西大陸の姫ー
砂が静かに落ちる。
武装集団は五人。
全員が、頭の上からつま先まで黒い布で覆われている。
顔は見えない。
体の輪郭も曖昧になるほど、布が重なっている。
その上から、革鎧。
胴と腕を守るように装備されている。
手にあるのは、西大陸特有の湾曲した剣。
刃が、わずかに光を反射する。
一人が、ゆっくりと前に出る。
他の四人は、半円を描くように三人を囲う位置に広がった。
統率された動き。
無駄がない。
ミリィが息を呑み、ベルの前に小さく立とうとする。
だが、その一歩は小さい。
ハーミットは、ベルと集団の間に視線を置いたまま動かない。
空気が張り詰める。
その中で――黒布の一人が、剣をわずかに下げた。
敵意か、警戒か。
判断のつかない動き。
ただ、すぐには攻撃してこない。
砂漠の風だけが、わずかに音を立てていた。
武装集団が左右に静かに分かれる。
その隙間から、二つの影が現れる。
同じく頭から足先まで黒い布に覆われている。
だが、その体は他の者たちよりも小柄で、動きも柔らかい。
二人は迷いなく進み出る。
砂を踏む音すら抑えたような、静かな歩み。
やがて――
地面に両手をついたままのベルの前に、立つ。
すぐ目の前。
手を伸ばせば届く距離。
ベルの呼吸が浅くなる。
視線が、二人の影を捉える。
「……っ」
声にならない声が漏れる。
二人は動かない。
ただ、ベルを見下ろすように、そこに立っている。
周囲の空気が、さらに張り詰める。
砂漠の静寂の中で、時間だけがゆっくりと流れていく。
黒い布に包まれた二人が、ベルの目の前に立つ。
「よ!久しぶりだなー元気か?」
気の抜けた声。
その一言で、張り詰めていた空気がふっと緩む。
ベルは顔を上げる。
「……アダラ?」
呼びかける声は、少しだけ力が抜ける。
すぐそばで、もう一人が小さく笑う。
「ふふ……やっぱり〜来てよかったね〜」
穏やかな声。
その響きに、ミリィも目を丸くする。
「……アダラ様……ビビさん……?」
緊張していた肩が、ほんの少しだけ下がる。
アダラはそのままベルの前にしゃがみ込む。
距離は近い。
だが、警戒ではなく、ただ様子を見に来た距離。
「なにしてんだ?こんなとこで」
軽い調子で言う。
「めっちゃボロボロじゃん」
後ろからビビが、優しく声をかける。
「無茶しすぎだよ〜ベル〜」
その声は、叱るというより心配に近い。
周囲の武装集団は、その様子を見て静止したまま。
アダラはベルの顔を覗き込み、少しだけ真面目な顔になる。
「ま、とりあえず移動しながら話聞かされくれよ」
ラクダはゆっくりと砂漠を進んでいく。
太陽が照りつける中、振動は少なく、静かな移動が続く。
アダラが肩越しに、少しだけ振り返る。
「ルグレシアから聞いたんだよな」
「ベル達が西大陸に入ったってさ」
ぶっきらぼうに言って、前を向く。
「で、足取り追ってたら――こんなとこまで来ちまった」
軽く吐き捨てるような言い方だが、そこに含まれるのは単なる事実の報告。
ビビが後ろから、柔らかく声を添える。
「ほんと、見つかってよかったよ〜」
ミリィはビビの後ろで、小さくうなずく。
「……助かりました……ありがとうございます……」
ラクダの列は、静かに砂漠を進んでいく。
遠くに、キャンプの影がゆっくりと近づいていた。
ラクダが止まり、砂が静かに落ちる。
目の前に広がるのは、簡素ながらも整えられたキャンプだった。
その中には、さらに二十人ほどの武装した人影。
同じ黒い布、同じ湾曲した剣。
だが、その雰囲気は先ほどまでの集団とはどこか違う。
誰もが肩の力を抜き、笑い声すら混じっている。
アダラが手をひらりと振る。
「おーい、戻ったぞー」
「姫、おかえりなさい」
「無事かよ、また無茶しただろ」
口々に軽い言葉が飛ぶ。
上下というより、対等な空気。
まるで仲間同士のやり取りだった。
「好きに使え」
アダラは、雑に言い放つ。
「ここで飯食って、休んでいけ」
そのまま、テントへと案内される。
中は簡素だが、砂を避けるには十分な広さがあった。
ベルとミリィ、そしてハーミットが中に入る。
外の喧騒が、少しだけ遠のく。
ハーミットが、外の気配に耳を澄ませながら口を開く。
「あれがアダラ姫とビビ、ね」
