村に冬が来た日ー
この村には、
曖昧だが四季がある。
雪は降ることがあるが、ほとんどはすぐに消えてしまう。
けれど、その年は違っていた。
朝から降り続いた雪は止まず、やがて村の景色を白く覆っていく。
村の人々は昔からこう言う。
「雪の精が来てるな」
その夜ー
孤児院の外。
少年は扉を開けて外に出た。
白く積もった雪を見て、足を止める。
「……こんなに降ることもあるのか」
静かに呟く。
一歩、踏み出す。
足が深く沈む。
もう一歩。
また一歩。
歩くたびに、雪に足跡が残る。
少年は自分の足跡を見下ろした。
そのすぐ後ろに――
同じ形の足跡が、わずかに遅れて刻まれている。
少年は一瞬だけ目を止める。
しかしすぐに、何も言わず歩き続けた。
一歩。
その後ろに、同じ足跡。
二歩目。
三歩目。
同じように、遅れて続いてくる。
少年は少しだけ足を緩め、振り返る。
誰もいない。
雪が降り続いているだけ。
「……」
もう一度前を向き、歩き出す。
一歩。
その後ろに、同じ足跡。
雪は静かに降り続き、村を覆いながら、その歩みをなぞるように続いていた。
少年は、足を止めた。
振り返る。
誰もいない。
ただ、雪が降り続いているだけだ。
それでも――
自分の足跡の後ろに、同じ形の跡が続いている。
少年はしゃがみ込んだ。
指先で、その足跡をなぞる。
少し遅れて、同じように、なぞるような跡が残る。
「……真似、してるのか」
小さく呟く。
雪に、意思があるような動き。
けれど、それが何なのかはまだ分からない。
少年は立ち上がる。
一歩、踏み出す。
その後ろに、同じ一歩。
少年は少しだけ考える。
次の一歩。
その後ろの雪も、同じように動く。
少年は歩く速度を少しだけ変えた。
ゆっくりと。
すると、後ろの足跡も、同じように遅れる。
今度は少し速く。
同じように、追いかけてくる。
「……やっぱり、ついてくるな」
声は静かだったが、はっきりと認識している。
少年は歩きながら、しばらくそのまま試すように進んだ。
曲がる。
止まる。
また歩く。
雪は、その動きを一つずつなぞっていく。
やがて少年は足を止め、もう一度雪を見る。
「……」
答えはまだない。
それでも――
この雪が、ただの雪ではないことだけは分かっていた。
その方向、良いですね。キャラクターの温度がはっきりします。
ではそのニュアンスで繋げます。
⸻
少年は雪の上を駆けた。
バタバタと、わざと大きな音を立てる。
雪を蹴り上げながら、何度も踏みしめる。
その後ろに、同じように足跡が刻まれていく。
一歩ずつ。
遅れて。
だが確実に。
少年は走りながら、振り返った。
「……」
同じように続く足跡。
それを見た瞬間、少年の表情が変わる。
目がわずかに見開かれた。
口元が緩む。
「なんだこれ!?」
一歩踏み出すたびに、同じものが返ってくる。
まるで世界そのものが、自分を真似しているかのように。
少年は思わず笑った。
「おもしれぇ!」
さらに一歩、強く踏み込む。
雪が舞う。
後ろの足跡も、同じように強く刻まれる。
少年は振り返り、確かめるようにもう一度踏み鳴らした。
「はは……すげぇなこれ」
ただの雪じゃない。
でも、それ以上に――
少年はその現象を、面白がっていた。
少年は笑いながらも、立ち止まった。
降り続く雪を見つめる。
足跡は、ぴたりとその場で止まっている。
少年は一歩だけ踏み出し、もう一度振り返った。
足跡は、同じように一歩だけ遅れて進む。
「……」
少しだけ目を細める。
面白がる気配の中に、確かに確かめるような視線が混じる。
少年は雪に向き直った。
そして、はっきりと問いかける。
「なんなんだ?おまえは?」
返事はない。
ただ、静かに雪が降り続く。
しかし次の瞬間――
雪の上に、わずかな揺らぎが生まれる。
形のない何かが、ゆっくりと応えるように動いた。
雪の上に生まれた揺らぎは、すぐには形を持たない。
けれど、少年の言葉に呼応するように、わずかに動いた。
足跡の上を、なぞるように。
ゆっくりと、遅れて。
やがて、雪の表面にかすかな起伏が浮かび上がる。
何かが「こちらを見ている」ような気配。
少年はじっとそれを見つめた。
目を逸らさない。
逃げない。
むしろ、興味が強くなる。
「……真似してるだけか?」
そう言いながら、一歩だけ踏み出す。
その動きに合わせるように、雪が遅れて揺れる。
だが今度は、少しだけ違っていた。
ほんのわずかに――
動きが、ぎこちない。
完全には揃っていない。
少年はそれを見て、目を細める。
「……なるほどな」
一歩、また一歩。
歩く。
走る。
止まる。
動きを変えるたびに、雪もそれをなぞろうとする。
だが、どこか拙い。
完全ではない。
まるで――
何かを覚えようとしている子供のように。
少年は小さく笑った。
「おまえ、まだ下手くそだな」
そう言って、もう一度足を踏み鳴らす。
バタッ、と大きな音。
雪が舞い上がる。
そしてその遅れを追うように、雪の上の気配が、また一つ動きを刻んだ。
少年は雪の上の揺らぎを見下ろしたまま、もう一度一歩踏み出した。
それに遅れて、雪も同じように動く。
「なんで俺の真似してんの?」
問いかける。
今度はさっきよりも、少しだけ近い距離で。
雪の揺らぎが、ほんのわずかに強くなる。
答えは言葉では返ってこない。
だが――
その動きは、まるで迷っているかのように、一瞬だけ止まった。
少年は目を細める。
そして、わざと逆の動きをする。
一歩踏み出すはずのところで、足を引く。
止まる。
すると、雪も一拍遅れて、同じように止まった。
少年は小さく息を吐く。
「……やっぱり、俺の動きを見てる」
そして、少しだけ間を置いてから、もう一度言った。
「真似するだけじゃなくてさ」
視線をまっすぐに向ける。
「ちゃんと、答えろよ」
雪の上の気配は、すぐには動かなかった。
だが次の瞬間、かすかな震えが広がる。
まるで、どう応えればいいのか分からず、探しているように。
少年は、孤児院の外に立っていた。
空から雪が降り続いている。
白い粒が静かに落ちて、地面に積もる。
足を一歩踏み出す。
ざく、と音が鳴る。
白い地面に、足跡が残る。
そのすぐ後ろで――
少し遅れて、同じ形が刻まれた。
少年は足を止める。
雪もまた、遅れて止まる。
「……」
一度、ゆっくりと足を動かす。
すると、雪も遅れて動く。
その一致。
ほんのわずかな遅れ。
だが確かに、同じことをしている。
少年はしゃがみ込み、雪に触れる。
指で押す。
沈む。
手を離す。
少し遅れて、元の形に戻る。
「……なんだこれ」
小さく呟く。
そのまま、もう一度立ち上がる。
今度は少しだけ速く動く。
雪も、遅れてついてくる。
止まる。
雪も止まる。
走る。
雪も遅れて動く。
少年は振り返る。
自分の動きと、雪の動きが一致している。
だが完全ではない。
わずかな遅れがある。
それでも――
まるで、真似をしているように見えた。
「……おい」
少年は雪に向かって言う。
「なんなんだ?」
雪は答えない。
ただ、静かに降り続ける。
だが、その中で確かに――
少年の動きをなぞるように、雪は形を変えていた。




