表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: K.K.
第2章 『魔王殺し』
29/129

ー身分証が欲しくてー

ベルはパンをかじりながら、何気ない調子で言った。


「とりあえず、身分証が欲しいと考えてるんだけど」


ミリィが顔を上げる。


「身分証ですか?」


「うん」


ベルは干し肉のサンドを持ち上げた。


「やっぱりさ、何するにしても身分証ないと面倒なんだよね」


一口かじる。


「宿も長く泊まるなら必要だし、街によっては門で止められるし」


もぐもぐと咀嚼しながら続ける。


「依頼とか受けるにしても、商人と取引するにしても、結局どこかで身元証明求められるし」


ミリィは少し考える。


「……一般的なのは、冒険者ギルドの登録証ですね」


「ギルドかぁ」


ベルは小さく頷く。


「まあ、定番だよね」


「はい。大陸のほとんどの都市で通用しますし、身分証としても一番扱いやすいです」


ミリィは続けた。


「それ以外だと、商人ギルドや職人ギルドの証明もありますが……」


ちらりとベルを見る。


「ベルさんは商人でも職人でもありませんし」


「だよねぇ」


ベルは苦笑した。


「となると、やっぱり冒険者かな」


ミリィは少しだけ表情を曇らせた。


「……ただ」


「ん?」


「冒険者登録は、簡単ですが……」


言い淀む。


ベルが首をかしげた。


「何か問題あるの?」


ミリィは少し迷ってから言った。


「ベルさん……目立つと思います」


ベルはきょとんとする。


「え、私?」


ミリィはこくりと頷いた。


「はい」


少しだけ遠い目になる。


「……とても」


ベルは少し言いにくそうに視線を落とした。

手に持ったパンを指先でちぎりながら、ぽつりと言う。


「それより実は問題があって……」


ミリィが小さく首を傾げる。


「問題、ですか?」


広場の噴水の水音が、静かに響いている。

朝の市場の喧騒はまだ遠く、周囲にはパンを頬張る人影がちらほらある程度だった。


ベルは少しだけ周りを気にしてから、声を落とす。


「私たちって……こんな、だから」


言いながら、自分の胸元の指輪に一瞬だけ視線を落とした。

そして、困ったように笑う。


「教会でも、子供の頃ダメだったでしょ?」


ミリィの表情が、すっと真面目になる。


「……あ」


小さく声が漏れた。


ベルは苦笑いを浮かべたまま続ける。


「身分証って、ほとんど魔力検査があるらしいの」


「はい。普通はそうですね」


ミリィは頷く。


「魔力の波長を登録して個人識別にします。貴族なら血統紋、平民なら魔力紋。都市によって違いますけど、大体そんな感じです」


説明しながら、ふとミリィはベルを見る。


ベルはパンをもそもそ食べながら言った。


「……私、ゼロでしょ?」


噴水の水が、しゃあと落ちる。


ミリィは黙った。


ベルは苦笑する。


「たぶん、作れないんじゃないかなって」


「…………」


ミリィは少し考え込み、やがて小さく息を吐いた。


「可能性は、ありますね」


ベルは肩を落とす。


「やっぱり?」


「はい。魔力が無い人間というのは……基本的に想定されていません」


ミリィは淡々と言った。


「身分証制度は、“魔力がある”ことが前提ですから」


ベルは遠い目をした。


「はぁ……」


せっかく思いついたのに、という顔でパンをかじる。


「じゃあ私、ずっと不審者かな……」


「今でも不審者みたいなものですけどね」


「ミリィ!?」


ベルが思わず振り返る。


ミリィは真顔だった。


「住所なし、後ろ盾なし、所属なし、記録なし。完全な身元不明です」


「ひどい」


「事実です」


きっぱり言われ、ベルはしょんぼりした。


ミリィは少し考え込み、指を顎に当てる。


「ただ……」


ベルが顔を上げる。


「方法がないわけではありません」


「え、ほんと?」


ミリィはこくりと頷いた。


「いくつか抜け道があります」


そして、少しだけ悪い顔をした。


「正規じゃない方法も含めて」


ベルは手に残ったパンくずを払うと、噴水の縁から立ち上がった。


「さて、と」


空を見上げる。朝の光が広場に差し込み、人の数も少しずつ増え始めていた。


ミリィも慌てて立ち上がる。


「これから、どうしますか?」


ベルは少しだけ考えるように顎に指を当てた。


「うーん……」


そして、ふっと笑う。


「とりあえず、行ってみよっか」


