英雄の権能ー
タブラスカの胸を撃ち抜いたはずの光が、まるで霧のようにほどけて消えていく。
貫いたはずの手応えは、どこにも残らない。
「なんだと!?」
ベルの声に、タブラスカはわずかに顎を上げる。
「絶対防御<英雄は傷付かない>我に生半可な攻撃は効かぬ」
その言葉に、ベルは歯を鳴らすように笑う。
「アカリの光術はーそんなにやわじゃねぇっ!アカリ!穿て!」
掌に光が集束する。
圧縮され、凝縮され、逃げ場を失った光が震える。
そのまま踏み込み――
掌ごと、叩き込む。
直撃。
タブラスカの胸に、光が“刺さる”。
「ぬぅっ…」
初めて、声が漏れる。
その身体がわずかに揺らぐ。
完璧に見えた輪郭が、ほんの一瞬だけ歪む。
胸元に、細い裂け目が走る。
ベルはそれを見て、口元を吊り上げる。
「全く効かないってわけじゃあーねぇんだな!」
タブラスカもまた、同じように笑った。
「…面白い、面白いな、貴様は!」
次の瞬間。
アルファリアが、振るわれる。
四度目。
その軌道は――もはや、見えなかった。
見えない。
視界には何も映らない。
それでも――来る。
ベルは考えるより先に動いた。
両肘の刃を交差させる。
直後――
衝撃。
火花が散る。
何もないはずの空間に、確かな“ぶつかり”が生まれる。
鈍い音が遅れて響く。
押される。
見えない斬撃が迫る。
ベルは勘だけで、両肘の刃を交差させた。
直後――激突。
火花が弾けたその瞬間、
それまで何もなかったはずの空間に、剣が“現れる”。
一瞬だけ。
確かにそこに、刃があった。
だが次の瞬間には、もう見えない。
再び、消えた。
ベルの足が床を削る。
踏みしめ、耐える。
「……ちっ」
歯を食いしばる。
見えていない。
それでも、防いでいる。
勘だけで。
ベルはわずかに肩で息をし、目の前の男を睨む。
頬を伝う冷や汗が、緊張の濃さを物語っていた。
「速ぇ..とかってレベルじゃねぇぞ、これは」
タブラスカは静かに立ったまま、その言葉を受ける。
「よくぞ、今の一撃を受けた。褒めてやる」
ベルは歯を見せるように笑い、踏み込む。
「そいつぁ、ありがてぇ、なっ!」
右腕を振るう。
肘から伸びた刃が、一直線にタブラスカへと迫る。
空気を裂き、確かな手応えを伴う軌道。
だが――
タブラスカは、動かない。
避けるでもなく、受け流すでもなく。
そのまま、立ったまま。
迫る刃を――受けた。
刃は、確かに届いていた。
タブラスカの首へと叩き込まれた一撃は、軌道も威力も完璧だったはずだ。
だが――止まっている。
まるで岩でも斬りつけたかのように、刃はそれ以上進まない。
血も、傷も、何一つ生まれない。
ただ、そこに“通らない”という事実だけがあった。
「おいおいおいおいー嘘だろぉ!?」
ベルは反射的に踏み込み、前足でタブラスカの胸を蹴る。
鈍い感触。
びくともしない手応え。
そのまま反動を利用して、後方へと跳び退く。
距離を取り、着地と同時に構え直す。
「こいつぁ…いよいよとんでもねぇな」
息を整えながら、低く吐き出す。
タブラスカはその場から一歩も動かず、静かにベルを見据える。
「すでに貴様の攻撃の底は知れた。諦めよ」
衝突の余波がまだ空間に残る中、ベルとタブラスカの間に張り詰めた沈黙が落ちる。
その様子を遠巻きに見ていたミリィが、思わず声を漏らす。
「攻撃が…効かない!?」
アダラは目を細め、険しい表情で呟く。
「…タブラスカの10の権能、か」
ビビが肩をすくめるようにしながら、視線は戦場から外さない。
「わたしたちの〜紋様術は英雄の権能を魔術で〜再現するためだけど〜」
ハーミットが静かに言葉を引き取る。
「桁どころか、次元が違う、別物ね」
誰も軽口を叩かない。
ただ、その差だけがはっきりと理解されていた。
砕けた床の向こうで続く戦いを見つめながら、ミリィが不安げに呟く。
