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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第9章『西大陸篇』ー
290/332

砂漠を行く3人ー

灼けつくような日差しが、砂を白く照らしていた。


風が吹くたび、細かな砂が舞い上がる。


視界は揺れ、遠くの景色は歪んで見える。


どこまでも続く砂の海。


その中を、三人は歩いていた。


先頭を行くのは、黒髪の少女――ベル。


細い体で、懸命に足を前へ運ぶ。


額に汗が滲み、呼吸は少し荒い。


「……あっついね...これが砂漠なんだ...」


思わず漏れる本音。


それでも足は止めない。


少し後ろを歩くミリィが、小さく息を整えながら答える。


「は、はい……でも、まだ外縁部です……ここから先は、もっと過酷になるって……聞いたことがあります……」


声はか細いが、しっかりしている。


小柄な体で必死についていく。


そのさらに後ろ。


外套を羽織った女――ハーミットが、無言で歩いていた。


フードの影に隠れた表情は見えない。


ただ、足取りだけは安定している。


ヒールが砂に沈んでも、気にする様子はない。


「……」


何も言わない。


ただ歩いているだけ。


ベルがふと振り返る。


「ハーミット、平気?」


短い問い。


「別に」


即答。


感情のない声。


「あなたが気にすることじゃないわ」


それだけ言って、また前を見る。


会話は続かない。


ミリィが少しだけ不安そうに二人を見るが、何も言わない。


風が強くなる。


砂が足元をさらう。


その時。


ベルの足元が、わずかに沈んだ。


「……え?」


違和感。


一瞬遅れて――


ズズ、と。


砂の中から、“何か”が動いた。


砂が、内側から弾けた。


「――っ!」


ベルが咄嗟に後ろへ飛ぶ。


次の瞬間。


砂の中から、巨大な影が躍り出た。


節のある外殻。


歪にねじれた顎。


砂を纏ったまま現れたそれは、地を這うように身体をうねらせる。


砂中生物――


この環境で進化した捕食者。


ミリィの喉から、かすれた声が漏れる。


「む、虫……!?」


その場に立ち尽くしかける。


「下がって!」


ベルが叫ぶ。


一歩前へ出る。


相手の動きを見る。


砂の上ではない。


砂の“中”から来る。


「……厄介ね」


小さく呟く。


その瞬間。


ズドンッ、と。


再び地面が沈む。


「来る!」


ベルが横へ跳ぶ。


足元を、何かがかすめる。


一瞬遅れて、さっきと同じ個体が、別の位置から飛び出した。


速い。


地中を移動している。


ベルは着地と同時に体勢を低くする。


「ミリィ、絶対に動かないで!」


「は、はいっ……!」


震えながら、その場にしゃがみ込む。


ハーミットは――動かない。


ただ、観察している。


「……砂の中を泳ぐタイプね」


冷静な声。


「地表での機動力は低いはずよ」


淡々と分析だけを投げる。


助ける気配はない。


ベルはそれを聞きながら、地面を睨む。


「出てきた瞬間、叩くしかないわね……」


息を整える。


鼓動が速い。


でも、逃げない。


砂が、わずかに波打つ。


来る。


次は――正面。


ベルは足に力を込めた。


砂のうねりを見た瞬間、ベルの表情が変わる。


「――無理だ、これ」


短く言い切る。


次の瞬間、後ろへ振り向く。


「逃げるよ!」


即断。


ミリィが一瞬きょとんとするが、すぐに頷く。


「は、はいっ!」


ベルはミリィの手を掴む。


「走れる?」


「だ、大丈夫です……!」


その答えを聞く前に、ベルは走り出していた。


砂を蹴る。


足が沈む。


それでも無理やり前へ進む。


背後で――


ズドンッ!!


