ダンジョンの奥へー
先ほどの戦闘の余韻が、まだわずかに空気に残っていた。
砕けた骨の欠片を踏み越えながら、ベルはふと気になっていたことを口にする。
「前から思ってたけど、お前の剣、どっから出してんだ?」
そう言って、アダラの手にある湾曲した剣を指差した。
アダラは自分の両手に握られた剣へと視線を落とす。
「これか?これは、こうしてこう、だ!」
軽い調子で言うと、右手の剣を器用にくるくると回し始めた。
刃が光を反射し、円を描くように軌跡を残す。
そのまま動きを止め、手のひらをぱっと開く。
次の瞬間――剣は、そこから忽然と姿を消していた。
ミリィが目を瞬かせる。
「…前にも見せてもらいましたけど、ぜんぜんわからない」
アダラはにやりと笑い、もう一振りの剣を持ち上げる。
「もう一度やるから、よく見とけよ?」
左手の剣も同じように回し始める。
先ほどよりもゆっくり、わざと見せつけるような動き。
だが――結果は同じだった。
手のひらを開いた瞬間、やはり剣は影も形もなく消えている。
「な?」
得意げな声。
ハーミットが興味深そうに目を細める。
「何それ、ぜんぜんわからない」
砕けた骨の残骸を踏み越えながら、軽口混じりの空気が戻ってくる。
「それね〜大陸七不思議のひとつだよね〜」
ビビが肩をすくめるように言い、どこか楽しげに笑った。
ミリィは不思議そうに首を傾げる。
「ビビさんもどうなってるか知らないんですか?」
「うん〜よくわかんないけど、便利だから〜考えるのやめた〜」
あっけらかんとした答えに、ミリィはわずかに言葉を詰まらせる。
「そ…そうですか」
ベルは腕を組みながら、改めてアダラを見た。
その立ち振る舞いも、さきほどの戦いぶりも、以前とは明らかに違って見える。
「それにしてもおまえ、強くなってないか?」
アダラはにやりと口元を歪める。
「あったぼうよ!こちとらあれから鍛えに鍛えまくったからよ!成長期だしな!」
そう言いながら、自分の胸を強調するように両手で持ち上げる。
「な?」
ミリィはその様子をじっと見つめ、わずかに表情を曇らせた。
視線がゆっくりと自分の胸へと落ちる。
ほんの少しだけ、悔しそうな顔をしていた。
わずかに沈んだ空気を断ち切るように、足音が一つ前に出た。
腕を組んだまま自分の胸を強調する様にして、ハーミットがすっと前へ出る。その仕草は自然でありながら、どこか張り合いを感じさせる態度で。
「今のがスケルトン。この陵墓の墓守よ。私たちは侵入者。遭遇すれば、こうして襲われる。理解できたかしら?」
淡々とした口調で告げられる説明。
ベルは肩をすくめ、わずかに呆れたように息を吐く。
「できれば、先に教えてくれよな。今度から」
ハーミットは小さく息をつき、ほんのわずかに視線を逸らした。
「努力するわ」
気を取り直すように、アダラが軽く肩を回す。
「なんにしても、スケルトンくらいなら楽勝だな!」
ビビも気の抜けた声で同意する。
「そだね〜ひょうしぬけ〜」
ハーミットはそんな二人を見て、小さく首を振った。
「油断しないで。彼らは強くはないけれどー」
その言葉の途中で。
カタカタ、と乾いた音が足元から響いた。
砕け散っていたはずの骨が、不自然に震え、引き寄せられるように動き出す。
転がっていた頭骨が跳ね、腕や脚が這い寄り、ばらばらだった身体が組み上がっていく。
やがて、先ほど倒したはずのスケルトンたちが、何事もなかったかのように立ち上がった。
ベルがため息混じりに肩を落とす。
「あーそーゆーやつな」
