神殿騎士団がやってきたー
ギルドの扉を押し開けると、広場に冷たい風が吹き抜けた。
遠くに整然と並ぶ白銀の鎧。旗が風に揺れ、金属の擦れる音が響く。
神殿騎士団――一目でそれとわかる規律正しい集団が、ギルド前に静かに到着したのだ。
ベルは肩をすくめ、隣のミリィを見た。
「……来たみたいね」
騎士団長が一歩前に出る。兜の奥から低く響く声が広場に落ちる。
「神殿国家群より通告。銀髪の少年『魔王殺し』ベル・ジット、即時身柄引き渡しを要求する」
ベルの胸が小さく跳ねた。
(……早い……!)
警察の女性が前に出る。
「ここはギルド管理区域です。武装した集団の無断進入は認められません」
騎士団長は兜越しに視線を送る。
「神意に基づく執行は例外だ」
鎧の重い音が石畳に響き、隊列を揃えた騎士たちが武器を握り直す。
「我らは教皇の命を受けている」
神官が前に立ち、声を低く響かせる。
「待ちなさい。この場には保護対象がいる」
騎士団長の視線がベルへ向いた。
ベルの肩が少し震える。
「違う……! 私はその……関係者なだけで」
だが騎士団長は一歩踏み出す。
「貴様はベル・ジットと接触している者だ。同行を求める」
ベルは喉がつまる。
ミリィが小さく手を握り返し、遠慮がちな敬語で言った。
「ベルさん...私、今回は一緒にいきますから…」
ベルは小さく息を吐き、頷く。
「……はい。知り合いです。でも、それだけです」
騎士団長は無言で視線を巡らせ、隊列を崩さず立つ。
広場の空気は重く張りつめ、ベルはただ立ったまま、圧に耐えるしかなかった。
遠くで鎧が擦れる音が続く。旗が揺れる。
戦う力も、魔力もない。
ただ、立っていることしかできない。
ベルは深呼吸し、ミリィの手を握り直す。
「大丈夫...?」
ミリィは小さく頷く。
「はい……」
ベルの視線は、ぎこちなくも毅然と、白銀の鎧の一列を見渡した。
広場の重圧は変わらず、神殿騎士団は動かずに待つ。
ベルは、今ここで――判断し、耐え、逃れるしかなかった。
ギルドの奥の広間には、大陸警察、教会関係者、ギルド職員が集まり、緊張した空気が漂っていた。
「警備体制はこれで十分でしょうか……?」
ギルドの職員が手元の書類を押さえつつ小声で言う。
「ええ、後は裏口から脱出させるだけです」
ギルド長が低くうなずき、机の上の街地図を指さした。
ベルは机の陰に身を寄せ、ミリィの手を握った。
「……神殿騎士団、まだ外で待ってるのね」
ベルの声は少し震えていた。
ミリィが小さな声で答える。
「はい……でも、ベルさん、ここから裏口へ逃げれば……警察さんと教会の方々が……援護してくださると思います」
ベルは少し息を整え、赤いスカーフを握り直す。
「うん……それなら、行くしかないわね」
ギルド長が近づき、低く声をかけた。
「ベル、裏口から出るんだ。建物内には警察と教会が援護してくれている。騎士団と正面からぶつかるな」
ベルは頷き、ミリィも少し緊張した顔で手を握り返す。
「はい、わかりました」
「私も、ベルさんのそばに……ついて行きます」
二人は静かに裏口へ向かう。廊下には警察官が配置され、神殿騎士団の視線を逸らすように立っている。
外の空気は昼の日差しで明るい。ベルは背筋を伸ばし、慎重に歩を進めた。
「よし、行きましょう、ミリィ」
ミリィは小さく頷いた。
「はい……ベルさん、気をつけてくださいね」
二人は裏口を抜け、街の小道へと消えていく。
後ろでは、重い足音が石畳に響く。神殿騎士団はまだ建物内に入り込めず、街の安全圏に踏み込むことはできない。
ベルは赤いスカーフを握り直し、深呼吸した。
「……これで、少しでも距離を稼げたわね」
ミリィは少しほっとした顔で横に立つ。
「はい……ベルさんと一緒なら……大丈夫だと思います」
昼の光が二人を包む中、神殿騎士団との初接触――そして慎重な逃走は、静かに始まった。




