短編「三人であるために」
昼下がりの草原に、笑い声が転がっていた。
「だから言っただろ、そっちじゃないって!」
「うるさいな、結果的に宝箱見つけたんだからいいじゃん」
「いやそれ空っぽなんだけど」
風に揺れる草を踏み倒しながら、三人はどうでもいいことで言い合っている。
剣を背負ったレイン、皮肉屋のエルド、そして少し遅れて歩くミナ。
どこにでもいるような、けれど少しだけ騒がしい旅の一団だった。
「次は街だな。まともな飯食える」
「お前昨日も同じこと言ってなかった?」
「大事なことは何度でも言うんだよ」
「それただの食い意地でしょ」
また笑いが起きる。
理由なんてなくても、三人でいれば笑えてしまう。
それで、十分だったはずだった。
⸻
その夜、焚き火の火はいつもより静かだった。
「なあ、明日さ」
レインが言いかけて、言葉を止める。
言わなくてもいいことは、三人の間では自然と共有されていた。
どこへ行くのかも、何をするのかも。
ただ一つ、違っていたのは。
——明日、向かう場所。
「……例の遺跡、だろ?」
エルドが先に言った。
ミナは何も言わず、火を見つめている。
その遺跡には、“願いを叶えるもの”があると噂されていた。
信じるには曖昧で、無視するには魅力的な話。
「どうせ罠だろ」
「かもな」
「でも、行くんでしょ?」
ミナが静かに言う。
その声音はいつもと同じはずなのに、どこかだけ違っていた。
レインは気づかなかった。
エルドも、たぶん気づいていなかった。
あるいは——気づこうとしなかったのかもしれない。
⸻
遺跡は、拍子抜けするほどあっさりと三人を迎え入れた。
罠も、魔物も、何もない。
「逆に怖いな」
「帰るか?」
「ここまで来てそれ言う?」
軽口を叩きながら奥へ進む。
そして、最深部。
そこには——確かに“何か”があった。
淡く光る、形の定まらない塊。
触れれば壊れそうで、それでいて確かな存在感を持つそれ。
「……なんだこれ」
レインが手を伸ばしかけた、その瞬間。
「触らないで」
ミナの声が、鋭く響いた。
二人は驚いて振り返る。
ミナは、一歩前に出ていた。
「それ、たぶん——願いを叶えるもの」
「……噂、信じてたのか?」
「別に。ただ……」
一瞬、言葉が途切れる。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「使い方、知ってるだけ」
⸻
次の瞬間には、もう終わっていた。
光は消え、部屋はただの石の空間に戻る。
「……は?」
エルドが呟く。
「今、何した?」
レインの声も、少し遅れて追いつく。
ミナは振り返る。
いつも通りの顔で。
「何も?」
その答えが、あまりにも自然で。
だからこそ——
二人は、言葉を失った。
⸻
帰り道は、妙に静かだった。
誰も何も言わない。
言えば壊れる気がしていた。
けれど。
「なあ」
レインが、ぽつりと呟く。
「さっきの、さ」
言葉を探すように、少しだけ間が空く。
「……なんでもない」
結局、飲み込む。
エルドも同じだった。
聞きたいことは山ほどあるのに、口に出せない。
ミナは、いつも通り歩いている。
少しだけ前を。
それが、ほんの少しだけ遠く感じた。
⸻
三人で笑うことは、できる。
きっとこれからも。
くだらないことで喧嘩して、どうでもいいことで盛り上がって。
何も変わらないように、振る舞うことはできる。
でも。
——何も変わっていない、わけじゃない。
⸻
「なあ、明日どこ行く?」
レインが言う。
「どこでもいいだろ」
「適当すぎない?」
会話は、いつも通り続く。
ミナも笑う。
ちゃんと、三人で。
ただ一つだけ。
誰も、“あの時のこと”に触れない。
⸻
それでも三人は、並んで歩いている。
同じ方向へ。
同じ速さで。
——同じではいられなくなったまま。