「どこへ、ですか?」


「身分証作るところ」


ミリィが目を丸くする。


「でも……魔力が」


ベルは肩をすくめた。


「ダメって言われたら、その時考えればいいよ」


あっけらかんと言う。


「やってもないのに諦めるの、なんか嫌だし」


ミリィは少しだけ驚いたようにベルを見つめた。


ベルはくるりと振り返る。


「それにさ」


いたずらっぽく笑う。


「もしかしたら、測定器の方が壊れるかもしれないし?」


「壊れるんですか!?」


思わず声を上げるミリィに、ベルが笑った。


「わかんないけどね」


そう言って歩き出す。


「行こ、ミリィ」


噴水の水音を背に、二人は朝の街へと歩き出した。


「はい。あれが――」


ミリィが小さく頷く。


「冒険者ギルドです」


ベルは少しだけ目を丸くした。


近くで見ると、建物は思っていたよりも大きい。

石造りの壁には無数の傷跡があり、入口の扉は人の出入りで擦り減っている。


扉の上には、剣と盾を組み合わせた看板。


その下を、鎧姿の男や大きな荷物を背負った旅人たちが出入りしていた。


ベルがぽつりと言う。


「……なんか、思ってたより怖そう」


「そうですか?」


ミリィが首を傾げる。


「私、本でしか見たことありませんけど……」


「いや、ほら」


ベルは入口の方を顎で示した。


ちょうど今、斧を背負った大男が大声で笑いながら仲間の肩を叩いている。

その隣では、傷だらけの男が机に突っ伏して寝ていた。


さらに奥からは、


「だから俺は先に言っただろうが!」


「知るか!お前が突っ込むからだろ!」


怒鳴り声まで聞こえてくる。


ベルが苦笑する。


「ね?」


ミリィは少しだけ顔を引きつらせた。


「……確かに、少し」


ベルは一度だけ大きく息を吐く。


「ま、でも」


扉へ向かって歩き出す。


「ここしかないしね」


ミリィも小走りでその後を追った。


ベルが扉に手をかける。


重い木の扉を押すと――


中から一気に、ざわめきと酒の匂いが流れ出した。


石造りの通りの先に、冒険者ギルドの看板が見えてきた。

朝の光を受けて、木の看板がきらりと光る。


ベルはそれを見上げて、小さく息を吐いた。


「ここ、かな」


隣を歩くミリィがこくりと頷く。


「はい。間違いないと思います」


入口の前には、すでに何人かの冒険者らしき人影が集まっていた。

大剣を背負った男、革鎧の弓使い、いかにも荒くれといった雰囲気の連中。


ベルはその様子を見て、ほんの少しだけ肩をすくめる。


「……なんか、思ったより怖そうな人多いね」


「そ、そうですね……」


ミリィも小さく身を寄せてくる。


そのまま二人で入口へ向かおうとした――その時。


「おや?」


低い声が、横から割り込んだ。


振り向くと、背の高い男が腕を組んで立っていた。

日に焼けた肌に、無精ひげ。胸板の厚い、いかにも力仕事といった体格だ。


その男が、ベルを上から下までじろじろと眺める。


「嬢ちゃんたち……ここがどこだか分かって来てるのか?」


ベルは一瞬だけきょとんとした顔をした。


「えっと……冒険者ギルド、ですよね?」


「そうだ」


男は鼻で笑う。


「遊び場じゃねぇぞ」


周囲にいた何人かの冒険者が、くくっと笑った。


ミリィが不安そうにベルの袖を掴む。


ベルは困ったように眉を下げて、男を見上げた。


「そうなんですね」


「当たり前だ」


「じゃあ一つ聞いてもいいですか?」


男が怪訝そうに眉を寄せる。


「なんだ」


ベルは、にこっと微笑んだ。


「ここって、登録しないと入れないんですか?」


男は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……いや、入るだけなら別に――」


「よかった」


ベルがぱっと顔を明るくする。


「じゃあ入って聞いてみますね」


そう言うと、ぺこりと頭を下げた。


「教えてくれてありがとうございます」


そのまま何事もなかったように、男の横をすり抜けて歩き出す。


ミリィも慌てて後を追う。


男は呆然と二人の背中を見送った。


「……おい」


後ろで誰かが笑う。


「お前、普通に案内してんじゃねぇか」


「うるせぇ」


男は顔をしかめた。


ギルドの扉を押して中へ入ると、空気が一変した。


広いホール。

掲示板に貼られた無数の依頼書。

酒と革の混ざった匂い。


ベルがきょろきょろと見回す。


「わぁ……」


