイな。
「ではまずは――」
自分の生徒手帳を取り出し、咳払い一つして声の調子を整える大神さん。
「俺のこの手が真っ赤に――」
「燃えません」
「ゴムゴムの――」
「伸びません」
「影分身の――」
「増えません」
……いや、一人だけなら増えるけど。
「つーか、最初のヤツに至ってはロボットの技ですから。せめて人間が使える技にしてください」
「む、言われればそうだね。では、こういうのはどうだろう?」
もう一度咳払いをしてから、大神さんは続ける。
「みんな、オラに元気を――」
「すいません、言葉足らずでした! 地球人が使える技でお願いします!」
残念ながら、オレはスーパーな状態になったりはしない。
「むぅ……そう言われてしまうと、今回の僕の候補案に良いのはないな。すまないが次までの宿題で良いだろうか?」
と、本気で肩を落とす大神さん。
「あの、それなら刀系のヤツでお願いします。オレ、素手で戦うタイプじゃないんで」
……いや、あんまり期待はしてないけど。
「確かに、言われてみるとまさにその通り。肉弾戦の技ばかりだな。目から逆鱗とはこのことだ」
「……逆鱗?」
「む。すまない、冗談だ」
「……あ。あぁ、なるほど」
つーか、目を触られたら誰でも怒るわ。
「では、分かってもらえたところで改めて」
そう言って、わざとらしい咳払いをまた一つ。
学習能力の高いオレは、二回目にしてこのパターンを把握している。だから自分のポジションとして臨戦態勢を整える。
「目から鱗雲とはこのことだ」
「規模がデカい!」
「目から下はうろ覚え」
「記憶力低っ! ほとんど覚えてねぇ!」
「目にはウロボロスの紋章」
「憤怒の名を持つ人造人間!?」
……………。
小休止。息切れ、ネタ切れ。
「よし。では僕はそろそろお暇させてもらうことにしよう」
そう言って大神さんは立ち上がった。
「あ、スイマセン。飲み物も何も出さないで」
オレも続いて立ち上がる。
「いや、押し掛けるように来た僕の方こそ申し訳ない。それにそれこそ、今朝から鱗雲が広がっているからね。雨が降る前に帰らないと」
「うわぁ、それは憂鬱な話だね。雨の日は髪が纏まらなくて嫌なんだよ」
そう言いながら立ち上がろうとするも、なかなかヴィアンは立ち上がらない。
「ん? どうした『女郎花』?」
「いやぁ、お恥ずかしながらその『女郎花』さんは、何年ぶりかの正座で足が痺れてまして」
「……しっかりしろよ、地球人の日本人」
と、オレは手を差し出す。
普段なら確実にローキックを入れる場面だが、大神さんがいるのでさすがにやめた。
いつもいつもすまないねぇ、と年寄り臭いセリフを吐きながらオレの手を掴むヴィアン。そして、一気に立ち上がろうとした。
しかし思ったよりも体重があったので、引っ張られてよろけるオレを、
「おっと。大丈夫かい、薄原くん?」
大神さんが反対の手を掴んで支えてくれた。
「ありがとうございます。ほら、さっさと立てヴィアン」
ちゃんと力を込めて引き上げるオレ。
ヨロヨロだけど立ち上がったヴィアン。
しっかりと力加減をして手を握ってくれている大神さん。
そして、開けっ放しのふすまの向こうの廊下を通り過ぎた――いや、通り過ぎようとした姉ちゃん。
「捕まった宇宙人みたいね、あんた」
『(鼻笑)』でそう吐き捨てると、そのままのペースで歩いていった我が姉・凛花。
――どうやら、オレの天敵ランキング一位の座を誰かに譲る気は、全く微塵もないようだ。