アダラが剣のない手をひらひらと振る。
「こりゃーきりがねぇな」
ビビはあからさまに嫌そうな顔をした。
「こ〜ゆ〜のきらい〜」
スケルトンたちが完全に立ち上がるよりも早く、ベルが一歩前に出た。
迷いのない動きで間合いに入り込み、そのまま拳を振るう。
一体目の頭骨が砕け、続けざまに二体、三体と殴り倒していく。
骨がぶつかり合う鈍い音が連続し、抵抗らしい抵抗もないまま、五体すべてが粉々に砕け散った。
とどめとばかりに、足で踏み砕き、再び形を保てないほど細かく砕く。
ベルは軽く手を振りながら振り返った。
「こんなもんか?」
ハーミットが静かに頷く。
「いいでしょう」
アダラはすでに先を見据えている。
「早く行こうぜ!また復活すんだろ?」
ビビは露骨に嫌そうな顔で肩をすくめた。
「わたし、これきら〜い」
ミリィも周囲を警戒しながら、そっとベルの服の裾を掴む。
ベルは軽く笑い、前へと視線を戻した。
「そうだな。先を急ぐか」
その後も何度かスケルトンに遭遇したものの、そのたびにベルが殴り倒し、アダラが切り倒し、ビビが蹴り飛ばしながら進んでいく。
戦闘は作業のように繰り返され、五人の足取りはまだ軽い。
石造りの廊下を抜け、広間を抜け、また広間へ。
広大な陵墓の内部を、ハーミットの案内に従って進んでいく。
途中、小さな小部屋の前を通りかかったところで、ハーミットが足を止めた。
「今夜はここで休憩としましょう」
唐突な提案に、ベルが首を傾げる。
「なんだ?休憩すんのか?」
ハーミットは冷静に言葉を続ける。
「あなたはいいかもしれないけど、仮眠を取ったとはいえ、私たちは普段は寝ている時間ですからね。そろそろ一度休憩しないと」
ベルはそこでようやく気付いたように、ぽりぽりと頭をかいた。
「あーそっか、気が回んなくてごめんな」
ハーミットは一瞬言葉に詰まり、わずかに視線を逸らす。
「べ、別にいいけど」
なぜか頬を赤らめながら、そっぽを向いた。
ハーミットの様子を見ていたアダラとビビが、意味ありげに顔を見合わせる。
「はっはーん」
「これはこれは〜」
ニンマリとした笑みを浮かべる二人に、ハーミットは眉をひそめた。
「…何よ」
アダラがそのまま距離を詰め、ハーミットの肩に手をかける。
「いいっていいって、わかってっからさ!な?ビビ!」
ビビもにこやかに頷いた。
「おっけ〜だよ〜私は何番目でもだいじょぶ〜」
ハーミットは呆れたように目を細める。
「…なんの話をしているの?」
アダラは口元を吊り上げたまま、ハーミットの耳元へと顔を寄せる。
「何っておまえ…」
そして、小声で囁いた。
「おまえも魔王殺しの子が欲しいんだろ?」
ハーミットの表情が一瞬で固まる。
「はっ?何言ってるのよ」
ビビがさらに追い打ちをかけるように、のんびりとした口調で続ける。
「かくさなくてもい〜んだよ〜私たちもこの旅の間に狙ってるから〜」
アダラは楽しげに肩をすくめた。
「お互いうまくやろーぜ」
ハーミットは深くため息をつき、冷たく言い放つ。
「…ばっかじゃないの?西大陸の常識を私に押し付けないで」
アダラがウシシと笑う。
少し離れた場所でそのやり取りを見ていたミリィは、ぐっと拳を握りしめた。
そして、決意したように声を上げる。
「私、今夜はベルさんの隣で寝ますから!」
ミリィの宣言に、アダラは呆れたように肩をすくめた。
「ビビ、縛ろう」
「おっけー」
その返事と同時に、ビビの姿がふっと消えたかと思うと、次の瞬間にはミリィの背後へ回り込んでいた。
