最終決戦ー
静寂の中、ベルがゆっくりと立ち上がる。
その姿を、ミリィたちが見つめていた。
ミリィは小さく目を見開く。
「ベルさん…よかった...生きていたんですね…?」
不安を隠せない声。
それでも、その瞳はベルをまっすぐに捉えている。
アダラは無言のまま一歩前に出る。
視線はベルの背を守るように動き、周囲を警戒している。
「……まだ終わってねぇ、ってことか」
低く呟く声。
ビビは、少し遅れて立ち上がりながらベルを見る。
「……ベル……?」
その声には、戸惑いと安心が混ざっている。
ハーミットは静かにベルを観察する。
わずかに視線を細め、視線を地面に向ける。
「……生きて、いる?」
小さくそう告げると、視線をベルへと戻した。
その中で、ベルだけが違う方向を見ていた。
少し離れた場所に立つ、その存在へ。
タブラスカ。
その目が、わずかに見開かれる。
剣を持つ手は崩れていない。
だが、確かに理解の色が滲んでいた。
「……なるほど」
低く、静かな声。
「そんな能力まであるのか」
ベルは眉をひそめる。
「……なんのこった!?」
困惑したままの声。
タブラスカは、わずかに目を細めた。
「記憶も残らない、か」
小さく息を吐く。
「よかろう」
両手に構えた剣が、静かに引き上げられる。
空気が変わる。
重く、鋭く。
「何度でも」
一歩、踏み込むように前へ。
「命を絶てばよいだけのこと」
その言葉と同時に、タブラスカの剣が静かに光を帯びる。
ミリィが息を呑み、アダラが一歩前へ出る。
ビビが小さく身を引き、ハーミットの視線が鋭くなる。
そしてベルは――
一歩も引かず、ただ真っ直ぐにタブラスカを見据えていた。
タブラスカと正面から対峙したまま、ベルはわずかに息を吐いた。
視線は相手から外さないまま、内側へと沈んでいく。
ぼやけた記憶。断片だけが、頭の奥に引っかかっている。
――カレンとカタナがいない。
――自分は何かを放った。
――アカリの光術。
そこまで思い出したところで、思考が途切れる。
その先が、どうしても繋がらない。
ベルの眉がわずかに動く。
無意識のまま、胸に手が当たる。
鼓動を確かめるように、ゆっくりと。
何も答えは返ってこない。
その手が、ゆっくりと下がる。
次に視線が向いたのは、左手だった。
指を開き、手のひらをじっと見つめる。
ーー左腕がある,
やがて、静かに目を閉じて
「……よくわかんねぇけど……」
低く、短い呟き。
そして、目を開いた。
両手をゆっくりと広げる。
そこに――
それぞれの指にはまる9個の指輪があった。
それを見た瞬間、ベルの表情がわずかに止まる。
ほんの一瞬だけ。違和感がある。
だが次の瞬間には、迷いは消えていた。
広げた両手のまま、ベルは声を張る。
「カレン! カタナ! 出てこい!」
その呼びかけは、空間に真っ直ぐに放たれた。
光が収束する。
二つの指輪が同時に震え、強く輝きを放った。
片方は、燃えるような勢いの光。
もう片方は、鋭く澄んだ刃のような光。
空間が歪み、静かな衝撃が走る。
やがて――
白金の髪が、ふわりと広がった。
額に七色に輝く角。
和装に身を包んだ鬼の姫神。
カレン。
その存在が完全に形を成した瞬間、空気が重くなる。
「……おや」
楽しげに目を細め、周囲を見渡す。
そしてすぐにベルへと視線を向けた。
「主殿..,無事でよかった..,」
くすくすと笑いながらも、その瞳はすでに戦場を捉えている。
一方、もう一つの光が収束する。
銀の輝き。
その中心から、軽やかに姿が現れる。
銀髪のポニーテールが揺れ、銀の瞳がぱっと周囲を見渡す。
