あなたたちのためですわー
リックの案内で、森の中を歩き続けて三時間ほど。
木々の密度が徐々に薄くなり、やがて小さな畑と低い石垣が見えてきた。
その先に、ぽつぽつと家屋が並ぶ小さな村が現れる。
ベルは思わず息を吐いた。
緊張が少しだけほどける。
「……村だ」
ミリィもほっとしたように胸に手を当てる。
「やっと、人のいる場所ですね……」
村は静かだった。
夕暮れが近く、空はゆっくりと橙色に染まり始めている。
農具を片付ける村人の姿や、家々から漂う夕食の匂いが、どこか穏やかな空気を作っていた。
「とりあえず、あそこに入りましょう」
リックが指差したのは、村の小さな食事処だった。
木の看板が軒先で揺れている。
五人は中へ入る。
店内は素朴で、木のテーブルがいくつか並び、奥では店主らしき男が鍋をかき混ぜていた。
席に着くと、どっと疲れが押し寄せる。
「とりあえず、何か食べましょう」
リックが言う。
出てきたのは、焼いた肉と野菜の煮込み、それに固いパン。
豪華ではないが、温かい料理だった。
五人は無言で食べ始める。
気がつけば全員、かなり腹が減っていた。
外はすでに夕刻。
窓から差し込む光は、ゆっくりと赤みを帯びている。
食事が一段落したころ、リックが言った。
「今日はこの村で宿を取りましょう。夜に動くのは危険です」
バロムも静かに頷く。
「……そうだな」
アンジュは腕を組みながら、まだ少し不満そうな顔をしている。
どうやら先ほど話を遮られたことが、まだ引っかかっているらしい。
その時、ベルがふと顔を上げた。
三人を順に見てから、少しだけ背筋を伸ばす。
「……遅くなったけど」
そして、素直な声で言った。
「本当に、ありがとう」
テーブルの上に、少しだけ静かな空気が落ちる。
ミリィも慌てて頭を下げる。
「わ、わたしからも……ありがとうございました……!」
三馬鹿はそれぞれ違う反応を見せた。
リックは軽く肩をすくめて笑い、
バロムは無言のまま頷き、
そして――
アンジュは、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「その言葉を待ってましたわ!」
胸を張り、得意げに顎を上げる。
「まず言っておきますけれど、今回の件――戦局を決定づけたのは、わたくしの鞭ですわよ?」
リックがパンをちぎりながら、ちらりと横目で見る。
「はいはい」
「はいはいではありません!」
アンジュは机を軽く叩く。
「あなたとバロムが時間を稼いでいたのは認めますわ。でも最後の一押し! あれは完全にわたくしの働きですわ!」
ミリィは思わず目をぱちぱちさせる。
ベルは苦笑いを浮かべながら聞いていた。
アンジュは止まらない。
「そもそも神殿騎士団を相手に、あの状況で勝てたのは誰のおかげか――冷静に考えればわかるはずですわ!」
リックが小さく言う。
「途中、枝に引っかかってましたよね」
「引っかかってませんわ!」
「いや、だいぶ困ってたような……」
「戦術的調整です!」
アンジュはきっぱり言い切る。
バロムが静かにスープを飲みながら一言。
「……絡まってた」
アンジュがぴたりと止まる。
「……」
「……」
「……それでもですわ!」
再び胸を張る。
「結果的に勝ったのですから、細かいことは問題ではありません!」
ベルは思わず小さく笑ってしまう。
「……ふふ」
アンジュは満足そうに頷いた。
「そう、その顔ですわ。助けられた者は素直に感謝する。それが礼儀というものです!」
ミリィも慌てて頭を下げる。
「ほ、本当に助かりました……!」
アンジュは満足げに腕を組み、椅子の背にもたれた。
店の窓の外では、夕暮れが村をゆっくり染めている。
食事処の中は、先ほどまでの緊張が嘘のように穏やかな空気に包まれていた。
ベルはふと三人を見渡す。
そして、少し首をかしげた。
「……それにしても」
素直な疑問の声がこぼれる。
「どうして、あそこに?」
アンジュはすぐに胸を張った。
「あなたたちを助けるために決まっておりますわ」
まるで当然のことのように言い切る。
ベルとミリィは同時に目を瞬かせた。
その横で、リックが苦笑しながら肩をすくめる。
「まあ……大体そんな感じです」
パンをちぎりながら、静かに説明を続けた。
「神殿国家に潜り込んでいた教会の使徒から連絡が来たんです。
教皇の宣言が下る前から、妙な動きがあるって」
ベルの表情が少し引き締まる。
「……宣言の前から?」
リックは頷いた。
「ええ。だからこちらも先に動いた。
もしもの時のために、あなたたちを探していたんです」
アンジュが誇らしげに腕を組む。
「そうですわ。わたくしたち、かなり前から動いておりましたのよ?」
バロムは静かにスープを飲みながら頷く。
リックが続けた。
「森や街道を片っ端から当たって、神殿騎士の動きも追って……」
そして少しだけ笑う。
「そうして探していたら――今ようやく追いついた、というわけです」
ベルはしばらく黙って三人を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……そっか」
ミリィもベルの隣で静かに頷いた。
夕暮れの光が窓から差し込み、五人のテーブルを柔らかく照らしていた。
ベルはしばらく黙って三人を見ていた。
やがて、ゆっくりと背筋を伸ばす。
「……改めて、お礼を言わせてください」
少しだけ声が震える。
「三人とも……本当にありがとう」
目元がわずかに潤んでいた。
その言葉に、アンジュは一瞬きょとんとする。
そして、ふいに視線をそらした。
「べ、別に……当然のことをしたまでですわ」
いつもの堂々とした調子で言おうとするが、どこか落ち着かない。
頬がほんの少し赤くなっている。
それを見て、リックがくすっと笑った。
「おやおや、リーダーが照れてますね」
「照れてませんわ!」
アンジュがすぐに言い返す。
「いえいえ、今のは完全に照れていましたよ、リーダー」
「違いますわ!」
アンジュは椅子の上で身を乗り出し、リックを睨む。
その横で、バロムが小さく笑った。
「……リーダー、顔、赤い」
「バロムまで!」
アンジュは思わず机を軽く叩く。
ミリィはその様子を見て、くすっと笑う。
ベルもつられて笑みを浮かべた。
店の中には、さっきまでの緊張が嘘のように穏やかな空気が流れていた。
窓の外では、夕暮れが村を静かに染めている。
長い一日だった。
それでも――
今は、ようやく少しだけ安心できる時間だった。




