育まれる絆ー
承知いたしました。少女視点に戻します。
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朝の光が、窓からやわらかく差し込んでいた。
白い息が、かすかに空気に溶ける。
黒髪の少女は、ベッドの上でゆっくりと目を開けた。
まだ意識はぼんやりとしている。
身体のあちこちが、じんわりと冷えているはずなのに――
胸のあたりだけが、ほんのりと温かい。
不思議に思いながら、少女は視線を落とす。
そこには、小さな丸いものがあった。
淡いオレンジ色の毛玉。
くるりと身体を丸めて、すやすやと眠っている。
その小さな体温が、少女の胸にじんわりと伝わっていた。
少女の目が、ゆっくりと見開かれる。
そして次の瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
「元気になってるー!」
思わず声が弾む。
昨日まで、あんなに弱っていた小さな命が、こうして自分の上で眠っている。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
少女はそっと手を伸ばしかけて、途中で止めた。
起こさないように。
驚かせないように。
ただ、見守るように。
そのまま、静かに微笑んだ。
承知いたしました。続けます。
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小鳥は、昨日よりも少しだけ元気になっているように見えた。
呼吸は落ち着き、身体の震えもない。
けれど――
まだ、立ち上がることはできない。
歩くこともできず、小さな身体を丸めたまま、ベッドの上にじっとしている。
餌も、食べたり食べなかったり。
ほんの少しついばんでは、また動かなくなる。
それでも。
ときどき、顔を上げる。
ゆっくりと。
ほんの少しだけ首を動かして、こちらを見る。
その小さな瞳が、黒髪の少女を捉える。
少女は、そのたびに表情を緩めた。
優しく、やわらかく。
まるで安心させるように、微笑む。
「大丈夫だよ」
そっと、声をかける。
「ゆっくりでいいからね」
返事があるわけではない。
けれど、小鳥はじっとその声を聞いているようだった。
少女は、指先を伸ばしかけて、また止める。
触れない。
無理はさせない。
ただ、そばにいる。
それだけでいいと、分かっていた。
小さな命が、少しずつ回復していく。
その時間を、壊さないように。
少女は静かに、見守り続けていた。
夜。
窓の外はすっかり暗くなり、部屋の中も静けさに包まれていた。
ベッドの上、小さな命は変わらず丸まっている。
そのそばに、少年が腰を下ろしていた。
腕を組み、じっと小鳥を見つめる。
そして、ぽつりと口を開いた。
「知ってるか?鳥の中にはすげぇやつがいるんだ」
小鳥に向けた言葉。
返事があるわけでもない。
それでも、少年は気にせず続ける。
「不死鳥って言うんだけどな、名前の通り死なないんだぜ?」
淡々とした声。
だがどこか楽しそうでもあった。
「いっつも燃えててあったかいらしい、そんで死んでも復活するんだってさ!」
その話は、静かな夜の中にゆっくりと落ちていく。
小鳥は、かすかに顔を上げた。
ぼんやりとした視界の中で、目の前の存在を見る。
声が、届く。
意味は分からない。
けれど――
その音の中に、なにかがある。
さっきまでとは違う、熱のようなもの。
「死なない」
「燃える」
「復活する」
言葉の形は分からないまま、
ただ、その響きだけが、小さな中に残る。
すごい。
なんだか、すごいもの。
そんな気がした。
小鳥は、じっと少年を見つめた。
そのまま、もう一度小さく身体を丸める。
けれど――
さっきより、ほんの少しだけ、
内側に、何かが灯ったような気がした。
承知いたしました。続けます。
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雨が、降り続いていた。
一日、二日。
空はずっと灰色のまま、陽の光は差し込まない。
窓の外は暗く、冷たい。
部屋の中にも、その冷えは静かに入り込んでいた。
温もりはある。
布も、魔法石もある。
それでも――足りない。
小鳥は、日に日に弱っていった。
もともと小さな身体。
蓄える力も少ない。
寒さは、容赦なくそれを削っていく。
羽を丸めても、震えは止まらない。
呼吸は浅く、長く続かない。
餌も、ほとんど口にしなくなっていた。
ただ、そこにいるだけで精一杯。
それでも。
黒髪の少女は、毎日そばにいた。
ベッドの端に座り、小鳥を見つめる。
そして、いつものように微笑む。
「大丈夫だよ」
やさしく、声をかける。
「きっと元気になるからね」
その声は変わらない。
やわらかくて、あたたかい。