剣の姫神、カタナ。
顕現した瞬間、その表情は明るく弾んだ。
「わっ……ここは..,」
元気な声。
その声には緊張よりも、前向きな気合が宿っている。
すぐにタブラスカへ視線を向けると、銀の瞳がキリッと引き締まる。
「……さっきはよくも..,」
そして、すぐにベルを見る。
ぱっと表情が明るくなる。
「主!無事でよかった!」
少しだけ嬉しそうに笑い、それから拳を軽く握る。
「大丈夫!今度こそちゃんとやれるよ!」
その言葉には、迷いがない。
カレンが肩をすくめて、にやりと笑う。
「主殿、頼もしい限りじゃのぉ」
カタナも軽く頷きながら、元気よく言い切る。
「主!命令ちょうだい!ちゃんと応えるから!」
二人の姫神が並び立つ。
鬼と剣。
圧と鋭さ。
ベルは短く息を吐き、二人の姫神に問いかけた。
「どこまで覚えてる?」
カレンとカタナは、振り返らないまま、それぞれ答える。
カレンは肩を揺らして笑いながら、楽しげに言った。
「主殿が死んだとこまでじゃな」
カタナは明るく、はっきりとした声で続ける。
「主がやられたとこ!」
ベルは小さく舌打ちし、しかし口元にはわずかに笑みが浮かぶ。
「ちゃんと覚えてんな……なら、やることはわかるな!?」
その言葉に、二人は迷わない。
タブラスカへ向けて、三人は並び立つ。
左にカレン。右にカタナ。そして、その少し後ろにベル。
対峙する形が、自然と完成する。
タブラスカが静かに剣を構えた。
「さっきの続きと言うわけだな?」
ベルは即答する。
「そうだ!」
一拍置いて、鋭く言い切る。
「だが今度はさっきまでのようにはいかねぇよ」
カレンが、ゆっくりと指を立てる。
両手を軽く構え、笑みを浮かべる。
「左腕もあるしのぅ」
カタナも両手から白銀に輝く刃を生やしながら構え、明るく笑う。
「左腕もあるしね!」
その瞬間、ベルの声が響いた。
「ミカゲ、起きろ」
足元の影が、ゆらりと揺れる。
黒が形を持ち、そこから顔が現れる。
影の中から、ミカゲが顔だけを覗かせた。
目元から上だけを出し、ベルを見上げる。
「主人様……生き返ってよかった……」
その瞳から、涙があふれる。
ベルは視線を逸らさないまま、短く言う。
「いいから、防御は任せた」
そして、そのまま続ける。
「エンカ!『鳳翼無双』——イッキ・モード」
指輪が応える。
次の瞬間、ベルの全身を赤い炎が包み込む。
だがそれはただの炎ではない。
金の火の粉を巻き上げながら燃え上がる、不死鳥の焔。
炎が広がり、形を変える。
巨大な不死鳥の姿を取り、翼が大きく広がった。
熱と圧が、戦場を支配する。
ベルの瞳が、鋭く光る。
「180秒しかねぇ!」
一歩。
空気が震える。
「いくぞ!」
カレンが笑い、足を踏み出す。
「主殿、ついてこい!」
カタナも、元気よく声を上げる。
「うん!いくよ主!」
三人が同時に踏み出した瞬間――
戦場が、再び動き出す。
タブラスカの全身――十箇所に埋め込まれた魔王核が、同時に赤く輝き始める。
その光に呼応するように、全身を走る紋様もまた赤く発光し、脈打つように明滅した。
圧倒的な魔力が、溢れ出す。
周囲の空間が軋む。
空気そのものが重く、そして鋭く歪んでいく。
その中心で、タブラスカは両手の剣をゆっくりと広げた。
「来い!」
低く、重い声。
「今度こそ確実に殺してやろう!」
右手の剣――終剣オメガニス。
振るうたびに重さを増し続けるその刃は、今や単なる重量ではない。
重力そのものを纏い、黒く輝いている。
その存在だけで、大地が沈むような圧が生まれる。
一方、左手の剣――始剣アルファリア。
