魔王核を破壊せよー
ミリィの声は震えていた。
「あんな……あんなものが……英雄、なんですか?」
その問いは、誰に向けたものでもなく、ただ零れ落ちる。
目の前の光景を理解しきれずに。
アダラが、低く吐き捨てる。
「……ちげぇよ」
歯を食いしばり、視線を逸らさない。
「……あんなもんが、我らが崇拝する始祖英雄タブラスカであって、たまるもんか!」
怒りと拒絶が混じった声。
だが、その拳は震えている。
ビビは両手を胸の前で握りしめ、小さく震えながら目を閉じかける。
「……あれは〜もう〜……」
言葉が続かない。
何をどう表現しても足りないと、直感している。
やがて、視線をそっと落とす。
その横で、ハーミットは腕を組んだまま、じっと戦場を見つめていた。
表情は変わらない。
だが、その瞳だけが、わずかに鋭さを増す。
「そう……」
低く、静かな声。
「……あれはもう英雄タブラスカでもプレレッサでもないわ」
一度、間を置く。
そして――
はっきりと言い切った。
「ただの、化け物よ」
その言葉と同時に、ハーミットは無意識に爪を噛む。
わずかな緊張。
わずかな恐怖。
だがそれでも、目は逸らさない。
戦場から。
ベルたちから。
この異常な戦いから。
重き剣を――カレンが受ける。
その一撃は、空間そのものを歪ませるほどの重量を伴っていた。
だが、カレンは一歩も退かない。
受け、止め、流し、弾き、落とす。
その所作は優雅でありながら、無駄がない。
袖から覗く両腕と、裾から伸びる白い両脚が、まるで複数の意志を持つかのように重撃を捌いていく。
「重さだけの剣に、押し切られる妾ではない……!」
その言葉と同時に、剣を握る腕へと鋭い反撃が走る。
重撃の軌道を逸らした直後、その“持ち手”へと確実に攻撃を刻み込む。
速き剣を――カタナが受ける。
目にも留まらぬ斬撃が、幾重にも重なる。
だがカタナは、笑っていた。
明るく、まっすぐに。
「速いだけなんて、ぜんぜん怖くないよ!」
その両手から生み出された白銀の刃が、斬撃を受け、止め、流し、弾き、落としていく。
ただ守るのではない。
そのまま、剣を持つ腕へと反撃を重ねていく。
刃と刃の応酬の中で、タブラスカの一部が確実に削られていく。
一方――
タブラスカ本体。
その周囲では、八つの赤く輝く腕と、ベルの戦いが続いていた。
炎を纏った拳が、赤い腕を叩き潰す。
蹴りが、軌道をねじ伏せる。
一撃ごとに、空気が裂け、衝撃が大地を抉る。
だがベルは止まらない。
一歩、また一歩。
踏み込みのたびに、攻撃の密度が増していく。
赤い腕はそれに対応し続けるが――
徐々に、押されていく。
タブラスカの余裕が、剥がれていく。
その表情に、わずかな焦りが滲む。
「……っ」
そしてさらに――
ベルの足元。
影が揺れた。
そこから、別の“手”が伸びる。
影で形作られた腕。
それが、背後から迫る攻撃を受け止める。
ベルに向けられた攻撃は、影の中で遮断され、消えていく。
防御は、ミカゲによって完璧に補われていた。
攻撃は、ベル。
防御は、影。
そして前線では――
カレンとカタナが、それぞれの剣を抑え込みながら、持ち手を壊しにかかっている。
戦場全体が、完全に“圧殺”へと傾き始めていた。
カレンの気配が、変わる。
その身に満ちていたのは、静かな剛性ではない。
内側から溢れ出す、圧倒的な“力”。
「鬼の……剛力を!」
その瞬間、カレンの全身から力が噴き上がる。
空気が軋み、足元の地面がわずかに沈む。
速度が上がる。
力が増す。
そして――圧が、段違いに跳ね上がる。
重き剣を受け止める腕に、さらに力が込められる。
その狙いは一つ。
右手の甲に埋め込まれた――魔王核。
弾く。流す。押し返す。
一撃ごとに、持ち手へと圧を集中させていく。
剣そのものではない。
核を、砕くために。
攻防は、さらに苛烈になる。
一方――
カタナの全身が、輝く。
明るさではない。
鋭さ。
「殲滅!!」
その声と同時に、変化が起きる。
両肩。背中。両肘。両膝。
全身の関節部から、次々と白銀の刃が生え出した。
それはまるで、全身が一つの武器へと変わるかのように。
防御のための刃ではない。
攻撃のための刃。
その全てが、狙うは一つ。
左手の甲に埋め込まれた魔王核。
カタナは笑う。
止めながら。受けながら。流しながら。
そのすべての動作の中に、攻撃を織り交ぜる。
受けの動きが、そのまま斬撃へと変わる。
防御が、そのまま穿つ刃となる。
「守るだけじゃ、終わらせないよ!」
刃が閃くたびに、狙いは確実に“核”へと近づいていく。
その両側で、カレンとカタナ――
二つの剣が、同時に“核破壊”へと圧をかけ続ける。
重さと速さ。
剛力と刃。
そして、その中心で――
タブラスカは、確実に追い詰められていく。
ベルの視界が、さらに研ぎ澄まされる。