少しだけ目を細める。
「話には聞いているけど、会うのはさすがに初めてだわ」
その声には、冷静な観察とわずかな警戒が混じっていた。
外では、食事の準備を進める音が続いている。
今はまだ、ひとまずの休息の時間だった。
ベルが小さく息を吐く。
「なんにしても……本当に助かったー……」
ミリィも続くように、両手を胸の前でぎゅっと握る。
「本当に……」
ベルが、少しだけ視線を落とす。
「あのままだったら、きっと今頃……」
言葉が途切れた。
空気が、わずかに重くなる。
ベルの中で、何かがよぎる。
だが――
その先を言う前に、ハッとする。
顔を上げる。
ハーミットが、静かにベルを見ていた。
眼鏡の奥の視線は、落ち着いている。
「変に気を使わなくてもいいわよ」
淡々とした声。
「もう気にしてないわ」
その言葉に、ベルは一瞬だけ言葉を詰まらせる。
そして、小さく頭を下げた。
「……ごめん」
ハーミットはそれ以上何も言わない。
ただ、視線を外し、外の気配へと意識を戻す。
ミリィは、ベルの服の袖をそっと掴む。
「……ベルさん……」
小さく、不安と安心が混ざった声。
テントの外では、食事の準備が進む音が続いていた。
砂漠の夜が、静かに近づいていた。
ミリィが、はっとしたように手を叩く。
「そ、そう言えば!」
場の空気を変えるように、少しだけ明るい声になる。
「これからククルカナンにまっすぐ向かうんですよね?」
ハーミットは、少しだけ顎を引いて頷く。
「ええ、そうね」
淡々とした口調で続ける。
「ククルカナンの近くに、英雄陵と呼ばれる陵墓があるの」
ベルが首を傾げる。
「陵墓?」
ハーミットは視線を上げずに答える。
「言うなれば、ダンジョンね」
「タブラスカはそこに向かっているはずだから」
ベルは、少しだけ考えるように目を細める。
「ダンジョンかぁ……」
ハーミットが、視線だけをベルに向ける。
「何か気になることでも?」
ベルは、自分の手を見つめたあと、ぽつりと口を開く。
「私、昼でも夜でも……太陽の光がないと出てこれないから」
ハーミットの眉が、わずかに動く。
「つまり?」
ベルは、まっすぐに言った。
「ダンジョンの中では、朝も昼もずっと、あいつのままだと思う」
一瞬の沈黙。
ハーミットが、ふっと息を漏らす。
「あら、それは好都合」
ミリィが首をかしげる。
「好都合?」
ハーミットは軽く肩をすくめる。
「なんでもないわ」
すぐに話を流す。
「続けなさい」
ベルは小さく首を振る。
「いや、それだけなんだけど」
テントの外では、火のはぜる音が遠くに響いていた。
ミリィは、少し考えるように視線を落とす。
「でも……タブラスカさんと会えば戦いは避けられませんし……」
「夜のベルさんのままなのは、良い事なのではないですか?」
ベルは、肩をすくめるように小さくうなずく。
「それはそーなんだけど……」
ハーミットが、視線を上げる。
「何を気にしているのかしら?」
ベルは、少し言いづらそうに視線を泳がせたあと、ぽつりと尋ねる。
「ダンジョンって……日帰りで出てこれるもの?」
ハーミットは、すぐには答えず、軽く腕を組む。
「どうかしら」
静かに続ける。
「私も入ったことはないけれど……」
「何もなくとも、最奥部へ行くまでに半日はかかるはずだから」
「まっすぐ行って帰って……1日ね」
その言葉に、ミリィが小さく息を呑む。
ベルは、指先を見つめたまま続ける。
「私たち、半日以上入れ替わらずにいたことないから……」
「どうなっちゃうのかなって……」
少しだけ、声が細くなる。
「何もなければいいんだけど」
ハーミットは一瞬、言葉を止めたあと、すぐに表情を戻す。
「何かあったなら私が面倒を見るから大丈夫よ」
ベルが、じっとハーミットを見る。
「……なにも企んでないよね?」
わずかな沈黙。
ハーミットは眼鏡の位置を指で直し、静かに言う。
「任せなさい」
間。
空気が、ほんの少しだけ固まる。
ミリィが、恐る恐る口を開く。
「今の間は……?」
ハーミットは、即座に視線をそらす。
「気のせいよ」
ミリィはさらに不安そうにベルを見る。
ベルも、ハーミットを見たまま、少しだけ目を細める。
「……絶対、何か考えてる顔だった」




