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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第9章『西大陸篇』ー
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ダンジョン攻略戦開始ー

馬車は静かに夜の砂地を進み続ける。


その道中――。


ミリィは顔をほんのり赤くしながらも、必死に言葉を選び、ベルへと向き合っていた。小さな手を握りしめ、真剣そのものの表情で言い聞かせる。


「で・す・か・ら! これからはみだりに女の子の身体に触ろうとしたり、言葉に出してはいけません!」


ベルは露骨に顔をしかめる。


「……えー、なんかめんどうだなー」


ぴしり、と空気が張り詰める。


「ベルさん!」


その一喝に、ベルは肩をすくめて慌てて手を振った。


「わーかった! わかったって!」


そのやり取りを、後ろではアダラとビビが楽しそうに眺めている。


くすくすと笑い声が漏れ、空気はどこか軽い。


対してハーミットは、額に手を当てて小さく息を吐いていた。


そんな中、アダラが何気なく口を挟む。


「私は別に触られてもいいぞ。お前になら」


ビビもすぐに続いた。


「わたしも〜!」


さらに――。


控えめに、だが確かに、ハーミットがそっと右手を上げる。


その瞬間。


ミリィの目が、すっと据わった。

 

「どうやら……みなさんにも再教育が必要みたいですね」


静かな声だったが、有無を言わせぬ圧があった。


馬車の中に、わずかな緊張が走る。


砂を踏む音が、乾いた空気の中に響いた。


やがて馬車が止まり、一行はゆっくりと外へと降り立つ。


目の前に広がっていたのは、砂漠の只中に忽然と現れた巨大な建造物――積み上げられた石で築かれた、古の城。


風に削られた外壁は荒々しく、それでいて圧倒的な存在感を放っていた。


ベルはその姿を見上げ、思わず息を漏らす。


「これが……英雄陵墓か、でけぇな」


その言葉と同時に、右腕に柔らかな重みがかかる。


「だな! 私も知っちゃーいたけど、来たのは初めてだ」


アダラが当然のように腕に抱きついていた。


さらに反対側――。


「私はいっぺん〜来たことある〜! でも入るのは〜はじめて〜!」


ビビが左腕に絡みつき、楽しげに体を預ける。


「……私も書物で読んだことはありますが、想像より、んっ! おっきぃ……ですぅっ!」


ミリィが慌ててビビの腰に手を回し、引き剥がそうとするが――びくともしない。


小さな体に力を込めても、ビビはまるで根を張ったように離れなかった。


「そ……んんっ……そうね……このっ……なんてしつこい……! 私も、入るのは2度目、だわっ!」


ハーミットは冷静さを保ちながらも、アダラの頭を掴んで強引に引き剥がしにかかる。


「いで、いでででででででっ」


「や〜めて〜ひっぱらな〜いで〜」


左右から引き寄せられ、さらに引き剥がされるという混沌の中心で、ベルはしばらく無言のまま立ち尽くしていた。


砂漠の静寂とは裏腹に、その場だけがやけに騒がしかった。


ひとしきりの騒ぎのあと、ようやく全員が距離を取り、荒い息だけがその場に残った。


砂漠の夜風が、わずかに熱を冷ましていく。


その中で、ハーミットが肩で息をしながら口を開く。


「それで入る前に確認なのだけど」


眼鏡を押し上げ、真っ直ぐにベルを見る。


「ベル、あなたはダンジョン内なら、朝になっても変身しないという認識でよかったのかしら?」


ベルは軽く首を回しながら答える。


「あぁ、たぶんなー。何度か昼間に、完全に太陽遮断した場所に入ったら、変身してたしな」


その言葉に、ミリィが思い出すように頷く。


「ありましたね……そんなことも」


だがそのまま、力が抜けたようにその場へとへたり込んだ。小さな肩が上下している。


「はぁ……はぁ……」


隣ではハーミットも同様に呼吸を整えている。


それを見て、アダラが呆れたように肩をすくめた。


「おいおい、2人とも今からそんなんで大丈夫かよ?」


ビビもくすくす笑いながら口を挟む。


「へんなところで体力使わないほ〜がい〜よ〜」


その瞬間、二人の視線がぴたりと揃った。


「「あなたたちのせいでしょ!!」」


乾いた夜の空気の中、ぴしりとした反撃が響いた。


陵墓の内部は想像以上に広かった。


かつて城として使われていた名残なのか、通路も天井も無駄に思えるほどに大きく、閉塞感はほとんどない。


壁面には一定の間隔でランタンのような装置が設けられており、一行が近づくと、まるで気配を感知したかのように淡い光が灯る。


魔術による感知と発光が組み込まれているのだろう。


