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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第9章『西大陸篇』ー
294/322

英雄陵墓、ダンジョンへー

そして夜。


結局、心配を拭いきれなかったミリィも同行することとなり、入浴を済ませ、短い仮眠を取った五人は、出発の刻を迎えていた。


静かに車輪が軋み、馬車は王都の外へと進み出る。やがて街の灯りが遠ざかり、夜の空気が一行を包み込んでいく。


御者席には、銀髪の少年となったベルと、隣に小さなミリィが並んで座っていた。二人は前方を見据えながら、揺れる馬車の手綱と進路に意識を集中させている。


その背後、馬車の内部にはハーミット、アダラ、ビビの三人が腰を下ろしていた。


ハーミットは落ち着いた様子で窓の外を眺め、アダラはどこか楽しげに腕を組み、ビビは座席に軽く揺られながら、これから向かう先へと胸を弾ませている。


馬車はやがて王都の境を越え、静かな夜の大地へと踏み出していった。


車輪の規則的な揺れに混じって、馬車の中に軽い笑い声が弾んだ。


その時、アダラとビビがそろって御者席へと身を乗り出す。


「ひ〜さしぶり〜」


「元気してたか!?」


二人に迎えられ、ベルは振り返って明るく応じた。


「おー! 俺は元気だぜ。こないだは世話になったな、ビビ」


一拍置いて、深く頭を下げる。


「貸しが出来たな! ありがとう!」


アダラが目を丸くして笑う。


「おー素直じゃん!」


ビビもにこにこと頷いた。


「い〜よ〜、私も助けてもらったから〜これで貸し借りなし〜」


だがベルは顔を上げると、すぐに首を振る。


「いや! そういうわけにはいかねぇ! 礼はきっちりさせてもらうぜ!」


その言葉に、アダラとビビは一度顔を見合わせたあと、にやりと笑う。


「じゃ〜今回のが終わったら、カダブランカに来て〜」


「ちょっと2、3日泊まってってくれたらいいからさ!」


ベルは少し目を細める。


「そりゃいいけど、そんなんで礼になんのか?」


再び二人が顔を合わせて、同時に笑った。


「なるなる〜」


「なるよなー!」


そんなやり取りを横で見ていたミリィが、ふいに小さく手を握る。


「……私もついていきます!」


即座にアダラが笑って返す。


「そんな心配すんなってー! ちゃんと返すからさ!」


ビビも軽やかに笑いながら続けた。


「そ〜そ〜! ちゃ〜んと返すから大丈夫〜」


ミリィは不安を隠せないまま、小さく言葉を絞り出した。


「……ちゃんと、無事に返してくれるんですか?」


その問いに、アダラとビビは再び顔を見合わせる。


「……無事〜だよね〜?」


「たぶん……いきなりそんな無茶しないだろー?」


少し曖昧なやり取りが交わされ、アダラは軽く手を振った。


「ま! 2〜3日元気ないかもだけど、たぶん大丈夫だ!」


だが、その言い方にミリィの不安は拭えない。


「ぜんぜん大丈夫な気がしないのですが……」


ベルは眉をひそめ、遠くを見やりながら小さく呟いた。


「なんか……俺も嫌な予感しかしねぇんだけど……」


アダラは即座に笑い飛ばすように肩をすくめる。


「お前は心配しなくていいだろ」


ビビも軽やかに手を振った。


「そだよ〜楽しいだけだよ〜」


続けて、アダラがにやりと口角を上げる。


「天国に来たと思ってくつろいでってくれよ」


ベルはその言葉を聞き、わずかに目を細めた。


「……逆に信用ならねぇんだけど、それ」


ベルは手綱を軽く引きながら、ふと声の調子を落とした。


「そんなことより、お前らにとってタブラスカってなんなんだ?」


その問いに、ビビとアダラは一瞬だけ顔を見合わせる。


「英雄だな」


「英雄だね〜」


揃った返答に、ベルは小さく肩をすくめた。


「それは知ってるよ。そうじゃなくてさ」


アダラは少しだけ真面目な顔に戻り、言葉を選ぶように続ける。


「違うって、西大陸の人間とそれ以外じゃ、英雄に対する考え方が違うって話だ」


ベルが眉をひそめる。


「どういうことだよ?」


夜風が頬を撫で、馬の足音が乾いたリズムを刻む中、アダラはゆっくりと言葉を続けた。


「西大陸の人間にとって、英雄と言えばタブラスカのことなんだよ。そしてそれは絶対の存在、タブラスカを神と祀る宗教があるくらい、それこそ絶対なんだ」


ビビも軽く頷きながら、どこか誇らしげに笑う。


「そ〜そ〜、私たちも本気の戦いの時はいうもの『タブラスカに誓ってー』とかね〜」


ベルは少しだけ振り返り、二人を見た。


「……おまえらもそうなのか?」


「当たり前だろ」


「きっと女の方が真剣だよ〜だって」


その言葉を受けて、車内から静かな声が差し込む。


「英雄を産むのが使命、ですものね」


アダラとビビが同時に振り返る。


ハーミットは落ち着いた表情のまま、続けた。


