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星になんて願わない  作者: 頼爾@2/12「尊い5歳児」コミカライズ1巻発売


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3/3

後編

いつもお読みいただきありがとうございます!

これで完結です。

 婚約者はあの日しか面会に来ないので、乗り切ってしまえばもう気が楽だ。

 たまに届く手紙に心を冷やされるくらいだ。


 今日は、学園の行事の一つである星祭り。

 教師たちが準備して学生は楽しむ気楽な行事だ。

 自由参加なので去年は会場をさらりと見てから図書館にこもっていたのだが、今年はドノヴァン様の声掛けのもと四人で回ることになった。まさに学園での青春だ。


 学園のあちこちに教師の魔法が張り巡らされていて、今は昼のはずなのに夜のように暗く空に星が輝いている。

 歩いていると、足元に流れ星まで落ちてくる演出もある。


 星祭りの醍醐味は、カードに願い事を書いて星に叶えてもらうというものだ。

 カードを箱に入れて空に願って、星が光ったらその願い事は叶うと言われている。


 学園の食堂やカフェでも星祭り限定メニューが出ていて、食事を楽しんだり、教師の魔法の数々に感心したりしながら、中央会場に願い事のカードを入れに行くのだ。

 そこまで大掛かりな行事ではないので昼からの数時間で終わってしまうのだが、凝り性なのと魔法では一切妥協ができない教師たちが幻影魔法などを駆使して会場を作っており、非常に見ごたえがある。


「あれって幻影魔法だけ? 本当に流れ星が降ってくる感触があるもの」

「風魔法と組み合わせてるのかも。この会場は少しひんやりしてるし、温度もいじってある?」


 魔法についてあれこれ考察しながら四人で歩く。

 エイデンはこの間の婚約者とのやり取りをおそらく見ていたのだろう。

 あの後で追いかけてきたピンク色のウサギにバラを渡された。しばらく撫でていると消えてしまったが、あれはエイデンの魔力だった。

 彼はあの現場を見ていたとは一言も言わず「人が多いな……こんなに生徒っているのか」と呟きながら私の隣を歩いている。それは変に同情されるよりずっと良かった。


 終わりに近づくと人が増えるということで、食堂で昼食を済ませてからすぐに中央会場へと向かっているところだ。


「ビアンカは何をお願いするの?」

「私は特に……」

「えー、何かお願いしようよ。次の試験で一位取れますようにとか」

「それはねぇ……自分で頑張りたいから」


 ケイトの言葉で周囲を見回すと、皆楽しそうだ。

 星に願い事をするのが、そんなに楽しいのか。

 私と周囲の認識のズレをまざまざと思い知らされる。


 星に願いをなんて、婚約が決まってから何度もやった。よく分からない神様にもたくさん祈った。他国の神様にもだ。

 どうか、オルブライト伯爵家が急にお金持ちになりますように。どうか、この婚約が解消されますように、なんなら破棄でも無事にできますように。

 突然希少なピンクダイヤモンドが採れるのでも、温泉が出るのでも何でもいい。とにかくお金持ちになって私をあの婚約者から解放してって。白馬の王子様なんて贅沢は言わないからって。


