前編
いつもお読みいただきありがとうございます!
短編だと長いので、前・中・後編の3話に分けてあります。30分おきに更新。
あぁ、まただ。
1位 エイデン・バーロウ
2位 ビアンカ・オルブライト
張り出された魔法学園の試験の結果で自分の名前を見つけて、片手に思わず力が入ってしまった。
また二位。また、エイデン・バーロウに抜かされた。
ファタリス魔法学園では一年を通じて四回試験がある。
筆記と実技の試験によって成績は決まるのだが、私とエイデン・バーロウのどちらかが毎回一位を取っている。一年生の時は大して思わなかったが、二年生にもなって同じ人と毎度首位争いをしていると本人よりも周囲が騒ぎ出すのだ。
「あれ、今回は譲ったの?」
一緒に掲示板まで成績を見にきた友人のケイトの名は十位付近にあった。
「譲ったことなんてないわ。私の勉強が足りなかっただけ」
「さすが優等生。『平民に負けた』なんて言わないんだ?」
「あら、それならあなたとお友達になってないはずだけど」
「だよね~、ビアンカはそんなこと言わないもん」
「そんなこと言うのは一部の人だけでしょ」
「まぁね」
ケイトはけらけらと笑いながら、私の腕に自身の腕を絡めて寮の方向へと誘う。
彼女につられて笑いながら掲示板から視線を前に向けたところで、鮮やかなローズピンクの頭が視界に飛び込んでくる。
彼だ。今回一位のエイデン・バーロウ。
ケイトに引っ張られながら、廊下で長身の彼とすれ違う。
彼に親しい友人はいないのか、いつも一人だ。にこりとも笑わない、敵の中に放り込まれたような鋭い表情をいつも浮かべている一匹狼。
ほんの少し肩辺りに彼の視線を感じたが、もちろん彼から声はかけられなかった。
この国で魔力が一定以上ある者は、平民でも貴族でも魔力量が安定する十五歳からファタリス魔法学園に三年間入学する。
昔は圧倒的に貴族が多かった。九割が貴族だったが、今では貴族は六割といったところ。
最近では平民の魔力持ちも増えてきている。一方で、近親婚を繰り返した弊害なのか貴族の魔力は全体的に下降傾向だ。とはいえ、高位貴族の多くは豊富な魔力を持つ。
私はオルブライト伯爵家出身だが、かなり魔力が多かったので魔法学園に入学した。
ファタリス学園の運営は国費で賄われており、成績や授業態度が悪ければ教員会議にかけられて退学となる。しかし、高位貴族は魔力が多いという事例が多かったせいか彼らに比べて下位貴族や平民の生徒は軽視されがちだ。
平民のエイデン・バーロウはどこかのご落胤かというような魔力の高さで、入学からずっと私と首位争いを繰り広げている。
さらに、あの誰とも仲良くしないと言いたげな鋭い態度。
彼をよく思わない生徒たちも無論いるわけだ。
「同じ内容のレポートが複数あった?」
授業が終わりいつも通り図書館に向かっていると、実家の手伝いに行くはずのケイトがわざわざ追いかけてきて教えてくれた。
「そうそう! だからね、何人かが今ベッセル先生の研究室に呼ばれてるのよ! エイデン・バーロウもよ!」
「それって、エイデン・バーロウのレポートを盗んで複数人で写したんじゃないの? 彼が他人のレポートを見る意味があるとは思えないんだけど……」
彼がそのレポートを仕上げるために図書館にいたことを私は良く知っている。
まず彼のローズピンクの髪は目立つ。次に、私も図書館にいる頻度が高いので彼とよく遭遇するのだ。
「そうだと思うけど、他の人たちもうまく一部分ずつ写したみたいで……しかも、担当がベッセル先生だし」
ケイトは先ほどの面白がるような表情から一転して、真顔になる。
ベッセル先生は貴族を贔屓することで有名な教師だ。そんな教師の出したレポートでエイデン・バーロウ……もうフルネームを言うのに疲れたから以下エイデンとしよう。
