表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第10章ー西大陸・カダブランカ篇ー
322/330

カダブランカの夜ー

アダラとビビは、カーペットの上で同じ姿勢のまま、その光景を面白そうに眺めていた。


ミリィはクッションに顔を埋めたまま、熱に浮かされたみたいに同じ言葉を繰り返している。


「わた……私が、ベルさんを……守る……」


声は小さいのに、止まる気配がない。クッションに突っ込んでは、また同じ言葉に戻る。


ベルはベルで、完全に別の方向へ落ち着いていた。

据わった目のまま、銅のカップを自分で満たしては、無言で口をつける動作を繰り返している。会話にはほとんど参加していないのに、場の中心からは外れていない不思議な存在感だけが残っていた。


その対比を見ながら、アダラは満足そうに息を吐く。


「これなら、邪魔は入らなそうだな」


ビビも小さく頷き、柔らかく笑う。


「うん〜最初が肝心だもんね〜」


しばらくの間、部屋の中にはそれぞれの“温度”だけが流れていた。


ミリィの繰り返す声と、ベルの静かな動作と、アダラたちの楽しげな視線だけが、ゆるく同じ空間に溶けていく。


やがて夜の帳が王城の窓の外に落ち始め、部屋の光はさらに柔らかく沈んでいった。


その頃、銀髪の少年ベルは部屋の中央で珍しく立ち止まり、わずかに眉を寄せていた。


「なんか……クラクラする」


視線が少しだけ定まらない。だが倒れるほどではない、微妙な不安定さが体の奥に残っている。


少し離れた場所では、ミリィがまだクッションに突っ込んでいる。


「わた……私が、ベルさんを……守る……」


同じ言葉を、ほとんど反射のように繰り返しながら、クッションに顔を沈めてはまた浮かび上がる。


その様子を見て、アダラとビビは揃って指をさしながら笑っていた。


アダラは肩を揺らしながら言う。


「なんだよ?ベルは酒飲んだことないのか?」


ベルはわずかに間を置いて答える。


「まともには……ない」


その返答に、アダラはさらに笑いを深くする。


ビビは楽しそうに目を細めながら、軽く手を打った。


「じゃ〜お姉さんがいろいろ教えてあげるよ〜」


部屋の空気はすでに完全にほどけていて、王族の私室というよりも、ただの賑やかな夜の輪になっていた。


アダラが勢いよくカップを置き、ぱんと手を打つ。


「とりあえず!風呂にする!?それとももう寝るか!?」


ビビはその横でゆるく笑いながら肩を揺らす。


「夜は長いようで〜短いもんね〜!」


その言葉に反応するように、ミリィが突然クッションから顔を上げて勢いよく立ち上がった。


「い……いけない!わた……私が守らない、とー……!」


言い切る前に体勢が崩れ、そのまま再びクッションへ倒れ込む。


ふかり、と沈んでそのまま動かなくなる。


ベルは部屋の中央で、その光景を見たまま数秒止まる。


「とりあえず……なんなんだこれ?」


静かに呟くが、誰も答えない。


アダラは笑いをこらえきれずに肩を震わせ、ビビは横でゆるく目を細めている。


ミリィはクッションに埋もれたまま、まだ小さく何かを繰り返していた。


ベルはその場に立ったまま、まだ少し揺れる視界を押さえるように眉をひそめた。


「まぁ……おまえらの国ってことで警戒はしてたけど……いきなり酒飲まされて酔わされてるとは」


アダラは面白そうに片眉を上げる。


「でもだいぶ飲んでたのに、そのくらいってことは……酒には強いみたいだ?」


ビビはその言葉に、楽しそうに目を細めたまま手を叩く。


「よ〜し!じゃ〜もっと飲も〜!」


次の瞬間、ビビはベルの腕を軽く取ってそのまま輪の中へ引き戻すように座らせる。


抵抗する間もない自然さだった。


「ほらほら、ちゃんと座って〜」


そう言いながら、ビビは銅のカップをベルの手にそっと持たせる。

そして、当然のようにもう一度中身を注いでいく。


アダラはその様子を見ながら、完全に楽しんでいる顔で笑っている。


「いいねぇ、その感じ」


ベルはカップを見下ろしたまま、数秒止まる。


「……いや、待てって」


そう言うが、流れは止まらない。


ビビはにこにこしたまま、さらに軽い調子で続ける。


「大丈夫大丈夫〜、今日はそういう夜だから〜」


ベルは一度ため息をつき、カップを見つめたままもう一言だけ落とす。


「そういう夜ってなんだよ」


アダラはカップを軽く揺らしながら、雑に笑う。


「あーゆーのは数こなせって昔から言うだろ?」


ビビは楽しそうに頷きながら、ベルのカップへまた並々と液体を注ぐ。


「そ〜そ〜、ベルくんがいつまでこの国にいるかわかんないし〜。初日からこなしてかないとね〜」


タプタプと揺れる液面が灯りを反射して、淡く光った。


ベルはそれを見下ろしながら、呆れたように息を吐く。


「おまえら……ほんとアグレッシブだよな」


アダラはその言葉に、少しだけ真面目な顔を混ぜる。


「それくらい、私らは真剣だからな」


ベルはカップを持ったまま視線を上げる。


「擬似英雄核の話はいいのかよ?」


一瞬だけ空気が切り替わる。


だがビビはあっさりと肩をすくめて、笑ったまま返す。


「いいいい〜それは明日でもできるし〜」


