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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
水神の章ー
286/322

水神様の言う通りー

次の夜。


湖のほとりに、また少年の姿があった。


少女は岩の上で頬杖をつきながら、その姿を見つける。


「君も好きだねー」


くすっと笑う。


「2回来た人、けっこう稀だよ」


少年は苛立ったように声を張る。


「うるせー! 今日こそやってやる!」


そう言って、腰を落とし、足を開いて構える。


水に流されないように、低く、安定した姿勢。


少女はその様子を見て、目を細めた。


「へー」


少しだけ感心したように。


「少しは考えてるんだー」


次の瞬間。


「じゃあねぇ」


少女が両手を、ぱん、と打ち合わせる。


乾いた音。


その直後――


湖の水が、意思を持ったように立ち上がる。


少女の周囲に集まり、形を変えていく。


鋭く尖った、複数の水の槍。


――巨大な水の槍。


少年の目が見開かれる。


「なにぃっ!?」


「はーい、どーん!」


合図と同時に、水の槍が一斉に放たれる。


少年は咄嗟に後ろへ跳ぶ。


横へ。


また跳ぶ。


地面を削るように、いくつもの槍が突き刺さる。


そのたびに、水は形を崩し、湖へと戻っていく。


だが――


最後の一本が、逃げ切れなかった少年を捉える。


鳩尾へと、一直線に。


――ドン。


直撃する寸前、威力はわずかに落とされていた。


それでも、十分だった。


少年の体がくの字に折れる。


そのまま前のめりに倒れ――


動かなくなる。


カエルのように、ぺたりと地面に伏せて。


――


少女はその様子を見て、数秒だけ固まる。


そして――


「……っ、あはははは!」


お腹を押さえて、笑い出した。


肩を揺らしながら、楽しそうに。


「せっかく対策考えてきたのにー、残念だったねー」


湖は静かに揺れている。


夜の空の下、少女の笑い声だけが、しばらく響いていた。



また次の日の夜。


湖の水面は静かに揺れていた。


少女は岩の上で、足をぶらぶらさせながら首をかしげる。


「え? また?」


くすっと笑う。


「3回はなかなかレアだよー」


岸に立つ少年は、迷いなく前を見ていた。


「勝負!」


構えが変わる。


両手を地面に置き、足を引き、腰を高く上げる。


まるで、いつでも飛び出せる獣のように。


スタートダッシュの姿勢。


少女は顎に手を当てて、じっとそれを見た。


「ははーん」


にやりと笑う。


「なーるほどねー」


次の瞬間、少女が右手を振り上げる。


「いっくよー!」


それに呼応するように――


湖の水面が跳ね上がる。


いくつもの細い水柱が立ち上がり、空中で形を変える。


水の腕。


それらが一斉に、あらゆる方向から少年へと襲いかかる。


「やってやらぁ!」


少年が駆け出す。


地面を蹴る音が響く。


一直線に突き進みながら、水の腕を次々と避けていく。


ぎりぎりの回避。


紙一重で、かわし続ける。


そして――


湖へ向かって、さらに加速。


「っしゃあ!」


踏み切る。


大きく跳び上がる。


狙いは、少女のいる岩。


空を切るように上昇し――


頂点へ。


その瞬間だった。


「……あ!」


片足が、水の腕に絡め取られる。


逃げ場はない。


「しまった!」


そのまま引き戻されるように――


少年は地面へと叩き落とされた。


どすん、と鈍い音。


前のめりに倒れ、そのまま動かなくなる。


カエルのように。


湖の波紋が静かに広がる。


少女はその姿を見て、少しだけ目を細めた。


「ふーん」


柔らかく微笑む。


「....がんばるね」


風が吹き、湖面がきらりと光った。



更に次の夜。


少女は岩の上で、仰向けに寝そべっていた。


尻尾が水面をぱしゃり、ぱしゃりと叩くたびに、小さな波紋が広がる。


どこか退屈そうに、しかし楽しげに。


「……あ」


ふと、気配に気づく。


視線を岸へ向けると――


少年が、すでにそこに立っていた。


次の瞬間。


「よっしゃあああ!」


少年は一歩も止まらず、そのまま駆け出す。


地面を蹴り、踏み切り――


大きく跳び上がる。


一直線に、岩の上へ。


その勢いのまま、少女の真上へ到達する。


「届いたぜっー!!」


少女は少しだけ目を見開く。


だが――


仰向けのまま、身体は起こさない。


ゆるく尻尾を振る。


ぱん、と軽い水音。


それだけで、空中の少年はあっさり弾かれた。


「なぁっー!!」


そのまま岸まで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


前のめりに倒れ――


またもや、動かなくなる。


カエルのように。


――


少女はゆっくりと身体を起こし、倒れた少年を見下ろす。


水滴が髪から落ちる。


そして、くすりと微笑んだ。


「ふぅーん……」


小さく息を吐いて。


「いーねぇ」


静かな湖に、夜の気配が広がっていった。


――


夜の湖。


少女は岩の上で、物思いに耽るように月を見上げていた。


静かな水面に、月が映る。


尻尾は動かさず、ただ風に身を任せている。


そこへ――


少年の足音が近づく。


気配に気づいた少女は、ゆっくりと視線を下ろし――


次の瞬間、ふわりと岩から身を投げた。


水しぶきが弾け、少女の姿は湖へと消える。