 でも、結果は見ての通り。

 星に祈っても願っても、無駄だ。

 それでも他の三人が書いているので、私も皆に合わせてピンク色のカードにさらさらとペンを走らせた。エイデンでさえ何か真剣に眉間に皺を寄せながら書いていた。

 空に願ったが星が光ったかどうかなんて見もしなかった。


「こっからどうする?」

「私はあっちを見に行きたい!」

「あ、俺も~」


 ケイトの元気な声に、ドノヴァン様が続く。ついでに彼はちらっと意味ありげに私たちを見て、ケイトに気づかれないようにウィンクした。


 あぁ、なるほど。そういうことか。


「私は会場で冷えたみたい。カフェに戻ろうかな」

「俺は図書館に行く」

「今日まで勉強漬けなの⁉」

「まぁ、この二人は本当に成績を願ったんだよね」


 私とエイデンはそれぞれ気を利かせた。

 ケイトは口を尖らせていたが、ドノヴァン様は嬉しそうにケイトをエスコートして連れて行った。

 ドノヴァン侯爵家は平民と結婚してもいいんだ。次男だからだろうか。

 好きな相手と結婚できるなんてとても羨ましい。それこそ星に願いたいくらいに。


 何となく無言でエイデンと一緒に会場を出て図書館に向かう。

 カフェに戻るなんて嘘だ。あそこは賑やかで落ち着かない。この星祭りに合わせたように生徒同士でカップルが増えるのだ。

 行事の日に図書館にこもる生徒はほとんどいないのか、図書館方面に近づくにつれてどんどん人気がなく静かになっていく。

 