「10の権能って…?」
アダラは視線を逸らさず、そのまま口を開く。
「それはー、
1.絶対防御
英雄は傷付かない。
2.絶対出力
英雄には誰も敵わない。
3.絶対速度
英雄には誰も追いつけない。
4.絶対知覚
英雄は何も見逃さない。
5.絶対破壊
英雄の一撃。
6.絶対再生
英雄は死なない。
7.絶対統制
英雄には誰も逆らえない。
8.絶対意思
英雄は迷わない。
9.絶対保護
英雄は従う者を守る。
10.絶対感応
英雄は惑わされない。
て言われてる能力のことだ」
淡々と並べられたその言葉は、まるで“伝承の確認”のようだった。
だが、その一つ一つが、今目の前で現実として振るわれている。
戦場の中心ではなおも衝突が続く。
だがその光景とは裏腹に、観戦する側の空気は一変していた。
理解してしまったからだ。
今、相対しているものの正体を。
「なんですか…それ」
ミリィの声は、かすかに震えていた。
ハーミットは視線を外さず、淡々と答える。
「10の権能、もはや最強も最強の能力よ」
軽く言ったその言葉の重さに、誰もすぐには反応できない。
ビビが、わずかに苦笑を浮かべる。
「さすが〜始祖英雄様だよ〜」
その言い方はいつも通りの調子だったが、目は笑っていない。
アダラは拳を握りしめ、食いしばるように言葉を吐き出す。
「そうさ、だから英雄タブラスカは、戦闘において一度も負けたことがない」
その事実が、重くのしかかる。
絶対防御。
絶対速度。
絶対出力。
並べられた言葉が、ただの伝承ではなく、現実としてそこにある。
それでも――
視線の先では、なおベルが食らいついている。
崩れゆく広間の奥で、なお続く激突を見据えながら、アダラは唇を噛みしめる。
絶望的な差。
理解してしまったからこそ、言葉が重くなる。
「でもなぁ…もしかしたら、史上で初めて魔王を殺した、魔王殺しベル・ジットなら…あるいは!」
その声には、無理やりでも希望を掴もうとする力がこもっていた。
ビビが小さく肩をすくめながらも、視線は逸らさない。
「そこに〜かけるしかないよね〜」
軽い口調のまま、しかしその瞳には覚悟が宿る。
ミリィは両手を胸の前で握りしめ、祈るように呟く。
「…ベルさんならきっと」
根拠はない。
だが、それでも。
誰もが同じ一点を見つめていた。
――ただ一人、戦い続ける背中を。
タブラスカがわずかに踏み込む。
右手に握られた終剣が、ゆっくりと持ち上がる。
その動きだけで、空気が沈む。
ベルは構えを崩さない。
来る。
今度は、受けるしかない。
「――来いよ」
振り下ろされる。
オメガニス。
落ちる。
ベルは両肘の刃を交差させ、正面から受け止めた。
激突。
鈍く、重い音。
衝撃が足元から這い上がる。
床が沈み、ひびが走る。
――止めた。
そう、思った瞬間。
“重さ”が増す。
ぐ、と押し込まれる。
「……っ!」
歯を食いしばる。
腕に力を込める。
だが、止まらない。
さらに、重くなる。
ミシ、と音が鳴る。
それは床ではない。
ベルの刃。
「――なに!?」
次の瞬間。
パキン、と乾いた音が響いた。
初めて。
カタナの刃が――折れた。
そのまま、重さは止まらない。
崩れる。
支えを失った衝撃が、一気に落ちる。
――斬断。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
次の拍で、遅れて理解が追いつく。
軽い。
左腕が、ない。
血が、噴き出す。
「――……っ」
声にならない息が漏れる。
視界の端で、何かが落ちる。
それが、自分の腕だと気づくまでに、わずかな時間があった。
ベルは後方へ跳び、強引に距離を取る。
着地と同時に膝が揺れる。
それでも、倒れない。
右腕だけで構えを取る。
息が荒い。
それでも、笑った。
「……はは」
血が滴る。
「マジかよ」




