水神様の湖ー
その湖は、村からかなり離れた場所にある。
森を抜け、いくつかの丘を越えた先。
道は不確かで、辿り着くには時間と覚悟がいる。
深い森の切れ目に、不自然なほど静かに広がる湖。
水面は常に穏やかで、鏡のように空を映している。
風が吹いても波は立たず、すぐに静けさを取り戻す。
まるでそこだけ、別の時間が流れているかのように。
この湖には昔から噂がある。
「挑めば、力が手に入る」
「勝てば、願いが叶う」
その言葉を信じて、この場所を訪れる者は後を絶たない。
だが――
誰一人として勝てた者はいない。
例外はない。
どれだけ強い者でも。
どれだけ多くの戦いを越えてきた者でも。
例外なく、敗れている。
それでも、命を奪われることはない。
挑戦をした者は、戻ってくることができる。
ただし、結果は変わらない。
「勝てなかった」
それだけを残して。
だからこの湖は知られている。
――挑戦は許される。
――だが、勝利はまだ誰にも届いていない。
静かなまま、湖はそこに在り続けている。
何も起きていないようでいて、確かに何かを試し続けている場所として。
――
その湖へ向かう道の途中。
森を抜けた先に、大きな岩がひとつだけ鎮座している。
人の背丈を優に超えるその岩は、長い年月を思わせる滑らかな表面をしていた。
それは古くから――
**「水神様の腰掛け」**と呼ばれている場所だった。
そこに、ひとりの少女が座っている。
薄い青色の髪。
光を受けて、かすかに揺れるような色合い。
肌もまた淡く、どこか水を思わせる透明感を持っている。
そして――
腰から下は、人の形ではなかった。
魚のような、流線的な形。
鱗が光を受けて、静かにきらめいている。
少女は岩の上で、足元の水面をじっと見つめている。
動かない。
ただ、そこに“在る”だけ。
風が吹いても、彼女は揺れない。
水が波立っても、彼女の存在だけは静止している。
その姿はどこか、人でありながら――
人ではないものの気配を纏っていた。
訪れる者は、皆この場所で一度足を止める。
そして、知ることになる。
この先にあるものは、ただの湖ではないのだと。
少女は、ゆっくりと顔を上げる。
誰かを待っているようでいて――
同時に、何かを見極めているようでもあった。
――
少女は岩の上で、だらりと体を預ける。
長い時間、変わらない景色。
湖は静かで、風も穏やか。
それでも、ここに訪れる者の気配は――
ずっと途絶えている。
少女は小さくあくびをした。
「ふわぁ……」
目を細めて、空を見上げる。
ゆっくりと瞬きをして――
「……もう一年くらい、誰も来てない気がする」
ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。
足元の水を、指先で軽くなぞる。
波紋が広がり、すぐに消える。
「ま、いいけどね」
あっけらかんとした声。
けれど、そのまま少しだけ沈黙が落ちる。
少女は岩の上に寝転がるように体勢を崩す。
尾が水面を静かに揺らす。
「……退屈なのは、ちょっとだけ困るかな」
視線は遠く。
湖の外。
森の向こう。
まだ見ぬ誰かを、ほんの少しだけ待つように。
静かな水面が、わずかに揺れた。
――
少女は、退屈そうにひとつ息を吐くと、ふいに体を起こした。
次の瞬間――
水音だけを残して、湖へと飛び込む。
静かな水面が、軽く割れる。
だが波は大きく広がらない。
まるで最初から、受け入れるように。
水中で、少女の姿はさらに自然に溶け込む。
しなやかに身体をひねりながら、岩の周りをくるりと一周する。
尾が水を切り、滑るように進む。
しばらくして――
ふわりと水面へ浮かび上がり、そのまま岩へと戻る。
音もほとんど立てずに、軽やかに腰掛ける。
ぺた、と水を含んだ髪が額に張り付く。
少女はそれを気にする様子もなく、手で軽くかき上げた。
指の隙間から、水滴がぽたりと落ちる。
「……やっぱ、ここが一番落ち着くかも」
そう言って、また足元の水面を軽く揺らす。
波紋が広がり、すぐに消える。
何も起きていないようでいて、
この場所だけが、確かに“特別”なまま存在していた。
いいですね、そのゆるさが逆に“時間の長さ”と“余裕”を感じさせます。
――
少女は岩の上に腰を下ろし、足元の水をゆるく揺らす。
水面に映る空を、ぼんやりと見つめながら――
「今日はどうしよーかなぁ」
小さく息を吐いて、指先で水をくるりと回す。
「昨日は日向ぼっこ、一昨日も日向ぼっこ、その前も日向ぼっこ……」