 図書館に向かう道中でも、校舎の壁に魔法がかけられて天の川が流れているような演出がなされている。


「なぁ、あそこから景色を見てみないか?」


 校舎と図書館は少し距離があり、今日の行事のための演出なのか図書館に至るまでの道の途中に普段はないはずの小高い丘まで作り上げられていた。

 あんなもの、昨年はあっただろうか。

 土魔法で作られた丘なのか気になって、エイデンと向かう。


 周囲が暗いせいか、彼と二人きりでいてもそれほど周囲の目が気にならなかった。行事特有の浮かれた空気のせいもある。


「ほんとに丘が作ってあるのね」

「誰だろ、ヴィヴィオ先生かな」

「庭の花も光ってたものね。じゃあ管理している先生かも」


 丘の存在に誰も気づいていないのか、行ってみると私たちしかいない。

 空の光景は先ほどから変わっており、先ほど壁に映されたように空にも天の川が流れていた。


 エイデンと並んで空を見上げる。


「願い事するの?」

「さっきした。あんたは?」

「私はそういうの信じてないから。綺麗だなって思うだけ」


 そんな会話の最中に何度か流れ星が流れた。近くに流れ星が魔法で落ちたらしく、ふわっとした風の感触と何かが落ちた細かい音がする。


 その音をわずかに気にした瞬間、エイデンに手を取られた。

 びくりと体を震わせると、彼の指は一瞬迷ったようだったが以前ペンを拾った時のように私の指をするすると撫でる。

 明らかに友人同士ですることではないが、嫌ではなかった。

 手を振り払わずに隣のエイデンを見上げると、彼はいつからこちらを見ていたのか私よりも濃い青い目と視線がすぐにぶつかった。


「あの、景色は見ないの?」

「見てる」


 短い言葉に少し動揺しながらも、私はまた空を見上げた。それでも首のあたりに強い視線を感じて落ち着かない。


 彼の指は私の指をゆっくり撫で続け、とうとうすべての指の隙間に彼の指を差し込んでゆっくり包み込んでくる。

 会場で冷えたのは本当だったはずなのに彼に触れられている部分は酷く熱く、鼓動も早くなっていて落ち着かない。

 空を見上げていたら、エイデンの指の感触を生々しく感じるし、視線を下げてしまえば隣に立つ彼の存在感が強くなる。

 これは行事特有の高揚感だろうか。

 こんなこと、いけないのに。でも、振り払えない。振り払いたくない。


「あの……エイデン、空を見ないの?」

「あんたの方が綺麗だから」


 歯の浮くような言葉とともに手をまた握りしめられて逃げられない。

 こうなっているのはケイトとドノヴァン様だとばかり思っていて、私はエイデンの熱い視線には気づいていたがこうなるとは思っていなかった。

 いや、心の片隅で浅はかにも期待していたかもしれない。だから、ノコノコこうやって丘に誘われてついてきたのかもしれない。


 なんて嫌な女だ。

 婚約者がいるとかメソメソ言って悲劇のヒロインを気取っておいて、諦めた風に見せかけて心を殺しながら、わずかに見える可能性に縋っている。

 あんなに綺麗な天の川が流れている空より綺麗だなんて言われたら、誰だって嬉しい。だって、そんな風に言われたことは一度もないから。


 エイデンの片手が私の腰に回って、強制的に彼の方を向かされる。

 気まずくて視線が合わせられなかったが、腰の手が今度は顎に移動してエイデンと目を合わせてしまった。


「俺はあんたのことが好きだ」


 こんな直球で言われる前に彼の目を見ればわかる。それほど熱い、何かに追い立てられるような目だった。

 どうしよう、泣きたくなる。


「婚約者が……」


 それでも浅ましく、私は悲劇のヒロインを気取った。


「知ってる、見た」


 やっぱり、あの現場を彼が見ていたのだ。それで、ウサギとバラを送ってくれたのか。


「あんな奴、捨てちまえよ。一緒に逃げよう」


 唇を熱い指で撫でられる。ここでうっかり頷いてしまえたらどれだけいいだろう。

 逃げたい、あの婚約者からもしがらみからも何もかも全部捨てて逃げたい。


 私がぼんやりして何も言えないでいると、エイデンの顔が近づいてきて唇を塞がれた。

 こんなところを誰かに見られたら──。あの婚約者に何と言われるか。


 頭の片隅でそんなことを考えながらも、エイデンを拒否できない。

 拒もうと思えば結界魔法を使えばいいだけだ。それでも浅ましい私はそうしなかった。

 だって、好きだから。好きな人とこんなことなんてもうできない。


 やがて唇が名残惜しくも離れる。

 あまりに熱くてぼんやりしていたが、彼が再び近づいてきたので慌てて我に返って体を押し返す。


「あなたのことは好きだけど、それはできない」

「……なんで?」


 エイデンの低い声があり得ないほどの近さで聞こえる。全力で流されてしまいそうだ。


「小さい弟がいるの。違約金で迷惑はかけられないし、あなただって王宮魔法使いになる夢がかなわなくなるわよ」

「じゃあ、あんな奴と結婚するってのか?」

「そうよ。そう決まってるの」


 彼と十分に距離を取ってから、何とか冷静さを取り戻す。


「じゃあ、なんで今キスなんてしたんだよ!」

「あなたがしてきたんでしょう」

「誰とでもこういうことをするってのか?」


 そんなわけない。

 そう言いたかったが、彼の傷ついた表情を見て口をつぐむ。上げられて落とされるのは一番辛い。


「俺のことが嫌いなら今すぐそう言ってくれよ! じゃなきゃ納得できねぇ。なんで、キスを受け入れるんだ? なんでこんな風に俺と二人きりになるんだ! 好きだけど俺とは一緒にいられないってどういうことだよ」


 そのままの意味だ。私には婚約者がいる。家族に違約金を被せてまでエイデンと逃げる勇気はない。


「今すぐ大嫌いって叫んでひっぱたくくらいしてくれよ……なんでだよ……これじゃ勘違いするだろ」


 心が痛い。エイデンのことは好き。でも、結婚は別の人とする。それだけだ。


 彼と一位を争うのが楽しかった。

 ペンを拾う時に重なった指にドキドキしたし、高級レストランで値段に怯えている彼は可愛かった。

 彼には、あの婚約者のことは知られたくなかった。


 星にどれだけ願っても無駄だ。

 私は家のためにあの婚約者と結婚しなくちゃいけない。いくら目の前の彼が好きでも。

 もしかしたら、あの婚約者がいたから私はエイデンを好きになっただけで、婚約者がいなかったらエイデンを意識していなかったかもしれないのだから。

 そんな取り留めもないことを考えていないと、うっかりまた好きだと言ってしまいそうだ。


「ウサギとバラをありがとう。嬉しかったわ。でも、私は婚約者と家のために結婚しないといけないの。それが貴族ってものだから」

「それが……あんたの本音かよ」

「……そうね」

「分かった」


 これは私の弱い弱い本音。本当は一緒に逃げようと言われて嬉しかった。そんな風に私を大切に扱って、自身の家族も捨てて良いとまで言ってくれているようで心が震えるほど嬉しかった。彼は思い切り向かってきてくれたのに、私は彼を抱きしめ返せない。そんな覚悟がない。


