表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
97/397

太陽の騎士ー

森を抜け、街道を避けながら進むこと数時間。


一行はようやく次の村に辿り着いた。


大きな村ではない。


だが旅人が立ち寄るには十分な規模で、中央には一軒だけ宿屋があった。


リックが手際よく部屋を取り、荷物を置くと――


「まずはお風呂ですわ」


と、迷いなく言った。


森の中を歩き続けた身体は砂や汗でべたついている。

誰も反対する理由はなかった。


当然ながら、男女は別。


女湯では、ミリィ、ベル、アンジュの三人が並んで座り、桶で湯をすくいながら身体を流していた。


湯気が立ちこめ、木の桶が軽く鳴る音だけが響く。


しばらくして。


ベルがふと横を見る。


ちらり。


そして、ぽつりと呟いた。


「……マリーナ警部とはまた違うけど……」


ミリィが顔を上げる。


「え?」


ベルは少し首を傾げながら、さらに小さく言った。


「……まさか……」


アンジュの手が止まった。


ゆっくりと顔を向ける。


「……ベル?」


にこりと微笑んでいる。

だがその笑顔には妙な圧があった。


「今、何を見ながら、何を考えていましたの?」


ベルはぴたりと固まった。


「え?」


「え?ではありませんわ」


アンジュは桶を置き、じっとベルを見る。


ベルは慌てて前を向いた。


「な、なんでもないよ!」


ミリィがきょとんとする。


「ベルさん、何の話ですか?」


「なんでもない!」


ベルはごまかすように頭から湯をかぶった。


ばしゃっ。


その様子を見て、アンジュはふうっと息をつく。


「本当にあなたは……」


肩をすくめる。


「黙っていれば可愛いのに、どうして口を開くとそうなりますの?」


ベルはむっとした。


「別にいいでしょ……」


ミリィがくすっと笑う。


やがて三人は湯船に浸かった。


森歩きで冷えた身体に、温かい湯がじんわり染み込んでいく。


ミリィがほっと息をついた。


「はぁ……生き返ります……」


ベルも肩まで沈みながら頷く。


「……うん。これはいい」


アンジュは優雅に湯に身を預けながら満足そうに目を細めた。


「ですから言ったでしょう?」


そして少し笑う。


「今日はちゃんとベッドで眠れますわよ」


ベルは目を閉じたまま、小さく答えた。


「……それだけでも嬉しい」


湯気の向こうで、ミリィが楽しそうに笑った。


やがて三人は湯から上がり、身体を拭いて着替える。


「さて」


アンジュが髪を軽く整えながら言った。


「下の酒場で食事ですわ」


その言葉に、ミリィの目がぱっと輝いた。


「ご飯……!」


ベルが苦笑する。


「ミリィ、さっきからそればっかり」


「だ、だってお腹空きました……!」


三人の小さな笑い声が廊下へと流れていった。


――その頃。


男湯では。


バロムが腕を組んで湯に浸かり、リックが静かに肩まで沈んでいた。


しばらくの沈黙。


やがてリックがぽつりと呟く。


「……平和ですね」


バロムは短く答えた。


「……ああ」


そして二人とも、同時に思った。


――このあと酒場がうるさくなるな。


風呂上がりの五人が宿の酒場に降りてくると、ちょうど夕食の時間帯で、村人たちの話し声と食器の音が混ざり合い、店内は程よい賑わいに包まれていた。


空いている大きめの卓に腰を下ろすと、すぐに料理が次々と運ばれてくる。


香ばしく焼かれた肉。湯気の立つスープ。黒パンに、簡単な野菜の炒め物。


旅人には十分すぎる食事だった。


「わぁ……」


ミリィが目を輝かせる。


ベルも思わず笑う。


「いい匂い」


その向かいでは、すでに酒の入ったグラスが置かれていた。


アンジュ、リック、バロムの三人は、自然な様子でそれぞれ杯を手に取る。


バロムがぐいっと一口。


「……悪くねえな」


リックも静かに口をつけ、軽く頷いた。


アンジュは優雅にグラスを傾ける。


ベルはそれを見て、ふと首を傾げた。


「え?」


アンジュが視線を向ける。


「どうしましたの?」


ベルは素直に言う。


「アンジュ、未成年じゃなかったんだ!?」


ぴたり、と空気が止まった。


ミリィが固まる。


リックが咳払いをする。


バロムが酒を飲む手を止めた。


そしてアンジュは、ゆっくりとグラスを卓に置いた。


「……ベル」


にこり、と微笑む。


「一緒に行動するようになって」


その笑顔のまま言う。


「失礼が加速してますわね」


ベルはきょとんとする。


「え?」


ミリィが慌ててベルの袖を引いた。


「べ、ベルさん……!」


