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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
水神の章ー
289/322

水神様の宝物ー

少年は頬をかきながら、ふと思い出したように口を開く。


「じゃーもう一つの約束は?」


少女はきょとんとする。


「もうひとつ?」


「あれだよ。お宝のほう」


「あぁー」


気の抜けた返事。


少年は眉をひそめる。


「あぁーじゃねぇよ。それも誤魔化すのかよ?」


少女は慌てて手を振る。


「ちがくてちがくてー」


そのまま、自分を指差して笑う。


「…?」


少年が首を傾げる。


少女も同じように首を傾げる。


「…?」


「..,?」


しばらくの沈黙。


少女が、くすっと笑う。


「あれー?わかんないのー?」


「ぜんぜんわからん。何?」


少女はゆっくりと両手を回し、自分の体を抱きしめるようにする。


そして、にこっと笑って言った。


「わたしが宝物だよー」


その言葉に、少年の動きが止まる。


数秒の沈黙のあと――


「……は?」


少年の顔が、わずかに引きつった。


少年は頭を抱えたまま、大きくため息をつく。


「あーまただまされたー」


顔を手で覆い、ぐったりと肩を落とす。


少女はむっとして頬を膨らませた。


「しつれーだなーだましてないよー」


少し拗ねたように言い返す。


「君も聞いて来たんでしょー?この池の主に勝ったら、力が手に入るー!て」


「あぁ、そうだよ。だからがんばってきたんだ」


その答えに、少女はにっこりと笑う。


そして、また自分を指差した。


「それがわたしです」


「もーなんなんだよーもらっても困るだろー」


本気で困ったように言う少年。


少女はくすっと笑いながら、一歩近づく。


「いいじゃないーわたしを君の姫神にしてよー」


その言葉に、少年は一瞬きょとんとする。


その声は、これまでと同じ軽さの中に、ほんの少しだけ特別な響きを含んでいた。


長い時間の中で、初めて与えられた“名前”。


それを確かめるように、ミズキはもう一度、小さく呟く。


「ミズキ、かぁ」


そして――


ふと、何かに気づいたように顔を上げた。


「そのてがあったか!」


ぱっと表情が明るくなる。


少女も満足そうに頷く。


「むしろそれしかなくなーい?」


軽い調子のやり取りの中で――


その選択だけは、不思議としっくりと収まっていた。


少年は少女を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


「それじゃ俺がおまえにー」


少女がすかさず言葉を重ねる。


「名前をつけてー」


少年は思わず苦笑する。


「それいつも、俺のセリフなんだけど。なんか調子くるうなー」


少女はけろっとした顔で言い返す。


「細かいこと気にするとハゲるよー」


「まぁなんでもいっか」


「そーそー」


軽く流して、少年は一度息を整える。


そして、改めて少女を見る。


「それじゃーおまえの名前はー」


「なんにするー?」


少女は楽しそうに身を乗り出す。


「ーミズキ。ミズキにする!」


その瞬間。


少女――いや、ミズキは一瞬だけ目を見開いた。


それから、ふっと柔らかく笑う。


「いいねーそれ」


どこか満足そうに、ゆっくりと頷く。


「今日からわたし、ミズキだー」


少女は、名を与えられたその瞬間――わずかに目を見開いた。


「ミズキ――」


その名を、ゆっくりと口の中で転がす。


次の瞬間。


空気が、変わった。


湖面が、静かに震える。


風はないのに、水だけが揺れ始める。


少女の足元から、水が浮かび上がる。


細い流れが幾重にも絡み合い、彼女の身体を包み込んでいく。


「……あれー」


いつもの間延びした声。


だが、その輪郭が、少しずつ変わっていく。


水が、衣のようにまとわりつく。


肩をなぞり、腕を流れ、腰へと落ちていく。


透明だったはずのそれが、次第に色を帯びていく。


淡い青。


深い湖の底のような色。


やがてそれは、形になる。


白いチューブトップが、水の中から浮かび上がるように現れ、

続いて青いショートパンツが輪郭を持つ。


同時に、髪が揺れた。


さらり、と。


黒に近かった髪が、ゆっくりと色を変えていく。


青へ。


水を溶かしたような、柔らかい青。


ゆるやかな波を帯び、長く、長く、腰のあたりまで伸びていく。


瞳が、開く。


今まで半分閉じられていたその目が、完全に開かれる。


淡い水色の奥に、底の見えない深さが宿る。


その瞬間――


湖の水が、一斉に浮かび上がった。


無数の水滴が宙に舞い、光を受けて煌めく。


まるで星のように、彼女の周囲を巡る。


背後に、水の輪が生まれる。


巨大な円環。


静かに回転しながら、ゆらゆらと揺れる。


少女――ミズキは、自分の手を見下ろした。


指先に、水がまとわりつく。


それはもう“外のもの”ではない。