「悪かった、困らせて」


 エイデンは髪をかきむしってから、先に丘を下りていく。


 彼を追いかけないように空を見上げた。

 憎たらしいほど綺麗な星が瞬いている。

 やっぱり、星になんて願っても無駄なのだ。もう、星になんて願わない。


 三年生になると、必須の授業はほとんどなくなり就職活動や研究活動が本格化してくる。

 試験も筆記ではなく、成果をレポートにして提出という形に変化したので、四人での勉強会は忙しくなったこともあり自然と消滅していった。

 ドノヴァン様とケイトが婚約したのも大きいだろう。ドノヴァン様の恋路を応援するのに四人での勉強を始めたようなものだったから、婚約したのなら二人で勉強したらいい。


 エイデンにも図書館で会わなくなった。避けられていると思うのは自意識過剰かもしれない。王宮魔法使いの試験は難しいから大変なのだろう。

 就職できない私は結界魔法の研究に力を入れていた。


 白く輝く箱のようなものの中に入った私は、ドノヴァン様に合図をする。

 ドノヴァン様は「本当に大丈夫か?」と言いたげな表情をしながらも、洪水レベルの水魔法を放ってくれた。彼は水魔法が得意なのだ。


 白い箱、つまり私の結界魔法なのだが、それに入った私は洪水が箱の中に侵入してこないかどうかを念入りに確認していた。

 ドノヴァン様の魔力は多いので水魔法も威力が高く、まるで海か川の中にいるような錯覚に陥る。

 やがて約束していた十五分が過ぎ、ドノヴァン様が水魔法を解除した。

 水が引いていって一切濡れていない箱と私の前に、ケイトとドノヴァン様が駆け寄ってくる。


「信じてなかったわけじゃないけど、凄い結界魔法だ」

「温度も均一に保っていますし、ドノヴァン様の魔法の威力に耐えられるなら災害時に役に立てそうです。ありがとうございます」

「戦闘時でもいけるよ」

「ビアンカ、食料を結界魔法で閉じ込めておく実験はどうなったの?」

「あぁ、あれね。腐ってたら悲しいから……ちょっと勇気がいるから一緒に見てほしいんだけど……」


 場所を移動して、結界魔法で囲ったままの果物が入った箱を開ける。

 一か月前に入れたのだが、果物は何ともなっておらずみずみずしいままだ。

 次に二カ月前に入れた果物の方の箱を開けても、何ともなっていない。


 私は三年生の間、こんな風に結界魔法の研究を繰り返していた。

 レポートにまとめて教師に提出するとかなりの評価がもらえ、結界魔法をここまで扱えることが珍しいせいか王宮魔法使いが実際に学園まで訪れてくれたのだ。


「そういえば、エイデン・バーロウとは知り合い?」


 ひとしきり結界魔法を見せて質疑応答を繰り返し、王宮魔法使いになるように誘われたがオルブライト伯爵家の事情を話して空気が若干重たくなった時だった。

 三十代の女性王宮魔法使いであるラミナさんにそう聞かれたのは。


 久しぶりにエイデンの名前を聞いて酷く動揺した。真っ先に思い出すのはあの星祭りでの出来事だ。唇の熱さを思い出しかけてすぐさま追いやる。


「はい、でも最近会っていません」

「あら、皆知らないのね。彼、王宮魔法使いになることが決まってさっさとこき使われてるのよ。インターンのような扱いなのに王太子が気に入っちゃってね。護衛みたいに一緒に連れ歩いているわ」

