英雄の資質ー
建物の中は軍の施設とは思えなかったが、ところどころにそれを感じさせる要素があった。無駄のない造り、整然とした配置、すれ違う人間たちの統一された動き。
アダラの後ろを、ベルとビビがついて歩く。少し遅れて、一定の距離を保つようにシュプリムも無言でついてきていた。
やがて辿り着いたのは、一つの部屋だった。
扉を開け、アダラが中へ入る。
「ここが隊長室だ。つまりー私ん部屋だ。文句あっか?」
ベルは少し呆れたように肩を落とす。
「ないってば……」
その後ろで、シュプリムは一歩遅れて部屋に入り、壁際に静かに立ったまま動かない。
アダラが軽く手で促す。
ベルはそれに従い、ソファへと腰を下ろした。
向かいのソファにアダラがどかりと座り、その両脇にビビとシュプリムが立つ。
だが次の瞬間、ビビはその場にぺたんと座り込んだ。
シュプリムの眉がわずかに動く。
「……まったく、なっとらん」
小さく舌打ちが落ちる。
ベルはそのやり取りを見て、少しだけ首を傾げた。
「……2人って、仲悪いの?」
アダラは腕を組み、深く背もたれに体を預けた。
「悪いっていうか……まあ、見ての通りだな」
ビビは床に座ったまま、頬をふくらませる。
「シュプが一方的に冷たいだけだし〜」
「だからその呼び方をやめろ」
間髪入れずに返される声は低い。
ビビはまったく堪えた様子もなく、へらっと笑った。
「だって昔は普通に呼んでたじゃん〜」
「昔の話だ」
シュプリムは視線すら向けない。
その態度に、ビビの笑みがほんの少しだけ引きつった。
ベルはその空気を静かに見つめる。
軽口のやり取りのようでいて、どこか噛み合っていない。
「……同士、って言ってたよね」
ぽつりと口にする。
「さっき」
シュプリムの視線がわずかに動いた。
「それって、やっぱり……英雄核のこと?」
ほんの少しだけ、間が空く。
「そうだ」
短い肯定。
「英雄に選ばれし証。それを持つ者同士――それが同士だ」
その言葉には、迷いが一切なかった。
ベルは一瞬だけ目を伏せる。
「じゃあ……」
ゆっくりと顔を上げる。
「それがなくなったら、もう違うってこと?」
シュプリムの黒い瞳が、まっすぐにベルを捉えた。
「当然だ」
一切の躊躇なく、言い切る。
「存在の価値が違う」
シュプリムは腕を組んだまま、わずかに顎を上げた。
「我々は選ばれし者達なのだ。英雄を目指し、英雄核を与えられた、な」
静かだが揺るがない声音。
「もちろん『英雄の生まれ変わり』の資質を持つ、隊長も同じこと」
言葉の流れのまま、ビビへと一瞬だけ視線を向ける。
「私やそこの牛、そしてもう1人の英雄核保持者も、3つ揃いではないがそれぞれに英雄の子孫たる証を持つ」
そう言いながら、シュプリムは自らの白い髪に指を通した。
指の間をすり抜けるそれは、光を受けて淡く輝く。
ベルはその仕草をじっと見て、それからアダラへと視線を移す。
白い髪、青い目、白い肌。
そして最後に、ビビへ。
黒い髪、黒い目、褐色の肌。
「ビビは違くない?」
その一言に、ビビがぴくりと反応する。
次の瞬間、四つん這いになって床を進み、ベルの前まで来ると、そのまま勢いよく上半身をソファに乗り上げた。
顔がぐっと近づく。
鼻先が触れそうな距離。
「よく見て〜この目!ちゃんと青いよ〜」
言われるままに、ベルは少しだけ身を引きながらも覗き込む。
ぱっと見は黒。
けれど、よくよく見ると――確かに、奥の方にかすかな青が滲んでいる気がしなくもない。
ベルはしばらく黙って見つめてから、小さく首を傾げた。
「えー?……びっみょー」
ビビは唇を尖らせ、不満そうに顔をしかめた。
「びみょ〜なんて言わないで〜気にしてるのに〜」
ベルは少し困ったように笑って、軽く手を振る。