少しだけ考える仕草をしてから、ふわりと笑う。
「今日も日向ぼっこかなぁ」
そのまま体を横に倒し、岩の上に寝転がる。
濡れた髪が背中に広がり、水滴がぽつりと落ちる。
少女は目を細め、空を見上げる。
ゆっくりと、呼吸を整えるように。
何も変わらない時間が、そこに流れていた。
――
少女がふと視線を上げる。
湖の岸。
そこに――
いつの間にか、ひとりの少年が立っていた。
銀色の短い髪。
上半身は裸。
丈の短いズボンだけを身につけ、裸足のまま、静かに立っている。
まるで最初からそこにいたかのように、違和感がない。
少女は、少しだけ目を細めて、その姿を見つめる。
そして――
「なんかーちっこいの来たー」
あくび混じりの、気の抜けた声。
けれど、視線はしっかりと少年を捉えている。
湖の水面が、わずかに揺れた。
少年は何も言わず、ただそこに立っている。
風が通り抜ける。
静かな空気の中で――
二人の間だけが、確かに繋がっていた。
――
少女は岩の上に腰を下ろしたまま、足元の水を軽く揺らしながら声をかける。
「おーい、そこの少年。何しに来たのー?」
少年は少しだけ間を置いて、ぎこちなく視線を泳がせる。
やや緊張した顔で、言葉を選びながら――
「その……」
一瞬、言いにくそうにしてから、ぽつりと。
「……おっぱい見えてるけど、いいのか?」
少女はぱち、と瞬きをする。
次の瞬間、くすっと小さく笑った。
足をぶらぶらと揺らしながら、気にする様子もなく肩をすくめる。
「最初に言うのがそれー?」
くすくすと笑いながら、指先で水面をつつく。
「別にいいよー。服着らの面倒だしー」
さらっとした口調。
けれど、その視線はしっかりと少年を見ている。
まるで――
値踏みするように。
ごめんなさい、その流れは性的な内容に踏み込むのでそのままは続けられません。
代わりに、雰囲気はそのままでキャラ同士の掛け合いを活かした形なら書けます。
――
少年が少しだけ首をかしげる。
「じゃぁ、ちょっとだけ触ってもいい?」
少女は即答するように、軽く手を振った。
「それはダメー」
少年は少しむくれて、眉をひそめる。
「なんだよケチ!」
少女はくすっと笑って、岩の上で足をぶらぶらさせる。
そして、いつもの調子でさらりと返す。
「ケチじゃないよー。触っていいのは、わたしより強い人だけだよー」
視線が、すっと少年に向く。
柔らかい声のまま、ほんの少しだけ空気が変わる。
「ねー君はどうかなー?」
軽いようでいて、試すような一言。
湖は相変わらず静かに、二人のやり取りを映していた。
少年が少し考えてから、ぽつりと口にする。
「……勝ったら、触らせてくれるってこと?」
少女は岩の上で足を揺らしながら、軽く目を細める。
「勝てたら、いいよー」
水面を指でなぞる。
波紋が広がって、すぐに消える。
「ここまで来た意味、ちゃんとあるって思える」
視線を少年に戻す。
「ただし――」
ほんの少しだけ、空気が引き締まる。
「勝てるなら、ね」
その言葉は軽いのに、重い。
試すようでいて、逃げ道はない。
湖は静かなまま、二人の間の空気だけがわずかに変わっていた。
――
少年は拳を握りしめ、強く一歩前へ出る。
「やってやるぜ!」
その声に、少女は軽く目を細めた。
岩の上で、ゆっくりと体を起こす。
「じゃ、やろー」
――パチン。
乾いた音が、静かな湖に響いた。
その瞬間、少女の背後の水面が――
持ち上がる。
まるで意思を持ったかのように。
水が立ち上がり、形を変え、渦を巻く。
そして次の瞬間――
轟音とともに、大瀑布が少年へと襲いかかった。
逃げる隙もない。
視界も、音も、すべてが水に飲み込まれる。
――圧倒的な水の奔流。
一瞬で、少年の姿は水の中に消えた。
やがて――
音が止む。
水は何事もなかったかのように、ゆっくりと元の湖へと戻っていく。
静寂。
ただ、波紋だけが残る。
――
岸に、少年が倒れていた。
前のめりに崩れたまま、ぴくりとも動かない。
カエルのようにぺたんと伏せた姿勢で、完全に意識を失っている。
――
少女はその光景を見て、ぽかんと一瞬だけ間を置き。
次の瞬間――
「ぶっ、なにそれ!」
指をさして、笑った。
肩を揺らして、楽しそうに笑う。
「よっわーっ!」
くすくすと笑いながら、岩の上で足をぶらぶらさせる。
湖は再び静かに、何事もなかったかのように広がっていた。
ただ一つ、そこに倒れた少年だけが――
この場所に挑んだ証として残されていた。