「試験があるのではないのですか?」

「優秀な人は貴族や他国が囲い込みたがるから、先に内定を出すようになったのよ。学園一位はまぐれで取れるものではないもの。私が今日あなたに会いに学園に行くって言ったら、あのエイデンが嬉しそうな顔してたのよね。いつも難しそうな顔してるのに。『ビアンカ・オルブライトは優秀だから囲い込んだ方がいい』って。でもゲナウ公爵家は権力があってめんどくさいわね。どっかの伯爵家くらいだったら、どうにかして婚約解消させるのに」


 思わず泣きそうになって、太ももをつねって耐える。

 私は自分のことしか考えてないのに、エイデンはそんな風に伝えてくれたんだ。


「試験を受けなくても、何か実績があればいいのですか?」

「あなたのこのレポートでかなり面白いと思うけど。学園じゃ無理だけど結界内で何日飲まず食わずでいられるかなんて実験もできるしね。これは災害時でも戦争時でも応用できるから。結界魔法に適性があるのはそれだけで珍しいもの。こんなに綺麗な箱みたいなのを作れるのは本当に面白いわ」


 私はうっかり希望を持ってしまった。エイデンに背中を押されたような気にもなっていた。

 学園に面会に来た婚約者に就職させてくれないかと頼んだのだ。


「お前、ふざけてるのか? 我が家の金に寄生しておいて契約をお前が変えようとするだと?」


 昨年、紅茶をかけられた庭で今度は叩かれたと気づいたのはしばらく経ってからだった。婚約者は誰も都合がつかなかったのか珍しく女性連れではなかった。それも良くなかったのだろう。私以外の女性の前ではこんなことはしないから。


 庭に他の生徒の短い息を呑むような悲鳴が響いて、我に返る。叩かれてバランスを崩した私の目の前にはちょこんと伸びた芝生があった。いつの間にか席から転げ落ちていたようだ。頬がじんじんと熱を持っている。


 婚約者が私の髪の毛を掴んだので、思わず結界魔法を使った。あっという間に白く輝く半透明な箱が私の周囲に編み上げられる。


「おい! 俺の前で魔法を使うなんて嫌味なのか! 見せつけやがって! 本来女に学歴と魔法なんて要らないんだよ!」


 婚約者がドンドンと結界を叩くが、駆けつけてきた学園の警備によって魔法で拘束されていた。その様子を結界の中から眺めて、自分が結界魔法に適性があるのはあの婚約者の存在が原因かもと思った。

 この結界の中にいればもう婚約者に叩かれない。声は聞こえてしまうが、そこも改良できればもう婚約者は私を傷つけられない。この結界の中にいれば私は安心できる。


 他のテーブルで家族と面会していたケイトが心配して駆け寄ってきたことで、私はやっと結界を解いた。私よりケイトの方が泣いていたのが不思議だった。


 婚約者は衆目の中で私を叩いても、公爵家の令息だから少し謹慎しただけで他には何のお咎めもない。婚約もそのままだし、家族からは心配の手紙は届いたが「頼むから相手の言う通りにしてくれ」という思惑が透けて見えた。


 ちょっと勇気を出して何かしようとしても、無駄だったのだ。


 そこからはまた結界魔法の研究の日常に戻る。

 あの婚約者と結婚してその日のうちに私が死んだら、あの人はどうなるのだろう。私の実家に違約金を請求したら、貴族社会ではきっと酷く後ろ指をさされるはずだ。私を叩く場面は魔法学園の生徒の保護者も含めて大勢が見ていた。