「……あー、そっかー」


ぽつりと呟く。


「わたし、こうなったんだー」


その声は、いつもと変わらない。


のんびりとして、力の抜けた調子。


だが――


存在だけが、まるで別物になっていた。


周囲の水が、彼女に従うように静まる。


風すら、遠慮するように止まる。


ゆっくりと、ミズキが顔を上げる。


そして、にこっと笑った。


「よろしくねー、ご主人さま」


ミズキはそのまま一歩踏み出し、自然な動きで少年の首に腕を回した。


水の気配がふわりと近づき、柔らかく抱きしめる。


「そしてーわたしの花婿殿ー」


「ちょっ…花婿て」


戸惑う少年をよそに、ミズキは頬をすり寄せるようにして続ける。


「だってーわたしに勝った主人様はわたしより強いんだからーそうなるじゃなーい」


「ならねぇよ!なんでだよ!」


即座に否定する少年。


ミズキは少しだけ首を傾げ、当然のように言った。


「なんでって…わたし、自分より強い人しか愛せないからー」


「…だから?」


ミズキの腕の力が、ほんの少しだけ強くなる。


逃がさないように、確かめるように。


「わたし、この湖でずっとずっと待ってたのはー」


一拍。


静かな夜に、水の気配が揺れる。


「わたしを倒すくらい強ーい花婿殿をー見つけるために、はじめたんだしー」


その声は、いつもの間延びした調子のまま。


けれど、その奥にある時間の重みは、軽くなかった。


何百年も、ただ待ち続けていた者の言葉。


少年は、何も言えずにそのまま固まる。


腕の中にいるのは、さっきまで戦っていた相手。


なのに今は――


やけに近くて、温度を感じる存在だった。


少年はしばらく固まったまま、ゆっくりと口を開いた。


「え?花婿探しで力試しってことか?」


ミズキは、当然のように頷く。


「そーだよー!」


あまりにも軽い肯定。


少年の顔が引きつる。


「うっそだろ」


ミズキは楽しそうに目を細めた。


「まぢまぢー」


くすくすと笑いながら、まだ腕を解かない。


「だってさー弱い人と一緒にいても、つまんないしー」


さらっと言う。


「守られるのも、守るのも、どっちもできないと意味なくなーい?」


少年は言葉に詰まる。


「だからー」


ミズキはほんの少しだけ顔を離し、少年の目を覗き込む。


「ちゃんと勝った主人さまはー、合格ってことー」


にこっと笑う。


「おめでとー花婿殿ー」


完全に楽しんでいる顔だった。


少年はしばらく無言で見返し――


やがて、深くため息をついた。


「……まぁためんどくせぇの拾っちまったな俺」


少年は抱きしめられたまま、にやりと口元を緩める。


「まぁ…でもー花婿ってことは、いいんだろ?」


そのまま、両手の指をわきわきと動かす。


ミズキの視線が、その手に落ちた瞬間――


ぴた、と動きが止まる。


次の瞬間、ぱっと腕をほどき、距離を取る。


胸元を押さえるようにして、くるりと背を向けた。


「も…もぉだめだよー」


声がわずかに揺れる。


頬が、ほんのり赤い。


「なんでだよ!?」


不満げに声を上げる少年。


ミズキは背中を向けたまま、もじもじと肩を揺らす。


「なんかー急にー…恥ずかしくなったのー」


さっきまでの余裕はどこへやら。


指先で自分の腕をつつくようにしながら、小さく続ける。


「さっきまではーただの挑戦者だったしー」


少しだけ振り返る。


目が合いそうになって、また逸らす。


「今はー…ご主人さまだしー…花婿殿だしー」


言いながら、さらに顔が赤くなる。


「なんかそれで急に近いのはー…だめー」


ぴしっと、見えない線を引くように言う。


「ちゃんと段階ふんでよー」


そのくせ、ちらっと様子をうかがう視線だけは、どこか楽しそうだった。


「なんでこう姫神ってやつは…みんな自由なんだ」


ミズキは隣でくすっと笑う。


「それはー主人様が自由をくれたからだと思うよー」


そう言いながら、さりげなく距離を詰める。


肩が触れ合う。


ひんやりとした体温が、じんわりと伝わる。


少年は小さく息を吐き、空を見上げた。


「ま、いっかぁ」


その一言に、ミズキは満足そうに目を細める。


「じゃーわたし、主人様に攻められて腰がいたいからー指輪になっておやすみするねー」


軽い調子で言った、次の瞬間。


その身体が、ふっと輪郭を失う。


水へと崩れ――


流れ、収束し、凝縮されていく。


青い光を帯びながら、小さな一点へ。


やがてそれは、ひとつの指輪の形を取った。


意思を持つ水の結晶。


それは自然と、少年の空いていた最後の指へとはまり込む。


まるで最初からそこにあるべきだったかのように。


少年はゆっくりと手を持ち上げる。


月明かりの下、指を広げる。


十本の指。


そこに嵌められた、十の指輪。


それぞれが、微かに異なる光を放っている。


静かな夜。


湖は再び、何事もなかったかのように穏やかに揺れていた。


そして――


ここに、十体目の姫神が揃った。

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