燃え上がる炎の中で、時間の感覚だけが鋭く刻まれていく。
「残り90秒……」
その言葉と同時に、炎の圧が一段、さらに跳ね上がる。
熱量が増す。
それに伴い――速度も、密度も、跳ね上がった。
「エンカ!叩き込むぞ!」
踏み込み。
それは、もはや“移動”ではない。
空間を断ち切るような加速。
ベルの拳が、嵐のように叩き込まれる。
一撃、二撃、三撃――
連撃が、途切れることなくタブラスカへと押し寄せる。
重圧。
圧倒的な手数。
一つの攻撃が終わる前に、次の攻撃が重なる。
守る余地を与えない。
反応する間も、奪う。
タブラスカの赤い腕が応じるが――
その全てが、押し返されていく。
拳が腕を砕き、蹴りが軌道を崩し、炎が侵食する。
ベルの一撃一撃が、確実にタブラスカの中心へと迫る。
そして――
影が動いた。
ベルの足元から伸びる影。
そこから生まれた腕が、滑るように伸びる。
「……守る」
ミカゲの意志が、そこに宿る。
影の腕が、ベルへと向かう攻撃を受け止める。
刃を受け、衝撃を吸収し、攻撃の軌道を断つ。
同時に――
その影は、タブラスカへと絡みついた。
赤い腕へ。
本体へ。
まるで地面から這い上がるように、影が侵食していく。
拘束。
束縛。
逃げ場を奪うように、影の手が絡みつく。
攻撃の隙を一瞬でも作れば、それで十分。
ベルは、その“隙”を逃さない。
炎の拳が、さらに深く突き刺さる。
蹴りが、身体の軸を揺らす。
影と炎。
守りと拘束。
そして――攻撃。
三つが重なり合い、タブラスカを完全に押し込んでいく。
戦場の主導権は、完全にベルたちの側へと傾いていた。
タブラスカの右目。
それはもはや“目”ではなかった。
顔の右半分を突き破るようにせり出した、真紅に輝く魔王核。
脈動する光。
歪んだ力の象徴。
だが――
その対となる左目は、まるで異質だった。
濁りのない、澄んだ瞳。
そこに宿るのは、狂気でも暴力でもない。
かつての英雄――プレレッサの面影。
タブラスカになる前の、“人間”の瞳。
その視線が、ベルを真っ直ぐに捉えていた。
影と炎、刃と衝撃が飛び交う戦場の中で。
その一瞬だけ、時間が静止したかのように感じられる。
ベルもまた、その視線に気付く。
動きを止めることはない。
だが、視線だけが交差する。
左目と、左目。
炎の中で、真正面から向き合う。
タブラスカの瞳は、何かを問うているようだった。
あるいは、確かめているのか。
ベルは、その問いを言葉では受け取らない。
ただ、見返す。
逃げずに。
逸らさずに。
その瞳に宿る意志は、ただ一つ。
「止める」
それだけだった。
炎が揺れる。
影がうねる。
赤い核が脈動する。
そして――
静かな視線の交差は、ほんの一瞬で終わる。
次の瞬間には、再び戦場の音が戻る。
だがその“交差”は、確かに互いの中に残った。
ベルの叫びが、炎の中を貫く。
「プレレッサ!おまえが語った英雄の話は、俺には合わねぇが……嫌いじゃなかったぜ!」
お互いの攻撃が交錯する最中、声だけがまっすぐ届く。
一瞬の間。
だが、その一瞬すら無駄にしない。
ベルの瞳が、タブラスカの左目――人間の瞳を捉えたまま、強く燃える。
「だが!」
踏み込みがさらに深くなる。
「こんなのが……こんなものが!」
炎が荒れ狂う。
拳の軌道が変わる。
狙いは――一点。
「おまえのなりたかった英雄なのかよ!?」
その瞬間、ベルの攻撃は“本体”ではなく――
身体に埋め込まれた、八つの魔王核へと集中する。
残り30秒。
迷いは、もうない。
攻撃の密度が跳ね上がる。
一点集中。
全ての力を、核の破壊へ。
拳が、蹴りが、炎が、影が――
次々と核へと叩き込まれる。
「違う!違う違う違う違う違うだろ!?」
その言葉と共に、手応えが変わる。
硬質な感触の奥に――
“ひび”が入る音。
パキン、と乾いた音が戦場に響いた。
タブラスカの魔王核に、亀裂が走る。
同時に――
カレンが、重きを裂く。
「ようやく、じゃな」
その圧の一撃が、核へと深く突き刺さる。
カタナもまた、刃を重ねる。
「はあぁーっ、もうちょっとぉっ!」
明るい声のまま、しかし刃は容赦なく。
白銀の斬撃が、亀裂をさらに押し広げる。
両手の魔王核にも亀裂が見える。
三方向からの集中攻撃。
核は、確実に崩壊へと向かっていく。
そして――
ベルが動く。
踏み込むと同時に、タブラスカの首を両手で掴む。
逃がさない。
力で押さえ込む。
「おまえの野望なんて……知ったことかっ!」
そのまま――
身体を大きく弓のように反らす。
限界まで。
全身の筋力を、すべて頭へと集約する。
炎が収束する。
その一瞬、空気が静止する。
そして――
「俺はおまえの英雄を――否定する!」
爆発するように。
燃え上がる炎と共に――
全力の頭突きが、タブラスカの右目。
魔王核へと、叩き込まれた。
衝撃が、空間そのものを揺らす。