 多分、私が結婚して自殺すれば私の実家は悪くは言われない。

 結界魔法で音声まで遮断できるようになったが、どうしようか。これを使って婚約者を殺害したら──。


 そこまで考えて首を振る。

 それでは、婚約者に罪を被せられない。婚約者を被害者のまま死なせても意味がない。



 学園の三年生というのは、なぜか一年生や二年生の時よりも一年間を早く感じる。やっぱり、エイデンと首位争いをしていた時が一番楽しかった。


 今日は学園の卒業式があった。

 昼間に卒業式が学園外のホールであり、その後は夜から卒業パーティーだ。

 学園外でわざわざやるのは、生徒の保護者や兄弟・婚約者が卒業を祝えるようにするためなんだとか。


 卒業式にエイデンの姿はなかったが、名前を呼ばれていたので卒業要件は満たしているのだろう。


 卒業パーティーにも、学園の生徒関係者が人数制限はあるものの参加できることになっている。

 そんな学園の配慮があるせいで、私はドレスに着替えてホールの入り口で婚約者を待たなければいけなかった。

 学園生のみ参加可能であれば、さっさとホールに入っている。でも、婚約者は卒業パーティーに参加すると手紙で知らせてきたのだ。無論、ドレスは贈られてこないしどんな服装にするという相談もなかったので、手持ちのドレスを着るしかなかった。


 きっとこのドレスにも難癖をつけてくるだろう。

 私の手持ちでまだ入るドレスは、皮肉にも結婚式を彷彿させるような白しかなかった。


 さて、すでに卒業パーティーは始まっている。

 でも私はホールの入り口のソファに腰かけたままだった。

 これは嫌がらせなのか。

 婚約者が来ないからだ。

 先に会場に入っていたらどんな文句を言われるだろう。それが頭をよぎって、ケイトとドノヴァン様に一緒に入ろうと促されたが断った。


 婚約者が卒業パーティーの終わりの五分で姿を見せる可能性もある。五分か十分か分からないが、働きたいと言った私に対する嫌がらせとしては十分あり得る。だって彼はパーティーに参加するとは書いていたが、遅れず行くなんてどこにも書いていないのだ。

 普通遅刻するならそう書くと思うが、そんな常識は彼には通用しない。


 白いドレスの裾を時々持ち上げながら、ソファに腰かけて背筋を伸ばして待つ。

 パーティー参加者には、黙って婚約者を待つ私の姿を印象付けることができた。こんな仕打ちを受けている私が結婚してすぐ絶望して死んでもさもありなんと思われるだろう。


 楽しそうな音楽と話し声が、扉で隔てられた向こうからさざめくように聞こえる。

 音だけでパーティーの雰囲気を感じながら、私は窓の外に目を向けた。


 浮かぶのは綺麗な月と星々。

 でも、私はもう星には願わない。

 だって、私の願いなんてどうせ叶えてくれないもの。


 どのくらい時間が経っただろう。時計を見ないと時間は分からない。

 十分しか経っていない気もするし、三十分は経った気もする。

 ホールの前を護衛する騎士が、気の毒そうな視線をくれるのにももう慣れ切った頃。


 馬車が到着したような音がした。

 話し声がしてカツンという音が響く。

 思わず息を吐き出した。やっぱり、婚約者の嫌がらせだったのだ。


 横向きのソファからは、大きく身を乗り出さないと入り口の向こうは見えない。

 婚約者が入って来た時に、待ちわびていたようなそんな態度は取りたくない。


 ただ背筋を伸ばして前を向いた。

 入り口から誰かが入って来たのを感じて、平静を装ってゆっくりそちらを見る。

 真っ黒な礼装でホールに足を踏み入れてきたのは、エイデンだった。ローズピンクの髪に黒がよく映えている。

 あぁ、彼も来たのか。卒業式にはいなかったから忙しくて来ないのだとばかり。

 ドノヴァン様たちにも挨拶したいわよね。


 自然に目を逸らそうと思ったのに、エイデンと視線が合ってしまった。

 なぜか彼はその場で立ち止まる。

 私がいると気まずいのだろうか。さっと視線を逸らして、座ったまま会釈に見えるように頭を下げた。

 私がこうしている間に、彼はここを通ってホールに入ったらいい。

 

