英雄陵墓、ダンジョンへー
そして夜。
結局、心配を拭いきれなかったミリィも同行することとなり、入浴を済ませ、短い仮眠を取った五人は、出発の刻を迎えていた。
静かに車輪が軋み、馬車は王都の外へと進み出る。やがて街の灯りが遠ざかり、夜の空気が一行を包み込んでいく。
御者席には、銀髪の少年となったベルと、隣に小さなミリィが並んで座っていた。二人は前方を見据えながら、揺れる馬車の手綱と進路に意識を集中させている。
その背後、馬車の内部にはハーミット、アダラ、ビビの三人が腰を下ろしていた。
ハーミットは落ち着いた様子で窓の外を眺め、アダラはどこか楽しげに腕を組み、ビビは座席に軽く揺られながら、これから向かう先へと胸を弾ませている。
馬車はやがて王都の境を越え、静かな夜の大地へと踏み出していった。
車輪の規則的な揺れに混じって、馬車の中に軽い笑い声が弾んだ。
その時、アダラとビビがそろって御者席へと身を乗り出す。
「ひ〜さしぶり〜」
「元気してたか!?」
二人に迎えられ、ベルは振り返って明るく応じた。
「おー! 俺は元気だぜ。こないだは世話になったな、ビビ」
一拍置いて、深く頭を下げる。
「貸しが出来たな! ありがとう!」
アダラが目を丸くして笑う。
「おー素直じゃん!」
ビビもにこにこと頷いた。
「い〜よ〜、私も助けてもらったから〜これで貸し借りなし〜」
だがベルは顔を上げると、すぐに首を振る。
「いや! そういうわけにはいかねぇ! 礼はきっちりさせてもらうぜ!」
その言葉に、アダラとビビは一度顔を見合わせたあと、にやりと笑う。
「じゃ〜今回のが終わったら、カダブランカに来て〜」
「ちょっと2、3日泊まってってくれたらいいからさ!」
ベルは少し目を細める。
「そりゃいいけど、そんなんで礼になんのか?」
再び二人が顔を合わせて、同時に笑った。
「なるなる〜」
「なるよなー!」
そんなやり取りを横で見ていたミリィが、ふいに小さく手を握る。
「……私もついていきます!」
即座にアダラが笑って返す。
「そんな心配すんなってー! ちゃんと返すからさ!」
ビビも軽やかに笑いながら続けた。
「そ〜そ〜! ちゃ〜んと返すから大丈夫〜」
ミリィは不安を隠せないまま、小さく言葉を絞り出した。
「……ちゃんと、無事に返してくれるんですか?」
その問いに、アダラとビビは再び顔を見合わせる。
「……無事〜だよね〜?」
「たぶん……いきなりそんな無茶しないだろー?」
少し曖昧なやり取りが交わされ、アダラは軽く手を振った。
「ま! 2〜3日元気ないかもだけど、たぶん大丈夫だ!」
だが、その言い方にミリィの不安は拭えない。
「ぜんぜん大丈夫な気がしないのですが……」
ベルは眉をひそめ、遠くを見やりながら小さく呟いた。
「なんか……俺も嫌な予感しかしねぇんだけど……」
アダラは即座に笑い飛ばすように肩をすくめる。
「お前は心配しなくていいだろ」
ビビも軽やかに手を振った。
「そだよ〜楽しいだけだよ〜」
続けて、アダラがにやりと口角を上げる。
「天国に来たと思ってくつろいでってくれよ」
ベルはその言葉を聞き、わずかに目を細めた。
「……逆に信用ならねぇんだけど、それ」
ベルは手綱を軽く引きながら、ふと声の調子を落とした。
「そんなことより、お前らにとってタブラスカってなんなんだ?」
その問いに、ビビとアダラは一瞬だけ顔を見合わせる。
「英雄だな」
「英雄だね〜」
揃った返答に、ベルは小さく肩をすくめた。
「それは知ってるよ。そうじゃなくてさ」
アダラは少しだけ真面目な顔に戻り、言葉を選ぶように続ける。
「違うって、西大陸の人間とそれ以外じゃ、英雄に対する考え方が違うって話だ」
ベルが眉をひそめる。
「どういうことだよ?」
夜風が頬を撫で、馬の足音が乾いたリズムを刻む中、アダラはゆっくりと言葉を続けた。
「西大陸の人間にとって、英雄と言えばタブラスカのことなんだよ。そしてそれは絶対の存在、タブラスカを神と祀る宗教があるくらい、それこそ絶対なんだ」
ビビも軽く頷きながら、どこか誇らしげに笑う。
「そ〜そ〜、私たちも本気の戦いの時はいうもの『タブラスカに誓ってー』とかね〜」
ベルは少しだけ振り返り、二人を見た。
「……おまえらもそうなのか?」
「当たり前だろ」
「きっと女の方が真剣だよ〜だって」
その言葉を受けて、車内から静かな声が差し込む。
「英雄を産むのが使命、ですものね」
アダラとビビが同時に振り返る。
ハーミットは落ち着いた表情のまま、続けた。
「大陸外から来た私みたいな人間にはピンと来ないけど、この大陸の人間はそうなのよ。英雄は信仰なの」