振るうたびに速度を増すその刃は、すでに光速を超えた領域に達している。
その軌跡は視認できない。
ただ“結果”だけが残る刃。
重さと速さ。
相反する極致を両手に抱え、タブラスカは前へと踏み出す。
その一歩で、空間が震えた。
対峙するベル、カレン、カタナ。
三者の気配が一斉に鋭さを増す。
戦場は、完全に“殺し合いの領域”へと突入していた。
タブラスカの剣が動いた。
一歩踏み込むと同時に、右手の終剣オメガニスが振り下ろされる。
大地ごと叩き潰すような重さ。
空間が沈む。
だが――
カレンは一歩も退かない。
袖から覗く両腕が、しなやかに動く。
最初の一撃を弾く。
重さを受け流すように角度を変え、そのまま流す。
続く二撃目。
すぐに軌道をずらし、止める。
三撃目。
今度は押し返す。
そのすべてを、軽やかに。
裾から伸びる白い両脚が、地を踏みしめる。
一瞬の隙もなく、次の動作へと繋げていく。
終剣オメガニスの特性――振るうたびに増していく重さ。
だが、一度止めてしまえば、その重さはリセットされる。
そして再び振られれば、また増していく。
その理を理解した上で――
カレンは笑っていた。
「重いだけなら、妾の敵ではない!」
袖が翻る。
一瞬の滞りもなく、連続する斬撃をすべて捌く。
押し合うたびに、空気が爆ぜる。
一方で――
左手の剣。
始剣アルファリア。
光速を超えた斬撃が、放たれる。
視認不可能。
だが、確かに“届く”。
その一閃を、カタナが受けた。
両手から生やした白銀の剣。
その刃が、瞬時に動く。
受ける。
流す。
止める。
そして、再び捌く。
こちらも止められるごとに速度はリセットされるが、すぐに加速を始める。
カタナは歯を食いしばりながらも、笑った。
「速いだけなら、私には効かないよ!」
次の瞬間、銀の軌跡が閃く。
見えない斬撃に対し、見えない応酬が返る。
重さを受ける鬼。
速さを受ける剣。
そしてその中央に――
一歩も引かないベルが立っていた。
ベルの声が、炎の中で鋭く響く。
「タブラスカ!今のおまえと対話する気はねぇ!」
一瞬も間を置かず、踏み込む。
「ただ、止めるぞ!ここで今!」
燃え上がる不死鳥の焔を纏ったまま、ベルの姿が消える。
次の瞬間――
タブラスカの懐に現れた。
その踏み込みは、迷いのない一直線。
対するタブラスカは、あえて視線を逸らさない。
「英雄の戦いに言葉は不要!」
剣を振るうための姿勢。
だが――
「ただ蹂躙するのみ!」
両手の剣は、未だカレンとカタナに向けられたまま。
その瞬間。
ベルの拳が、突き刺さる。
鳩尾へ。
炎を纏った拳が、真っ直ぐに叩き込まれた。
重い一撃。
「ぐぅっ.,.!!」
タブラスカの身体が揺れ、苦悶の表情。
だが、カレンとカタナは剣を振るうため、両手は使えない。
代わりに、異変が起きる。
目。両肩。胸。腹。両拳。右膝。
合計――十箇所に埋め込まれた魔王核。
そのうち、両腕を除く八つの赤い光が大きく揺れる、
光が脈打つ。
次の瞬間――
その核から“腕”が生える。
赤く輝く、異形の腕。
それぞれが独立した意思を持つかのように、ベルの攻撃へと反応した。
一つが拳を受け止める。
一つが軌道を逸らす。
一つが圧を殺す。
さらに別の腕が、カウンターの位置を取る。
多方向からの迎撃。
炎の拳と、赤い魔王の腕が正面からぶつかり合う。
空気が弾け、衝撃が戦場を震わせる。
ベルの視線は、ぶれない。
拳にさらに力を込める。
その一瞬の攻防の中心で――
タブラスカの全身が、完全に“戦う形”へと変わっていった。