ミリィが小声で言った。


「と、とりあえず受付、行きましょうか」


「うん」


二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


受付カウンターには、まだ朝早いせいか人は少なかった。

奥では職員らしき女性が書類を整理している。


ベルとミリィは顔を見合わせ、小さく頷いてからカウンターへ向かった。


ベルがそっと声をかける。


「すみません」


女性が顔を上げた。


年の頃は二十代半ばほどだろうか。

整えられた髪に、きびきびとした目つき。


二人を見ると、仕事用の笑顔を浮かべた。


「はい、どうしましたか?」


ベルが少しだけ背筋を伸ばす。


「えっと……冒険者登録について聞きたいんですけど」


「登録ですね」


女性は慣れた手つきで机の引き出しを開け、紙を一枚取り出す。


「年齢は?」


「十六です」


「そちらのお嬢さんは?」


ミリィが慌てて答える。


「じゅ、十歳です」


女性の手が一瞬止まった。


「……十歳」


ちらりと二人を見比べる。


「登録自体は可能ですが、十歳ですと単独活動は禁止になります。保護者登録が必要になりますね」


ベルがこくりと頷く。


「じゃあ、私が保護者って形なら大丈夫ですか?」


「ええ、それは問題ありません」


女性は淡々と説明を続ける。


「ただし、登録には魔力測定が必要になります」


ベルの表情がほんの少しだけ固まった。


ミリィが横でそっと息を飲む。


女性は気づかずに続けた。


「この水晶で魔力を測定して、記録します。それが身分証にもなりますので」


カウンターの上に、拳ほどの透明な水晶が置かれる。


「触れてください」


ベルは水晶を見つめた。


ほんの一瞬。


それから、にこりと笑う。


「触ればいいんですよね?」


「はい」


ベルは手を伸ばし――


水晶に、そっと触れた。


数秒。


沈黙。


女性が首を傾げる。


「……あれ?」


もう一度、水晶を見る。


ベルの手を見る。


「もう一度、強く握ってみてください」


ベルが言われた通り、少し力を込める。


しかし。


水晶は、ぴくりとも光らない。


女性の眉が、ゆっくりと寄った。


「……そんな」


小さく呟く。


「反応が……ゼロ?」


周囲の空気が、ほんの少しだけ変わった。


ベルは困ったように笑った。


「えっと……」


頭をかきながら言う。


「やっぱり、ダメですか?」


女性はしばらく水晶を見つめていた。


もう一度。

ベルの手を見る。


それから、水晶を手に取り、裏返したり角度を変えたりする。


「……壊れてる?」


ぽつりと呟くと、カウンターの奥に向かって声をかけた。


「ちょっと、この測定水晶って昨日使いました?」


奥の机で書類を書いていた男性が顔を上げる。


「え?使いましたよ。普通に光ってましたけど」


「そうですよね……」


女性はもう一度ベルを見る。


「もう一回だけ、いいですか?」


「はい」


ベルは再び水晶に手を置いた。


沈黙。


やはり、光らない。


女性が、今度こそはっきりと眉をひそめた。


「……おかしいですね」


横で見ていた男性職員が立ち上がり、近づいてくる。


「どうしました?」


「魔力測定が……」


言いながら水晶を差し出す。


男性はベルを見ると、軽く笑った。


「力抜いてるとかじゃないですか?」


「いえ、二回やりました」


「ふーん」


男性は水晶を受け取ると、自分の手を乗せた。


すぐに、淡い青い光が灯る。


「ほら、壊れてませんよ」


女性の表情が固まる。


ゆっくりとベルを見る。


「……もう一度、触れてもらえますか」


ベルは素直に頷いた。


手を伸ばし、水晶に触れる。


――沈黙。


やはり、何も起きない。


光は、一切。


女性の口から、思わず声が漏れた。


「……魔力、ゼロ?」


横の男性が「は?」と声を上げる。


「いやいや、そんなわけ――」


ベルが苦笑する。


「ですよねー」


頭の後ろをぽりぽりかく。


「やっぱそうなりますよね」


ミリィは横で静かに遠くを見ていた。


男性職員が腕を組んだ。


「いや、ちょっと待ってください」


水晶をもう一度見て、ベルを見る。


「……魔力ゼロって、ありえないんですよ」


ベルが肩をすくめる。


「ですよねー」


「いや、本当に」


男性は水晶を指で軽く叩いた。


「人間って、生きてるだけで魔力持ってるんです。多い少ないはありますけど」