ベルは前を向き直り、小さく呟く。
「信仰、ねぇ……」
隣のミリィも控えめに口を開いた。
「私も聞いたことがあります」
ベルはわずかに息を吐く。
「そんなのと……俺は戦うのか」
すぐにアダラが口角を上げた。
「ビビってんのか?」
ベルは鼻で笑う。
「まさか! わくわくするぜ!」
「そうこなくっちゃな!」
短く笑い合ったあと、ベルはふと問いを投げる。
「でもよーおまえらどうなんだ?」
「な〜にが〜?」
「いやー俺がそのタブラスカと戦ったり、勝っちまったら……どうなんだよ?」
その瞬間、アダラの表情がすっと引き締まる。
「英雄とは戦うものだ。そして必ず勝つから英雄なんだ」
ビビも静かに続けた。
「そ〜そ。もしも〜べるくんが〜英雄に勝ったなら〜」
アダラが言葉を継ぐ。
「それは、おまえの名が新たな英雄に成り替わる。それだけだ」
ベルは一瞬だけ沈黙し、苦笑を漏らす。
「それだけって……めちゃくちゃ大事じゃねぇか」
アダラが身を乗り出し、真っ直ぐにベルを見据える。
「なぁベル、英雄になれよ!」
その言葉に、ベルは少しだけ目を細める。
「……おまえまでそんなこと言うのかよ」
アダラは一度鼻で笑い、すぐに真剣な眼差しに変えた。
「勘違いすんなよ。私も西大陸の人間だ。タブラスカは信仰してる。結婚したいくらいだ! 英雄の子を産みたい!」
ビビも勢いよく頷く。
「だよねだよね〜!」
アダラはさらに力強く続けた。
「おうよ! 英雄の子ならいくらでも、自分の子が英雄になるなら最高だろ!」
ベルは一瞬言葉を失い、呆れたように息を吐いたあと、苦笑を浮かべた。
アダラの声は、次第に熱を帯びていった。
「でもな、英雄核、要するに魔王核を使った擬似英雄化実験。これは違うだろ」
彼女は言葉を切り、ビビの方へと視線を向ける。
「英雄ってのは己の力でなるもんだ。だから尊いんだ。敬われるんだ。魔王とかなんとか、他の何かに縋って得た力なんて……そんなもんに意義はねぇ」
ビビは一瞬だけ目を伏せ、静かに「……アダラ」と名を落とす。
だがアダラは止まらない。
「この大陸は変わりつつある。英雄の意味を履き違えるくらいに」
そして真っ直ぐに、御者席のベルを見る。
「だからベル。おまえが英雄になって、この国を元に戻してくれ! 変えてくれとは言わないし望んでない!ただ、あるべき姿に...おまえなら、きっと大丈夫だ! そんな気がする!」
その言葉に、ベルは一瞬だけ言葉を失い、視線を落とした。
「……でもよ、俺が英雄になんてなったら、きっと女はみんなおっぱい丸出しとか、そんな決まり作っちまうと思うぜ?」
軽く笑いながら、冗談めかして放たれた一言。
ビビとアダラは顔を見合わせ――。
「いいよ! そんくらい!なっ!?」
「そうだね〜ぜんぜん平気〜!おっやすいごよ〜
!」
あっさりと返されたその言葉に、ベルは目を丸くした。
「マジで? そんじゃちょっとだけ……」
次の瞬間。
「ベルさん!!!」
ミリィの鋭い声が夜の空気を切り裂いた。
馬車の進行に、ほんのわずかな緊張が走る。
ベルは肩の力を抜き、軽く笑いながら言い返す。
「冗談だろー?」
ミリィは頬を膨らませ、きっぱりと首を振った。
「冗談にしても……です!」
ベルは手綱を握ったまま、どこか呆れたように続ける。
「この面子ならそーなるってわかんだろー?」
それでもミリィは一歩も引かない。
「それでも、私の目が黒いうちは、えっちなことはダメです!」
ベルは首を傾げる。
「? おっぱいはえっちじゃないだろ?」
即座に返ってくる。
「えっちですよ!」
後ろからアダラが笑いながら割り込む。
「えっちだな!」
ビビも軽く頷く。
「そだね〜」
ハーミットも淡々と結論を出す。
「まぁ、そうなるわね」
ベルは思わず振り返り、目を丸くした。
「……え? マジで?」
ミリィはじっとベルを見つめる。
「逆に、ベルさんはどういうつもりで言ってたんですか……?」
ベルは何でもないことのように答えた。
「シスターが言ってたんだよ。胸の大きい女には、おっぱい褒めとけって」
ミリィは一瞬考え込み、慎重に問い返す。
「……シスター・アリスさん、ですか? それ……本当なんですか? とてもそんなこと言う人には……」
ベルはあっさり首を振る。
「いんにゃ、シスター・ミーファが子供ん時に」
その瞬間、ミリィは顔を手で覆った。
「ベルさん……ごめんなさい。私が悪かったです」
「なんだよ急に」
ミリィは深く息を吐き、静かに告げる。
「それ……騙されてます」
ベルは一瞬固まり、素直に驚いた。
「え!? マジかよ?」