 彼の靴音がして少し安堵する。

 私は彼に酷いことを、浅ましいことを言ったのに、彼は遠回しだが私の背中を押してくれようとしていた。

 でも、ダメだった。

 私は研究も続けられないし、あの婚約者と結婚するのが嫌で死ぬしかない。

 研究が好きと言いながら婚約者は説得できず、家のためと言いながらやっぱり婚約者との結婚は嫌なのだ。

 私の欲はなんておぞましい。


 私の前で、黒いブーツが止まる。

 とても綺麗な皮でできたそれを見て、エイデンが王宮魔法使いとして本当に働くのだと分かった。平民の身分のままでは到底用意できない靴だ。


「ゲナウ公爵令息はここには来ない」


 エイデンの声が降ってきて、私は顔を上げる。

 一年ほど見ていなかったエイデンは鋭さはそのままだったが、これまでなかった自信がにじみ出ていた。王太子にあちこち連れ歩かれて、経験と少し筋肉もついたからだろうか。


「そう……」


 なぜエイデンがそれを言うのか分からないが、来ないのなら待つ必要はない。

 待っていなくては文句を言われるから待っただけ。そして来ないなら、私だけホールに入るのを許すような人ではないから参加せずに帰るだけ。


「ゲナウ公爵が人身売買で逮捕されて、公爵令息も無罪でそのままというわけにはいかなくなったんだ。あんたの婚約は、王太子殿下の名のもとに自動的に解消になった」


 立ち上がろうとしてソファから腰を浮かした状態で私は一瞬固まったが、すぐに背筋を伸ばしてエイデンを見た。


「どういう、こと? 逮捕? 人身売買?」

「ゲナウ公爵はもとから怪しいと目されていた。王太子殿下は独自に調べ上げていて、やっと尻尾を掴んだんだ。ゲナウ公爵は平民女性を監禁して、魔力が高い子供が産まれたら他国に売り飛ばしていた。俺もその調査に協力させられて、この一年かかりきりだった」


 おぞましい内容に思わず一歩下がるが、そこは先ほどまで座っていたソファだ。

 転げかけた私の腰にエイデンの腕が回る。


「それは……おかしいんじゃない? それなら、ゲナウ公爵はその中から後継者は選べば良かったはず……」

「最初はそう考えていたんだろう。しかし、なかなか公爵家の色を持つような子供は産まれないし魔力も満足できるほど高くない。それに、平民の血が混じっている者に跡を継がせたくないと傲慢にも考え始めたようだ。だからこそ思いついたビジネスだな。それに、貴族令嬢を監禁するのは大変だ。魔力の高いちょうどいい家出娘なんてなかなかいない」


 エイデンは私が態勢を整えたにもかかわらず、腰から手を放してくれない。


「だから、私の家の借金を肩代わりして私を令息の婚約者にしたんでしょう?」

「そう。魔力の高い子供が数人できればそれでいい。結婚したという体裁も整うし、望んでいた魔力量の子供も手に入る。三人産んだ後は、もしかしたらあんたは死んだことにされて売られていたかもしれない。あるいは、監禁されて子供を作らされてその子供はまた他国に売られるか」


 腰に回された手はとても熱いのに、エイデンの口から淡々と紡がれる内容は恐ろしい。

 金で買われたように公爵家に嫁いで、三人産んで自由になれることなんてなかったのだ。おそらく待っていたのはさらなる地獄。


 それに気づいて大きく体が震えた。

 エイデンは下ろしていた私の髪を一房取ると、そっと唇を当てる。


「アイザックが王太子殿下に引き合わせてくれたんだ。あいつ、殿下から面白い生徒がいたら紹介してくれって言われてたみたいで。気に入られて、そっから一年間はゲナウ公爵家のことでずっとこき使われた。王宮魔法使いの内定を早々にもらえたのは良かったけど、ほんとに王族って容赦ないな」