ベッセル先生の前では、たとえやっていなくとも平民のエイデンが不利である可能性が高い。それを分かっていて、写した生徒たちはわざわざその先生のレポートを選んだのかもしれない。
「考えたものね」
私の皮肉にケイトもちょっと笑う。
平民のケイトからすれば、自分も後々同じ目に遭うかもしれないと気が気じゃないのだろう。彼女も平民の中ではかなり成績がいい。
これは皮肉でもなんでもなく、幼い頃から家庭教師をつけている貴族が学園で有利なのは当たり前のことなのだ。だからこそ、平民生徒が上位にいると目立つ。
ケイトは大きい商家の娘だから、平民の中でも裕福な方だがエイデンは違う。
「もしエイデン・バーロウが退学か休学になったら、ビアンカが一位確定だね」
「いくらベッセル先生でも、退学にはできないんじゃない?」
今回の騒動でそんな副産物も出てくるのかとぼんやり思う。
私には関係ないことだ。
変にしゃしゃり出たら、彼にこういうことを仕掛けた令息たちの家に目を付けられる。
私の婚約者は公爵家の令息だから彼らも表立っては何も言ってこないだろうが……それでも婚約者の意向がどこまでこの魔法学園に届くのか。
エイデンが冤罪をかけられても、私には関係ない。
勉強はとても楽しい。新しいことを日々知っていけるのも世界が広がっている気がする。今のうちに読んでおきたい本もたくさんあって、結界魔法の研究にももっと取り組みたい。
卒業したらすぐに結婚なのだ。結婚してしまったらしばらく家に縛り付けられる。私には今しかない。
エイデンが一位を取るのは素晴らしい。私が負けたのは、私の努力が足りないだけ。
それは今回の冤罪であろう騒動にも当てはまるだろう。
エイデンが誰かと仲良くしていれば、貴族の誰かと少しでも仲が良ければ、こんなことは防げたかもしれない。
今日の出来事は一匹狼を選んだ彼の選択の結果。周囲と仲良くしなかった彼の努力不足。
そう言い聞かせて、図書館に向かおうとする。
今日、エイデンは図書館には今いないわけだ。
私よりも先に図書館にいることも多かった彼が今日はいない。
彼は私よりも先に図書館にいる。目的の本が置いてある本棚に近い特等席に、彼が毎回先に陣取っているのは悔しかった。てっきり一番乗りだと思っていたのに、先客がいた時のあのモヤッとする不快感。
今日はそれがないと分かっているのは清々しいはず。
ケイトに別れを告げて、図書館の中に歩を進める。
いつもはローズピンクの彼に先に座られていた、奥まった席に腰を下ろす。
静謐な空気に本の香りを胸に吸い込む。清々しいはずなのに事情が事情だからか、なんだか素直に喜びが沸き上がってこない。
せっかくいい席に座れたのにモヤモヤする気分を逸らすように、ノートに目を落とした。
私が得意なのは結界魔法。なかなか珍しい魔法を私は得意で扱えるので研究しがいがある。といっても学園は三年間だから、本格的に研究・研鑽したいなら卒業後は王宮魔法使いなどになるしかない。
でも、私には結婚が待っている。望みもしない結婚が。
結婚して、魔力の高い子供を三人産まないといけないと決められている。
魔法学園の卒業まで待ってくれるのはありがたいことなのだろう。卒業している方が箔がつくからだ。つまり、私が産んだ子供の価値も上がると公爵家は考えている。
先ほどのエイデンの冤罪を、彼が他と仲良くしなかった努力不足だと思った。
でも、本当にそうだろうか? 平民の彼は貴族にいい感情は抱いていないかもしれない。今回のようなレポートの剽窃は初めてだが、細かい嫌がらせはたくさんあったかもしれない。
それも彼の努力不足?
それなら私が望まない結婚をしなきゃいけないのも、私の努力不足?