女性職員も頷く。


「はい。子供でも必ず反応します」


ベルが困ったように笑う。


「でも光らないですよ?」


「そうなんですよね……」


女性が小さく唸る。


「壊れてはいないですし……」


男性がふとミリィを見る。


「そっちのお嬢ちゃん、やってみます?」


ミリィが小さく頷いた。


そっと前に出て、水晶に手を置く。


淡い光が、ふわりと灯った。


女性が頷く。


「はい、正常ですね」


男性が腕を組んでベルを見る。


「……えーと」


しばらく考えてから言った。


「初めて見ました」


ベルが笑う。


「記念です?」


「いや全然」


男性は即答した。


女性が咳払いする。


「えっと……問題はですね」


ベルとミリィが顔を上げる。


「ギルド証の発行には、魔力測定の結果が必要なんです」


ベルの笑顔が、ぴたりと止まった。


ベルがゆっくりと瞬きをした。


「……必要?」


女性職員が申し訳なさそうに頷く。


「はい。身分証としても使われるので、魔力測定の記録が必須なんです」


ベルがミリィを見る。


ミリィは静かに目を伏せていた。


ベルが小さく息を吐く。


「そっかぁ……」


男性職員が少し考えるように顎に手を当てた。


「ただ、前例が全く無いわけじゃないんです」


ベルの顔が少し上がる。


「あるの?」


「……いや」


男性がすぐに首を振る。


「“ほぼ”無いです」


「ほぼかよ」


女性職員が慌てて補足する。


「えっと、正確には“特殊登録”という形なら可能な場合があります」


ベルが首を傾げた。


「特殊?」


「はい。普通の魔力量測定ではなく――」


女性が少し声を落とす。


「ギルド長の判断になります」


ベルとミリィが同時に瞬いた。


男性職員が苦笑する。


「つまりですね」


親指で奥の階段を指す。


「上にいる人を説得できたら、作れるかもしれません」


ベルがその階段を見る。


「説得って……」


男性が肩をすくめる。


「まあ、会ってみないと分からないですね」


ミリィが小さくベルの袖を引いた。


「……ベルさん」


ベルは少し考えてから、笑った。


「まあ、ここまで来たしな」


そう言って立ち上がる。


「会うだけ会ってみるか」


男性職員が苦笑する。


「頑張ってください。あの人……」


一瞬言葉を選んでから、


「……ちょっと怖いんで」


ベルが振り向く。


「怖いの?」


女性職員が静かに頷いた。


「はい」


二人同時に言う。


「かなり」


ベルが階段を見上げた。


「へぇ」


そして、いつもの軽い声で言う。


「ちょっと楽しみかも」


ミリィだけが、なぜか遠い目をしていた。


ベルがゆっくりと瞬きをした。


「……必要?」


女性職員が申し訳なさそうに頷く。


「はい。身分証としても使われるので、魔力測定の記録が必須なんです」


ベルがミリィを見る。


ミリィは静かに目を伏せていた。


ベルが小さく息を吐く。


「そっかぁ……」


男性職員が少し考えるように顎に手を当てた。


「ただ、前例が全く無いわけじゃないんです」


ベルの顔が少し上がる。


「あるの?」


「……いや」


男性がすぐに首を振る。


「“ほぼ”無いです」


「ほぼかよ」


女性職員が慌てて補足する。


「えっと、正確には“特殊登録”という形なら可能な場合があります」


ベルが首を傾げた。


「特殊?」


「はい。普通の魔力量測定ではなく――」


女性が少し声を落とす。


「ギルド長の判断になります」


ベルとミリィが同時に瞬いた。


男性職員が苦笑する。


「つまりですね」


親指で奥の階段を指す。


「上にいる人を説得できたら、作れるかもしれません」


ベルがその階段を見る。


「説得って……」


男性が肩をすくめる。


「まあ、会ってみないと分からないですね」


ミリィが小さくベルの袖を引いた。


「……ベルさん」


ベルは少し考えてから、笑った。


「まあ、ここまで来たしな」


そう言って立ち上がる。


「会うだけ会ってみるか」


男性職員が苦笑する。


「頑張ってください。あの人……」


一瞬言葉を選んでから、


「……ちょっと怖いんで」


ベルが振り向く。


「怖いの?」


女性職員が静かに頷いた。


「はい」


二人同時に言う。


「かなり」


ベルが階段を見上げた。


「へぇ」