だがベルは首を傾げたまま続ける。


「だって、見た目若いし」


アンジュの笑顔がさらに深くなる。


「それは褒め言葉として受け取っておきますわ」


リックが小さく息をつく。


「ベルさん……」


「何?」


「女性に年齢の話題は危険です」


バロムがぼそりと言った。


「命に関わる」


ベルはぱちぱちと瞬きをした。


「そうなの?」


アンジュは静かにスープを一口飲む。


「ええ」


そして微笑んだ。


「とても、危険ですわよ?」


ミリィは小さく肩をすくめた。


ベルだけがまだ状況を理解していなかった。


風呂上がりの五人が囲む卓では、アンジュ、リック、バロムの三人はすでに酒を口にしている。


そんな中――


「いいねー、この肉料理。ハマりそうだねー」


のんびりとした声が、卓の真ん中あたりから聞こえた。


ベルとミリィは同時に視線を向ける。


そこには――


知らない男の顔があった。


いつの間にか、

ミリィとベルの間に座っている。


長い黒髪。

タレ目。


顔立ちは整っているのに、どこか締まりがない。

気の抜けたような、ゆるい雰囲気。


男は自然な顔で皿に手を伸ばし、肉をひと切れ取って口に入れる。


もぐもぐと噛みながら、満足そうに頷いた。


「うん、いいねこれ」


完全に、自分の席のような態度だった。


アンジュの眉がぴくりと動く。


「……なんですの、あなた」


男はちらりと視線を向ける。


アンジュは冷たい声で続けた。


「突然あらわれて、気持ち悪いこと」


その言葉に、ベルとミリィが同時にアンジュを見る。


そして、ぴたりと声を揃えた。


「「あんたも同じようなことしてたじゃない」」


アンジュの顔が一瞬止まる。


「……」


一拍。


アンジュはゆっくりと顔をそらした。


「……細かいことを気にする子たちですわね」


ベルは即座に返す。


「細かくない」


ミリィも小さく頷く。


「全然細かくないです」


その間にも、黒髪の男は気にした様子もなくスープを一口飲む。


「うん、スープもうまい」


まるで前からここにいた客のようだった。


リックが静かにグラスを置く。


「……で」


低い声で言う。


「誰だ」


男は少しだけ首を傾げた。


それから、ふっと笑う。


「ん?」


気の抜けた声。


「ただの通りすがりの、飯好きだよ」


そう言って、また肉に手を伸ばした。


男はテーブルの料理に手を伸ばしながら、横目で三人を順番に眺めていた。

アンジュ、ミリィ、そしてベル。


まるで値踏みでもするような視線だ。


「うーん、3人ともかわいぃーねぇー」


のんびりした口調で言いながら、肉を一切れつまむ。


それから指を伸ばした。


「とくに君。いいね」


指されたのは――ベルだった。


ベルは一瞬きょとんとしてから、小さく頭を下げる。


「……どうも」


男はくすっと笑う。


「その控えめな感じ、いいね。僕の好みだよ」


言いながら、ちらりとベルの顔から、胸元へ視線を落とす。


「...?...あっ」


ベルはその視線の意味をなんとなく察して、慌てて両手でその隠すものもない胸元を隠す。


身体を少し引き、ミリィの方へ寄る。


「……なに、この人」


小さく呟く。


ミリィも男をじっと見ていたが、少しだけ前に身を乗り出した。


「……あの」


丁寧な口調で言う。


「人の席に勝手に座って、勝手にご飯食べるのは……普通じゃないと思います」


男はスープを一口すすり、のんびり頷く。


「うん、確かに普通じゃないね」


まったく悪びれた様子はない。


アンジュが腕を組み、冷たい目を向ける。


「普通じゃないと分かっていてやっているなら、なおさら質が悪いですわね」


リックが低い声で言った。


「……で、だから誰だ?お前は」


男は少し首を傾げる。


それからパンをちぎりながら、気楽に答えた。


「さっき言ったじゃない。通りすがりだよ」


バロムが鼻で笑う。


「通りすがりが人の卓で飯食うか」


男は肩をすくめる。


「いやぁ、いい匂いしてたからさ」


そしてもう一度、五人をぐるりと見回す。


ゆるい笑みを浮かべて言った。


「それに、面白そうなメンツだったしね」


アンジュの眉がぴくりと動く。


「面白い、ですって?」


男は肉を口に運びながら続けた。


「黒髪の子は可愛いくて控えめ」


ベルを見る。


「金髪の子は賢そう」


ミリィを見る。


「で、お嬢様は――」


アンジュを見て笑う。


「怒ると怖そう」


アンジュは即座に言い返した。


「怖いのではなく、常識があるだけですわ」


男はくすっと笑う。


「それそれ」


そしてまたフォークを動かす。