魔力の高い子供を産むためだけに公爵家の令息と結婚しなきゃいけないのも、努力不足だろうか。
ぐるぐる考えても答えは出ない。
ただ、エイデンが休学になって自分が一位になるのはなんだか負けのような気がした。だって、彼は堂々と言い訳できる。休学になったから一位を取れなかったって。
私は二位だと、婚約者から文句を言われる。「また平民に負けたのか。お前本当に魔力の高い子供を産めるんだろうな? それしか価値ないのに、魔力の低い頭の悪い子供が産まれたらどうする」と。
思い出してイライラした。今回二位だったことを嗅ぎつけられたらきっとまた言われる。エイデンが少しの間でもいなくなってくれたら私には都合がいい。とても都合がいいのだ。あのねちっこい叱責をされないならその方がいい。
でも、彼と首位争いをするのは結構楽しいのだ。
婚約者との結婚を考えると酷く憂鬱になる。私の魔力さえ高くなければ、目を付けられなかったのに。魔力があったばっかりに、私は無理やり結婚させられるのだ。
悲劇のヒロインを気取ってもいいかもしれないが、気取ったところで私の将来は決まっている。だから、もうとっくに諦めたはずだった。
ただ、エイデンと首位争いをしている間はなんだか生きている感覚があるのだ。この席に座って勉強する彼を見ると、これでは次の試験で負けるとヒリヒリとした危機感を覚える。
彼に勝てなければ、また婚約者に嫌味を言われるかもしれない。それも頭をよぎるのだが、彼がいないと張り合いがない。
彼が休学あるいは退学になったら、私はこんなに必死に勉強するだろうか。
彼が万全でいる状態で、私は一位を取りたいのだ。
せっかくの特等席から立ち上がると、荷物をまとめてベッセル先生の研究室を目指した。
「だから、他人のレポートなんて盗み見てません!」
魔法学園の教師の研究室には、雑務を振られる助手やスケジュール管理をする秘書も常駐している。助手に促されて中に入ると、エイデンの苛立った声が部屋の奥から聞こえてきた。
こげ茶の髪を後ろになでつけ鋭い目をしたベッセル先生は、助手が通した私にさらりと視線を流してくる。この贔屓さえなければ、授業は面白い先生なのだけれど。
「おや、どうしたんだね。オルブライト」
先生の言葉にエイデンが勢いよく振り返る。私の姿を認めて訳が分からないといった表情だ。
何人か剽窃したはずなのに、エイデン以外の生徒はもういない。
「レポートの剽窃があったと聞きまして」
私は努めて冷静にベッセル先生に声をかけた。
「あぁ、このバーロウが罪を認めなくてね」
「やってないことは認めません!」
「一位の彼がそんなことをするでしょうか? それに、彼が見るなら私のレポートなんじゃないでしょうか?」
「何が言いたいのか、オルブライト」
私の返答に、ベッセル先生も面白そうに目を細める。
「まさかベッセル先生ともあろう方が、レポートの剽窃があったのに学年一位の平民だけを残して他の令息はすぐ帰しているなんて。そんなつまらない嫌がらせはなさらないでしょうと思いまして。それに、成績が悪い方のレポートなんて剽窃しても我々にはリスクしかありません。だって間違っている可能性の方が高いですから。今回の件はとても悲しい誤解があるかと思われます」
私は貧乏伯爵家の令嬢だが、婚約者は公爵家の令息。婚約者は魔力が低いので学園に通っていないが、ベッセル先生は公爵家の権力は無視できないはず。
私の言葉のどこが響いたのか分からないが、ベッセル先生は愉快そうに笑った。彼の顔はもともと鋭いので、笑った方が怒った時よりも迫力がある。
「じゃあ、バーロウ。勇敢なレディに免じてチャンスをやろう。この魔法陣を導き出した過程をもう一度すべて書いてみろ。省略するなよ。少しでも省略したら剽窃したと見なす」
ベッセル先生はレポートの剽窃部分を再度エイデンに書けと指示している。