そして、いつもの軽い声で言う。


「ちょっと楽しみかも」


ミリィだけが、なぜか遠い目をしていた。


男は水晶を棚に戻すと、椅子に腰を下ろした。


「ゼロはゼロだ」


淡々と言う。


ベルが肩をすくめた。


「やっぱ無理?」


男はすぐには答えない。

机の上で指を軽く叩く。


「……普通はな」


ミリィの表情がわずかに曇る。


だが男は続けた。


「ただし例外はある」


ベルが顔を上げる。


「例外?」


男は引き出しを開け、紙束を一つ取り出した。

何度もめくられた跡のある、端の擦り切れた依頼書だ。


それを机の上に置く。


「ギルドにはな」


紙を指で叩く。


「誰も受けたがらない依頼ってのがある」


ベルが眉を寄せる。


「危険ってこと?」


「それもあるが……」


男は肩をすくめた。


「そもそも内容がはっきりしない」


ミリィが首を傾げる。


「はっきりしない?」


「現地に行かなきゃ何が起きてるか分からない。魔物かもしれんし、人かもしれん。何もない可能性もある」


ベルが笑う。


「なるほど。ハズレくじ」


「その通り」


男が頷く。


「難易度未知数。報酬だけ置いて、ずっと残ってる不良案件だ」


ベルが依頼書を手に取る。


「で?」


男が言う。


「それをこなしたら登録してやる」


ミリィが息を呑む。


「本当ですか?」


「身分証としての簡易登録だがな」


男は腕を組む。


「魔力ゼロの前例はねぇ。だから実績を見せろって話だ」


ベルが依頼書をぱらりとめくる。


「へぇ」


ミリィが心配そうに覗き込む。


「ベル様……」


ベルは軽く笑った。


「別にいいだろ」


紙を机に戻す。


「どうせ最初から簡単にいくとは思ってなかったし」


男が少しだけ口の端を上げた。


「物好きだな」


ベルが肩をすくめる。


「よく言われる」


そして依頼書を指で叩いた。


「で、どこ行き?」


ベルは依頼書の一枚を引き抜いた。


紙は少し黄ばんでいる。

角は丸く擦り切れていた。


読み上げる。


「――西方外縁林。そこの異変調査」


男が頷く。


「それだ」


ミリィが依頼書を覗き込む。


「西方外縁林……」


ベルが紙を軽く振った。


「“異変調査”って、また曖昧だな」


男が肩をすくめる。


「だから残ってる」


ベルは続きを目で追う。


「……街道から西へ二刻。外縁部で夜間に不可解な音。

 家畜が怯える。狩人が森に入らなくなった……」


ミリィが小さく呟いた。


「狩人が入らない、ですか……」


男が言う。


「最初は魔物だと思われた」


「違うの?」


「分からん」


ベルが顔を上げる。


「調べた奴はいないの?」


男が鼻を鳴らす。


「何人かは行った」


「それで?」


「何も見つからん」


ベルが首を傾げる。


「それで依頼出す?」


「ところがだ」


男が指を立てる。


「戻ってきた連中が揃って言う」


少し間を置く。


「“気味が悪い”ってな」


ミリィが小さく息を呑む。


「気味が悪い……」


男は続ける。


「魔物を見たわけでもない。襲われたわけでもない」


「じゃあ?」


「森の奥から音がするらしい」


ベルが笑った。


「それだけ?」


男は首を振る。


「問題は時間だ」


ベルが眉を上げる。


「時間?」


「夜中」


男が言う。


「決まって夜中だけだ」


ミリィが静かに呟く。


「……夜の森」


ベルは依頼書をひらひらさせた。


「なるほどね」


そして机に置く。


「確かに嫌な感じはする」


男が腕を組む。


「だから誰もやらん」


「危険かどうかも分からない」


「報酬も高くない」


ミリィが依頼書の端を指で押さえる。


「でも……」


ベルがミリィを見る。


ミリィは少し考えてから言った。


「調査、だけですよね?」


男が頷く。


「原因を突き止めるか、異常なしを確認するか。どっちでもいい」


ベルが笑う。


「楽そうじゃん」


ミリィが不安そうに見る。


「ベル様……」


ベルは椅子から立ち上がった。


依頼書をひょいと持ち上げる。


「これでいい」


男が眉を上げる。


「決まりか?」


ベルは振り返る。


「うん」


軽く笑った。


「難易度未知数、ってやつ」


依頼書をくるくる指で回す。


「面白そうだし」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