注ぎ終えたカップを軽くトンと置いて、にこっと笑う。


「今日は今日でさ〜」


そのまま輪の空気は緩んだまま続いていた。


アダラはカップを軽く置いて、だらりと背を伸ばす。


「で、風呂?寝る?どっちにするよ?」


ビビも同じように体をほぐしながら、柔らかく笑う。


「先にお風呂入っちゃう〜?さっぱりしたいし〜」


ベルはカップを見下ろしたまま、少し間を置いてから言う。


「とりあえず……一回落ち着かせろ」


ミリィはクッションに埋もれたまま、小さく声を漏らす。


「わた……私、まだ……守らないと……」


アダラはその様子を見て、軽く笑う。


「はいはい、守るのは明日な」


ビビも柔らかく頷く。


「もう無理、飲めねぇって……」


ベルが赤くなった顔で弱音を吐くと、隣にいたビビは楽しそうに目を細めた。


「飲めないなら〜飲ませてあげるね〜」


「えっ、んんっ!?」


驚く間もなかった。


ビビはグラスの飲み物を口に含むと、そのままベルの唇を塞ぐ。


強引に流れ込んでくる熱い吐息と飲み物。


ベルが必死に喉を鳴らして飲み干すと、ビビは満足そうにいたずらっぽく笑った。


「い、いけません!それは……えっちなやつです!」


その様子を見ていたミリィがガバッと起き上がり、顔を真っ赤にして叫ぶ。


けれど、限界だったのかそのまま力尽きたように、またクッションの上に倒れ込んだ。


「はははっ!じゃ、私も〜」


それを見ていたアダラも、楽しげに笑いながらカップの酒を煽る。


逃がさないようにベルの両頬をがっしりと手で押さえ、そのまま力強く唇を重ねた。


「ん、んぐ……っ!?」


次から次へと流れ込んでくる酒に、ベルは目を白黒させながら、また必死に喉を動かした。


「ちょ……ちょっとヤベェかも」


立て続けに口移しで飲まされ、ベルは朦朧とした様子で項垂れる。


その姿を見たアダラとビビは、どちらからともなく顔を見合わせ、ニンマリと不敵な笑みを浮かべた。


その時ーー


ベルの足元の影が、ゆっくりと波打つように盛り上がった。


黒い水のように伸びた影から、白い腕が下から突き出すように現れる。


その両手は迷いなくベルへ伸び、頬をそっと包み込んだ。


次の瞬間、ミカゲはそのままベルの唇を深く塞ぎ、舌を滑り込ませた。


熱烈に、それでいてどこか無機質なほど執拗なキスに

ベルの表情から、ゆっくりと赤みが失われていく。

頬の熱も、生命の気配すら整えられていくように均され、やがて正常な肌色へと戻っていった。


逆に、ミカゲの白い肌にうっすらと色が差し込み、血の気のような赤がじわりと広がっていく。


その瞳は次第に焦点を失い、虚ろな光へと沈んでいった。


ミカゲは何も言わず、そのままゆっくりと揺れながら影へと戻っていく。


影の中へ沈み込む途中で、彼女の動きが一度だけ止まった。


目元まで完全に影から出したまま、静かに言葉を落とす。


「これで危険は…回避されました」


その言葉を最後に、ミカゲは再び影の中へと消えていった。


アダラが目を見開き、影のほうを指差した。


「な、なんだよ?今のは」


ビビはその様子を見て、肩をすくめるように笑う。


「あ〜ベルくんシラフに戻ってる〜」


少し遅れて、ベルはゆっくりと上体を起こし、息を吐いた。


「……あー……やっと落ち着いた」


その様子を、ミリィはジト目のままじっと見ていた。


次の瞬間、急に身体を起こすと、そのまま四つん這いでベルへと詰め寄る。


「お?なんだ?起きたのか?っておいっ」


ベルの言葉は途中で途切れる。


ミリィはその勢いのままベルの両肩に手をかけ、そのまま唇を重ねた。


周囲で起きていた一連の“接触”を思い返すように、視線がわずかに揺れる。


(……みんな、こうしてた)


ぎゅっと服を掴む指に力が入る。


見様見真似の、不器用な動きで唇を重ねる。


ベルは一瞬固まり、次の瞬間、明らかに動揺したまま視線を泳がせると、ミリィを優しく引き離し、


「いや、ちょっ……待て待て待て……!」


状況を整理しきれないまま、言葉だけが先に溢れる。手を軽く上げて距離を取ろうとするが、ミリィは変わらず目の前にいた。


涙で潤んだ瞳が、ベルをまっすぐに見上げていた。


「…だって、みんな..してて…ずるいなって」


声は小さく、途切れ途切れで、必死に感情を繋ぎ止めているようだった。


俯いた拍子に、肩がわずかに震える。


そして、顔を上げる。


「…だったら…私だって」


涙をこぼしそうなまま、小首を傾げて、逃げ場のない距離で見上げた。


「...私じゃダメですか?」


ミリィが涙目のまま、ぽつりと呟く。


「……みんな、こうしてた」


その言葉の直後だった。


ふっと意識が切れたように、身体から力が抜ける。


支えきれなくなった身体は、そのままクッションの上へと倒れ込んだ。


ややあって、場違いなほど穏やかな寝息が聞こえ始める。


すぅ、すぅ、と何事もなかったかのように、規則正しい呼吸だけが残った。


ベルは数秒間、固まったままそれを見下ろし、ゆっくりと息を吐く。


「……ミリィに酒を飲ませるのは……もう一生やめよう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