砂が爆ぜる。


「来た!」


振り返らずに叫ぶ。


「ジグザグで走って!」


直線じゃ追いつかれる。


感覚で判断する。


ミリィが必死についてくる。


小さな足で、必死に砂を蹴る。


ハーミットは――少し遅れて動いた。


ため息ひとつ。


「……面倒ね」


だが、走る。


ヒールのまま、正確な足運びで。


無駄がない。


背後の砂が波打つ。


追ってきている。


「まだ速い……!」


ベルが歯を食いしばる。


その時。


「右」


ハーミットの声。


短い指示。


ベルは反射で右へ進路を変える。


直後――


さっきまでいた場所が、爆ぜる。


巨大な顎が空を噛んだ。


「……助かった」


「別に」


走りながらの会話。


ハーミットは前を見たまま続ける。


「そのまま真っ直ぐ。少し先で地盤が固くなる」


「わかるの?」


「見れば分かるわ」


当然のように言う。


ベルは何も言わず、その指示に従う。


砂の感触が、わずかに変わる。


沈み込みが浅くなる。


「ここなら……!」


ベルが足を強く踏み込む。


その瞬間。


背後で、動きが鈍る。


ズズ……と、砂の音が変わる。


「来ない……?」


ミリィが振り返る。


砂は波打っているが、さっきの勢いはない。


やがて――止まる。


静寂。


ベルはその場に膝をついた。


「はぁ……っ、はぁ……」


息が荒い。


ミリィもその場に座り込む。


「た、助かりました……」


ハーミットは、ただ立ったまま砂の方を見る。


「……生息域の境界ね」


ぽつりと呟く。


それだけだった。


しばらく、誰も動かなかった。


熱を帯びた空気の中で、荒い呼吸だけがやけに大きく響く。


ベルは膝に手をついたまま、なんとか呼吸を整える。


「……あぶなかった」


ぽつりと漏れる。


ミリィは座り込んだまま、小さく頷いた。


「は、はい……あんな生き物がいるなんて……」


声がまだ少し震えている。


ベルは顔を上げ、さっきまでいた方向を見る。


砂は、もう何事もなかったかのように静かだ。


「……あそこ、普通に通る場所じゃないな」


立ち上がりながら呟く。


ハーミットが一歩前に出る。


「縄張りよ」


短く言う。


「餌場でもあるでしょうね。ああいう個体は、振動に反応する」


淡々とした分析。


「つまり――」


ベルが言葉を繋ぐ。


「歩いてるだけで襲われるってことか」


「そういうこと」


あっさりと肯定。


ミリィが顔を青くする。


「じゃ、じゃあ……どうやって進めば……」


不安げな問い。


ハーミットは少しだけ考える素振りを見せる。


「避けるか、静かに抜けるか、運よく見逃されるか」


「最後それ頼りたくないな……」


ベルが苦笑する。


砂漠の風が、三人の間を抜けていく。


しばらくの沈黙。


やがてベルが、ぱん、と軽く自分の頬を叩いた。


「よし」


気持ちを切り替える音。


「とりあえず、さっきのはナシの方向で」


軽く言う。


「遠回りしてでも、安全なルート探そ」


ミリィがすぐに頷く。


「はい……そのほうがいいと思います」


ハーミットは何も言わない。


ただ、歩き出したベルの後を、そのままついていく。


再び、砂を踏む音。


今度は、さっきよりも慎重に。


一歩、一歩、確かめるように。


三人はまた、砂漠の中へと進んでいく。




歩き出してから、どれくらい経ったのか。


太陽は容赦なく照りつけ、影は短い。


風は熱を運ぶだけで、涼しさはどこにもない。


ベルの足取りが、目に見えて重くなっていた。


「……っ」


呼吸が荒い。


それでも、止まらない。


「……大丈夫ですか……?」


ミリィが、様子をうかがうように声をかける。


「だいじょ……ぶ」


短い返事。


だが、明らかに無理をしている。


一歩。


もう一歩。


足が、沈む。


「……あれ」


視界が揺れる。


身体が、思うように動かない。


「……?」


ミリィが異変に気づく。


次の瞬間。


ぐらり、と。


ベルの体が崩れた。


「っ!」


慌てて支えようとするが、間に合わない。


膝が砂に沈む。


そのまま、座り込むように崩れる。


「ベルさん!ちょっと……!」


ミリィが肩を支える。


「しっかりしてください……!」


ベルはうっすらと目を開ける。


「……やば」


かすれた声。


呼吸が浅い。


熱が頭にこもる。


立ち上がろうとして――力が入らない。


そのまま、ぐったりと体を預ける。


ハーミットが、そこで足を止めた。