「大陸外から来た私みたいな人間にはピンと来ないけど、この大陸の人間はそうなのよ。英雄は信仰なの」


ベルは前を向き直り、小さく呟く。


「信仰、ねぇ……」


隣のミリィも控えめに口を開いた。


「私も聞いたことがあります」


ベルはわずかに息を吐く。


「そんなのと……俺は戦うのか」


すぐにアダラが口角を上げた。


「ビビってんのか?」


ベルは鼻で笑う。


「まさか! わくわくするぜ!」


「そうこなくっちゃな!」


短く笑い合ったあと、ベルはふと問いを投げる。


「でもよーおまえらどうなんだ?」


「な〜にが〜?」


「いやー俺がそのタブラスカと戦ったり、勝っちまったら……どうなんだよ?」


その瞬間、アダラの表情がすっと引き締まる。


「英雄とは戦うものだ。そして必ず勝つから英雄なんだ」


ビビも静かに続けた。


「そ〜そ。もしも〜べるくんが〜英雄に勝ったなら〜」


アダラが言葉を継ぐ。


「それは、おまえの名が新たな英雄に成り替わる。それだけだ」


ベルは一瞬だけ沈黙し、苦笑を漏らす。


「それだけって……めちゃくちゃ大事じゃねぇか」


アダラが身を乗り出し、真っ直ぐにベルを見据える。


「なぁベル、英雄になれよ!」


その言葉に、ベルは少しだけ目を細める。


「……おまえまでそんなこと言うのかよ」


アダラは一度鼻で笑い、すぐに真剣な眼差しに変えた。


「勘違いすんなよ。私も西大陸の人間だ。タブラスカは信仰してる。結婚したいくらいだ! 英雄の子を産みたい!」


ビビも勢いよく頷く。


「だよねだよね〜!」


アダラはさらに力強く続けた。


「おうよ! 英雄の子ならいくらでも、自分の子が英雄になるなら最高だろ!」


ベルは一瞬言葉を失い、呆れたように息を吐いたあと、苦笑を浮かべた。


アダラの声は、次第に熱を帯びていった。


「でもな、英雄核、要するに魔王核を使った擬似英雄化実験。これは違うだろ」


彼女は言葉を切り、ビビの方へと視線を向ける。


「英雄ってのは己の力でなるもんだ。だから尊いんだ。敬われるんだ。魔王とかなんとか、他の何かに縋って得た力なんて……そんなもんに意義はねぇ」


ビビは一瞬だけ目を伏せ、静かに「……アダラ」と名を落とす。


だがアダラは止まらない。


「この大陸は変わりつつある。英雄の意味を履き違えるくらいに」


そして真っ直ぐに、御者席のベルを見る。


「だからベル。おまえが英雄になって、この国を元に戻してくれ! 変えてくれとは言わないし望んでない!ただ、あるべき姿に...おまえなら、きっと大丈夫だ! そんな気がする!」


その言葉に、ベルは一瞬だけ言葉を失い、視線を落とした。


「……でもよ、俺が英雄になんてなったら、きっと女はみんなおっぱい丸出しとか、そんな決まり作っちまうと思うぜ?」


軽く笑いながら、冗談めかして放たれた一言。


ビビとアダラは顔を見合わせ――。


「いいよ! そんくらい!なっ!?」


「そうだね〜ぜんぜん平気〜!おっやすいごよ〜

!」


あっさりと返されたその言葉に、ベルは目を丸くした。


「マジで? そんじゃちょっとだけ……」


次の瞬間。


「ベルさん!!!」


ミリィの鋭い声が夜の空気を切り裂いた。

馬車の進行に、ほんのわずかな緊張が走る。


ベルは肩の力を抜き、軽く笑いながら言い返す。


「冗談だろー?」


ミリィは頬を膨らませ、きっぱりと首を振った。


「冗談にしても……です!」


ベルは手綱を握ったまま、どこか呆れたように続ける。


「この面子ならそーなるってわかんだろー?」


それでもミリィは一歩も引かない。


「それでも、私の目が黒いうちは、えっちなことはダメです!」


ベルは首を傾げる。


「? おっぱいはえっちじゃないだろ?」


即座に返ってくる。


「えっちですよ!」


後ろからアダラが笑いながら割り込む。


「えっちだな!」


ビビも軽く頷く。


「そだね〜」


ハーミットも淡々と結論を出す。


「まぁ、そうなるわね」


ベルは思わず振り返り、目を丸くした。


「……え? マジで?」


ミリィはじっとベルを見つめる。


「逆に、ベルさんはどういうつもりで言ってたんですか……?」


ベルは何でもないことのように答えた。


「シスターが言ってたんだよ。胸の大きい女には、おっぱい褒めとけって」


ミリィは一瞬考え込み、慎重に問い返す。


「……シスター・アリスさん、ですか? それ……本当なんですか? とてもそんなこと言う人には……」


ベルはあっさり首を振る。


「いんにゃ、シスター・ミーファが子供ん時に」


その瞬間、ミリィは顔を手で覆った。


「ベルさん……ごめんなさい。私が悪かったです」


「なんだよ急に」


ミリィは深く息を吐き、静かに告げる。


「それ……騙されてます」


ベルは一瞬固まり、素直に驚いた。


「え!? マジかよ?」

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