けれど――
その笑顔は、少しずつ変わっていった。
ほんのわずかに。
気づかれないくらいに。
口元は笑っている。
でも、目の奥に、揺れるものがある。
こらえるように。
押し込めるように。
悲しみを、隠している。
それでも、少女は笑う。
小鳥の前では、ずっと。
何も変わらないように。
安心させるように。
その笑顔を、やめなかった。
承知いたしました。小鳥視点で続けます。
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くらい。
ひかりが、ない。
さむい。
ずっと、さむい。
まえみたいな、あたたかさが、ない。
からだの奥が、ずっとつめたい。
丸まる。
でも、足りない。
あたたまらない。
羽の中まで、冷たい。
うごけない。
息が、浅い。
すぐ、つかれる。
おなかも、すかない。
たべる気が、しない。
でも――
くる。
あの、やさしいの。
近くに、くる。
音。
やわらかい音。
声。
やさしい声。
ちかくで、ひびく。
意味は、わからない。
でも――
いやじゃない。
すき。
目を、少しだけあける。
ぼやけた中に、顔。
あの、やさしいの。
こっちを、見てる。
口が、動く。
音が、くる。
あたたかい音。
それを、聞く。
ただ、それだけ。
それだけで、少しだけ――
楽になる。
でも。
さむい。
つらい。
からだが、重い。
沈む。
このまま、沈む。
でも――
あの声が、まだある。
だから。
すこしだけ。
まだ、ここにいる。
承知いたしました。続けます。
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くらい。
しずか。
さむい。
からだが、もう、うごかない。
息も、うすい。
消えそう。
そのとき。
音。
近づいてくる。
あの、おおきいの。
夜の、ちがうやつ。
そばに、来る。
声。
「なぁ、お前このまま死んじまうのか?」
音が、落ちてくる。
意味は、はっきりとはわからない。
でも――
なんとなく、わかる。
おわり。
そうなのかな。
このまま。
消えるのかな。
いやだ。
こわい。
でも。
からだが、もう、きかない。
どうにも、できない。
声が、つづく。
「せっかく鳥に生まれてきたのに、一度も飛ばすに死んじゃうなんてもったいないだろ」
とぶ。
そら。
たかいところ。
まだ、しらない。
でも。
しっている。
とびたい。
ほんとうは。
でも。
できない。
できないんだ。
さむい。
ちからが、ない。
仕方ない。
仕方ないんだ。
だって――
こんなに、さむい。
そして。
また、声。
「なぁ、お前、不死鳥の話し覚えてるか?」
おぼえてる。
なんとなく。
あの音。
あつい。
つよい。
しなない。
すごい鳥。
そんなもの。
あるんだ。
あぁ。
そうなりたい。
あつくて。
つよくて。
しなない。
そうなれたら。
さむくない。
こわくない。
消えない。
いいな。
いいな。
そうなりたいな。
そうなりたかったな。
もっと、聞きたかった。
その話。
もっと、聞きたかった。
その声。
ちいさな意識が、ゆっくりと沈んでいく。
でも、その奥に。
ひとつだけ。
のこる。
あついもの。
つよいもの。
しなないもの。
――なりたい。
もう、ほとんど、なにも感じない。
消えそう。
そのとき。
声。
ちかく。
やわらかくて、つよい音。
「俺を信じてくんないか?」
音が、落ちてくる。
わからない。
でも。
ひろう。
その音を。
「お前が死ぬとあいつが悲しむ。俺も悲しい」
あいつ。
やさしいの。
いつも、声をくれる。
あの、あたたかいの。
悲しむ。
それは――
いやだ。
「せっかく友達になったんだからさ、もっと生きて欲しい」
ともだち。
よく、わからない。
でも。
その音は、やさしい。
近い。
つながっている感じ。
――いきたい。
まだ。
ここに、いたい。
でも。
できない。
からだが、もう。
でも。
「俺に願えよ」
ねがい?
なに、それ。
「俺を信じろ」
しんじる?
わからない。
でも。
その声は。
あたたかい。
つよい。
こわれない音。
「俺がお前を、不死鳥みたいなすげぇやつにしてやるからさ」
ふしちょう。
あの、すごい鳥。
あつい。
つよい。
しなない。
――なれる?
そんなのに。
なれるの?
「もっと生きたいんだろ?飛びたいんだろ?」
いきたい。
いきたい。
まだ、いきたい。
とびたい。
そらへ。
たかく。
つよく。
そして――
あつくて。
しなない。
あの、すごい鳥に。
なりたい。
なりたい。
なりたい。
ちいさな身体の奥で、
なにかが、強く灯る。
消えかけていたものが、
もう一度、燃える。
――ねがう。
いきたい。
とびたい。
ふしちょうに。
なりたい。
その想いが、
はじめて、はっきりと形になった。




