時の姫神ー
キザミの視線が、ふと逸れた。
ベルのもとから離れ――
視線は、近くに倒れているビビへ。
さらに、少し先。
地に伏すミリィ。
そして、アダラ。
ハーミットへと順に移る。
静かに、ただ確認するように。
その数を数えるように。
「……5人」
小さく、確かめるような声。
「大丈夫」
わずかに、息を吐く。
「予測と、変わらない」
その瞳に、迷いはない。
「これなら、足りるよ」
キザミは、ゆっくりと瞳を閉じた。
一度、すべてを遮断するように。
そして――
再び、目を開く。
その瞬間。
黒い瞳の奥に。
時計の文字盤が浮かび上がった。
針は存在せず。
ただ、円環のように。
淡く、しかし確かに輝いている。
キザミの唇が、静かに動く。
「世界を戻してもよかったんだけど」
一拍。
「そうすると、いろいろ調整が大変だから」
淡々とした声。
「キミ達だけの時間を、戻すから」
言葉とともに。
キザミが、両手をゆっくりと上げる。
「もう一度、立ち上がって」
静かな命令。
しかしそこには――
確かな“祈り”があった。
「大丈夫」
少しだけ、優しく。
「今度は勝てるよ」
視線は、変わらずベルへと向けられている。
「キミの願った、ラストになる」
その瞬間。
キザミの全身から、淡い光が立ち上がった。
まるで、存在そのものが溶けていくかのように。
光は静かに、だが確実に広がっていく。
ベル、ミリィ、ビビ、アダラ、そしてハーミット。
それぞれが倒れていた地面に、
いつの間にか――
魔法陣のように、光の文字盤が描かれていた。
円環。
時間を象る、その象徴。
キザミは、静かに言葉を落とす。
「ベル……」
一度だけ、間を置き。
「ボクに、時間をくれてありがとう」
その背後。
空間が歪むようにして――
巨大な光の文字盤が、ゆっくりと浮かび上がった。
キザミは、倒れたベルを静かに見下ろした。
その瞳は、すでに遠くを見ているようで。
同時に、目の前の一点からも決して逸れない。
「……ひとつだけ」
小さく、言葉が落ちる。
「気掛かりがあるとしたら」
わずかに、眉が寄る。
「キミはまた」
一拍。
「5年後、死んでしまうかもしれない」
静かな声。
だが、その中には確かな重さがあった。
「その時」
キザミの視線が、かすかに揺れる。
「ボクはもういないから……」
言葉が途切れ、短く息を吐く。
「こんな風には、できない」
沈黙。
しかし――
その先を、言葉にする。
「だけど――」
ゆっくりと、視線が動いた。
遠く。
地に伏したままのミリィへと。
その小さな背中を、確かめるように見つめる。
「彼女がいる」
淡々と。
それでいて、どこか確信をもって。
「きっと」
再び視線をベルへと戻す。
「そうならない未来を、作ってくれると……」
ほんの一瞬。
その瞳が、柔らかく緩む。
「ボクは信じてるんだけどね」
静かな微笑。
それは、ほとんど気づかれないほどの。
それでも確かに、“願い”を含んだ表情だった。
キザミは、ベルを見下ろしたまま静かに言葉を紡いだ。
「ベル」
わずかに声が震える。
「ありがとう」
一拍。
「ボクに時間をくれて」
その言葉と同時に。
背後に浮かぶ巨大な文字盤の針が――
ゆっくりと、動き出す。
逆回転。
時間が、巻き戻されていく。
だが、その動きはまだ静かで。
まるで“ためらい”のように。
やがて――
回転が速くなる。
少しずつ。
確実に。
加速していく。
キザミは、小さく息を吐いた。
「……久しぶりだから」
「言葉が、止まらないね」
かすかな微笑。
それは、どこか不器用で。
それでも確かに、“人間らしい”揺らぎを含んでいた。
「言葉を尽くしても」
「足りない」
一度、目を閉じる。
そして――
再び、開く。
その瞳の中にも、同じように文字盤が浮かび上がっていた。
針は逆回転を続けている。
確実に。
世界を巻き戻していく。
「この感謝の気持ちを……」
「キミへの願いに、変えるよ」
視線は、変わらずベルへ。
まっすぐに。
逃げることなく。
「ベル」
「キミは」
一拍。
「世界を変える」
静かな断言。
「その世界を、一緒に見れないことだけが」
かすかに、眉が寄る。
「残念だけど……」
小さく息を吐き。
「先に見させてもらったから」
わずかに、口元が緩む。
「……まっ、いっか」
その瞬間。
背後の文字盤の回転は――
もはや、目で追えないほどの速度に達していた。
時間が、崩れていく。
巻き戻されていく。
キザミは、静かに両手を広げる。
そして。
最後の言葉を落とす。
「さぁ」
「ベル」
「みんな、起きて――」
次の瞬間。
文字盤から放たれた強い光が、全てを飲み込んだ。
やがてー
静寂の中、光がほどけていく。
ねじれた時間が、静かに繋がり直されるように。
最初に、ミリィの指が微かに動いた。
「……っ……」
浅い呼吸。
まぶたがゆっくりと開く。
光を受けた瞳が、何度か瞬きを繰り返す。
「……ここ……?」
続いて、アダラ。
荒い息を吐きながら、目を開ける。
「……くそ……」
周囲を一瞥し、状況を確かめようとする。
剣を握る手に力を込めるが、何かが噛み合わない。
「……終わったのか……?」
次に、ビビ。
小さく体が揺れ、瞳が開く。
「……あ、れ〜?」
ぼんやりと周囲を見回しながら、ゆっくりと体を起こす。
「……何が〜あったの〜」
最後に、ハーミット。
静かに目を開き、自分の胸に手を当てて確認する。
「……胸が...斬られて...ない?」
小さく呟く。
誰に向けたものでもない、独り言のような声。
「これは一体...」
そして、少し遅れて――
ベル。
ゆっくりと目を開く。
周囲に目を向けることなく、ただ両手を持ち上げた。
指を一本ずつ開いていく。
親指。
人差し指。
中指――
途中で、動きが止まる。
ベルの視線が、指先に固定される。
「……あれ……」
小さく声が漏れる。
指輪が、一つ。
消えている。
九本。
そこに残る指輪と、空いた一本の指。
ベルはその手を、しばらく見つめ続けた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
それぞれが、目を覚まし、同じように戸惑いながら立ち上がっている。
誰も、この時間の意味を知らないまま。
ベルはもう一度、自分の手に視線を落とす。
そして、そのまま静かに立ち尽くしていた。