エイデンは私とベッセル先生を交互に眺めていたが、すぐに紙に過程をさらさらと書いた。とても誰かのレポートを写しただけの人の動きではなかった。
ベッセル先生は書かせた割に興味があまりなさそうに紙を指でつまむと「ふん、行っていいぞ」とエイデンを解放した。
これで大丈夫だろう。
「まったく、優秀な人間というのは嫌になるな。私が学生時代に四苦八苦した問題をこんな簡単に解くんだから。盗んで写す方がまだ人間味がある」
こういう贔屓と私怨さえなければいい教師なのだが、差別がすぎて全く言葉が通じないわけではない。
私はエイデンが無事無罪になったのを見て、ベッセル先生に頭を下げて再び図書館に戻ろうと退室した。
他の令息たちのお咎めがどうなったかも気になるが、残念ながら私ではそこまで関与できない。悔しいけれどもこれが差別だ。
さて、図書館のあの席はもう誰かに取られてしまっただろうか。
自分の席でもないのにそんな心配をしていると、後ろからすぐにエイデンが追いついてきた。
「あ、あの」
私の前に長い足で回り込むので、ぶつからないために立ち止まるしかなかった。
「なんで、俺を助けてくれたんだ? 話もしたことないのに」
追いついてきたエイデンは怪訝そうに私を見下ろす。
そこで私は、先ほどの発言の中で彼に謝らなければならない箇所があったことに気づいた。いくらベッセル先生の前とはいえ、平民と呼称するなんて。
「あの、さっきはごめんなさい。あなたのことを平民だと一時的に呼んでしまって……」
「それは、事実だろ」
「ベッセル先生を説得するためだったけど不適切だったわ。嫌な気持ちになったかと」
「俺はあんたが助けくれたのが意外で……あのままだと多分もっとネチネチ言われちょったけん……あ、言われただろうから……その、ありがとう」
エイデンのアクセントや言い方は一瞬独特だった。うっかり方言が出てしまったのだろうか。エイデンは恥ずかしかったのかみるみるうちに顔を赤くしながらも、私に礼を言ってきた。
いつも敵か仇を睨むような鋭さが急に消えて、オオカミが突然子犬に変身したかのようだ。
この人、案外可愛いかも。
失礼な感情を頭の隅に追いやる。
「だって、あなたが剽窃をするわけないでしょう。あれだけ図書館にこもっているんだから。私は見ていたから知っていた、ただそれだけよ」
「……あんたもよく図書館いるもんな。でも、わざわざ先生のとこまで言いに来てくれた。こんなことしてくれるお貴族様はあんたの他に誰もいない」
エイデンは顔をまだ赤らめたまま、はにかむように笑う。笑うとまた鋭さが消えた。
いつもこの表情ならフレンドリーに見えるし、友達もできそうなのに。
「あなたが休学にでもなったら、私が堂々と一位を取っても『エイデン・バーロウが休学処分を受けたからあいつが一位になったんだ』と言われてしまうじゃない」
「……どうせ、あんたは次で一位を取るだろ。いつものパターンでいくと。俺が取ったら次はあんたが取り返すじゃないか」
彼も私の順位は意識してくれていたらしい。
「そのつもりよ。もういいかしら? 図書館に行かないと。今日はあの席には私が座るんだから」
エイデンは「あの席?」と首を傾げて、すぐに何のことか分かったらしい。
「あの席、誰も側まで来ないから静かだよな。もしかしてあんた座りたかったのか? その、悪かった。毎回俺がいて」
「あのあたりに研究の参考文献が多いから。あなたの方が先に到着して座っていたのだから謝る必要はないのよ。それじゃあね」
その日以来、私はエイデンに懐かれてしまったようだ。
図書館の座席はほとんどが四人掛けだ。
私が座って勉強していると、エイデンが斜め向かいに座ってきた。ぎょっとして移動しようとすると彼は課題をぴらりと見せてくる。
「ここ、教えてくれないか?」
「そこは私も分からなくて今やっているところ」
「じゃあ、一緒に考えないか」
聞き間違いかと思った。一緒に考える? 彼と? 成績を争っている彼と?