「ごめんごめん」
アダラが腕を組み、少しだけ顎を引いた。
「ご覧の通り、英雄核ってのは誰でもってわけにはいかねぇ。資質が必要なのは確かだ」
その言葉を聞きながら、ベルの意識はわずかに遠のく。
ふと、あの青年の姿が脳裏に浮かんだ。
――プレレッサ。
白い髪、青い目、白い肌。
“英雄の生まれ変わり”と呼ばれる三つの特徴。
確かに、彼もまた――それを持っていた。
アダラは軽く身を乗り出した。
「それで本題だが、シュプリムー」
言い終わるよりも早く、声が被さる。
「お断りよ」
間髪入れない拒絶だった。
アダラの眉がぴくりと動く。
「なんだと?」
シュプリムは視線すら向けない。
「先日も言ったはず。私は英雄核を失いたくない」
その言葉に、アダラは奥歯を噛む。
「だけどお前、今のままじゃ2年後には……」
「あと2年で、英雄核を完全覚醒させるか、将来への資質を示すか、もしくは英雄の資質を持つ子を産めばよいだけのこと」
淡々と、まるで決められた選択肢を読み上げるように。
シュプリムは目を閉じた。
「とりあえず、どれかに一つくらいどうにか」
「おまえ……」
アダラが言葉を詰まらせる。
そのとき、シュプリムはゆっくりと目を開き、アダラを見た。
「とりあえず、あの魔王殺しとかいうのも来てるのだろう?」
「来てると言ったら……?」
アダラは露骨に顔を顰める。
シュプリムは一瞬だけ視線を落とし、倒れているビビを見た。
「その牛から英雄核を抜き取った魔王殺しは憎いが……背に腹は変えられない」
そう言って、アダラへ手を差し出す。
「とりあえず、その男の子種を手配して欲しい」
一瞬、空気が止まった。
ベルは数秒遅れて、ようやく言葉を発する。
「……え?ちょっと待って……なんて?」
ベルは小さく息を呑み、戸惑ったまま視線を泳がせる。
「……アダラとビビだけと思ってたけど……西大陸の人はみんなこんな感じなの?」
アダラは悪びれもせず、軽く肩をすくめた。
「だから何回も言ってるじゃん。西大陸ではこれが普通だって」
ビビも床に座ったまま、のんびりと頷く。
「そだよ〜。わたしたちからしたら〜他の大陸の方がよっぽどふしぎ〜」
その言葉に、シュプリムの眉がぴくりと動く。
「自分達の常識が世界の基準と考えるのは傲慢というものだ。これだから中央は……」
舌打ち混じりの低い声が落ちる。
ベルは慌てたように両手を軽く振った。
「ご、ごめんなさい。確かに国によって文化も考え方も違うもんね……でも」
一度言葉を切り、視線を上げる。
「自分達の国の中でやるのは自由だと思うけど、他の大陸や、そこに住む人にまで自分達のやり方を通そうとするのは、それこそ傲慢だと思うの」
シュプリムの目が鋭く細まる。
「……なんだと?」
一歩、詰め寄る。
空気が一気に張り詰めた。
それでもベルは引かなかった。小さく震えながらも、視線だけは逸らさない。
その間にアダラが手を振る。
「まぁまぁ、2人とも落ち着けよ」
ビビも軽い調子で笑う。
「そだよ〜けっきょくは〜」
アダラはため息混じりに続けた。
「魔王殺し、あいつがOKならいいんだろ?」
ベルは一瞬だけ間を置く。
「そ……それはもちろん」
アダラはそれを聞いて、妙にあっさりと頷いた。
「なら大丈夫だろ」
そう言いながら、ビビの胸元の布をぐいぐい引っ張る。
「ちょ、や〜め〜て〜」
ビビは慌てて押さえつつも、どこか楽しげに笑った。
「でも、これでイチコロだと思う〜」
ビビは慌ててそれを押さえつつ、どこか楽しげに笑った。
そしてわざとらしく両手で胸を押し上げながら、軽い調子で言う。
ベルは少しだけ困ったように視線を泳がせた。
「そー……なんだよね。あいつ、そういうのに弱いから……ちょっと心配」