薄暗いはずの内部は、思いのほか明るく、視界は良好だった。


足音が石の床に反響し、静まり返った空間に規則的に響いていく。


石造りの広い通路に、五人の足音が静かに響いていた。


淡く灯る魔法灯が、一定の間隔で壁を照らし、まるで誰かが今も管理しているかのような整然とした空間を作り出している。


「陵墓って、遺跡なんですよね? ここはまるで、今でも使われているお城みたい」


ミリィが辺りを見渡しながら、素直な感想を漏らす。


「英雄は死すとも信仰は死なずってな。今でも墓守達が世話してるからな」


アダラは当然のように答え、壁に手を触れた。


ベルは前を見据えたまま、ふと口を開く。


「ここってダンジョンなんだろ? モンスターとかいないのか?」


ハーミットが一歩前に出て、説明しようとする。


「モンスターはいないけれど――」


その瞬間。


空気が、わずかに歪んだ。


ベルの足が止まる。


ビビの表情から笑みが消え、アダラの視線が鋭くなる。


三人が同時に、何もない空間へと視線を向けた。


「……」


気配。


確かに“何か”がいる。


だが、それは姿を持たない。


その異変に気付いていないハーミットとミリィが、遅れて足を止める。


「え? 何? なんなの?」


戸惑いの声が、静まり返った陵墓に小さく響いた。


ベルの足が、ぴたりと止まる。


「何かが……近付いて来る」


低く抑えた声。


それに呼応するように、ビビとアダラも同時に意識を前方へと向けた。


気配の流れをなぞるように、視線が暗がりへと吸い込まれる。


「……」


ハーミットが一歩前に出て、何かに思い当たったように口を開く。


「あぁ、それならきっと――」


だが、その言葉は最後まで紡がれなかった。


明かりの届かない通路の奥。


そこから、ゆっくりと姿を現す影があった。


一人、二人――五人。


全員が頭から黒い布を被り、無言のまま整然と歩み出てくる。


その装備は古めかしく、だが統一されていた。


アダラが目を細める。


「こりゃー……うちの戦士団と似た装備してんな」


ビビが首を傾げ、じっと観察する。


「ん〜でもちょ〜と〜デザイン古くな〜い?」


ハーミットが静かに頷く。


「それはそうでしょう。彼らは――」


その瞬間。


五人の黒装束が、一斉に武器を抜いた。


乾いた音が、静寂を切り裂く。


ゆっくりと顔が持ち上がる。


布の隙間から覗いたのは――肉のない、白い骨。


空洞の眼窩が、こちらを見据えていた。


「ひぃっ……」


ミリィの小さな悲鳴が、震えながら零れ落ちた。


ハーミットは落ち着いた声で説明を続ける。


「安心して。彼らはこの墓の墓守。英雄を慕い陵墓に亡骸を納めた、元兵士達よ。今はスケルトンとして侵入者や盗掘から、英雄の墓を守ってるの」


ミリィは青ざめたまま、小さく問い返す。


「……ということは……襲っては来ないんですか?」


ハーミットはわずかに首を傾げる。


「いいえ? 普通に襲って――」


言い終わるよりも早く。


スケルトンたちが、一斉に武器を振り上げて襲いかかってきた。


ベルが右手を振り上げる――その直前。


「え〜い!」


軽やかな声とともに、ビビが舞うように前へ出る。


左右から迫る二体へ、ほとんど同時に回し蹴りを叩き込む。


骨が砕ける乾いた音。


二体はあっさりと崩れ落ちた。


そのまま流れるように体を捻り、三体目へ踵落とし。


頭部から地面へ叩きつけ、粉砕する。


同時に――。


「っらぁ!」


いつの間にか前に出ていたアダラが、両手に湾曲した剣を構えていた。


一閃。


二閃。


残る二体の首が、抵抗もなく宙を舞う。


転がった頭骨が、乾いた音を立てて止まった。


静寂。


あまりにも一瞬の出来事だった。


ベルは振り上げかけた手を止めたまま、苦笑する。


「ちくしょー、出遅れた」


悔しさを滲ませつつも、どこか楽しそうだった。


アダラが振り返り、にやりと笑う。


「魔王殺しー、なまってんじゃねえぞぉ!」


ビビもくるりと回って戻りながら、軽やかに言う。


「どお〜? かっこよかった〜? 惚れちゃったかな〜?」


二人が並んで戻ってくる。


その様子を見ていたミリィが、ぽつりと呟いた。


「アダラさん……そういえば戦えたんでしたね」


「あん?どーゆー意味だよ?」


アダラが眉をひそめる。


ミリィは少し首を傾げながら続けた。


「だって、初めてベルさんと戦った時には、あっさり負かされて泣いてたから……」


一瞬の沈黙。


そして。


「今度その話したら、裸にひん剥いて晒すぞ」


アダラが耳まで真っ赤にしながら、低く言い放った。


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