視線だけを落とす。


「……熱にやられてるわね」


淡々とした声。


「このまま動けば、倒れるどころじゃ済まないわよ」


ミリィが顔を上げる。


「ど、どうすれば……」


「休むしかない」


短い結論。


それだけ言って、ハーミットは周囲を見渡す。


影はない。


遮るものもない。


ベルの呼吸が浅くなる。


熱に浮かされたように、意識が遠のいていく。


そのまま、力が抜けた。


重いまぶたを、ゆっくりと持ち上げる。


揺れている。


一定のリズムで、身体が上下していた。


「……あれ」


ぼんやりとした視界の中、気づく。


自分は――誰かに背負われている。


「……ハーミット?」


かすれた声。


前を行く背中。


外套の布越しに伝わる体温。


ハーミットは振り返らないまま、淡々と答えた。


「起きたのね」


足は止まらない。


砂を踏む音だけが続く。


「あんなところで休む方が危険だもの」


相変わらずの調子で言う。


「安心しなさい。こう見えて砂漠には慣れてるの」


少しだけ間を置いて、


「少なくともあなた達よりはね」


ベルはしばらく黙ったまま、その背中に身を預ける。


「……重くない?」


ぽつりと聞く。


「別に」


即答。


「これくらいで文句言うほど、やわじゃないわ」


感情のない声。


だが、足取りはしっかりしている。


少し後ろから、ミリィの声が聞こえる。


「……よかった……」


ほっとしたような、小さな声。


ベルは目を細める。


さっきまでの熱が、少しだけ引いている気がした。


風が頬を撫でる。


さっきよりも、ほんの少しだけ涼しい。


ハーミットの背に揺られながら、ベルはぼんやりと前を見ていた。


熱に霞んでいた視界が、少しずつ戻ってくる。


その時。


遠くの景色に、わずかな“色”が混じった。


「……あれ」


思わず、声が漏れる。


砂と空しかなかったはずの景色の中に、


緑がある。


低く広がる草。


小さな木々。


その中心に――水。


「……オアシス……?」


ミリィが、息を呑むように呟く。


ハーミットは視線だけを向ける。


「みたいね」


短く答える。


「ちょうどいいわ。あそこまで行って休む」


足取りは変わらない。


だが、進む方向がはっきりと定まる。


ベルはその景色を、じっと見つめた。


「……助かった……」


小さく、力の抜けた声。


「まだ油断しないでください……」


ミリィが少しだけ警戒した声で言う。


「こういう場所って……他の生き物も集まるって……」


「ええ」


ハーミットが即答する。


「だからこそ、水がある」


合理的な返し。


「まあ――」


少しだけ間を置く。


「このまま砂の上で干からびるよりは、マシでしょう」


淡々とした現実。


ベルは苦笑する気力もなく、目を細める。


揺れる視界の中で、確かな“生”の色が近づいてくる。


一歩。


また一歩。


三人は、その小さな楽園へと向かって進んでいく。


砂を越え、ようやく辿り着いた水辺。


足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


わずかに湿った風。


木陰。


そして、静かに揺れる水面。


ハーミットはベルを降ろす。


「……ほら」


短く言う。


ベルはふらつきながらも、なんとか地面に足をつける。


そのまま、ほとんど転がるように水辺へと向かう。


手を突っ込み、そのまま顔へ。


ばしゃ、と水がはねる。


冷たい。


「……っ」


一瞬、息を呑む。


もう一度。


顔を洗う。


何度も。


ようやく顔を上げて、大きく息を吐いた。


「……生き返るぅ」


本音がそのまま漏れる。


そのまま手ですくって、水を飲む。


冷たい水が喉を通り、身体の奥へ落ちていく。


ミリィもそっと水辺にしゃがみ、両手で水をすくう。


「……おいしいです……」


小さく呟く。


ほっとしたように、肩の力が抜ける。


ハーミットは少し離れた場所で、周囲を一瞥する。


危険がないか確認するように。


それからゆっくりと水辺に近づき、手を濡らす。


「……最低限は持ち直したわね」


ベルの様子を見ながら、淡々と言う。


ベルは水を飲みながら、ちらりと視線を向ける。


「ありがと、さっき」


短く礼を言う。


ハーミットは一瞬だけ視線を返し――


「別に」


それだけだった。


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