そんな人に自分の手の内を見せるなんて……。
でも、私は自分の頭脳の限界は何となく分かっている。
この分野は苦手だし、エイデンがいた方が半分の労力で終わるかもしれない。そうやって効率を考えて頷いて彼と一緒に勉強したのがいけなかった。
そのままズルズルと座席の位置が固定されてしまったのだ。
エイデンは平気で斜め向かいに腰かけてくるので今更「あっちに行って」なんて言いづらい。でも、婚約者もいるのに異性と二人きりでこの距離は良くない。それでも真面目に勉強しているだけなのだから「婚約者がいるからこの距離は不適切」と言うのは、彼を一方的に意識しているようでなんだか気まずい。
それに、婚約者がいる貴族だってこうやって勉強くらいやっている。密室で二人きりとか、乱れた服装で出てくるとかしたら話は別だが……。
どうしようどうしようと思いながらも、彼と勉強するのは楽しかった。
私の結界魔法に関する研究を見て感心してくれたし、たまに出る方言もちょっと面白かった。彼は入学当初は友達を作ろうとしたが、貴族令息たちに方言をバカにされたのを気にしてずっとあんな鋭い雰囲気だったらしい。物を隠されることもあったようだ。
私は苦手なのだが、彼は攻撃系の魔法全般が得意だったのでいろいろ見せてもらうのも面白かった。私も友人ケイトもエイデンほど大きな攻撃魔法を使えない。魔法にも適性があるのだ。
ケイトも時折交えながら勉強して、学園生活で他の学生と交流するのも楽しいと思い始めた頃だった。
だって、これまでは時間を無駄にできないと何かに追い立てられるように勉強してきたから。こんな風に笑いながら勉強できる日がくるなんて思わなかったのだ。
『平民と随分仲良くしているようじゃないか。まさか色仕掛けで一位を取ろうとしているのか? まぁ、それも一つの手段かもな。他の男の子供を産むなんてことをしたら分かっているだろうな。お前の家がどうなるか』
ある日、婚約者から手紙が届いて冷水を浴びせられたような感覚になる。
震える手で手紙を見えないところにしまい込んだ。
誰かが婚約者に知らせたか、噂になったのか。
それはそうだ。あんなに一緒にいたら噂になってしまう。
あぁ、私はバカだ。ケイトに「私も一緒に勉強したい」と言われて、三人でいたから大丈夫なんて思い込んで。
他に婚約者のいる人だって勉強くらい誰かとしていると言い訳して。
婚約者だって私ではない女性を連れていろいろ出歩いている。なんなら娼館にも。
そんな婚約者に意趣返しをしたかったのかもしれない。でも、手紙一つでこんなに震えてしまう。脅しまで入っていた。
こんな婚約者は嫌だ。
でも、災害が起きてさらに詐欺に遭って困窮した実家を助けてくれたのは、婚約者の実家であるゲナウ公爵家だ。公爵家なのに高い魔力を持つ子供がいないことを気に病んでいたゲナウ公爵は、魔力がかなり高い私に目をつけて息子の婚約者にしたのだ。
私がおかしなことをすれば、恐ろしい金額の違約金が待っている。
婚約者は女性と好きなだけ遊び歩いてもいいけれど、私は誰かと勉強しているだけでこんな風に手紙で言われてしまうのだ。
おかしなことはしてないのに。
でも、まさか誰かに見られた?
私がペンを落として拾おうとかがんだら、エイデンの方が一瞬早くてうっかり手が重なってしまった時とか。その時はすぐに手をどけたけれど。
他には高いところの本を取ろうとして踏み台が見つからず、ジャンプしていたらエイデンに見られて笑われて「たわないなら言えよ」と方言交じりに言って顔を赤くしながら取ってもらった時とか。「届かないなら言えよ」という意味だったらしい。
攻撃魔法を魔法演習場で見せてもらって、興奮してうっかり近づきすぎて私の前髪が焦げてエイデンはそれを指摘して笑っていた。彼の前髪だって焦げていたのに。
別にあのくらいの接触は普通だ。試験や課題が配られるときに前の席の人と指が触れ合うようなもの。
でも、つい最近──。
エイデンはペンを回す癖があるのだが、彼が珍しくペンを私の方に吹っ飛ばした。
彼のペン回しはうまい。私は真似して何度も落とすのに。
私の方に転がってきたペンが机から落ちないように、上から押さえつける。するとエイデンの手も伸びてきて私の手に重なった。
「ありがと」
短くそう言われたので他意はないはず。彼が私の指を軽く撫でてペンを取って手を引っ込めたのも他意はないはず。その日は彼の指の熱さで勉強に身が入らなかった。
でも、このままではいけないのだろう。こんな手紙が来るくらいだ。
「もう……二人きりで勉強するのやめるから」
「え、なんで? 今日出たレポート難しいから一緒にやろうと思ったのに」
「……婚約者がいるから。異性と二人きりで勉強はできないの」
私は早口でそう言うと、その日は図書館ではなく寮の自室で勉強した。
やはり図書館の方がはかどるが仕方がない。エイデンは驚いていたが、追いかけてこなかった。ケイトにもそう言っておいた。彼女は実家の商家の手伝いを進んでしているから、毎回は勉強を一緒にしていなかったため大した問題にはならなかった。
以前の日常に戻るだけだと思うだろう。
しばらくはそうだった。私は寮の自室では勉強しづらく、空き教室を借りたりもしたがはかどらないのでエイデンがいる場所を避けるような図書館の席で勉強していた。
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