 アイザックというのはもちろん、ドノヴァン様のことだ。

 私はまだ動揺していて、王太子の話をされてもよく分からない。

 私の震えを感じたのか、エイデンはさらに腰を引き寄せて密着してくる。


「王宮魔法使い……良かったね、おめでとう」


 震えながらそれしか言えなかった。

 さっきまで結婚式の後で死んでやろうなんて考えていたのに、魔力の高い子供を産む道具のような扱いをずっと公爵家でされていたかもしれないなんて、怖くてたまらない。


「頑張って特級になるから」


 王宮魔法使いには特級から三級まで等級がある。特級が一番上で三級が最も下だ。

 三級は男爵位相当、二級は子爵位、一級は伯爵位、そしてほとんどいない特級は公爵位相当の権力を持つ。爵位を与えられるわけではないが、貴族から侮られないほどの権力を持てるのだ。


「それは、凄いね」

「なぁ、俺やっぱりあんたのこと好きだ」


 私の賞賛は直球過ぎる告白にかき消される。

 別の意味でまた体が震えた。エイデンは相変わらず私の腰を逃がさないとばかりに抱いたまま、私の髪を一房いじっている。


「もう、あんた婚約者いないだろ。家に迷惑もかからないし、俺だって全部捨てて逃げようなんてもう言わない。俺は王宮魔法使いになるし、何なら一応もう仕事もしてる」

「うん……エイデンは本当に凄いよ」

「全部、あんたを諦められないからやったんだ。ゲナウ公爵を逮捕したことは予想外だったけど……殿下に気に入られて王宮魔法使いになったら、あんたが手に入るんじゃないかって思って。それに、あんたの研究成果を見て殿下も興味持ってた」


 ソファで待ちくたびれて冷えていた手はずの足が、エイデンが現れてからなんだか熱い。

 これは私に都合のいい夢だろうか。

 もしかして、私はもう死んでる?


 存在を確かめるようにエイデンの体に触れると、滑らかな礼装の生地の感触がある。

 エイデンは髪をいじるのをやめて私の手を掴むと、星祭りのあの日みたいに指の隙間をすべて埋めるように手を握ってくる。


「なぁ、頼むから返事くれよ。星祭りの日のことは覚えてる。『あなたのことは好きだけど、それはできない』って言われた。婚約者がいるからって。結婚しないといけないからって。でも、あんたにもう婚約者はいない。こんなこと、俺以外でも誰にでもするのかよ」

「こんなこと……エイデンとしかしてない。嫌なら結界魔法を使うから」


 首を横に振ると、エイデンは顔を近づけてくる。鼻同士がこすれあった。お互いの吐息を食べているかのような距離だ。


「好きだ、ビアンカ」


 鼻と喉の奥が熱くなって思わず涙がこぼれる。

 エイデンがこぼれた涙をすかさず舐めとって、星祭りの日みたいにまた唇塞いだ。

 私も応えるように必死で彼の首に手を回す。


「ねぇ、なんで名前……今……」


 エイデンは私のことも他の人のことも、本人に呼びかける時は「あんた」だったはずだ。


「呼んだら絶対諦められなくなるだろ、だから呼べなかった」


 熱くて切ないキスの合間に酸素を求めながらそんな会話をする。


「なぁ、もう俺はビアンカのこと諦めなくていいのかよ。こんなこと、俺としかしないんだろ」


 エイデンの目には熱に浮かされたような鋭い光が見える。

 会わなかった一年を埋めるみたいにキスをした。


「なぁ、ビアンカ。返事くれ。これ以上名前呼んだらもう諦められないから」

「私、星祭りの日に願い事をしたの」


 エイデンは眉根を寄せてちょっと考えてから頷いた。


「卒業パーティーで本当に好きな人と踊れますようにって。叶えてくれる? 星じゃなくてエイデンが」

「……そんな簡単な願いは今すぐ叶えないとな」


 エイデンはもう一度私にキスすると、額を合わせてきた。


「ビアンカ。もう離さないから」


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