やがて――


岸へとやってきた少年の目の前。


水面から、少女の手が現れる。


岸べりに軽くかけられ、そのまま上半身がゆっくりと姿を現した。


「お、なんだよ」


少年が気軽に声をかける。


「今日は岩の上にいないんだな」


少女は水の中から、穏やかに少年を見上げて――


「ちょっと、お話聞いてあげよーかなと思って」


「話?」


少年は少しだけ眉をひそめる。


「俺は戦いに来たんだけど」


「いーからいーから」


少女は軽く手を振るようにして、笑う。


「ねぇ君ってさぁ」


少しだけ、間を置いて。


「どうして諦めないの?」


「諦める?」


少年が首をかしげる。


少女は小さく頷いた。


「今のままじゃーどうやっても、わたしには勝てないってわかるでしょ?」


「まー今のままじゃ勝てないかな」


あっさりと認める少年。


少女は少しだけ目を細める。


「じゃー諦めた方がよくなーい?」


「え?なんで?」


「なんでってー……だって勝てないんだよ?」


その問いに、少年は迷いなく答えた。


「そんなん、勝つまでやればいいだけだろ?」


当たり前のように。


迷いなく。


言い切る。


その言葉に、少女は――


一瞬、固まった。


目を見開き、口もわずかに開いたまま。


そして――


「あはははははははーっ」


次の瞬間、腹を抱えて大笑いする。


湖に響くほどの、明るい笑い声。


「君ってさいこーだねー!」


ひとしきり笑い、目尻の涙を指で拭う。


そして、にこりと笑って――


「じゃー」


少しだけ声のトーンを落とす。


「君が勝ったらー、この湖にある宝物をあげるねー」


その言葉に、少年の目が輝いた。


「宝物!?マジ!?すっげぇ!」


夜の湖に、新しい約束が生まれた。


少女がくすくすと笑う。


「ねー、そっちの方がいいでしょー?」


少年は少しも揺らがない。


「いや、おっぱいも諦めてねーよ。両方もらう」


拳をぎゅっと握り、まっすぐに言い切る。


その真剣さに、少女は一瞬ぽかんとして――


「ぶはっ」


思わず吹き出した。


「あーだめー!おなかいたいー!ひーっ!」


腹を抱えて笑い転げ、目に涙を浮かべる。


湖にその笑い声が響く。


ひとしきり笑い終え、息を整えながら――


「……じゃーいいよー」


にやりと笑って。


「そっちもあげるねー」


その言葉に、少年はさらに気合いを入れるように拳を握り直した。


夜の湖に、奇妙で楽しげな約束が重なる。


泉の静けさを切り裂くように、少女が軽く右手を差し出した。


「じゃー今日のところはこれで、ばーん!」


次の瞬間――


その指先から、水が凝縮された弾丸のように迸る。


圧縮された水の一撃が、少年の身体を真正面から捉えた。


「ぶふっ!」


衝撃に吹き飛ばされ、少年の体が宙を舞う。


地面に叩きつけられ、そのまま数度、バウンドするように転がったあと――


力尽きたように、カエルのような体勢でその場に倒れ込む。


荒い呼吸だけが、かすかに続いていた。


泉のほとりには、再び静寂が戻る。


ただ一人、少女だけが水の中からその様子を見ていた。


口元に浮かぶのは、抑えきれない楽しさ。


「あー…おっかしい」


くすくすと、楽しそうに笑い続ける。



それからも湖には毎日のように少年が挑戦に来ていた。やがて半月が過ぎた頃には、1発で倒されることも少なくなっていた。


少年は初めて来た頃とは明らかに違っていた。立ち上がる速度が速くなり、構えも崩れにくくなっている。何より、目の奥にあった焦りが薄れ、代わりに静かな集中が宿り始めていた。


泉のほとりに立つその姿は、もはや無謀に挑むだけのものではない。


一歩、踏み込む。


拳が放たれる。その軌道は以前より鋭く、迷いがない。だが――それでも。


水面が揺れる。


次の瞬間には、少年は地面に転がっていた。


それでも、以前のように意識を失うことはない。すぐに息を整え、何事もなかったかのように立ち上がる。


何度も、何度も。


泉の静寂は変わらない。ただ、その中で繰り返される衝突だけが、確かに積み重なっていく。


そして、少年はまた一歩、前に進んだ。


その様子を見ていた少女は、楽しそうに微笑んだ。


水面の揺らぎを越えて届く気配を、彼女は確かに感じ取っている。最初はただ無謀にぶつかってくるだけだった少年が、今では何度も立ち上がり、自分の形を少しずつ作り上げている。


その変化が、彼女には何よりも嬉しかった。


泉の中で、ゆるやかに尾が揺れる。微笑みはどこか柔らかく、見守る者のそれだった。


また来たのね、とでも言うように。


泉のほとりに立つ少年は、深く息を吐き、再び構えを取った。


無駄のない動き。以前よりも低く落とされた重心。視線は揺れず、ただ真っ直ぐに水面を見据えている。


――もう、同じではない。


踏み込みは鋭く、放たれる一撃には確かな意志が宿っていた。


しかし泉は、静かに応えるだけだった。


水面がわずかに揺れ、次の瞬間、圧が返される。


少年の体が跳ね上がるように弾かれるが、今度は違う。


着地する寸前、体勢を整え、受け身を取り、すぐに立ち上がる。


乱れない呼吸。


崩れない視線。


何度も繰り返したその先に、確かに積み重なったものがあった。


その様子を見て、少女は水の中でゆっくりと尾を揺らす。


楽しそうに、そしてどこか嬉しそうに。


ほんの少しだけ、水面が輝く。


まるで――次の一手を促すかのように。


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