「そういう反応、嫌いじゃないよ」


リックが静かに言った。


「……飯はいい」


男を見る。


「だが、そろそろ名前くらい名乗れ」


男は肉を飲み込み、少しだけ考えるように空を見た。


それから、にこっと笑った。


「うーん」


気の抜けた声で言う。


「じゃあ、自己紹介は――」


フォークを置き、両手を軽く広げた。


「もうちょっと仲良くなってからにしよっか」


男は相変わらず、料理をつまみながらのんびりと言った。


「君のこと、気に入ったなー」


フォークをくるくると指で回す。


「いやぁー、こんな地図にも載ってるか載ってないかわからない村で、君みたいな子に会えるなんてさ」


ゆるく笑う。


「僕、ついてるなー」


その言葉に――


アンジュの眉が、ぴくりと動いた。


男は椅子の背にもたれながら、ゆっくりと腕を伸ばす。


その動きは、特別速いわけではない。

むしろ、かなりゆっくりだ。


だから――


見えていた。


ベルも、ミリィも、リックも。


なのに。


気づいた時には、もう終わっていた。


男の手が、ベルの手を取っている。


「……え?」


ベルが間の抜けた声を漏らす。


いつ掴まれたのか――


分からなかった。


見えていたはずなのに。

動きは遅かったはずなのに。


いつの間にか、自然に。


男はベルの手を軽く持ち上げ、まじまじと眺める。


「うんうん」


のんびりした声。


「手もきれい」


ベルは慌てて手を引こうとするが、男の指は軽く触れているだけなのに離れない。


まるで、力の入れ方を完全に外されているようだった。


「ちょ、ちょっと……」


ベルが困った顔をする。


ミリィが椅子から身を乗り出した。


「は、離してください!」


アンジュの声が低く落ちる。


「……その手」


テーブルの空気が、すっと冷える。


「今すぐ離しなさい」


リックの視線も鋭くなっていた。


バロムがグラスを静かに置く。


男はその空気をまったく気にした様子もなく、ベルの手を軽く揺らした。


「そんな怖い顔しないでよ」


それから、ふっとベルを見る。


「ちょっと挨拶しただけじゃない」


ベルは困った顔のまま言った。


「……あの、離してもらえますか」


男は一瞬だけ目を細めた。


それから、あっさりと手を離す。


「はいはい」


ベルはすぐに手を引っ込めて、胸の前でぎゅっと握った。


「……なんなんだ、この男は」


リックが低く言う。


男はまた肉を一切れつまんだ。


そして、楽しそうに笑った。


「いやぁ」


気楽な声で言う。


「ほんと、面白い子たちだね」


男は最後の肉を飲み込み、満足そうに息をついた。


「さぁてー」


椅子をきしませながら立ち上がる。


「食事も挨拶も終わったところで、僕は帰るよ」


ゆっくり。

本当にゆっくりと。


のそり、と立ち上がる。


その瞬間、五人は改めて気付く。


でかい。


バロムに迫るほどの長身。

いや、それ以上かもしれない。


二メートル近い。


だが――太くはない。


むしろ逆だった。


細い。


異様なほど細い。


ヒョロリ、という言葉がそのまま人の形になったような体。

長い手足。

細長い胴。


立ち上がっただけで、身体がゆらりと揺れる。


男は気にする様子もなく、のんびり背を向けた。


ゆっくりと歩き出す。


店の入口へ向かって。


誰も声を出さなかった。


なんとなく――


目が離せなかった。


男は入口の前で立ち止まる。


ドアノブに手をかける。


そして、思い出したように振り返った。


「それー」


気の抜けた声。


指先が、軽くベルを指す。


「君にあげる」


ベルが首を傾げる。


「……なんのこと?」


男はにこっと笑う。


「大事にしてねー」


ミリィの声が弾けた。


「ベルさん!そ、それ!」


ベルが驚いてミリィを見る。


「え?」


ミリィは震える指で示す。


「腕です!右腕!」


ベルは慌てて自分の腕を見る。


さっき男に掴まれた――右腕。


そこに。


太い金属製のバングルがはめられていた。


「……え?」


ベルは目を丸くする。


いつの間に。


まったく気付かなかった。


ベルが顔を上げた時には――


男はもう、ドアを開けていた。


「じゃあねー」


ひらひらと手を振る。


そしてそのまま、夜の外へと出ていった。


ドアが閉まる。


店の中に静けさが落ちた。


ミリィが小さく言う。


「……いつの間に……」


ベルはまだ、腕のバングルを見つめていた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