始剣と終剣ー
英雄陵墓の最奥。
白の謁見の間として使われていたであろうその空間は、入口に立っただけで分かるほど、これまで通ってきたどの部屋とも比べものにならない広さを誇っていた。
重厚な大扉が軋みを上げて開かれる。
その先に広がっていたのは、視界を押し広げるような圧倒的な空間だった。
高くそびえる天井。
どこまでも続くかのような広大な床。
装飾は控えめでありながら、そこに刻まれた意匠の一つ一つが、この場所がかつて“何のために存在していたのか”を静かに語っている。
そして、その奥。
すべてを見下ろすかのように据えられた玉座に、ひとつの影があった。
静寂を裂くことなく、しかし確かな重みを伴って、その存在は口を開く。
「やはり来たか」
そこに座すのは、擬似英雄タブラスカ。
その一言だけで、空気がさらに深く沈んだ。
ベルはその姿を見据え、静かに口を開いた。
「久しぶりだが、元気そうだな」
玉座に座るタブラスカは、ゆるやかに視線を持ち上げる。
「あぁ、今の我は完全に復活した。以前のようにはいかん」
その言葉とともに、背後の壁へと目をやる。
そこには、二本の剣が掛けられていた。
湾曲した刃を持つその剣は、まるで互いを支え合うように交差して飾られている。
ただの装飾ではないことは、誰の目にも明らかだった。
その存在そのものが、この場の空気をわずかに張り詰めさせていた。
タブラスカはゆるやかに視線を持ち上げ、ハーミットへと向けた。
「貴様…我が恋しくて追ってきたのか?」
即座に、ハーミットの眉が吊り上がる。
「…誰がっ」
タブラスカはさらに踏み込む。
「毎夜、我の上で鳴いていたのは、誰だったが」
その瞬間、ハーミットの表情が強張る。
爪がわずかに唇へ触れ、強く噛む。
視線は鋭く、睨み返す。
ベルは一歩踏み出し、二人の間に割って入るように前へ出る。
「タブラスカ、お前の相手は俺だ。間違えるな」
その声を受け、タブラスカは静かに笑みを浮かべた。
やがてゆっくりと玉座から立ち上がり、背後の壁に掛けられていた二本の剣へと手を伸ばす。
交差するように掛けられていた刃を、それぞれの手で抜き取る。
刹那、空気が変わる。
ハーミットはその剣を見据え、低く呟いた。
「英雄タブラスカの愛刀…」
アダラもまた、その異様な存在感に目を細める。
「あれが…」
タブラスカは両手に握った剣を、あえてだらりと力を抜いたまま下げる。
その所作だけで、空気がわずかに歪むような錯覚が生まれた。
ベル「その剣がなんだってんだよ?」
アダラがすぐさま声を荒げる。
「おいおい、何言ってんだよ」
ビビは目を細め、緊張を隠さずに呟く。
「あれは〜やばいって〜」
ミリィは胸元を押さえ、その場に膝をついた。息がわずかに乱れている。
「私でも…感じます。あの剣の魔力は…」
そのまま力が抜けるように座り込む。
ハーミットもまた片膝をつき、苦悶の表情を浮かべながら言葉を絞り出す。
「そうか…魔力ゼロのあなたにはわからないのね..」
ベルは周囲の異変にわずかに眉をひそめる。
「なんか、そんなやべーのか?」
振り返り、後ろに立つアダラへ問いかける。
アダラは剣を見据えたまま、低く答えた。
「やべーな、ありゃ。伝説に違わぬ…圧だぜ。タブラスカが持てば誰もがその場に膝まづいてこうべを下げるとは、よく言ったものだ」
ハーミットは二本の剣を見据えたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「そう、あれが、『始剣アルファリア』と『終剣オメガニス』。その名の通り、始まりと終わりの剣よ」
その一言で、空間の緊張がさらに一段深まる。
ベルはわずかに眉をひそめ、剣とタブラスカを交互に見たあと、素朴な疑問をそのまま口にした。
「…なんだそりゃ?」
言葉は軽い。だが、視線だけは剣から外れていない。
理解できない“何か”の気配を、確かに感じ取っていた。
アダラはわずかに目を細め、玉座の奥にある二振りを睨む。
「……伝説で、聞いたことある」
低く、確かめるように呟く。
「始剣アルファリアと、終剣オメガニス……」
記憶を手繰るように、ゆっくりと言葉を続けた。
「詳しいことは誰も知らねぇ。ただな……昔から、こう言われてる」
一度、間を置く。
「“あの剣が振るわれた戦場に、生き残りはいない”」
空気がわずかに重く沈む。
アダラは視線を逸らさず、さらに言葉を重ねる。
「アルファリアは――舞い始めたら、もう止まらねぇ」
次に、もう一振りへと視線を移す。
「オメガニスは……振り下ろされたら終わりだって話だ」
「斬られたかどうかもわからねぇ。ただ、次の瞬間には全部終わってる」
ゆっくりと息を吐く。
「どっちも、何してるかなんて誰も説明できねぇ」
「けどな……」
わずかに声を落とす。
「“あれに目をつけられたら最後”ってのだけは、どこ行っても同じだ」
ベルへと視線を向ける。
「……それが伝説にある、タブラスカの武器だ」
ベルはアダラの言葉を背に受けたまま、一歩前へと踏み出す。
「つまり、あれだろ?」
足取りは迷いなく、そのままタブラスカへと向かう。
「やってみるまで、わかんねぇってこった!」
構えながら、口元に笑みを浮かべる。
その軽さとは裏腹に、場の空気は張り詰めていた。
タブラスカもまた、ゆるやかに両腕を広げる。
手にした二振りが、左右へと静かに開かれる。
「来い。魔王殺し」
低く、しかし揺るぎない声が響く。
ベルは応じるように両腕を交差させる。
「カタナ!いくぞ!」
次の瞬間、両肘から鋼鉄の刃がせり出す。
鈍い音とともに伸びたそれは、光を受けて鋭く輝いた。
対峙する二人の間に、沈黙が一瞬だけ落ちる。
そして――
その一歩が、同時に踏み出された。