素早く両腕を押さえ込まれる。
「なっ!ちょっと…やめてください!」
もがくミリィの前に、アダラがゆっくりと歩み寄る。
そして、その鼻先まで顔を近づけた。
「あんな、私らもふざけて言ってるわけじゃないんだ。こっちも命懸けなんだ。だから、邪魔すんな」
低く、凄みの効いた声。
ミリィはその迫力に目を見開き、冷や汗を流す。
その耳元に、ビビの柔らかな声が重なる。
「ごめんね〜今夜だけ、目と耳ふさいでて〜おねがい〜」
両腕を押さえたまま、空いた手で口元を塞ぐ。
その瞬間、ミリィの瞳がとろりと緩み――そのまま、力が抜けた。
意識を失ったミリィを、二人はその場にそっと寝かせる。
ビビは軽く手を払うと、アダラに向かってピースサインを送った。
「おけ〜」
それを受けたアダラが、満足げに頷く。
「よ〜し!じゃ、やるか!」
そう言って、くるりとベルの方へ向き直る。
――次の瞬間。
乾いた音とともに、アダラの頭に鋭い衝撃が走った。
ベルの手刀が、容赦なく振り下ろされていた。
「いってーっ!なにすんだよ!?」
頭を押さえて抗議するアダラに、ベルは呆れたような目を向ける。
「何すんだのはこっちのセリフだろ。黙って見てりゃ…何してんだよ」
アダラに続いて、ビビもすぐさま抗議の声を上げる。
「あ〜ベルくん!ひっど〜って、…ああっ!や、やめて…いたいっ、われるっ!われちゃうよお〜」
しかしその言葉の途中で、ベルの手が伸びた。
がしり、と顔面を掴み、そのまま容赦なく力を込める。
いわゆるアイアンクロー。
指が食い込むたびに、ビビの身体がびくびくと揺れた。
ベルはそのまま、深いため息を吐く。
「ほんとさぁ…ちゃんとやってくれよぉ。頼むから」
小部屋の中には、先ほどまでの騒ぎの余韻がまだ残っていた。
暴走しかけた空気を断ち切るように、ベルは一歩踏み出す。
「イバラキ、くだらねぇこと頼んでマジ悪いんだけど」
次の瞬間、ベルの足元から伸びた茨の蔦が生き物のようにうねり、アダラとビビの身体へと絡みついた。
抵抗する間もなく、二人はあっという間に縛り上げられる。
そのまま軽く引き寄せられ、床に転がされた。
「…これ、びみょーに痛いんだけど…」
「こういうのもきらいじゃないけど〜今夜はのーまるなのがいいよぉ〜」
ハーミットとベルが、揃って呆れたような視線を落とす。
ベルは一つため息をつき、肩を回した。
「とりあえず寝ろよ?俺が見張りやっから」
ハーミットは小さく頷く。
「それではお言葉に甘えて」
そっとミリィを抱き寄せ、荷物を枕代わりにして床へと横になる。
静かな空気が、ゆっくりと戻り始める。
ハーミットは目を閉じる直前、ふと呟いた。
「一応、言っておきますけど…」
ベルがちらりと視線を向ける。
「何だよ?」
「もしも2人に欲情しても、手を出さないように」
ベルは心底面倒そうに顔をしかめた。
「いや…お前もなんなんだよ。俺をなんだと思ってんだよ」
ハーミットはわずかに目を細める。
「くれぐれも」
ベルは頭をかき、天井を見上げる。
「…なんかもう俺も寝ようかな…なんか変なところで疲れちまった」
その言葉に、ハーミットはうっすらと目を開ける。
「…この状況で欲情しないの?…童貞なの?」
「もぉ寝ろよ。お前も」
気がつけば、縛られたままのアダラとビビはすでに静かな寝息を立てていた。
ハーミットは二人へと一瞬視線を送り、再びベルへと目を向ける。
「我慢できなくなったら教えてね?必ず、私に、教えてね?」
ベルは間を置き、低く返す。
「…黙って寝ろ」




